落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(48)妹が出来た

2021-01-12 18:05:25 | 現代小説
上州の「寅」(48)

 
 「貧しいけど楽しかった?。
 そんなはずはない。おかしいだろう、矛盾していないか?」


 「あんたみたいに恵まれた家庭に育った子には、わからないさ。
 人は仲良く暮せることが一番だ。
 わたしたちは仲間をまもる。どんなことがあっても裏切らない。
 テキヤは人と人のつながりを一番大切にする集団だ。
 一攫千金を夢見ているけど実態はほとんどが、額に汗して働く貧民層さ」


 「貧しいのか?。テキヤの暮らしは?」


 「裕福な人はすくない。
 お金には恵まれないが、こころまで貧しくはない。
 どんな状況でも事実を受け止め、笑顔で仲良く暮らす。
 笑顔は大切だ。こころの栄養になるからね。
 ユキは3歳から10歳までお金には恵まれなかったけど、母の愛に恵まれた」


 「10歳のとき。なにが起きたんだ」


 「窮状を見かねたかつての同級生が救いの手をさしのべた」


 「再婚したのか?、ユキの母親は!」


 「再婚により家庭はすこしだけ裕福になった。
 あたらしい父親もユキを可愛がってくれた。らしい」


 「問題が解決したんだ。やれやれ、めでたしめでたしだ」


 「人生はそんな単純なものじゃない。
 再婚して2年は誰が見ても、仲の良さを感じさせる明るい家庭だった。
 妹が産まれる前までは」
 
 「妹が出来たのか。ユキに」


 「可愛い妹らしい」


 「事件がはじまるんだな。そこから・・・」


 「冴えてるね。今日の寅ちゃんは」


 「そのくらいは想像がつく。俺だって」


 「かわいい妹が生まれたため、ユキに孤独がやってきた。
 母親は生まれたばかりの赤ん坊にかかりっきり。
 父親も手のひらを返したように、赤ん坊のことばかり。
 無理もない。
 生まれたばかりの赤ん坊は周囲の関心をぜんぶひきつけるからね」


 ユキの心が寂しくなった。
赤ん坊を中心にした家族の笑顔が、遠いもののように見えてきた。
母にも2人目の父にも悪意はない。 
あたらしく生まれた命にただただ、夢中になっているだけだ。


 しかし。14歳のユキのこころのどこかに穴があいた。
「あなたはもう大人でしょ」母の何気ないひとことがこころの穴をおおきくした。
(わたしは誰にも愛されていない・・・)
次の日の朝から自分の部屋へひきこもり、学校を休んだ。
ユキが黒髪を捨てて金髪に染めるまで、それほど時間はかからなかった。
 
 「誰も悪くないはずなのに。
 赤ちゃんが生まれただけで、人生が180度変ってしまう。
 14歳のユキにはショックが大きすぎた。
 中学3年生はおおくのことを理解できる。そんな風に考える大人はおおい。
 でもね。大人でもなく子供でもない。そんな年頃が思春期なの。
 思春期の女の子の感情はカミソリのように鋭いの。
 ユキの中に生まれた反発のカミソリは、ユキ自身を傷つけた。
 わたしにはそんなユキの気持ちがよくわかる」


 なるほど・・・それでユキは黒髪を金髪に染めたのか。
メロンソーダーをかき回した寅が、窓のむこうのホームセンターを見つめる。


 「もういっかい行ってくる。俺」


 寅が椅子から立ち上がる。




 (49)へつづく


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