落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第91話 

2013-06-10 09:53:00 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第91話 
「首相官邸は、どこにある?」





 「首相官邸前まで乗り付けると言うのは、無茶です。親分。
 国会議事堂はあるし、周辺は霞ヶ関の官庁街の建物で埋めつくされています。
 第一、俺たちが崇拝をしている皇居までも、目と鼻の先です。
 今回のデモは、おそらく予想を上回り4万人を突破するだろうと書き込まれていやす。
 交通規制も当然かかっているでしょうし、難しいこと、この上なしです」


 助手席でアイポットを操作している凸凹コンビの小さい方が、
命令とは言え、いかにもそれは無謀すぎますと、後部座席の岡本を振り返ります。


 「それを何とかするのが、お前たちの仕事だろう。
 交通規制だろうが警察の検問だろうが、すべての障害を突破して、
 とにかく、最善の方法で官邸前まで、無事に響を届けろ。
 出だしからつまずいているようじゃ、響の警護をお前らにまかす訳にはいかねぇぞ。
 困難は、常に突破するために有るもんだ。びびるんじゃねぇ。
 もっと、しっかりしろい。お前たち!」



 「へい、わかりやした。なんとか方法がないか、再検索をしてみやす」


 「4万人か・・・・たしかにすさまじい数字だ。
 官邸前には、それほどたくさんの人が集まれる場所というか、
 空間などがあるのかい」



 「俊彦さん。デモといっても立ち止まっていつまでも、
 集会などをやっている訳ではありません。
 東京メトロの銀座線や千代田線、丸の内線などを使って、
 官邸前へ、個人個人がそれぞれに集まってくるだけのようです。
 車で直接乗りつけると言うのは、公共交通機関が不便な田舎者のやることです。
 都心部は車よりも、電車や網の目のように貼りめぐらされている
 地下鉄なんかのほうがはるかに便利で、よっぽど正確に移動そのものができます」


 「どうせ俺は田舎者だ。馬鹿にするんじゃねぇこの野郎。
 着物姿の響を、さらし者のように地下鉄を乗り換えさせる訳にはいかねぇだろう。
 とにかく、どんな手をつかってもいいから、官邸前に直接乗りつけろ。
 そのために高いナビはついているし、そのなんとかという
 便利なポットも持っているんだろう。
 後の責任は俺が全部取る。いいからかまわずに強行突破をしろ!」




 若い衆に向かっていきり立っている岡本を、最後尾の3列目シートから
「まあまあ、もうそのくらいにしてあげなさいよ」と、清子が肩を叩きます。
「そうは言ってもなぁ・・・・」と、岡本はまだ不満そうな顔を残したままです。

 「岡本が響のために、若い者たちを福井まで同行させるとは、驚きだ。
 響の警護のためだけかと思ったが、長期に滞在をさせる腹つもりということは、
 何か別の魂胆をたくらんでいるな、お前。
 一体なにを、たくらんでいるんだ、今度は」


 東京行きの腹を決めた俊彦が、岡本の肩へ手を掛けます。
助手席を覗き込んでいた岡本が、「ん、ばれたか」と、体勢を戻し俊彦を振り返ります。
「さすがに、察しが早い」ニヤリと笑うと、(それじゃ、仕方ねぇ」と、
笑いながらどっしりと座席へ座り直します。



 「原発と言うものは、存在そのものが金を産むと言う代物だ。
 つまり原発に携わっているかぎり、長い間にわたって利権を手にすることになる。
 廃棄になればそれなりに、後始末のための人手もかかるし、時間も費用も
 べらぼうにかかる事になる。
 再起動になれば、これまた急に人手が必要になるし、準備にも追われることになる。
 廃棄にしろ存続にしろ、原発は金を産むビジネスということになる。
 こいつらも、もうそんな勉強を積んできてもいい頃だ。
 いつまでも中途半端で半人前だと思っていたが、この間の山本の葬式で
 何かをつかんだのだろう。
 だいぶしっかりして、心強くもなってきた。
 そう言う訳だ・・・・響の護衛のかたわらで、現地で調査をすると言う訳だ。
 本来なら俺が行きたいところだが、雑用が多すぎてそうもいかねぇ。
 可愛い子には旅をさせるろ、ということだ」


 「なるほどな。転んでも只では起きないか。まったくお前さんらしいや」


 「低次元なものの言い方をするんじゃねぇ。
 これは、れっきとした極道の世界のビジネスだ、ビジネス。
 まったく、世間から遅れている前近代的な蕎麦屋の発想は、世俗臭くっていけねぇや。
 いまや、簡単になんでも探せて手に入れることができるという、ネットと
 便利なポットが、すこぶる全盛の時代なんだぜ」



 「親分。便利なポットではなく、アイポットです。念のために・・・・」


 「おう、そのポットの事だよ。俺がいいたかったのは。
 響だって、原発反対の連載小説をネットで書き始めている今日この頃だ。
 ちゃんと読んでいるんだろうな、お前。父親として。
 あれれ・・・・お前が父親だと言う言葉を、いつのまにか連発中だ。
 内緒の訳だったが、なんだかすべてを俺がばらしちまっているような気配だ・・・・
 まぁ、響にはそれとなく伝えてはおいたが、本当は
 いまだに内緒のはずの親子関係だ。
 悪いなぁ、清子。俺が勝手に、全部ばらしちまった。
 不本意だろうが、俺が先走りをし過ぎちまった。
 丁度いい、打ち明けるための潮時と言うか、タイミングってもんが
 本当は有るんだろうが、それもみんな、俺がご破算にしちまったようだ。
 だがよ、もういいだろう。お前さんたち。
 そろそろ親子を名乗り合って、誰が見ても羨むような姿を見せてくれや。
 見ている方が辛すぎて、じれったくて仕方がねぇ。
 お節介すぎるだろうが、たまには俺のお節介にも乗ってくれや。みんなして。
 響を遠くに出すのは、トシも心配だろうが俺だって実は心底に心配なんだ。
 みんなで笑って送り出してやろうぜ。
 今度は、ちゃんと家族として。
 悪いな・・・・いろいろとしゃべっているうちに、涙がこぼれてきやがった。
 なんとかしろよ、俊彦。見ている俺のほうが、つらすぎるじゃねぇか・・・・」



 岡本が背中を丸めて、窓の外を見つめはじめてしまいます。
「バカ野郎が・・・・まったく余計なお節介ばかりしやがって」ほらよ、と一声かけて
俊彦がポケットから禁煙パイプを取り出し、そのうちの一本を岡本へ手渡します。
「はじめたんだって。お節介な医者の忠告を聞き入れて、禁煙てやつを?」
「まぁな。家族のためだ。」そう応えて岡本が、禁煙パイプを受け取ります。


 「家の中でまったく吸えねえし、第一、娘がうるさくっていけねぇ。
 見つかるたんびに、健康に悪いからやめろ、やめろの繰り返しで
 自分の健康のためだからきっぱりやめろと、カミさんよりも、うるさくて仕方がねぇ。
 いつのまにか大きくなって、あたりまえのように親に
 意見までするようになっちまった。
 面倒くさいぞ、娘は。扱いにくいし、常に我がままだ。
 そうかといって怒る訳にもいかねぇし、娘の意見を聞きいれる訳にもいかねぇ。
 まったくもっての中途半端で、困っちまうぞ。
 娘の取り扱いってやつは」



 「お前のありがたい、お節介のおかげだ
 俺もやっとのことで、その、手を焼く娘と再会ができた。
 すまねぇな、つまらねぇ心配ばかりをかけて。
 だがよ・・・・娘の面倒をみるってのは、それほどまでに厄介なものか?」


 「厄介なんてもんじゃねぇ。トシ。
 好きで作った子供だが、成長するにつれて、俺の手には負えない代物に変わっちまう。
 もっとも所帯を持った頃には、あれほど可愛かった嫁さんも
 時間と共に、鬼みたいに変わっちまうんだ。
 女はいうやつは、時間と共に変身を得意とする生きものだ。
 まぁそのあたりの原因は、ほとんどが、男の俺が作っているんだが、な。」



 突如として、アイポットで懸命に検索をしていた凹が歓声をあげます。


 「親分。、何とかなりそうです。ルートが見つかりやした。
 首都高速の都心環状線を三宅坂で下りて、高架下を走ってから永田町の
 路地裏をぬけていくと、官邸の西へ出ることが出来そうです。
 ナビをこれからセットしやすから、なんとか無事に着きそうです」


 「ほら見ろ。やれば出来るじゃねぇか。
 で、なんだ。その首相官邸ってのは、いったい都内のどこ辺りにあるんだ?」



 「へっ?。・・・・あれれ?
 だから、さっきから何度も説明をした通り、都心のすこぶるの一等地です。
 霞ヶ関の官庁街や皇居もすぐ近くだし、国会議事堂や議員会館などが
 密集している場所の一角に、建てられていやす。
 東京都千代田区永田町2丁目3-1が、その住所です。
 もしかしたら、最初から、人の話を聞いてなかったんですか・・・・親分ったら!」


 「なるほどなぁ。たしかに都心の一等地だ。・・・・
 それじゃ辿りつくに苦労をするわけだ。
 なるべく気いつけて行け。間違いがないようにな。まかせたぜ、お前たち」

 
 「あまりにも見境なく無茶な事を言うから、おかしいと思っていたら、
 最初からろくに聞いていなかったんだぁ、この人は。やっぱり・・・・
 部下が四苦八苦して苦労していようが、常に『まかせる』のひと言だけで、まったく
 細かい関心をもたないんだから、うちの親分ときたら」



 「まあまあそう言うな。
 船に乗ったら船頭任せ。車に乗ったら運転手とナビと便利なポットまかせだ。
 いやいや、口が滑った・・・・可愛いお前さんたちの腕にまかせた。
 安全運転で行け。高速は100キロ、都内は50キロで行け。
 1キロとして狂うんじゃねぇぞ。
 さァ行くぞ。6時になったら官邸前で、生まれてはじめてのデモ行進だ。
 血が騒ぎ、肉が踊るわい!あっはっは・・・・」




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