落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (49)

2014-01-11 10:12:29 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (49)第5章 NPO法人「炭」の事務局長
山が枯れる原因




 「森林の衰退と、山が枯れはじめているだって?
 松茸が採れなくなると、松が枯れるというのは、山ではよく知られる循環だ。
 松枯れの現象が進んでくると、広い範囲で今度は、広葉樹が枯れ始めることになる。
 昔からよく言われているように、部分的に樹木が枯れる『縞枯れ』の現象かと思っていたが、
 それとは、また別の問題が発生をしているという意味か?」


 石工の作次郎老人が、思わず膝を乗り出します。


 「縞枯れ現象(しまがれげんしょう)は、亜高山帯の針葉樹であるシラビソや
 オオシラビソなどの優占林に限って見られる、独特の現象です。
 それらは山による自浄作用や、木々の世代交代や、天然更新などと考えられてきました。
 大規模な縞枯れの様子は、蓼科山や縞枯山などで確認することができます。
 樹林帯の一部分が帯状に枯れると、白い縞模様が山肌に発生します。
 ですが、その枯れた樹木の下には、すでに次なる幼樹が育ってきているというのが普通です。
 同時にまた、その山林の上部でも続いて縞枯れがおこるため、縞模様が山肌を
 徐々に上昇していくような形をとります。
 こうした、縞枯れの現象は古くから研究者や登山者の興味を引いてきましたが、
 いまだにはっきりとした原因は、解明をされていません」



 「政府は、松枯れの現象や広葉樹林の枯れに対して、『マダラカミキリの影響』とか、
 『キクイムシの影響』として、農薬の散布したり、樹幹に注入といった対処療法を
 長年にわたって行ってきた。
 しかし、それらのほとんどの対策が、まったく効果を上げなかったことは、政府自らが、
 松枯れ対策に対して行政評価のC評価を与えたことで、証明されておる」


 凛が驚ろきの目で、目の前にいる作次郎老人を見上げます。
先程までは、ただの酔っ払いでよぼよぼのように見えていた老人が、今はしっかりと
凛の目の前で息を吹き返し、興味深そうに瞳を輝かせています。



 「全国的に見て、日本の松は約60%ほどが枯れ、
 現在は、全国的な『ナラ枯れ』の段階に移行しているという話も聞いておる。
 遠くから見て、ナラの梢がグレー色に染まり、おおくのコナラの梢には
 まったく新しい葉がつかない状態が続いているそうだ。
 わしらが若い頃にはあり得なかったほどの、山の悲惨なまでの現象じゃ。
 ナラの樹勢が弱まり過ぎたために、枝の先端にまで栄養物を送れなくなり、
 起きた現象だと、原因について聞いた覚えがある」


 「よくご存知ですねぇ。老人がおっしゃるとおりです。
 全世界的に見ても、同じ現象が、あちこちで同じように進行をしています。
 これらは全て、地球的な規模の大気汚染からくる、酸性雨の影響だろうと考えられています。
 ブナも弱り、ササも弱り、クロマツも弱っています。
 梢が弱った松は、子孫を残そうと「松ぼっくり」ばかりを作ろうと躍起になっています。
 秋に紅葉するはずのナナカマドが、6月に紅葉するし、
 栄養を遠くの枝に送れないために、幹の途中から枝が出てくる
 「胴ぶき」という現象を起こしている木々たちも、林の中でも目立ってきました。
 比較的強いと言われている、ホウノキさえ弱っています。
 山を歩き回ると、様々な樹木の衰退が否応なしに、私の目に入ってきます」


 「原因は、その、酸性雨なのか?」



 「化石燃料を燃やした結果の酸性雨が、雨や雪、霧、風などを媒体として
 土の中に入り込み、中和力を失ってしまった結果、
 土壌のミネラルが、以前の1/3に減ってしまったことがその大きな要因です。
 強酸性の土壌では、土壌の中の微生物は生きられません。
 根粒菌と共生をする細根が弱り、水分や養分の吸収が困難になったことが
 森が荒れ、木々たちが枯れ始めてきた原因です。
 多雪地帯においてPH3の強酸性土壌は、まさに死の世界そのものになります。
 PH6の値であれば、土壌の微生物が安心して活動できます。
 WHO(世界保健機関)でも、アルミニュムによる健康面での危うさを指摘していますが、
 PH5.5になると、土壌中からアルミニュムが溶け出し、
 PH値が下がるにつれアルミニュムの溶け出す量が増えていきます。
 こうしたことから、微生物が生息できなくなる、という因果関係が生まれてきます」


 「待て待て。専門的すぎてわしには、よくわからん。
 酸性雨が危険だということはわかるが、なぜ、アルミニュムというやつが危険なんだ。
 老いぼれにもわかるように、もうすこし詳しく、わかりやすく説明をしてくれんか」


 「一般的に、植物は、中性から弱酸性の土壌までで良好な生育状態を示します。
 酸性土壌が強すぎると、生育が抑制されてしまいます。
 植物の生育に適さない酸性土壌は、熱帯や亜熱帯を中心に広く分布をしています。
 世界の耕地の、約3~4割を占めているとさえ言われています。
 土壌が酸性になると、土壌中のアルミニウムがイオン(Al3+)という有害な
 物質になって、土の中に溶け出してきます。
 Al3+は、植物に対して、きわめて強い毒性を持っています。
 マイクロモルレベルのわずかなAl3+溶液で処理しただけで、数時間以内に
 根の伸長が阻害され、養水分の吸収が阻害をされてしまいます。
 したがって、酸性土壌での生育を阻害する主な原因は、このAl3+であると考えられています」


 「なるほど。その有害なAl3+とやらをやっつければ、
 縞枯れや、立ち枯れの山や、枯れかけた木々たちが助かるというわけか。
 で、その対策には、いったい何が有効なんだ。特別な薬品や物質などが必要となるのか」


 「炭が、万能の処方箋としての役割を果たします」

 「なに、炭だと。本当のことか、それは!」



 「はい。炭の投入により、土壌のアルミニュムを吸収することができるのです。
 炭は、アルミの害を鎮静化させるための機能を,、充分に持っています」


 俊彦も清子も、凛の意外な発言に思わず目を丸くしています。
『待て待て。ゆっくりとその話を最後まで、わしに聞かせろ。まずはぐっと一杯いけ。
詳しい話は、喉を湿したそのあとだ。ほれっ』と、作次郎老人が、凛の茶碗になみなみと、
あふれるほどに日本酒を注いでいます。



(50)へ、つづく




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