落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」最終回

2013-06-16 11:11:35 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」最終回
「大人たちが見つめる、六連星の意味」






 「さぁてと。響も無事に出発をしたことだし、後は俺たち大人の時間だ。
 なんというか、実に凄いものを目撃したという気分がする・・・・
 政府や野田総理に言いたいことは山ほどあるが、それもまた別の機会に譲ろう。
 今はとりあえず、響が無事に若狭へ着くことを祈ってやろう」


 官邸前の6車線の道路を離れ、霞ヶ関方面に向かって100mも歩くと
もう、都会は全く別の表情を見せ始めます。
官邸前を埋め尽くした熱気も雑踏も此処には見当たらず、スーツ姿のサラリーマンと
OL達ばかりが、やたらと目につく風景に変わってしまいます。



 「つい目と鼻の先には、原発に反対をする大群衆どもが居て、
 この辺りには、同じ日常だけを、ひたすら繰り返していると思われる
 霞ヶ関の働き蜂どもが闊歩をしている。
 田舎者には、とうてい信じられない都会ならではの光景だ。
 さてと・・・・車は若い連中に貸してしまったから、
 ここからは、めいめいの足で、ひたすら家路を急ぐ事になる。
 で、そこで相談が有る。
 お前さんたちには申しわけないが、ここは久し振りの花のお江戸だ。
 ちょいとコレに連絡を入れたら、今からでもすぐに遊びにおいでと
 色良い返事などが返ってきた。・・・・そう言う訳だ。
 俺はこのあたりで失礼をするが、あとは二人でしっぽりと濡れてくれ。
 じゃあな、トシ。清子もまたそのうちにな。あばよ」

 携帯を片手に、岡本がさっさと消えていってしまいます。
後に残されたのは、手持ち無沙汰風の俊彦と、岡本の背中を見送りながら
憮然としている清子だけです。



 「まったく、失礼しちゃうわね・・・・
 自分だけ良い思いをするために、さっさと消えちゃうんだもの。
 やっぱり、改心しない極道は、どこまで行っても救いようがないわね。
 好きにすればいいじゃないの。なにさ、ふん」



 「そう、怒るなよ清子。
 岡本はあれでもあいつなりに神経を使っているんだ。
 遊びに行くのは事実だろうが、それなりに俺たちへも配慮をしたんだろう。
 で、どうする?
 響は、今頃は福井へ向かう車の中だし、
 岡本は、昔の女に会うために、その路線をひたすら爆進しはじめた・・・・
 取り残されちまった俺たちは、これからどうしょうか?」



 「二人っきりで、都会のど真ん中に放りだされた訳ね。
 都心の夜の景色などを見下ろす高層のホテルもいいし、
 海沿いに建っている眺めの良い、高級ホテルなんかも良いわねぇ。
 あんたと、何もしないで、ただ景色を眺めているだけなら、そういう処もまた乙だわねぇ。
 でもそれだけじゃ、つまんないでしょう。たぶんあなたは。
 とりあえず、地下鉄などを乗り継いで浅草の駅まで戻りましょう。
 帰りの電車を確保してから、都内で大人のデートなどを満喫しましょう。
 思いっきり、できるだけ濃厚に・・・・うふふふ」


 「お前なぁ・・・・」



 「冗談に決まっているでしょう、」と清子が俊彦の右手を握ります。
思い切り身体を寄せると、地下鉄の駅を目指して颯爽と舗道を進み始めます。
(お前。それじゃ余りにも、俺たちの身体がくっつき過ぎだろう)と、
俊彦が清子の耳元でささやいています。



 「何言ってんの。
 都会じゃこのくらいは当たり前です。
 第一、いい年をしたオジサンとオバサンがいくらベタベタしていたところで、
 都会の人たちは誰一人として、関心なんか持ちません。
 なにしろ、全ての人間が、二度と会うことのない他人だらけの空間です。
 人の目なんか、さほど気にすることなどありません」


 「なるほどねぇ。そういう考え方も有るのか。・・・・なるほど」



 「ねぇ・・・・一度、どうしても聴きたいと思っていたことが有るの。
 どうしたのさ。なに意識して、突然、身体を固くしているの。
 私を愛してるかどうかなんて、いまさら野暮なことなどあらためて聴きません。
 なぜ、蕎麦屋の屋号が、『六連星』というの?
 なにかしらの、特別な意味でも含んでいるのかしら」



 「六連星は、プレアデス星団のことで、和名を『すばる』と呼んでいる。
 この地球からは、400光年ほどの距離にあって、
 肉眼で5個から7個くらいの星の集まりが見えるそうだ。
 双眼鏡を使うと、数十個の青白い星が集まっているのが確認を出来る。
 ごく狭い範囲に小さな星が密集してるという、
 特異な景観をしているのが、この星団の特徴だ。
 さらに一番の特徴といえば、これらの星団を取り巻いている、青いガスの存在だ。
 星団とは、元々関係のない星間のガスが、星団の光を反射しているために、
 青いガスに包まれているように、地上からは見えるそうだ。
 ひとつは、そうした星団の神秘性に魅せられて命名をした。
 そして、もうひとつは・・・・」


 「もう、ひとつは?」



 「人々が集うということへの、憧れかな。
 不特定多数がたくさん集まると言う意味も有るが、
 それとは別に、家族とか友人とか仲間とか、そういう特定の集まりという意味も、
 含めて、なぜか名前を着けた・・・・
 だが、残念なことに、俺自身にはあまり縁がなかったようだけどね」


 「ちゃんと、呼び寄せたくせに。あなたは」


 「俺が?」


 「あなたに呼ばれて、響は、たぶん家出をしたのよ。
 私が、あんなにも、あれほど目に入れても痛くないほど可愛がって育てたと言うのに、
 やっぱり、最後にはあなたに取られてしまったもの」


 「そうでもないさ。
 もうあの子は自分の足で目標を見つけて、それに向かって歩き始めた。
 あの子は、君や俺たちの手元に置いておくのには、もったいない子だ。
 もっと旅に出て、いろんなものに遭遇をさせて、いろいろと体験をしてくる必要もある。
 もう、これから先の時代は、響たちの世代のものだろう。
 すばるの星座の中心で輝やいているのは、そうした可能性を持つ若い人たちなんだ。
 俺たちは、それを周囲からただ見守っている、青いガスみたいなもんだ。
 いいんじゃないのかな、それでも・・・・」


 「なんだかなぁ。・・・・まだ45歳だよ、私たち」


 「まだ、45歳で、もう45歳だ。
 で・・・・どうするんだ、俺たち。この先」


 「頼まれたって、絶対に、お嫁なんかに行きません。私は。
 生涯、湯西川で現役の芸者を通しますので、いまさら家庭などには断じて入りません。
 でもね、それでもさ、あなたが、どうしてもと言うのであれば
 お話はまた別ですが・・・・」


 「あのなぁ、そういう事ではなくて。
 その件なら、それは後でまた、ゆっくりと二人で話し合うことにして。
 とりあえず今夜は、これからどうするか。その質問をしただけのことだが・・・・」


 「あ・・・・・そうよねぇ。そういう話だわよねぇ。
 あら、あせっちゃいました。
 浅草へ着いたら、地上350メートルからの夜景でも眺めましょう。
 あなたに、肩などを抱いてもらって、ざっと数えても、
 響と同じだけの年数の、25年間分を甘え直してみたい・・・・」


 「スカイツリーか。・・・・まるで田舎からのおのぼりさんだな。俺たち」



 「そこから見つめてみたいのよ。
 天空に輝やいているという、六連星の星座と、私たちの未来を」



 「おい何言ってんだよ・・・・雨が降っているんだぜ。
 あれれ、おい。雲の切れ間が見えてきた・・・・
 可能性はまったく無きにしも、あらずというか。
 よし。たった1%の可能性にすべての希望を託して、俺たちの未来も見つめに行くか」

 「ええ。どこまでだって着いて行くわよ。私も・・・・」




 六連星(むつらぼし)完