落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第一章 (2)天狗の剣

2012-11-10 12:27:01 | 現代小説
連載小説・舞うが如く 第一章
(2)天狗の剣




 詩を吟じ、時には屏風の上に飛び乗って、
真剣をかざして舞いを披露します。
屏風の上の剣舞は、法神老人がほどよく酔った時の得意技です



 器用にバランスを取りながら、
足先だけで、一双ずつ屏風を畳み込みます。
ひととおり綺麗に畳み終わると、ふたたび足を使って一双ずつ、拡げにかかります。


 ひとしきり屏風の上で演じた後は、
好物のどぶろくをたいらげてから、ふらつく足で帰宅いたします。
あっけにとられる弟子たちをしり目に、
いつものように、危ない足取りのままに立ち去るのです


 江戸では名の通った「道場破り」でした。
弟子は取らず、飄々と市中を歩きまわっては、ひょいと足を止め、
相手が誰であれ他流試合にとおよびます。


 負けたことは、ただの一度もありません。



 しかし、浦賀に黒船が現れて以来、
騒然とし始めた江戸の空気に嫌気がさして、
数年前にふらりとこの赤城の山麓まで流れ着いてきたのです。


 老人が作る、滋養と効能に富む呑み薬「法神丸」は評判がよく、
本名の富樫白星と名乗りよりも、いつのまにか、
「法神」の名で通用するようになりました。



 老剣士の教える剣術には、まだ正式な流派名がありません。
一刀のみにはこだわらず、時には二刀も用いるという
柔軟で、たいへんに実戦的な剣法です。
さらに加えて、合気道と柔術の技も用います



 独特の身のこなしと、
その剣さばきの習得のために、
まず強靭な足腰を鍛えあげることがこの流派の特徴です。



 さらにもうひとつ、
喉から血が出るまでに鍛えるのが「気合」の力です
弟子たちは、野良仕事のかたわら、朝な夕なに階段を駆けあがり、
みぞおちに呼吸を溜めては、喉から血が出るまで、
気合を発する練習に明け暮れていきます。



 瞬発一撃の力を身につけるために、
柱を相手にした毎日の打ちこみは、日に1000本と決められています。
修練の結果、柱は見事にささくれてやせ細るといわれています。
そんな法神の門弟たちは、
赤城山麓を中心に二百人とも三百人ともいわれています



 そのなかに、
三田三吉と呼ばれる、三人の高弟がいました



 北橘村・箱田の森田良吉、
深山村の須田房吉、(のちの法神流・初代)
同村の町田寿吉の三人です。


 とりわけ、体格にも恵まれた須田房吉は
天性の運動神経と沈着にして冷静な神経を持ち、
早くから「神童」としての注目を集めました。、


 また、たゆまぬ努力の持ち主で、
早くも法神の後継者として、この天狗剣法の第一人者に
のぼり詰めます。
しかしその才気ゆえに、やがて
非業の生涯をおくることにもなるのですが・・・
ここではまだ熱心に剣術に取り組む、好青年のひとりにすぎません。




 老人は、思いついては赤城の峰を越え、
利根地方を歩き回り、主に柔術を中心とした門弟たちを訪ね歩きます。
その中にいた桜井源太郎という弟子は、
維新に活躍した「新徴組(しんちょうぐみ)」の勇士の一人となり、
穴原村には、本編の主人公・中沢良之助の妹、琴がいました。




・本館の「新田さらだ館」こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
 

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