国務会議で冒頭発言する朴槿恵大統領(6.25,青瓦台)
日本の国会では安全保障関連法案の審議が続いている。のらりくらりと野党の追及をかわしてきた安倍首相だが、ここに来て、盟友ともいうべき某作家の妄言(猛言?)で窮地に立たされることになった。
7月3日、衆院平和安全法制特別委員会で首相は「国民の皆様に申し訳ない気持ちだ。...大変残念で、沖縄の皆様の気持ちを傷つけるとすれば申し訳ない」と、珍しく謝罪している。アジア太平洋戦争に関して“反省はするが謝罪しない”安倍氏も、対米約束である安保関連法案の通過に向け、国民に謝罪するしか道がないと判断したのだろう。
一方、韓国の国会では、与野党の対立よりも与党内部の対決が、刻一刻と緊張の度を高めている。曲がりなりにも“謝罪のポーズ”を取った安倍首相に比べ朴槿恵大統領は、その辞書に“謝罪という文字が無い”ことで知られた政治家だ。多数の犠牲者を出した船舶事故や急性伝染病が発生しても、彼女は自身の責任を省みることがない。その代わりに担当者を厳しく叱責し、その担当者が平身低頭して自らの怠慢を大統領に詫びるのだ。
マーズが蔓延し支持率が急落していった6月16日、朴大統領は多数の患者を出した「サムソン・ソウル病院」の院長を巡視先に呼び出し、厳しく叱責した。責任者として防疫に専念すべき院長は忠清北道の保健所に出頭して、朴大統領に深々と腰を屈め「大統領と国民の皆様にご心配をかけ、誠に申しわけありません」と陳謝している。
こうした場面を演出することで、彼女は巧妙に“責任者から審判者に”すり替わる。セウォル号惨事の時もそうだった。全ての責任を船舶会社のオーナーと船長に押し付け、自身の責任を回避してきた。だが、国民が望むのは「謝罪する大統領」であって、「謝罪される大統領」ではない。
〈任期後半の政権が抱える宿命〉
頑なに謝罪を拒否する朴槿恵大統領だが、任期の中間点を過ぎた政権の実態は極めて深刻だ。危機の源泉は他でもない、大統領自身である。大統領の任期が5年1期の韓国では、3年目に入った政権に共通する一定のパターンがある。①大統領の支持率が30%台に低迷(朴大統領は29%まで低下)し、②国会議員総選挙が間近(来年4月)に迫り、③与党内部で主導権抗争が深化(非朴槿恵勢力の台頭)する、といった状況である。
次回総選挙での再選を目指す与党議員にとって、支持率の低下した大統領ほど厄介な存在はない。それで、現職議員たちは大統領に離党を迫り与党のイメージ刷新を図ることになる。盧泰愚-金泳三-金大中-盧武鉉といった各大統領は皆、任期末に離党を余儀なくされた。抵抗すれば、親族や側近が不正事件で拘束される。検察は退任を控えた現政権ではなく、次期政権の中枢勢力に忠誠を誓うものだ。韓国政治は実に生々しい。
朴槿恵大統領も、こうした前例を知らないわけではない。ただ、独裁者・朴正熙の下で絶対権力を謳歌した彼女は、攻撃が最大の防御であることを熟知している。与党執行部が動く前に、彼女は党内反対派の制圧に乗り出したのだ。宣戦布告は6月25日、大統領官邸での国務会議だった。会議を主宰する大統領の冒頭発言が、全国にテレビ中継された。
朴大統領は、5月29日に与野党合意で採択された国会法改正案に対し、“憲法違反”と断定して拒否権を発動した。改正案の骨子は、「国会が採択した法律を基にして政府が施行令(大統領令や国務総理令など)を制定する場合、基本法の範囲を超えたり趣旨に反する施行令に対しては、国会が是正を要求できる」というものだ。最終的に「要求」は「要請」に緩和されたが、朴槿恵氏はこれを“大統領の権威に挑戦する許し難い反乱”と見なしたのだろう。
与党・セヌリ党の院内総務は、三選の劉承旼(ユ・スンミン)議員だ。朴槿恵大統領は国務会議で、“野党に迎合して改正案を通過させた”院内総務を激しく罵倒した。「政府の施行令を国会が審査するのは越権であり、歴代政府も認めなかった改正案を敢えて採択した底意は何か。...与党の院内総務が、はたして政府と与党のために国会運営をしてきたのか甚だ疑わしい。こうした背信者たちは、次の選挙で有権者の審判を受けねばならない...」。
〈セヌリ党内部の勢力分布と主導権抗争〉
現職大統領が、野党ではなく与党の院内総務を攻撃するのだから、かなり複雑な事情がありそうだ。しかし、朴槿恵政権の脆弱な基盤と与党内の勢力分布を見れば、その背景が明確になる。朴槿恵候補は51%の支持で大統領選に辛勝したが、固定支持層は30~35%に過ぎない。残り15~20%は、李明博前政権を母体とする支持層だ。しかも、与党内では前者(「親朴」派と呼ぶ)よりも、後者(「非朴」派と呼ぶ)が数的な優位にある。議員総会の投票結果が、こうした与党の実状を端的に示しているだろう。
朴正熙独裁政権の頃は、党内の要職は大統領が任命した。しかし、民主化の進展は政党政治にも重大な変化をもたらし、現在は所属議員たちの投票によって選出される。昨年と今年、党代表と院内総務の選出投票で「親朴」派は「非朴」派に連敗した。国会議長も朴槿恵大統領が推す候補ではなく、「非朴」派のチョン・ウィファ氏が選ばれている。
任期後半に入った朴槿恵大統領にとって、決して好ましい勢力分布ではないだろう。与党内の少数派が政局の主導権を掌握するためには、大統領が自ら「親朴クーデター」を敢行するしかない。それで国会法改正案の“不当性”を国民にアピールし、その採択に関わった院内総務の更迭を企図したわけだ。
6月29日、大統領の意を受けてセヌリ党の最高委員会が招集された。「親朴」派の最高委員たちは院内総務の辞任を強く求めたが、「非朴」派の最高委員たちは抵抗した。ユ・スンミン院内総務も大統領に謝罪したが、辞任の勧告(圧力)には屈しなかった。何よりも、20数人の再選議員たちが連名で声明を発表し、「親朴」派の最高委員たちを牽制したのは衝撃だった。声明の要旨は以下のとおりである。
「院内総務は党の綱領と規約に則って、議員総会で選出された。民主的な手続きにより決定された人事を、議員の総意を問うことなく最高委員会で一方的に変更することがあってはならない。...議会民主主義と政党民主主義は、我々が守るべき最高の価値だ。最高委員会がこの価値を損傷してはならず、党内の和合に向け尽力すべきである」。
正直なところ、筆者はセヌリ党を過小評価していたようだ。この声明を読んで、野党がなぜ、総選挙や地方自治選挙で与党に負け続けるのか、原因の一端が見えたような気がする。朴槿恵大統領とセヌリ党(とりわけ「非朴」派の新進議員)を混同すると、韓国保守勢力の底力を見誤ることになる。
〈政局の行方〉
朴槿恵大統領の陣頭指揮にもかかわらず、「親朴」派は院内総務の更迭に失敗した。かと言って、議員総会を再招集するのは逆効果だろう。6月25日の議員総会で、125人の議員がユ・スンミン院内総務を再信任しているからだ。それで最高委員会を7月2日に再開したが、やはりユ・スンミン院内総務は粘り腰を発揮して踏みとどまった。朴槿恵大統領のレームダック現象は、あろうことか与党内から発生しているのだ。
大統領が拒否権を発動した国会法改正案は7月6日、国会で再度の議決に付せられる。セヌリ党は朴槿恵大統領の体面を重んじ、評決には応じず退場するそうだ。改正案は自動的に廃案となる。だが、賛成211票、反対22票、棄権11票という圧倒的多数で通過した改正案を、大統領の強権により審議もせずに廃案とするなら、民主主義と議会政治の後退は否めないだろう。ユ・スンミン院内総務も、その時点で辞任せざるを得ないとの予測すら出ている。
朴槿恵大統領の「親衛クーデター」は、果たして成功するのだろうか。大統領がなりふり構わず強引な手法に訴えたのも、来年4月の総選挙を見据えてのことだ。「親朴」派が党内の主導権を握り議員候補の公認権を行使しない限り、大統領と政権のレームダック化は凄まじい勢いで進行するからだ。「親朴」派の議員が多数を占めてこそ、与党に対する大統領の権威が保障される。
しかし実態は、既に見たとおりである。大統領官邸の主は朴槿恵氏だが、国会も与党も「非朴」派が主流となっている。加えて、世論調査では過半数がユ・スンミン院内総務の辞任を望んでいない。国民世論を反映してか、政権の代弁紙と揶揄されてきた『朝鮮日報』や『東亜日報』ですら、ユ・スンミン院内総務ではなく、朴槿恵大統領を批判している。中でも、『朝鮮日報』論説主幹の「女王陛下と共和国の不和」と題したコラムは、タイトルからして象徴的だった。
現状では、たとえ「クーデター」で党代表と院内総務を「親朴」派に交替しても、有権者の信頼を失った状態で総選挙に臨めるだろうか。また、「クーデター」が成果なく収束すれば、朴槿恵大統領も前任者たちの例に漏れず、離党と新党結成に進まざるをえない。いずれにしても、朴槿恵政権にとっては衰退の道となるだろう(JHK)。
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