落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(3)

2013-06-19 09:43:17 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(3)
「広瀬川と、18歳の貞園と初めての出会い」




 「ねぇ、康平。
 広瀬川のプロムナードを歩いていくと途中に、萩原朔太郎の碑があるわよねぇ。
 その碑に、白く濁って流れたるという一節が有るけど、
 あれにはいったい、どんな意味が秘められているの?」



 たっぷりと黒霧島が注がれた有田焼のぐい呑みを、貞園が小刻みに揺すっています。
ぐい呑みは酒器の一種のことで、猪口よりは大きく湯のみよりは小ぶりの器です。
素材や形のバリエーションなどが豊富なために、好んでコレクションをする愛好家なども多く、
有田焼や鍋島焼(伊万里焼)などには、沢山の逸品たちも存在します。



 「朔太郎は、明治時代に、前橋で生まれた近代詩人の先駆者だ。
 白く濁りたる水が流れる広瀬川、という詩のことだろう。
 彼が生まれた明治19年頃には、前橋が生糸生産での最盛期を迎えていた。
 日本で最初といわれている官営の製糸工場・富岡製糸場が出来る前に、
 前橋には、民間の力によって機械製糸の工場が建てられていたんだ。
 こいつが文字通り、日本で最初の機械製糸の工場だ。
 残念ながらもうその工場は消えてしまったが、記念碑が今でもその場所には残っている」



 煮物の火加減を終えた康平が、貞園を振り返ります
3時過ぎにお店にやってきて、やく2時間ほどかけてその日の野菜やお通しなどを
仕込むのが、康平の変わらない日課です。



 「ボイラーの登場で、繭から生糸を取り出す技術が一気に発展をした。
 大量に蒸すことで、簡単に糸を取り出す前までの準備は出来たようだが、
 肝心の糸の取り出しは、熟練をした糸取りの工女たちの技術に頼らざるを得ない。
 準備が出来た繭は、糸取り器の前に置かれた大きな湯釜の中へ入れられる。
 熱湯の中に浮かんだ繭から、人の手によって生糸の糸口が引き出されるんだ。
 優秀な繭では、一個のものから1000mを越える糸がとれるという。
 この作業でつかわれる熱湯は、すぐに汚れて、白く濁ってしまうために、
 随時の交換作業が必要になってくる。
 河の中を筋となって流れて行くのは、この使用済みになったお湯のことだ」



 「へぇ・・・機械製糸といっても、繭から糸を引き出す作業は
 やはり、人の手に頼って行われていたのか。
 いつか見た、おばあちゃんの赤城の座繰り糸と、やり方は同じなんだ・・・・」


 「糸をつむぎ取るための仕様が、手動による回転式のものか
 動力による機会を使うものかの差はあるが、糸を引き出すための仕事は基本的に同じだ。
 へぇ・・・・貞園は、赤城の座繰り糸を見たことが有るんだ。
 それは、実に貴重といえる体験だ。今のうちにたくさん見ておいたほうがいい」


 「それは、もう・・・・後継者が居ないと言う意味なの?」


 「その通りだ。
 赤城山麓の南面で紡がれたものを総称して、赤城の糸と呼んでいる。
 家内制手工業そのもので細々と受け担がれてきたために、生産量にはおのずと限度がある。
 終戦後には数十軒もあったという座繰り糸の農家も、高齢化がすすんだために、
 いまでは、わずかに数名と言う状態だそうだ」



 「消えていく運命にある、古き良き時代の日本の伝統文化なのか・・・・
 なんともいえないわびしさや、さびしいものが含まれているわね。時代の流れというものの中には」

 「お前。日本人でもないくせに上手い事をいうなぁ。
 わびとか、さびという表現はすこぶる日本的な感性と言葉そのものだ。
 やっぱり、ただ者じゃないね。お前さんは」


 「どこにでもいる、ただの愛人の一人です。わたしは・・・・
 あの時に、もうすこしだけ私の悩みを康平が真剣に聞いていてくれていたら、
 こんな生き方には、なっていなかったかもしれないのに・・・・
 それもまた、今となってはとうの昔のお話だわね。
 康平。思いっきり酔っぱらいたいから、もう一杯ちょうだい。
 あんたの、黒のキリシマ」



 「荒れているなぁ、今日は。
 酔っ払いたいと言う意味は、もう広瀬川の話には興味が無いということか?」


 「聴くわよ。広瀬川の話くらいなら。いくらでも。
 あなたは私の話を真面目に聞いてくれませんでしたが、
 私はよろこんで、あなたの話に耳を傾けるくらいの器量はあります。
 あれれ。いつのまにか康平に・・・・随分とからんでいるなぁ。わたしったら。
 もう、酔ったのかしら、あたしは。あっはっは」



 康平がカウンターの中で苦笑をしています。
貞園が語り始めたのは、二人がはじめて出会ったころの話で、もう10年も前の出来ごとです。
「水と緑と詩の町」を象徴する広瀬川の河畔に作られた、朔太郎の記念碑のあたりで、
二人はこの日、運命的な出会いを果たしたうえに今日に至るきっかけなどを育みました。



 それは康平が22歳を過ぎたばかりで、貞園が18歳の美術留学生の時でした。
早々と梅雨が明けた前橋市では広瀬川の柳も青々と繁り、川幅いっぱいを豊かに流れる水は、
群馬県が、本格的な雷の季節を迎えたことを物語っています。
二人が最初に出会ったのは、前橋駅前にある『けやき通り』です。
地元農家から野菜などを調達のために、康平が前橋駅へと向かうけやきの並木道を
歩いていた時に、途方に暮れているひとりの女の子を見つけます。
大きな麦わら帽子を被り、画材の入ったバッグを肩から下げた貞園が、途方に暮れたまま、
日陰でぼんやりしていたのを、康平が見つけだしたのが、その始まりです。
一度は通り過ぎたものの、何故か気になって康平が振り返ります。




 「どうしたの君。もしかしたら、道に迷っているみたいだけど?」


 「前橋は、初めてなの。
 水と緑と詩の町というタイトルと、朔太郎にあこがれてやってきましたが、
 見たいと思ってやってきた、肝心の広瀬川が見つかりません・・・・
 狭い街だから、もっと簡単に見つかると思っていたのに、」


 「ん。日本人ではなさそうだな。君は。
 いったい何処から来たの、まだ若いようだけど」


 「人に物を尋ねる時には、できれば質問はひとつずつにしてください。
 何処から来たと言われれば、出身は台湾で、いまは都内のアパート住まいで画学生をしています。
 まだ若いみたいだがと言う表現は、たいへんに失礼な言い方です。
 こう見えても、ついこの間、18歳になったばかりです。
 失礼すぎます。群馬と言う田舎の街に住む、初対面のあなたは」



 「大人びて見えたもので、つい口が滑っちまった。
 へぇ・・・台湾の出身で、まだ18歳になったばかりか。
 広瀬川へ行きたいのか。
 俺も買い物の途中だが、広瀬川でよければそこまで案内をしてあげよう。
 失礼な口をきいてしまった、そのおわびだ」


 「あら。お兄さん、見かけによらず親切ですね。助かります。
 よかったぁ~お兄さんに暇がたくさんあって!
 そうなのよ、朔太郎の広瀬川が見てみたいのよ。私は」


 「暇はないが、好意で君を案内をしてあげるだけだ。
 こうみえても料理人のはしくれで、今夜の仕込みのために買い出しの最中だ」



 「和食も、大好きです!
 みんなはお寿司とか天ぷらが良いというけど、私は野菜の煮たものが大好きです。
 日本は、四季を通じていろいろの野菜が有るし、初夏の今頃から出回る
 日本の夏野菜は最高です。生で食べても美味しいもの。
 ねぇ。どうせなら今の旬の野菜を、たっぷりと食べてみたいわ!」


 「変わっている子だなぁ、君は。
 いいさ。そのくらいのお願いならお安い御用だ。
 帰りに店に寄ればいい。旬の野菜くらいでよければ、たっぷりと食べさせてやるよ」



 「駄目駄目。見たとおりに、私はすこぶるの方向音痴です。
 今日もなんとかなると思ったけど、結局はまた、道に迷ってしまいました・・・・
 広瀬川へ案内をして、あなたの買い物が終わったら、また私にを迎えに来てくださいな。
 そのまま一緒に着いて行けば、広瀬川と旬の野菜の両方をゲットできるでしょう。
 わぁ~。道に迷ってしまったけど、結局は、今日は本当に最高の一日だ!
 ラッキーが、次から次へと舞い込んでくるもの!」


 「お前さんは、実に大胆な子だ。
 知らない土地で、知らない人に着いていって、それでまったく平気なのかい?
 実に行動的で勇気もあるねぇ。今時の女子大生は・・・・」


 「あら・・・・私のことなら全然、平気です。
 第一、日本にやって来た瞬間から、私はすべてにおいて迷子みたいなものだもの。
 悩んだり、病んでいたって仕方がないでしょ。
 前向きなのよ。台湾からやってきた今時の留学生は。
 さァ行きましょう!て、まだ、自己紹介もしていないわね。私たち。
 私の名前は、朴 貞園。
 貞園は、台湾では『ジョウオン』と発音をするけど、難しいので
 日本風に『ていえん』と呼んでください。
 あなたの、お名前は?」



 「俺は、康平。
 呑竜マーケットの康平と言えば、このあたりでは、少しは知られた名前だ。
 と、いっても半径が50m足らずの狭い範囲に、限定されているけどね。あはは」



 「康平か。いかにも和食が似合いそうな名前です。
 前橋っていい街だなぁ~。
 私、たったいまからこの街が、日本の中で、一番好きな街になりました!」



 

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