落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第90話 

2013-06-09 08:01:59 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第90話 
「とっておきの晴れ着」




 「珍しい事も有るもんだわね。
 あんたが本格的に着物が着たいと言いだすなんて。
 でも、着物でほんとうに大丈夫かい。
 デモ行進に参加をしてから、電車に乗って福井の若狭までだろう。
 着つけていないし、慣れいないから、きっと疲れるよ」

 「2部式着物で鍛えたもの。もう慣れました。
 あとは本格的な帯の結び方だけを教えてもらえば、着物の着つけも完璧です」


 「そうは言ってもねぇ~。
 着物の着付けだって、本当は、奥が深いのよ。
 まぁいいか。私が恥をかくわけでもないし、ましてや旅先でのことだ。
 駄目だと思ったらさっさと脱いで、いままで通りのG-パン姿に戻ればいいさ。
 たったそれだけで済むことです。
 はい、できました。これで本式の着物の着付けが完成です」


 午後の6時から首相官邸前のデモ行進へ参加をした後、電車をつかって
山本と約束をした若狭の海へ散骨に行くという旅のために、響があえて選んだ衣装は、
なぜか本格的な和装でした。
昨夜のうちに電話を受けた清子が、何故か自分の事のように喜んで、
夜が明ける前から湯西川を出て、午前7時にはもう早々と桐生へ到着をしました。
寝起きの響をびっくりさせたのは、清子が運んできた真新しい衣装ケースの大きさと
本格的に着つけるための和装の小物類の多さです。



 「成人式用にとあつらえた、あなたのための着物です。
 あなたは結局、青いドレスで成人式を済ませたために、こちらは
 残念ながら手つかずでした。
 もうこのまま、お役御免と思っていたら、思いがけずに
 ようやくにして、日の目などを見ることになりました。
 さすがに年齢が25歳ともなれば、振袖仕様では派手すぎますので、
 ちゃんと直しておきました」


 「成人式用に、わざわざ準備しておいてくれたんだ・・・・やっぱり・・・・
 でもさぁ。このまま私が着ないでいたら、この着物の運命はどうなっていたの?」


 「あなたが駄目なら、孫に着せればそれだけ済む話です」



 「私が、お嫁に行かない時はどうするの」


 「あら。あなたは結婚する気がないのかしら?
 それでも別に私は、かまいません。
 お嫁に行かずとも、子供の一人や二人は産むことが出来ます。
 それゆえ、別段、何事も心配などはしておりません。うふふ」



 「お~い」と階下から、遠慮がちの俊彦の声が聞こえてきます。
響の着つけが始まる少し前から階下へ降り、居間で時間などを潰していましたが、
トントンと軽い足音を響かせたあと、携帯電話を片手に様子を窺いに登場をしました。



 「おっ、麗しき和装令嬢の出来あがりか。いいねぇ~
 岡本から電話で、車で迎えに行くから時間の都合を教えてくれと言ってきた。
 ここから桐生駅まで行くだけで、たいしたことはないくせに、
 あいつときたら、電話の向こうで、妙に一人で張り切っていやがる。
 何が言いたいのか、さっぱりと要領もわからん。
 さっきから、いいから早く、響きに代われの一点張りだ。
 ちょっと出てくれ。響」



 響が電話を代わります。
代わったとたんにもう電話からは、大音響の岡本の声が座敷一杯に響きわたります。


 「え、行くの? おっちゃんも・・・・
 うん。まぁ、別に、大丈夫だとは思うけど。」



 響がろくろく返事を挟む隙間も無く、一方的に言い分をまくしたてたあと、
最後に『すぐに行くから、表で待っていろ」と大きく叫んで、
プツリと、岡本の電話が切れてしまいます。



 「すぐに来るって? 何を考えているんだ、あいつ。
 まだ、電車の時間まではたっぷりと有るというのに。別に
 そんなにあわてる必要もないが」

 
 「それがねぇ・・・・デモに行くんだって、岡本のおっちゃんも」


 「なに!。
 極道の岡本が、原発反対のデモ行進に参加するってか。
 一体全体なにを考えているんだ、あの野郎。
 とても正気の沙汰とは思えねぇ行動だ・・・・」


 「政治団体や労組組織が主催をしているわけではないし、
 ツイッタ―の趣旨に賛同をした個人が、それぞれに参加をしている訳だから、
 別に極道が参加をしても、何の問題もないだろうと、
 本人は、そう言い張っているわ」



 「それはそうだろうが・・・・俺には、どうにも信じられない出来ごとだ」


 「それだけじゃないの。
 お母さんと俊彦さんも、一緒に東京まで見送りに行こうと言ってるのよ」


 「・・・・見送りに? 東京まで、俺たちまで行くのか?
 何を考えているんだ、あの野郎。ますますもって訳がわからねぇ」

 「それだけじゃないのよ。まだあるの」



 「まだ何か有るのか、その他に! 
 これ以上に、いったい何が有るっていうんだ。・・・・」



 「例の凸凹コンビをボディガードにつけて、ワンボックスを貸すから
 それで、福井の若狭まで行って来いと言うのよ。岡本さんが」


 「あら、とても名案ねぇ。気が利くじゃないの、岡本さんも」



 「気が利く?どこが。 馬鹿を言うなよ。
 護衛につくのは、どこの馬の骨とも知れない、あの凸凹コンビの二人だぜ。
 しかも相乗りで、延々と若狭の方まで飛んでいくんだ。何が有るのか解らねぇ。
 俺は反対だ、絶対に駄目だ。何が何でも認めないぞ、そんな暴挙は」


 「あら。表でクラクションが鳴ってるわ。
 ほら・・・・もう来ちゃったわ。岡本さんのご一行様。
 行こう、行こう。響。
 こんな偏屈なジジィなんか相手にしていないで、サッサと出掛けましょう。
 着物だもの、車の方が断然に楽だわよ。
 おまけに元気なボディガードまでついているんだもの、きっといい旅にもなるわ。
 流石だわねぇ。やっぱりいい男は、気がきくわね」



 清子は早くも、乗り気です。
本格的に着物を着こんだ響を見て、岡本は有頂天になっています。
今日の凸凹コンビはアロハ風の揃いのクールビズで、麦わら帽子のおまけまでついています。
出来そこないの漫才コンビみたいだわ、と響が楽しく笑いこけています。
出発間際だというのに、いつまでも待っても出てこない俊彦に、やがて
岡本がしびれを切らします。

 
 「こらぁ。花嫁の父は出てこないつもりか!
 今時の不良だって、大飯原発の再稼働反対のデモに参加すると言うのに。
 お前は、可愛い子供の旅立ちも見送れないのか。この薄情者めが。
 そんなに見送りに参加するのが嫌なら、勝手に一人でふて寝でもしていやがれ。
 おい、もう良いから、出発をしょうぜ。
 来ない奴を、いつまでもチンタラ待っていられるもんか・・・
 おい。発車オーライだ。行け行け。かまうものか早く出せ」



 「それが、そうでもないみたい。
 ほら、観念をしてやっと出てきたわよ。
 やっぱり、なんだかんだといっても、最後は花嫁の父だわね。
 横柄な口を利く割に、やっぱりどこか甘いわよ。
 やっぱりねぇ、響の事を一番心配しているんだよ、あの人なりに・・・・
 そう考えれば、可愛いところもあるじゃないの」


 「なんだよ。結局、行くのかお前・・・・詰まらん奴だな、まったく。
 駄目なら俺が、お前の代わりに花嫁の父の役目を勤められたものを。
 気のきかねえ奴だな。まったくお前は」



 「馬鹿野郎。響の見送りに行くわけじゃねぇ。
 極道まで参加すると言う、大飯原発のデモ後進に俺も参加をするだけの事だ。
 響の件は、そのついでだ。あくまでも」


 「わかった、わかった。じゃそれで決まりだな。
 おい、そういうことだから車を出せ。行く先は、首相官邸だ。
 で、そのあとは、響をのせて福井県の若狭までひとっ走りしてくるんだぞ。
 とりあえず、一週間から10日くらいは向こうでのんびりとしてこい。
 いや、なんなら、半月や一カ月くらいなら、大丈夫だぞ」



 「おいおい、ちょっと待て。聞いていないぞ、そんな話は。
 山本の散骨をするために行くだけだろう。
 それが何で、そんなに長い日程が必要になるんだ。
 あまりにも、長すぎるだろうが」


 「気がきかねえなぁ、お前さんも。
 第一、ちっとも事態を理解していないぜ。
 若狭と言えば、大飯原発の再稼働でもっかのところ、大揺れ中の現地そのものだ。
 その実態の視察も含めて、響は若狭へ散骨に行くのだろうが。
 察してやれよ、そのくらいは。
 突然、父親になったものだから、お前さんには思いやりが足りなすぎるんだ。
 俺なら、響と一緒に若狭まで着いて行くぜ。
 もっともそれじゃ、過保護すぎて響にしてみれば、
 子供扱いが過ぎて、まったくもっての迷惑そのものになっちまうだろう。
 あっはっは」





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