落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第83話 

2013-06-02 04:50:10 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第83話 
「家族葬と仁義の関係は?」



 
 山本を乗せて病院を出た霊きゅう車は、
そのまま市内の南下をつづけて、市街地の南西部にある丘陵地帯へ向かいます。
銅山のある町・足尾から南下をしてきた一級河川の渡良瀬川を渡ると、
丘陵地に有る市営斎場への坂道が始まります。
なだらかな坂道を登っていくと、その中腹には完成をしたばかりの純和風の建物、
家族葬や遠方から来た弔問客などが泊まる事も出来る「やすらぎの館」が見えてきます。


 山本の通夜と家族葬は、このやすらぎの館で営まれます。
家族葬とは1990年代の中頃に、ある葬儀社が葬儀の小規模化が進む社会現象を
受けて、1つのマーケッティング戦略として作りだした新用語と戦略のひとつです。
基本的には、近親者のみで行う葬儀のことを指しています。
密葬とよく似ていますが、家族葬では、ごく身近な友人や知人も参列をし、
そのほとんどが火葬場まで共に着いて行きます。
いわゆる、小規模の『お葬式』の形態として近年になって根付いてきました。


 むろん、原発労働者として全国を根なし草として歩いてきた山本には、
家族はもちろん、親しくしてきたという知人なども、これといって見当たりません。
それでも男たちは手分けをして、死亡確認書や埋葬のために段取りなどで、役所や
関係機関を飛び回っています。



 小じんまりとした通夜用の和室には、響と清子だけが取り残されました。
「あなたは若いから、こちらでもいいでしょう」と、響には紺のスーツが用意されました。
「あなたは見せたいでしょうが、夏の陽気といえども、素肌を大目に見せるのはNGです」
と笑いながら、清子が黒のストッキングやバッグなどの小物も、とり揃えています。



 「ハンカチは無地の白が無難です。
 もしくはグレーなどでも大丈夫です。
 明日の本葬では、黒の喪服か、
 和装ならば一つ紋か、三つ紋付きの地味な色で、無地のものを着用します。
 その際の帯は、必ず黒を用います。
 洋装でも、上着無しや、ブラウスなどではマナー違反になりますので、
 必ず、上着のないタイプの礼服のワンピースにするか、
 または、半袖タイプの礼服ワンピースなどを着る様にしましょう。
 ただし、肩が出てしまうデザインはいけません。
 裏方でお手伝いなどをする場合には、半袖のブラウスなどでも良いでしょう。
 ただし白や黒などの、比較的地味なもの着るようにしたいものです。
 ほかにも色々とありますが、キリが有りませんのでこのくらいで
 とりあえずはいいでしょう。


 「お母さんの時までには、完璧に覚えたいと思います」


 「そうね。・・・でも残念ながら当分は逝きません。
 それに、あんたをお嫁に出す方が先決だもの。
 それが、私の子育ての最後の仕事だしねぇ・・・・
 あら。お客さまかしら・・・・何処かで見た覚えのある二人組ですが。
 ああ、岡本さんのところの若い衆だ。
 へぇ。あちらも響に負けずに、借りてきたばかりの黒装束だ。
 なかなかに、馬子にも衣装の様子です」


 
 清子が見つけたのは、喪服に正装をした岡本のいつもの若い衆の二人です。
黒の上下に黒のサングラス、黒のネクタイに黒のバッグ、ピカピカの黒の靴まで揃えています。
何から何までしっかりとした黒ずくめの上に、何処から見ても『不良丸出し』という
表現が似合ってしまいそうな、そんな気配を濃厚に漂よわせています。


 「アニメのルパン三世に、
 確か、あんなキャラクターが居なかったかしら・・・・
 片方は痩せていて背が高く、もう片方は小さくて少し太っていたコンビが。
 それにしても、実に見事に漫画チックで、喪服の似合う凸凹コンだわね。
 楽しい通夜になりそうです。と言ってしまうと少々不謹慎ですが・・・。ふふふ」



 向こうも清子を遠くから見つけると、腰を低くして挨拶に駆け寄ってきました。
丁寧に挨拶を始める前からすでに数度にわたって、キンキンにポマードで固めきった
オールバックの頭を、下げ続けています。


 「ご苦労さんにございます。姐ご。
 親分に言われて、雑用を片付けるために飛んでめえりやした。
 とにかく、姐ごの言うことを良く聞いて、なんでも言いつけられたことは、
 すべてこなせと岡本の親分から、厳しく仰せつかってまいりやした。
 何なりと、遠慮しないで、こき使ってくだせい。姐さん!」


 「あら、誰かと思ったら、いつものあんた達じゃないの。
 誰も来ないと思うし、もう外回りの仕事は、トシさんと岡本さんが片付けているわ。
 用事が有ると言えば、万一を考えて受付の仕事くらいかしら。
 ねぇ、お母さん」

 「へい。かしこまりました。
 小さいほうの姐さんの言うことも、無条件に聞けと厳命をされておりやす。
 承知いたしやした。
 早速、受付へ座らせていただきやす。おい、いくぜ相棒」



 「おうよ。仁義ならまかせてくれってんだ。
 じゃ、早速ながらその仁義の勤めを、始めさせていただきやす。」


 「葬儀の受付と仁義と、いったいどういう関係が有るの?
 大丈夫なの、あんた達。
 間違って弔問客が来ても、失礼が無いようにしてくださいね。
 見ているだけでも怪しい雰囲気が有るし、第一、その顔は無るからに凶器だわ」


 響の入れた横ヤリに、背の高いほうが反応をしてにわかに詰め寄ってきます。
痩せた男は見た目以上に、すこぶる高い身長の持ち主です。
(ほんとうだ。完璧に頭ひとつ上から、見降ろされているわ!)
横に並ぶと響とは、顔一つほど、その背丈が確かに違っています。
2歩ほど後退をした位置で男が思い切り腰をかがめるました。
響の顔よりもはるかに低い位置まで頭を下げてから、そのままの姿勢を
しばしの間保っています。




 「手前、いたって不調法、あげますことは前後間違いましたら、お許しを蒙ります。
 手前、生国は上毛の国は国定でござんす。手前、縁もちまして親分と
 発しまするは岡本一家二代目、岡本良太郎の若い者でござんす。
 姓名の儀、声高に発しまするは失礼さんにござんす。
 姓は国定、名は長次郎と申す。しがないかけだしもんにござんす。
 行く末、お見知りおかれましてお取り立ての程、よろしくお願い申し上げます。」



 いきなり、やくざの仁義を切り始めてしまいます。
上毛(じょうもう)は群馬県のことで、国定(くにさだ)という地名は
侠客の国定忠治を産んだ伊勢崎市にある長岡町の別称で、岡本良太郎はすでに皆さんが
ご存じのようの、不良の岡本のフルネームにあたります。


 「仁義とは、やくざの世界では、「人の踏み行うべき道」や
 「世間の義理、人情」と言う意味に当たり、ひろく対外儀礼のことを指しておりやす。
 一口に仁義といっても、俗に渡世人の七仁義と呼ばれるほど奥が深く
 初対面の挨拶として、ちゃんと儀礼化をされておりやす。

 すなわち。
 1)伝達の仁義、2)大道の仁義、3)初対面の仁義、4)一宿一飯の仁義、
 5)楽旅の仁義、6)急ぎ旅(早や旅)の仁義、7)伊達別の仁義
 などと、7つにわたってそれぞれ呼ばれておりやす。
 これらの「仁義」のことを、博徒仲間の間では、正式には
 「チカヅキ」(近づきの仁義)、的屋仲間では「メンツー」(面通)とか「アイツキ」
 (テキヤ用語、アイツキ仁義)などと呼んでおりやす」


 「ようするにあたたちは、初対面の時から義と礼節を重んじているから、
 接待に関しては、何の心配もないと言いたいわけでしょう」




 「おっ、さすがに小さい姐さん。物わかりが早い。」


 「それなら私にも、大好きな仁義が有るわよ。
 私、生まれも育ちも葛飾柴又です。
 帝釈天(たいしゃくてん)で産湯(うぶゆ)をつかいました根っからの江戸っ子。
 姓は車(くるま)名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。
 どう、これで。ちゃんと合っているかしら」


 「流石です。小さいほうの姐さん。
 そいつは「アイツキ仁義」と呼ばれるもので、的屋仲間で使われる挨拶にござんす。
 見かけによらず、小さいほうの姐さんも、任侠の素質があるように
 お見受けをいたしやした。
 素人にしておくのは、もったいないと思いやす。」


 「馬鹿を言わないで頂戴。
 どうでもいいけどあなたたち、口調まで、いつもの「です・ます」から
 仁義風の「ござんす」や、「でやす」に変わってしまうのは、どういう訳なの?
 あんた。見かけによらず、本当は応用の利かない不器用なタイプでしょう」

 「ご明察です、察しの通りです。小さい姐さん・・・あいや、響さん。
 けっこうやくざの世界にも複雑なしきたりや儀礼が多すぎて、
 覚えるだけでも、四苦八苦している有様です。
 無駄話が長くなりやしたが、そろそろ仕事につかせていただきやす。
 それじゃ皆さん、まっぴらご免なすって!」



 「なんだかなぁ。そこだけは、少し活用方法が違うような気もするけど・・・・」


 「すいやせん。小さい姐さん。
 修業中の身につき、そのあたりは大目に見てくだせえぇ。
 響ちゃん。・・・・頼むからそんなに俺をいじめないでくれよ。
 これでも俺らは目一杯でやってんだぜ。
 岡本の親分からは、いつまでたっても進歩が無いって、
 いつも怒られているけど、さぁ・・・・」





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