散歩の時に見つけた

東京都内を散策しますが、こんな所にこんな物がと再発見します。写真等を添えて記録します。

生命の言葉(東京都神社庁)

2011-04-20 07:00:59 | Weblog
    

 東京都神社庁の四月の言葉です。「いにしえの 道を聞きても唱えても わが行いにせずば

かひなし 島津忠良」とあります。解説によると、昔の貴重な道について聞き、それを口に出

して唱えることができても、それを自分自身の行動にすることができなければ、何の甲斐もな

いことである。としています。  

 島津忠良(しまずただよし) 1493~1568年。薩摩の戦国大名。忠良は琉球を通じ

て対明貿易や城下町の整備、養蚕産業の振興、家臣団の育成に励み、後に島津家「中興の祖」

と仰がれました。忠良の教育論は島津家に代々受け継がれることになり、その後の薩摩独特の

士風と文化の基礎を築きました。明治6年(1873)に竹田神社に祭神として祀られており

ます。

伝通院(文京区小石川)

2011-04-19 07:01:38 | Weblog
  

        今までの山門

 小石川3丁目の伝通院に新しい山門ができました。完成にはもう少しかかりそうですが。し

かし昔の面影はなくなったようですね。  

   千姫のお墓 

 今から600年前の応永22年(1415)無量山寿経寺という名で開創されました。それ

から200年後の慶長7年(1602)、家康公の生母「於大の方」が逝去され、この寿経寺を

菩提寺と定めました。於大の方の法名「伝通院殿」から、無量山伝通院寿経寺となったもので

す。墓地には於大の方のお墓(左)と、千姫のお墓があります。 

 このお寺は学僧の修行勉学の場となり、僧侶養成の重責を担っていました。更に明治以後は

淑徳女学校を設立し、広く社会に向けて子女教育に力を注いでいます。


こんな人を見た。(東京メトロ)

2011-04-18 07:00:07 | Weblog
      

 東京メトロのマナーポスターです。今回はネコさんの登場で、「つめて座って、もうひと席

ご協力を。」と書いてあります。これは酔っ払って寝てしまったのでしょうか。最近はあまり

見かけませんが、やっぱりいるのかなデス。上に吊り革がありますから「電車の中」というこ

とを示していますね。寝そべるのはやめてください。

生物園(2)

2011-04-17 06:53:43 | Weblog
   

 この生物園では、チョウの卵から飼育して羽化するまでを行っています。子どもたちもチョ

ウが羽化する瞬間を見て、驚きながらもよい勉強をします。  

        

 これは「タイタンオオウスバカミキリムシ」です。アマゾンに生息する世界最大のカミキリ

ムシで、幼虫は25センチにも達し、現地では食用にも利用するそうです。  

   

 このカメさんは「ケツメリクガメ」といって、アフリカ大陸に住むリクガメの仲間では最大

になり、世界で3番目に大きくなるといわれます。分布は、サワラ砂漠の南部の乾燥地帯だそ

うです。いろいろな虫や動物がいますよ。

生物園(足立区保木間)

2011-04-16 06:53:09 | Weblog
   

         

 節電で休園していた生物園が再開です。「クリオネ展」とポスターが出ていたので期待しま

したが、初めて見たクリオネの小さいこと。写真、テレビでしか知りませんでしたが、1セン

チメートルの小さなものでした。でも可愛いものですね。入口近くの大きな水槽にはさまざま

な魚が泳いでいます。子どもも嬉しそう。  

   

 こちらは「ビルマニシキヘビ」です。インドシナ半島、ジャワ島、スマトラ島などの熱帯雨

林に生息している大型のヘビで全長5~7メートルと言いますから大きいですね。主な餌は小

型の哺乳類だそうで、人間の子どもも・・怖いですね。

 

見返り柳(千束4丁目)

2011-04-15 07:02:46 | Weblog
   

           

 吉原遊郭の名所のひとつですね。遊び帰りの客が大門を出て、後ろ髪を引かれる思いでこの

柳のあたりで振り返ったということから「見返り柳」といわれます。今の柳は電柱に寄りかか

っているようで元気がない。しっかり芽吹くと見栄えがしますよ。  

  

 「きぬぎぬの うしろ髪ひく 柳かな」なんてね。もうひとつ「見返れば 意見か柳 顔を

打ち」など、川柳の題材になっています。道路の向いが山谷堀で、昔はその土手にあったそう

ですが、区画整理などで現在地です。震災、戦災などで数代にわたり植え替えられているとい

います。柳にいろいろ聞いてみたい感じですね。

吉原神社(台東区千束)

2011-04-14 06:58:30 | Weblog
  

       お穴さま

 元和3年、江戸に散在していた遊女屋は日本橋葦町に廓として統合され、これが江戸吉原。

 その後明暦の大火のあと千束村に移転を命ぜられ、新しく造られたのが「新吉原」。  

 明治5年に新吉原の四隅に祀られていた四稲荷社と、地主神である玄徳稲荷を合祀して吉原

神社を創建。さらに昭和10年に吉原弁財天を合祀しました。新吉原遊郭の鎮守の社として、

初午、祭礼の賑わい、ことに花魁の参拝は古書にも記されています。現在も幸せを祈る女性へ

のご利益あるとされて人気がある。境内には神社の土地を守る神様がおられて、「お穴さま」

として祀られています。 

   

 3.11大震災により境内の燈籠が倒壊し、再建の工事中でした。

桜花爛漫の千鳥が淵

2011-04-13 07:04:12 | Weblog
      

    

 半蔵門から千鳥が淵、田安門、武道館と満開の花を訪ねたミスター五鉄から、皇居のさくら

の写真がきました。昨日は北風が強くて「花吹雪」の始まり、今日あたりは花いかだではと想

像しています。桜前線は北上します。癒しの花にりますように。  

 3.11大震災から1か月を経ましたが、大きな余震の連発で「原発の安定」にはなお時間を

要するようです。今朝のニュースを見ると「スーパーで水がなくなった」「ガソリンスタンド

は長蛇の列」などと言わずもがなのセリフです。それでは俺も私もとなるわけで、あおるよう

な事を言うな・・ですね。困ったものです。

わに塚の桜・四尾連湖

2011-04-12 06:52:21 | Weblog
   

 久し振りに遠出をしたらしく、ミスター麹町から山梨県の「わに塚の桜」が届きました。山

梨県韮崎段丘のほぼ真ん中、武田地区と北宮地区の間の盛り上がったわに塚の上に見事な花を

咲かせていますね。樹齢320年、高さ17m、根廻り3.5m、枝は25mというエドヒガン

ザクラの一本桜で、韮崎市の指定文化財になっています。  

    

 西八代郡の標高850mにある四尾連湖(しびれこ)です。ここには尾崎竜王という四つの

尾を持った龍神が住んでいるという伝説あるそうで、湖の名はここからついたものでしょう。

いかにも龍神が住んでいそうな雰囲気ですね。

 

弁天池の観音さま(台東区千束)

2011-04-11 06:18:57 | Weblog
   

         

 今から88年前、大正12年9月の関東大震災のとき、火に追われた多くの人が弁天池に逃

れ、490人が溺死したという悲劇が起こりました。池畔にあった「弁天祠」付近の築山に立

つ観音像は、溺死した人々の供養のため大正15年に造立されたものです。今も香華が絶えま

せん。園内の燈籠などが3.11地震で倒れて復旧中でした。  

 江戸時代明暦の大火のあと、日本橋の吉原遊郭が移されて昭和33年までの300年間に及

ぶ遊郭街「新吉原」は、さまざまな風俗・文化の源泉となったといわれます。