落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(1)

2013-06-17 10:00:31 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(1)
「前橋市での発砲事件と、貞園と康平」





 3月31日午前1時35分ごろ、群馬県前橋市にあるスナック
「夜来香(いえらいしゃん)」の 出入り口の木製ドアに、弾痕のような円形の穴が
三つあるのを店の女性従業員(28)が発見をして、 110番通報をした。
前橋署では、発砲事件として調べてはじめています。


 警察の発表によると、弾丸とみられる金属が店内からは二つ、
ドア前の路上から、一つが発見されました。
店は30日午後10時頃に閉店をして、女性が1人で店内を清掃していたところ、
31日午前1時過ぎに 「パン」という発砲音を3回ほど聞いたと言います。
幸いなことにその女性に、怪我はありません。


 「この女性というのは、お前のことだろう。貞園」



 新聞から目をあげた康平が、カウンターで頬杖をついている女に声をかけます。
女は呑みかけのグラスを揺すり、カラカラと指先で氷を鳴らします。


 「やくざの発砲事件で、一般人も含めて4人がスナックで殺された直後でしょう。
 警察の聞き取りも、しつっこいったりゃ、ありゃしない・・・・
 痛くもない私の腹まで、たっぷりと探られちゃった。
 無職でいられるのは香港マフィアの愛人だからだろうなんて、最初から疑うんだもの。
 頭にきちゃうわよ、まったく日本の警察は。
 第一、私は香港の生まれでは無く、台湾出身だっていうのに、さ」


 「旅行へ行くママに頼まれて、代理で一日、たまたま顔を出しただけだというのに。
 それはまた、とんだことで災難だったねぇ。
 運が良いねぇ・・・それにしても貞園は。
 めったに出会える出来ごとでもないし、体験が出来る訳でもない。
 見たんだろう、本当は。発砲している現場を」


 「康平。・・・・あんた、しらばっくれているくせに、
 警察よりも鋭どい勘をしているわねぇ。
 実は見たのよ。男が拳銃を構えて、発砲をする瞬間を。
 たまたまトイレの窓からだったけど、車の音がしたので
 何気なく表をのぞいてみたら、クリクリ主頭の痩せた男が一人、拳銃を構えて
 お店の前で、鬼の様に立ちはだかっているの。
 あら、何しているんだろうと思って顔を出そうとしたら、
 その男が、恐い顔をしたまま私の方を振り向いたのよ。
 あたし、びっくりして、その場へそのまますわりこんじゃった!」


 「へぇ~。そうすると君は、犯人の顔を目撃をしたわけだ。
 そりゃあ、怖いものが有る。
 うっかり喋れば今度はそいつに逆恨みされて、次は君が狙われることにもなる。
 警察で事実を話さなかったのは賢明だ。君はたぶん、そのせいで長生きすることができる」

 
 「ずいぶんと変な、褒め方ねぇ・・・・釈然としないな」


 「おっ、その表現は、全く正しい日本語の使い方だ。
 やはり、窮地は人を成長させるようだ」



 「もう、真面目に考えてよ、康平ったら。
 あたしだって死ぬかと思ったほどの、恐い思いをしたんだよ。
 いくら上州が任侠の国でも、拳銃の発砲だけはごめんです。
 生命がいくつあっても、足りゃしないもの」



 「その通りだ。
 例のやくざの発砲事件が、いまだに尾を引いているようだね。
 2人組が市内のスナックで無差別に発砲をして
 お店のお客などの4人を射殺すると言う事件が発生をしたのは、ついこの間だ。
 俺がやったということで、まもなく犯人が自首をしてきたというが、いまだに
 事件の内容と背後の関係については、完全な黙秘を続けているそうだ。
 この事件の背景には、暴力団同士のトラブルがあると指摘されている。
 2001年の8月に、東京都葛飾区の斎場で、住吉会系の最高幹部2人が
 稲川会系のヒットマンに、射殺されるという事件が発生をしている。
 この事件を受けて、稲川会ではヒットマンの所属する二次団体の責任者の
 2人を絶縁処分にしたが、しかし、これだけでは事は納まらなかったようだ。

 絶縁された2人の責任者は、何者かによって自宅に
 火炎ビンを投げ込まれたり、拳銃を撃ち込まれたりの被害を受けてきた。
 前橋市でのスナック乱射事件も、客として来ていた絶縁されたうちの1人を狙ったものだ。
 彼は、その前年の10月にも拳銃で襲撃を受け、命拾いしている」



 「詳しいわね、康平は。
 まさか、あんたまでそう言う世界に、首を突っ込んでいないでしょうねぇ・・・・
 私は嫌いだよ、そういうドンパチの世界なんか」


 「みんな嫌いだよ。そんな物騒な世界なんか。
 機嫌を直せ、貞園。おわびに、とっておきの俺の酒を一杯おごろう」


 
 康平が自分のボトル、「黒霧島」の封を切っています。
黒霧島は九州の酒で、サツマイモを原料にした芳醇で本格派のイモ焼酎です。
グラスへ半分ほど注いでから、60度ほどに冷ましたお湯を
ほぼ、グラスの口いっぱいまで注ぎこみます。



 「台湾人のくせに九州の焼酎が好みとは、お前さんも、すこぶる変わっている女だ。
 しかも、本格的なお湯割りが大好物ときやがる・・・・お客さん
 なかなかの、「ツウ」だねぇ」



 康平が、あははと、大きな声で笑っています。
ここは群馬県の県都で、前橋市にある通称『呑竜仲店』と呼ばれている飲み屋横丁です。
康平はこの店のマスターで、貞園は某冷暖房機器会社の社長の愛人と言う立場です。
長年にわたり愛人暮らしを続けながら、時折、康平の店へ顔を出すという塩梅ですが、
実はこのふたりは、今から10年ほど前に、ひょんなことから出会っていて、
それが縁のまま、いまにつながる付き合いなどをしています。






・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/ 

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