落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第10話 おとめ

2014-10-11 12:23:51 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。



おちょぼ 第10話 おとめ



 おとめと言っても「乙女」ではない。
おとめと言うは、舞のお師匠さんから稽古のさし止めを言い渡されることだ。
要するに「もうお稽古に来るな!」と、お師匠さんから出入りを禁じらてしまうことだ。


 「おとめ」を言い渡されると、仕込み中の舞妓には、即、死活問題になる。
舞妓の仕事は、文字通り舞を舞うことだ。
舞の稽古ができなければ、舞は上達をしない。
舞の上達がなければ、舞妓としてデビューするチャンスは永久にやって来ない。
舞妓になることを目指している「仕込み」が、無意味におとめを食らうはずがない。
真剣さが足りまい。練習をサボる。あるいはいつまでたっても上達が見えないなどの
理由が、おとめを言い渡される側にある。


 ほとんどの場合、屋形のおかあさん(女将)が、師匠のところへ謝罪に出かける。
稽古の再開を許してもらえるよう、頭をさげて、何度も何度も頼み込む。
舞妓としてデビューするために、ある一定以上の舞の完成が必要となる。
デビューできるレベルにどれだけ早く到達ができるかで、舞妓の見世出しの時期が
大きく左右される。
仕込み期間は通常の場合、1年程度を見ている。
しかし舞の完成次第で、もっと長くかかる妓も祇園には、けっこうな数で居る。



 「おっ師匠はんから、おとめをくったんだって、あんた。
 滅多に腹を立てへん温和なおっ師匠はんが、おとめを口にするのは珍しいことどす。
 あんた。いったいおっ師匠はんのトコで何をしでかしたのさ」

 「すんません。物覚えがとにかく悪いんです、あたしって」


 つい先日のこと。
おとめを申し渡された清乃が、佳つ乃(かつの)の問い詰めにしゅんと首をうなだれている。
「嘘を言うんじゃないよ。お前が物覚えが悪いはずがないじゃないか。
わけを言ってごらん。ほんとは何か、隠し事をしているだろう?」
姉芸妓でもある佳つ乃(かつの)の追及ぶりに、手を緩める気配はまったくない。


 「仕込みにとって舞の稽古は、生きるか死ぬかの生命線や。
 祇園に来たばかりとはいえ、そのくらいのことは、あんたも充分に知っとるはず。
 妹の仕出かした不始末は、姉のあたしの監督不行き届き。
 祇園に生きとる限り、あんたとあたしは一心同体の関係や。
 正直に話してごらん。ウチが何とかしてあげるから」


 じろりと睨まれた清乃がさらに身体を固くして、「すんまへん」とうつむいてしまう。



 「誤解せいでおくれ。いまさら怒っとるわけではおまへんんや。
 早うおっ師匠はんのおとめを解かないと、春の都をどりに間に合いません。
 あんたと同期の仕込みたちは、みんな来年の都をどりを目指して頑張っとるんや。
 ええのかい。あんただけみんなから遅れて、ひとりぽっちで蚊帳の外でも?」

 「それだけは困ります」と、清乃が突然、背筋を伸ばして目を上げる。

 「ほらごらん。仲間外れじゃあんたも困るやろ。じゃ、白状しいな。
 なんで2度も3度も、だいじなお稽古の最中に、居眠りなんかをするんだい。
 おっ師匠はんも何や理由が有るやろうと案じとったが、甘くすると、
 他のお弟子はんたちの手前もある。
 なにか人には言えへん訳があるんやろう。早う白状しい。
 ウチがあんたの力になってあげるから」


 柔和に笑う佳つ乃(かつの)の眼差しに、ついに清乃が覚悟を決める。



 「すんません姐さん。隠れて、通信教育の勉強などをしておりました」


 「通信教育って・・・高校のかい?。
 へぇぇ、おまえ。高校の卒業資格を取るために、隠れて勉強しとるのかい。
 そやけども、それじゃお前、なにかと不便が多すぎるやろう。
 ただでさえ仕込みの時は覚えることも多いし、おつかいの雑用もたくはん有るからな。
 よし分かった。ほかの姉はんたちにはウチが話をつけておこう。
 お母はんにも、1~2時間くらいは大目に見てくれと、ウチからお願いをしておく。
 そのかわり都をどりの舞台で、絶対に1番をとるんだよ。
 それが出来るというのなら、ウチからあんたに、ひとつプレゼントをしょう」


 ほら、と佳つ乃(かつの)が袂から、マンションのカギを取り出す。
「いつでも好きな時に使うがええ。ただし、使うのは、一日に2時間が限度だよ。
2足のわらじは昔から叶わないというが、あんたなら不可能をやってのけそうな気がする。
ええやないか。祇園にそないな変った子がひとりくらいは居てもさ。
でもさ。死ぬ気で頑張るんだよ。通信教育も、舞も、両方とも1番をとるつもりで」

 
第11話につづく

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