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韓国総選挙の民心

2016年04月18日 | 三千里コラム

無所属で当選した「統合進歩党」出身のユン・ジョンオさん(4.13,蔚山市)



4月13日、韓国で第20代国会議員総選挙が実施された。事前に野党が分裂したことから、与党「セヌリ党」の圧勝が予測されていた。ところが、「セヌリ党」は過半数議席どころか、第1党の地位からも転落するという意外な結果となった。今回の総選挙ほど、専門家たちの予測が外れた選挙もなかっただろう。本稿で、選挙結果に現れた韓国社会の民心を分析してみたい(JHK)。

1.各党の議席数と得票率の変化

韓国の国会議員総選挙は、小選挙区と比例代表の並立制で行われる。地域区253人、比例代表区47人の議員が選ばれ、任期は4年だ。各党の議席数を前回総選挙と比較すると、次のとおりである。「セヌリ党」(146⇒122)、「共に民主党」(102⇒123)、「国民の党」(20⇒38)、「正義党」(5⇒6)、無所属(⇒11)。また、比例代表の得票率では「セヌリ党」=33.5%、「共に民主党」=23.5%、「国民の党」=26.7%、「正義党」=7.2%だった。「国民の党」と「正義党」は今回新たに結成された新党なので、得票率の推移を比較できない。だが、「セヌリ党」は12.5%、「共に民主党」(旧民主統合党)は11.0%と、いずれも前回に比べ得票率が大きく減少している。

にも拘らず、「共に民主党」が第1党になったのだ(「セヌリ党」の公認を得られず無所属で当選した7人は復党の意志を表明しており、「セヌリ党」が129議席で第1党になると予測される)。今回の選挙結果には、小選挙区制の抱える問題点をはじめ、幾つかの要因が重層的に作用している。ただ、表面上の結果からは、「セヌリ党」=惨敗、「共に民主党」=善戦、「国民の党」=躍進、「正義党」(他の進歩政党も含め)=停滞、と短評できるだろう。

2.民心の審判

今回の総選挙は言うまでもなく、朴槿恵政権の愚政に対する容赦なき審判であった。韓国市民は国政全般に渡る大統領の傲慢で独善的な姿勢に憤怒しており、何よりも、経済の失政と南北関係破綻の責任を厳しく追及したと言えるだろう。具体的には、セウォル号惨事の真相究明放棄、歴史教科書国定化の強行、日本軍「慰安婦」問題の屈辱的な対日交渉、国会と野党を無視した強引な政局運営、青年失業率と家計債務の増大、開城工団の閉鎖と南北関係の断絶など、枚挙にいとまがない。何一つ、肯定的な評価に値する治績は見当たらないのが現状だ。このままではおそらく、最も無能な大統領として記憶されるのではあるまいか。英国公営放送『BBC』や米紙『ニューヨーク・タイムズ』なども、「朴槿恵大統領の独断的な統治スタイル、反政府デモへの強硬な対応」などを敗因としてあげている。

今回は、特定の政策をめぐる与野党間の論争も殆どない選挙だった。与野党は経済悪化の責任を相互に転嫁するだけで、未来への政策展望を何も提示しなかった。また、北朝鮮の核・ミサイル開発と米韓合同演習の強化という高度の軍事緊張下で実施された選挙だったが、外交・安保・統一問題などは争点にもならなかったのだ。実際の選挙遊説でも、与野党間にこれといった差異が見えなかった。さらに、比例代表候補の選出過程を見ると、経歴や資質の疑わしい人士を与野党の指導部が不明瞭な基準で公認するという、旧態まで露呈していた。有権者が投票場に向かう動機を見つけるのが困難で、「史上最悪の選挙」になるだろうと酷評されていたほどだ。

しかし、前回に比べ投票率は3.8%上昇し(54.2⇒58.0)、過半数議席の獲得を目指した与党は第2党に後退した。予想外の結果をもたらしたのは、有権者が共有した政権交代への強い願望だったと言えよう。韓国市民はもはや朴槿恵大統領の“統治”を望んでおらず、民主政治の回復と朝鮮半島の平和定着、公正な分配による格差の解消を求めているのだ。

ここで看過すべきでないのは、民心は「大統領と政権与党を厳しく審判した」のであり、「野党に全面的な支持と期待を表示した」のではないという事実だ。「共に民主党」と「国民の党」が議席を増やしたのは、両党の政策や主張が共感を得たからではない。あくまでも、朴槿恵政権と「セヌリ党」の失政がもたらした“反射利益”にすぎない。両党が一時的なバブル議席に酔いしれていると、民心の新たな審判を免れないだろう。

すでに「共に民主党」は今回、伝統的な支持基盤の全羅道で有権者の峻厳な審判を受けている。この地域で総28議席のうち、同党はわずか3議席を得たに過ぎない。「国民の党」が23議席、与党が2議席だった。特に「民主化運動の聖地」と呼ばれる光州市で全敗した(「国民の党」が全8議席を獲得)ことは、「共に民主党」にとって致命的な痛手と言えよう。

全羅道の民心が「共に民主党」から離反したのは、南北関係の悪化と政権の公安弾圧(「従北」攻勢)に際し、同党が右傾化を選択し保身に回ったことに起因している。金大中政権期の南北和解・協力政策(太陽政策)を擁護せず、その成果である開城工業団地の一方的な閉鎖を阻止しなかった「共に民主党」の現状は、全羅道の民心が同党への支持を撤回する十分な根拠となった。その結果、代案として「国民の党」に票が流れ第3党に浮上したのだ。

しかし、共同代表の安哲秀をはじめ「国民の党」の主要人氏は、ほぼ全員が中道もしくは穏健保守に分類される。決して、南北関係の改善や和解協力政策に粉骨砕身する意思を持っているとは思えない。同党のスローガンである“新しい政治”も何を意味するのか、具体的なイメージすら湧いてこない。野党内で主導権確保に失敗した「安哲秀とその仲間たち」が離脱し、「政権交代のためには第3党が必要だ」と旗を上げ、既存野党に失望している全羅道民に受け入れらたのだ。

これも一種の“反射利益”と言える。全羅道における変化は、「共に民主党」に対する審判の結果であって、「国民の党」への全面的な支持を意味するものではない。また、「国民の党」が名実ともに第3党として認定されるには、まだ程遠いと言わざるをえない。全羅道以外の地域では、ソウル市で2議席を得ただけなのだ。地域政党としての限界は明白であろう。

3.今後の展望と課題

今回の選挙は図らずも、憲法第1条の「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民より出る」を実感する場となった。韓国民衆の躍動的な力量を示し、民主化の成果が決して消尽したのではないことを証明したからだ。主(あるじ)である民(たみ)が、自らの意志で、保守政権による後退と反動への流れに歯止めをかけたのだ。野党は候補一本化に失敗したが、市民が自らの判断で、当選可能な候補を選択して投票した。首都圏における「共に民主党」の勝利は、こうした市民の賢明な判断によるものだ。

市民社会の意志はさらに、1987年の民主化抗争以後、30年間にわたって韓国社会を規定してきた「地域対立の構図」を変革する動力となっている。朴槿恵大統領の地元であり保守勢力の拠点でもある大邱市で、「共に民主党」の次世代ホープ、金富謙(キム・ブギョム)が与党の重鎮に圧勝した。大邱市をはじめ与党の支持基盤地域である慶尚道は総65議席の票田だ。今回、野党と無所属が17議席を占めたのは重要な意味を持つ。野党地域の全羅道でも、「セヌリ党」が2議席を獲得している。

「地域主義」に根ざした87年体制が崩壊に向かい、その代わりに「世代対立の構図」が顕著になっているようだ。特に、20代~40代の人口比率が高くその世代が積極的に投票した地域では、「共に民主党」と「正義党」、そして無所属の議席が増えている。こうした傾向は2012年の大統領選挙でも顕著だった。20代~40代は野党の文在寅候補に、50代以上は朴槿恵候補に票が集中した。ただ、全羅道と慶尚道だけは例外だった。両地域は世代を問わず、野党と与党に圧倒的な支持を与えたからだ。しかし今回、両地域でも世代間の差異が顕著に現れた。全羅道の20代~40代は「共に民主党」、50代~60代は「国民の党」を支持した。慶尚道では、50代~60代が「セヌリ党」を支持したが、20代~40代は「共に民主党」と無所属支持に傾斜している。

社会を変革し歴史を創造する力の源泉はどこにあるのだろう。それは民衆の「ひたむきな心」ではないだろうか。矛盾だらけの現状を変えたいという「ひたむきな心」だ。今回の選挙も、20代~40代の「ひたむきな心」がもたらした結果だと思う。中央選挙管理委と各放送局の出口調査によると、前回(2012年)に比べ世代別の投票率推移は以下の通りである。20代(45.0%⇒49.4%)、30代(41.8%⇒49.5%)、40代(50.3%⇒53.4%)。一方、50代以上の増加率は1%に満たない。政権に失望した高世代は投票に行かなったが、20代~40代は「ひたむきな心」で政権交代への強い意志を投票で示したのだ。

来年の12月に大統領選挙が控えている。政権交代を実現するには野党勢力の連帯が不可欠だ。「国民の党」の躍進で20年ぶりに三党体制が出現した。しかし不安定で過渡的な三党体制だ。「国民の党」は選挙後に、いち早く「セヌリ党」内部の反朴槿恵勢力に連帯のエールを表明している。一方、大統領候補に知名度の高い人物が見当たらない「セヌリ党」は、安哲秀に大統領候補の座を譲ってでも政権の延長を企図するかもしれない。大統領への道が開かれるのなら、どの政党であっても厭わないのが「安哲秀とその仲間たち」ではないだろうか。かつて金泳三が、与党との野合で大統領候補の座を得たように。

かつて金大中が野党の指導者だった時期、政権交代に向けた最大の拠り所は全羅道民の「ひたむきな心」だった。しかし今、盧武鉉政権を誕生させたもう一つの要因である、特定地域を超えた進歩・民主勢力の「ひたむきな心」なくしては、2017年の政権交代は実現しないだろう。その中核を担う20代~40代の意志に期待したい。この世代の力が、野党勢力の連帯を推進することを願う。

最後になったが、蔚山の地で、二人の無所属議員が誕生している。キム・ジョンフン(51歳)とユン・ジョンオ(52歳)だ。二人は労働運動の経歴が長く、朴槿恵政権の弾圧で強制解散された「統合進歩党」に所属していた共通点を持つ。二人はまた、与党の牙城だったこの地域で市議や区長を努めながら、労働者と市民の支持を広げていった。今回の選挙で民衆は、朴槿恵政権を審判し民主政治への確固たる意志を表明した。同時に、不当な弾圧でも決して消滅しない進歩政党の新たな可能性を、力強く立証した。韓国民衆の奮起に拍手を!

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4 コメント

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有難うございます。 (pcflily)
2016-04-19 19:40:05
この度の選挙の結果は、久し振りの嬉しい知らせでした。
安哲秀とは何者かと嫌悪感を持っていましたが当たらずとも遠からじですね。まさか、セヌリ党と手を結ぶことはないと思うけどーーー。
キン・ジョンフン氏とユンジョンオ氏を選ぶ人がいらっしゃったことも、嬉しい知らせでした。
有難うございます。
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すごく納得がいきます (maneappa)
2016-04-19 22:31:17
選挙報道をいろいろ見てきたけれど、こんなに的確で納得がいく分析は見たことがありません!!!
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嗚呼… (tonton)
2016-04-20 05:26:28
いろいろな意味で決して喜べない選挙でしたね。これでどこに投票せよというのか…そんな思いが最後まで頭をもたげた。それにもかかわらず最終投票率が漸増したのは何故なのか?とりわけ若年層を積極的に投票行動へ駆り立てた要因についてはなお分析、考察が必要だと思う。なぜならばこの問題が次回の大選の最も大きな争点になるはずだから。
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一番大切なことは。 (pcflily)
2016-04-20 09:57:26
一番大切なことは、枝葉末節に拘らず大局的見地に立つことではないでしょうか?
まずは、現在の与党から政権を取り戻すことであると私は願っています。選挙に参加する若い人が増えたことに希望を持ちます、
己だけの利権、名誉だけを求める人間を見分ける目を持って欲しいと祈るだけです。
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