さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

胃瘻造設の担当医師から電話が入り、その後、痰の吸引の実技指導の可能性がある老健の情報もありました

2022-03-31 22:32:02 | 肺炎
これから報告することは昨日の出来事です。
昨晩は夕食後、寝てしまいました。
普通なら1、2時間で目が覚めるのですが、昨晩は夜中の1時過ぎまで眠ってしまいました。
その後、ちょっとだけ用事を済ませて、眠りに就いたのは3時過ぎ。
ふた晩連続の3時過ぎ就寝です。
週末に山歩きして、普通の就寝リズムに戻さなければ!

改めて言いますが、これから書くことは昨日の出来事です。

10時16分、災害医療センターから電話が入りました。
さっちゃんの胃瘻造設担当医師からの電話でした。
S口先生という方ですが、まずは胃瘻造設に関わる危険性の幾つかを詳細に説明してくださいました。
本来ならS口先生と直接向き合う面談を通じて受ける説明なのでしょうが、コロナ禍ですから電話での説明になったようです。
麻酔による危険性、手術で使用する胃カメラでの誤嚥や歯を傷つける危険性、胃とお腹に空けた穴の化膿等の危険性など丁寧に説明してくださいました。
胃瘻造設による肺炎や出血の可能性が0.3%、死亡する可能性も0.03%あるとのことです。
(電話での聴き取りが不正確かもしれませんから、あくまでも参考程度に)

そして、手術日程ですが、まだ未定のようです。
災害医療センターではバンパータイプの胃瘻造設手術を行なっているようです。
しかし、そのタイプは訪問診療では交換が出来ないケースが多いようなんです。
それで、バルーンタイプの器具を取り寄せることにしてくれたみたいなんですね。
バルーンタイプの場合は交換が楽ですから、訪問診療でも可能なことが多いんだそうです。
そのバルーンの器具が届く日程がはっきりしないので手術日も確定できないようですね。
早ければ来週には届くのではということでした。
その日程が分かったら、連絡をしてくださることになっています。


その後2時28分、災害医療センターのH越さんから電話が入りました。
「Iという老健があって、今月から痰の吸引等の実技指導を再開したようですよ」
思いもよらない、嬉しい情報です。
もしその方向で実現すれば、胃瘻造設手術後、その老健に一時的入所し、僕が実技指導を受けることが出来ます。
そこでお墨付きを受けてから自宅に戻れると、かなり安心な状況だと思います。
訪問看護も毎日でなくても、週に何日かで十分かもしれません。

すぐにI老健に電話を入れました。
最初は会議中、待ち切れずに2時間後に再び電話した際は外出中でした。
さらに1時間経って電話が入りました。
相談員の方と話しましたが、あまり前向きな雰囲気ではないですね。
詳しくは分からないのですが、実技指導の再開も仕方ない状況の患者さんがいてそうなっただけなのかもしれません。
ですから、まったく新たに実技指導希望者を積極的には対応したくないのかもしれませんね。
蔓延防止等重点措置(まん防)が解除されたとはいえ、第7波が心配されるような状況では尚更でしょうね。
老健サイドの心配も理解できます。
でも、さっちゃんを受け入れて欲しい気持ちは大きいですね。

ケアマネさんにも状況報告をしました。
実技指導を受ける候補がもうひとつ増えたことをとっても喜んでくださいました。
災害医療センターでの1回1時間で2回の実技指導の他に、I老健での実技指導の可能性も出て来ました。
I老健も楽観は出来ませんが、可能性があるだけでも嬉しいことです。


夜、前日電話をくれた山仲間が写真を送ってくれました。
その内の1枚をここに掲載させてもらおうと思います。


▲実にたくさんの情報が詰まった写真です。心から感謝ですね。この写真を目にして、漠然としていた吸引に対する準備がものすごく具体的なものとして感じられるようになりました。

介護ベッドのある寝室に、横幅が120cmで高さが70cmくらいの衣装箪笥があります。
今はCDプレイヤーや小箪笥小物入れを載せています。
他には本が乱雑に何冊も置かれています。
その衣装箪笥の上のスペースを有効活用すればいいかな、と思いました。
写真だけからですが、得難い情報が本当にたくさん詰まっています。


ところで、今日3月31日ですが、災害医療センターからもI老健からもケアマネさんからも電話がありませんでした。
最近では珍しいことですね。
それが分かってたのなら、天覧山にでも行けばよかったですね。
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山仲間からの温かく心底有難い電話がありました。吸引カテーテルを鼻から挿入。H越さんから連絡入って、どうやら胃瘻造設できそうになりました

2022-03-29 23:56:56 | 肺炎
今日の11時8分、山仲間の一人から電話が入りました。
(かなり繊細で個人的情報なので、T口さんとかH越さんとかの表示も使わず、“彼”とだけ言うことにします)
彼は僕の最後のザイルパートナーでした。
(最初のザイルパートナーで僕の山人生ほとんどのザイルパートナーはさっちゃんです)
彼とは最後に北穂高岳滝谷ドーム中央稜を登攀しました。

その彼からの突然の電話でした。
首都圏からは遠く離れて暮らし、そちらで結婚もし、子供も生まれました。
そのお子さんが胃瘻を設置し、痰の吸引が必要なお子さんなんだそうです。
もうそれ以上のことはここでは書きませんが、彼は僕などとは比較にならないほど辛い状況であることだけは確かです。
彼は僕のブログを時々読んでくれていたようで、さっちゃんの現在の状況を知って、何か僕の助けになるかもと思って、電話をくれたみたいです。
彼とは57分間も話をしました。
話の内容がすべて現実であり、具体的ですから実に有難かったですね。
今後も疑問点や不明点があったりした際の良き相談相手になってくれそうです。
山の仲間は本当に有難いですね。


午後の1時過ぎ、昨日に続いて吸引カテーテルの練習をしました。
練習と言っても、吸引器はありませんから、カテーテルを自分の口腔や鼻腔から入れるだけです。
口からは昨日よりも少し長く15cmほど入れてみることにしました。
昨日は最初凄く咳き込みましたが、今日は一発で挿入完了。
なんか、慣れちゃったみたいですね。

続いて、鼻からの挿入を試みました。
鼻からは15~20cmくらいの長さが目途のようです。
物差しで長さを計り、鼻から少しずつ挿入していきます。
鼻ですから、咳き込むことはありません。
「もっと奥に突っ込んだら痛いのかな?」などとビクビクしながら本当に少しずつ進めて行きました。
何cmくらいだったのでしょうか?
何か変な感じがし始めました。
痛くもなく、痒くもないのですが、非常に妙な違和感が感じられるようになりました。
さらにほんの少しずつ先へ進めると、その違和感は凄い心地悪さと言うか気持ち悪さに変わって来ました。
今すぐにカテーテルを引き抜きたくて仕方ありません。
それでもまだ10cmちょっとしか入っていなかったので、凄く我慢してさらにカテーテルを進めました。


▲13:24。いちばん奥まで入った状態で、少しの時間我慢して写真を撮りました。鼻の穴はカメラで隠れてしまっていますね。この後、すぐにカテーテルを引き抜きました。

さっちゃんも僕と同様の感覚を抱くでしょうから、鼻からの吸引は手際よく短時間でしてあげないと嫌でしょうね。
あの不快感はこれまで味わったことのないものでした。


午後2時36分、災害医療センターのH越さんから電話が入りました。
報告を待っていた胃瘻造設の件でした。
災害医療センターで手術出来ることになったそうです。
ひと安心です。
「ギリギリ出来ることになりました」と言ってましたから、乗り越えるべきハードルは高かったのでしょうね。
この病院にはない医療器具を取り寄せたりしなければならなかったとも言ってました。

上記の点はもちろん朗報でしたが、もうひとつ実に嬉しい朗報もありました。
さっちゃんに対しての痰の吸引等の実技練習が出来るようになったのです。
ただし、高額の個室を2泊3日でキープして、そこに居る間に1回1時間で2回だけ実技練習しましょう、というものです。
個室は1日、一番高い部屋なら1万5000円なんだとか。
3日分ですから4万5000円ですね。
ただ、これはお金に換えられない価値がありますからね。
1時間ではなく、せめて2、3時間だったらもっと充実するのにと思います。
そのためにPCR検査も僕が受けなくてはならなくなるようですね。

そして、さらに良い情報がひとつ。
A相互病院というところがあって、この病院は訪問診療をする病院なのだそうです。
胃瘻の交換はもちろん出来ますし、短期入院制度があるんだそうです。
それは何かというと、例えば僕が体調を崩してさっちゃんの介護が出来なくなった際に、その間入院できるというシステムのようですね。
これは非常に有難い制度ですね。
H越さんとも23分間も話しました。


そして、今日の最後にケアマネのT口さんに報告の電話連絡をしました。
今日のブログに書いたような内容を報告しました。
胃瘻造設や実技練習の件はとっても喜んでくださいました。
そして、まず優先的に決めなければならないことは、訪問診療をどうするかということです。
さっちゃんが3月5日に救急搬送された日、その日が初めてだったのですが、診てくださった訪問診療所との契約をどうするかということです。
継続するか、終了とするか?
終了して、A相互病院と新たに契約するか、それを決めなければなりません。
明日には決めたいと思います。


多くの方々の様々な助けの手をお借りして、少しずつ事態が進展していくことを実感します。
山の仲間たちの温かい心の支えも弱りがちな僕の心を強くしてくれます。
すべての人に感謝を!
すべての人にあまねく愛を行きわたらせてください!
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さっちゃんの自宅介護・看護の最重要ポイントは痰の吸引です

2022-03-28 23:07:36 | 肺炎
さっちゃんと二人で一緒に桜を観たいな、と思っていました。
でも、その希みは叶いませんでした。


▲12:38。我が家の桜もほぼ満開です。我が家のと言っても、庭はありませんから、ベランダから見える桜なんです。枝が伸びると(伸び過ぎると切られちゃうんですが)手で掴めそうなくらいすぐ近くで咲いてくれます。去年まではさっちゃんもこの桜を愛でていました。


今日の15時にケアマネさんが訪問してくださることになっていたので、その前にやっておきたいことがありました。
僕の体を実験台にした痰の吸引練習です。
まだ吸引器は手元にないので、H越さんにいただいた吸引カテーテルだけを僕の口腔から喉の奥へ差し込む練習です。
鼻から差し込む方がハードルが高そうですから、まずは口腔からとします。

吸引カテーテルを口から喉へ差し込もうとします。
ウゲゲゲゲ、ゴホッゴホッゴホッ、咳き込んでしまいます。
2度3度、同じく咳き込みます。
4度、やっぱり咳き込みます。
5度、あれっ? 咳き込みません。
カテーテルが喉の奥まで入って行きました。
10cmから15cmほど入れると説明書にはありましたから、12、3cm入ったと思います。


▲14:02。喉の奥まで入った時の写真。


▲14:02。吸引カテーテルを引き出した時の写真。黒い矢印と赤い矢印の間の長さが口腔内に入っていたカテーテルの長さです。

カテーテルは実にソフトな感触で口腔内と触れ合います。
角張っている感触は一切ありません。
咳き込む以外は実に優しく奥に入って行きます。
さっちゃんは咳き込むことが出来ないので、痰も自力では出せないわけですから、咳き込むことはないのです。
口から喉に挿入して痰の吸引をするのは何とかなりそうだとの感触を得ました。
後は鼻からですね。
鼻からの方が大変そうですよね。
明日にでもトライしてみようと思います。

15時、ケアマネさんが訪問してくださいました。
訪問看護の手配を一生懸命やってくださっています。
その途中経過報告です。
結論から言えば、こちらの希望通りの態勢は整いそうにない。
こちらの希望は、退院直後から一定期間は毎日午前と午後に看護師さんに来てもらいたいというもの。
実情はMAXでも1日1回がせいぜい、実際にはそれも難しそうと言うもの。

さらには、胃管が付いた状態ならば無理だ、責任が持てないという事業所がほとんど(全部?)のよう。
そして、ご主人(僕)が痰の吸引の実技習得なしに自宅に迎えるのはあまりにも危険だという意見だった
そうです。
そんな危険な状況下で僕を指導しても、他の機会のほとんどを僕がする訳ですから、責任を取れないと言われたそうです。
もし痰が詰まって急変しても、至急の対応は困難だとも言われたそうです。
訪問看護事業所の方々がおっしゃってることはもっともなことばかりだと思います。
じゃあ、どうすればいいと言うんでしょうかね?
コロナ禍でなければ出来ていたはずの実技練習、病院で僕がさっちゃんに痰の吸引をする練習、は出来ない訳なんです。
何らかの方法を見つけて、実技練習できるようにするか、徹底的に僕自身を実験台に繰り返し練習するかですね。

今日もケアマネさんに言いました。
僕はさっちゃんを自宅で看取りたいと。
このコロナ禍では入院していると、看取ることは出来ないのが通常です。
それは嫌なんです。
病院に居る方が命にとっては安全で永らえることは確かでしょう。
それよりも僕は自分の目の前でさっちゃんを看取ることを選びたいのです。
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一ヶ月以上前の『標準コースタイムで歩く』シリーズ№5をやっと載せることが出来ました。この間(今もですが)、さっちゃんの悲しい激動が続いています

2022-03-26 21:43:56 | ザイルと焚火と焼酎と
2月19日(土)YYDの仲間と歩いた陣馬山の記録をやっと載せることが出来ました。
2月24日のA病院からのさっちゃんの退院を前に、僕は2月17日にも山を歩きに行きました。
さっちゃんが家に戻って来ることは最大の喜びなんですが、山へは行けなくなります。
ショートステイを利用できるほどに体調等が戻らないと、僕の山行はお預けなんです。

さっちゃんが退院して以降の状況は最近のブログに書かれている通り。
心にゆとりを持って山を楽しむような心持ちにはなれませんでした。

さて、2月19日の山行の話に戻ると、前々日の高水二山からは少し急いで歩くことにしました。
その結果、ほぼ標準コースタイムで歩けていたので、もうちょっと頑張ってYYDの仲間と歩いてみようと思ったのです。
YYDの仲間は速く歩く連中が多いんです。
6年前に入会した時は、そのスピードは全然苦にならなかったのですが、僕の長いブランク後は負担に感じられるようになりました。
でも、前々日の歩きならなんとかYYDのスピードにも迷惑かけない程度には付いて行けると思ったのです。
独りでスピードアップするよりも、目の前の仲間を追いかける方が速く歩けるはずですからね。

その結果がどうだったかは『ザイルと焚火と焼酎と』を読んでみてください。
『標準コースタイムで歩く』シリーズ№5 ――― 88% 雪の陣馬山でYYDの仲間を小走りで追いかけ歩きました


▲10:44。予想はしていたことですが、陣馬山は高水三山よりも雪が多くありました。思いがけず低山での雪山気分を味わえました。

いつもの通り、山行時間の詳細を記録しておきます。
              僕がかかった時間     コースタイム
登山口~陣馬山          97分          100分
陣馬山~堂所山          55分          70分
堂所山~関場峠          23分          30分
トータル             175分          200分


この日はコースタイムの88%で歩きました。
必死になって、小走りで仲間を追いかけた結果です。
自分の歩くスピードにはなっていません。
これくらいのスピードで歩くことが苦にならない脚力を取り戻したいですね。
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胃瘻の造設をお願いしました

2022-03-24 23:49:11 | 肺炎
入院後まもなく、担当医師から「食事を飲み込む力が弱いので、鼻から胃へ管を通し、栄養投与をします」との説明を受けました。
所謂、胃管です。
その時に僕は思いました。
「胃管と胃瘻とどう違うんだろう?」
ですからネットで調べてみました。
結論から言うと、胃管と胃瘻は同じです。
どう同じかと言えば、どちらも経口摂取できない患者への方策だからです。

それぞれメリット、デメリットがあります。
デメリットで言えば、胃管は管の存在に違和感があり、管を通して垂れる唾液等の誤嚥が発生し易くなります。
胃瘻はお腹に穴を開けるわけですから、そこに大きな抵抗感がありますよね。

昔から胃瘻に反対する人々の声をよく耳にしていました。
「これは単なる延命措置ではないのか?」
その患者さんの状態にもよるのでしょうが、胃瘻が単なる延命措置であるケースもあると思います。

救急搬送後、さっちゃんに行なわれた医療行為のほとんどは延命措置のようなものだったと思います。
酸素投与、点滴、etc. それらの医療行為が加えられなければ、さっちゃんの生命は絶たれていたでしょうから。
その後、胃管が設置されました。
これも水分・栄養を摂取するための延命措置です。
水分・栄養を摂取しなければ生命維持はできませんから。

さっちゃんのような高齢の認知症患者に対する延命措置と単なる延命措置の境界線はどこにあるのでしょう?
病院側としても最初からその境界線は明確に提示されていました。
それはこのような内容でした。
3月5日の「医師からの説明内容」より
 高齢でもともと様々な持病もあるため、容態が悪化する可能性があります。悪化した場合、若年者ではもともと余力があるため、人工呼吸治療や透析治療などの体に強い負担のかかる集中治療が適応となります。しかし、ご高齢の場合はそれらの治療はいたずらに苦しみを与えるだけになる可能性が高く、基本的に集中治療を行う妥当性はありません(良くなる見込みに乏しい場合は延命であり、治療にならない)。そのため、急変(心肺停止など)を含む容態悪化時には苦痛を伴う治療は行いません。
3月7日の「医師からの説明内容」より
 ご高齢であり、認知症の既往があることや今回も重症であったことから、急変する可能性も十分考えられます。心臓マッサージや人工呼吸器管理は本人様の負担にしかならずかえって苦しい思いをさせてしまうと考えられるため、急変された場合には点滴やマスクでの酸素投与までの保存的加療とさせていただきます。

つまり、強い負担がかかったり、苦しみを与えるだけの治療は行なわないことが境界線となっているようです。
胃瘻は強い負担も苦しみもなく、胃管よりも不快感も少ないようです。
昨日、担当医師から初めて胃瘻の話が出た際にも、即決は出来ませんでしたけれど、内心では胃瘻は妥当な方策だろうなと思いました。

そして今日、もう少し情報を得て、考えましたが、僕の結論は変わりませんでした。
午後1時16分、災害医療センターに電話し、担当医師の先生に「胃瘻造設をお願いします」と告げました。
まずはこの病院で胃瘻造設手術が出来るかどうかが問題になります。
出来るのならそのまま進行しますが、出来ないとなればその後の選択肢が幾つか生じて、また僕に判断が迫られます。
シンプルに進行できて欲しいと思います。

この電話の直後にはケアマネさんにこのことを報告しました。
ケアマネさんはさっちゃん帰宅後の痰の吸引について凄く心配されています。
僕がPCR検査をして陰性ならば、その条件でさっちゃんの吸引を体験できないかなど、可能性を考えてくださっています。
次にH越さんと話した際に聞いてみようかと思います。
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さっちゃんに代わって僕が判断せねばなりません。またしても今日、僕は大きな岐路に立たされました

2022-03-23 23:49:38 | 肺炎
今日の午前11時にケアマネさんが家を訪問してくださり、さっちゃん退院後の介護と看護のサービス利用計画見積りを示してくれました。
午後3時からは災害医療センターへ行きました。
そして、担当医師のH澤先生と退院支援計画担当者のH越さんと担当看護師さんと僕の4人での話し合いの場を持ちました。
書いておきたいことを全部書き記すと膨大な文章量になってしまいそうですから、核心部分のみを今日は書いておこうと思います。
H澤先生から頂いている書類「医師よりの説明内容」に重要部分は的確にまとめられていますから、それをブログにも転載したいと思います。

 誤嚥性肺炎で加療を継続しております。発熱が目立ったため一時的に抗生剤を再投与しましたが改善傾向にあったため終了しております。ただし誤嚥を常に起こしてしまっている状況であり、一部分改善しても別の場所で肺炎を起こしてしまい、誤嚥性肺炎は持続しております。全身状態についても筋力低下は徐々に進んでおり、介護度は以前よりも増していると考えます(こちらが改善していくことは難しいです)。また現状として意思疎通が難しいこと、経口摂取を試みると発熱してしまうことから、経口での栄養摂取は今後も含め難しいと考えます。そのため今後も栄養剤の投与が必要になります。
 現在は鼻から胃管と呼ばれるチューブを挿入して栄養剤を1日3回投与しています。栄養はまかなえますが鼻にチューブが入っているため唾液がたれ込みやすいこともあり誤嚥しやすいデメリットもあります。また管理が不十分な場合チューブに入れた栄養剤が肺に回ってしまう危険性もあります。
 その他の栄養の投与方法として胃瘻があります。胃瘻は胃に手術で穴を開けチューブを直接胃に装着できるようにする方法です。チューブを鼻に通さないため経鼻に比較し誤嚥のリスクは減りますが、全く無くなるわけではありません。また定期的な胃瘻の交換が必要で訪問診療で行なっていただければ行なっていただきますが、訪問診療でできない場合にはどちらかの医療施設で行なっていただくことになります(当院では胃瘻の交換をおこなっておりませんので当院ではできません)。当院でも胃瘻が作れないと判断された場合には胃管のまま帰宅いただくか、胃瘻の作れる病院に転院してからの自宅退院となります。
 以上から、経鼻からの胃管のままで帰宅するか、胃瘻を造設するかどうかを決めていただく必要があります。胃管のままであれば調整がつけば早めに帰ることはできますが、胃瘻を作る場合には少し退院は延びることになります。いずれの場合もご家族の管理が重要になりますので、ご了承ください。
 残念ながら退院後も誤嚥を繰り返すことは必然と考えられます。軽微なものであれば自然に回復することもありますが、重症である場合には命に関わることが避けられません。以前からお話しているとおり命に関わる状況になった場合に、自宅でお看取りするか、病院に搬送するかは決定していただく必要があります。これにつきましてはご自身が決定できないため、ご主人が決めていただくことになります。病院に搬送されるといったことになった場合、自宅での管理は困難と判断し、救命されたときは家に帰ることは不可能と考えます。その際には転院になることをご理解いただく必要があります。


この文章を僕は帰宅してから読みましたけれど、話し合いの内容はまさにこの文章のままでした。
転院はせずに自宅で過ごしてもらうことはほぼ決定事項ですから、問題は胃管のままで帰宅するか、胃瘻を造設するかの二者択一です。
これに対する僕の気持ちは胃瘻の話が出た瞬間から大まかには決まっていました。
即決するには僕の情報量がまだ少な過ぎるので、1日ほどの余裕を持ちたいと思ったのです。

最後の方で先生が記しておられる看取りの問題ですが、このことはさっちゃんが今回入院してからずっと考え続けていたことでした。
ですから僕の心の中ではほぼ結論は出ていたことです。
僕はさっちゃんを目の前に見ながら看取りたいと思います。
コロナ禍でなければ幾つかの選択肢があると思います。
でも、コロナ禍の状況下ではその選択肢は狭まってしまいます。
今日の話し合いの中でも僕は救急車で搬送された際の気持ちから、今に至る気持ちを踏まえてその場におられる3人に話しました。
話しながら、涙が滲み出て、言葉も出せなくなりました。
そして、絞り出すようにしてこう言いました。
「僕はさっちゃんを自宅で看取りたいんです」と。

その言葉を発した瞬間、H澤先生もH越さんも「よくぞ決心してくださった」というような雰囲気が見て取れました。
お医者さんにしても看護師さんにしても、患者さんやその家族が最期のイメージを明確にしてくれることで、確信を持って対応できるのでしょう。

もっともっといろいろなこと、ここに書いたことの何倍ものことを聞いたり話したりしました。
その内容は追々ブログにも反映されることと思います。
H澤先生が仕事でその場を離れても、H越さんが長い時間僕の質問に答えてくださいました。
その話し合いも終了し、僕がトイレに行ってから正面玄関から外に出て帰ろうとしていると、H越さんが外で待っていてくれました。
そして、吸引用のカテーテルを1本くださいました。
今はコロナ禍で吸引を実際にやって練習が出来ません。
「看護学生時代、どうやって吸引の練習をしたんですか?」と聞いてみました。
すると、「友達同士でやったり、自分にやったりしましたね。傷付けて、血流したりしてね」との答えが返ってきました。
僕も自分の体で練習してみようと思います。
痛いだろうな、怖いだろうな。
でも、さっちゃんはこれを毎日10回以上体験するんだもんな。
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さっちゃんの退院先を自宅にすることで再び動き出しそうです

2022-03-22 23:30:53 | 肺炎
先週土曜日に妹さんに記入してもらった入院手続きの書類を、今日病院へ持って行きました。
それと一緒に尿漏れパッドも持って行きました。
まずは入退院受付の窓口に書類を提出し、その後、ナースステーションに行きました。
パッドを預け、担当の看護師さんを呼んでもらいます。


▲13:20。待っている広間から見える雪景色です。大きな公園の広場が真っ白になっています。今日真冬のような寒い日で、しかも一日中雨でした。正午前ころからは雨が雪に変わり、僕も雪の中を病院へ向かいました。

看護師さんが来られ、さらに追加でパッドをコンビニで購入することになりました。
水分を十分摂れているのでしょうね、おしっこがたくさん出ているのだと思います。
コンビニで購入して戻って来ると、今度は退院支援計画担当者のH越さんが来てくださいました。
吸引の機械も持っておられます。
その吸引器の基本的な使用法を教えてくれます。
吸引カテーテルをどのように口や鼻から入れるのか、どのくらいの時間入れるのかなど、具体的なことを説明してくれます。
他にも多々詳細を教えてくださいました。
ただ、それだけでは実際に正しく行なうことは出来ないだろうと、さっちゃんが吸引している際の動画を撮って見せてくれるそうです。
さっちゃんに会って、実際に出来るのかと思っていましたが、やはりそれは無理だったようですね。
H越さんが言うには、訪問看護の看護師さんに毎日入ってもらって、実地に指導してもらうしかないと言います。
それでも、看護師さんがいない時の方が多いのですから、最初から僕ひとりで行なうことの方が多いわけです。

鼻からの管を使った経腸栄養もなかなか大変だと言うことが分かりました。
まずはその管が胃にちゃんと届いているのかを確認する必要があるのだそうです。
そのためには聴診器を持って、管から注射器で空気を送り込み、胃でごぼごぼと音がするのを確認するんだそうです。
さらには同じ注射器で吸い込んで、胃の中に何もないことも確認するのだそうです。
病院では1日3食ですが、家庭で大変なら1日2食にして、最初の内は看護師さんにやってもらってもいいでしょう、と言います。

そして、パッドを交換する際の動画を見せてもらいました。
久し振りにさっちゃんの姿を見ることが出来ました。
目を開けていました。
その目はしっかりと命を宿した目でした。

体が固まらないようにリハビリはしてくださっているようですが、さっちゃんは車椅子に移ることはないようです。
ずっとベッドの上なんですね。
手には白くて団扇のような手袋をはめていました。
手袋してなかったそうなんですが、今日はけっこう腕を動かしていたのではめたんだそうです。

病院を出て、家への道すがら、ケアマネさんに今日の報告をしました。
H越さんが訪問看護で毎日看護師さんに来てもらうことを話していたと報告しました。
いま契約している事務所では毎日は無理なようなので、もうひとつの事務所とも契約しなければならなくなるようですね。
そして、H越さんに聞いた吸引等も行なってくれるショートステイについても聞きました。
ケアマネさんによると、夜も看護師さんが居るショートステイはないかも、と言います。
それに午前中と午後に1回ずつ吸引するというのならあると思うけど、さっちゃんのように回数が多いと、とのこと。
なかなかハードルは高そうです。

すると、帰宅後すぐに災害医療センターの担当医師の先生から4時35分に電話が入りました。
「これからの方針について話しをしたいから会いませんか」とのことです。
H越さんから今日の報告を受けたのでしょうね。
明日15時に、お会いすることになりました。

さらに、5時39分には、ケアマネさんからも電話が入りました。
自宅での看護と介護計画の見積もりが立ったんだと思います。
それについての相談や報告があるのだと思います。
明日の11時に来てくださることになりました。

また動き出しました。
多くの人たちの協力を得ながら、僕も本気で介護・看護のプロになる心づもりで頑張ろうと思います。
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昨日は入院手続きの件でさっちゃんの妹さんに会い、ついでに病院での用事を済ませました

2022-03-20 23:29:12 | 肺炎
昨日、19日の土曜日のご報告です。
14日の月曜日に受け取った入院手続きの書類、その書類に記入してもらうために、昨日の13時、さっちゃんのさんに会いました。
さっちゃんの入院している病院がちょうど僕と妹さんの家の中間地点くらいですから、そこの駅ビルで会うことになりました。
もう一人の妹さんも来られました。

駅ビルの中のデパートの喫茶店で2時間ほどいろいろと話しをしました
たわいもない話ですし、周りも五月蠅く、眼の前には大きな透明な衝立も置いてありますから、耳がさほど良くない僕にはほとんど聴き取れません。
書類に書いてもらう内容は入院費の連帯保証人になってもらう件です。

災害医療センターには15時少し前に着きました。
土曜日ですから、正面玄関は閉まっています。
コンビニに行き、患者衣レンタルの契約2週間分しました。
最初にも2週間の契約をしたのですが、それが21日に終了するからです。
土曜日なので救急の入り口へ回り、面会の手続き(面会できないのですが)をして、病棟のナースステションへ行きました。
担当の看護師さんを呼んでもらって、患者衣レンタルをしたことを報告します。
そして、必要な物はないかと聞きました。
とりあえずはオムツと口腔ケア用のスポンジ棒がもうすぐ不足しそうだと言われました。
さっちゃんの様子を聞くと、基本的には変わりはないようですが、相変わらず痰の量が多いみたいですね。
僕は再度コンビニへ行って、その2品を購入し、またナースステーションに戻り、担当看護師さんに品物を渡しました。

病院を出ると、が降り始めました。
予報通り4時から降り始めました。
この日は雨予報があったので、自転車ではなく電車で来たのです。
かかる時間は両方ともほぼ同じです。
お金もかかりませんし何より運動になりますから、出来る限り自転車を使いたいものですけどね。


災害医療センターに入院してから2週間が経ちました。
大腿骨転子部骨折でA病院に入院した時と今回と異なる点が僕にはあります。
それがどういう理由だからなのか僕には分かりません。
その異なる点が何かと言うと、面会したいと思う強い気持ちが湧いてこないことです。
何故なのでしょうね?

入院した最初のころは、さっちゃんの状況が面会どころではなかったでしょうから、理解できます。
一般病棟に移ってからは、僕はさっちゃんがすぐにでも退院できるのではと楽観していました。
でも今は、今月中の退院は難しいかもしれないと感じています。
それなのに、さっちゃんの顔を見たいという強い欲求が起きません。
かと言って、さっちゃんのことを思わない日、思わない時はありません。
A病院ではリモート面会制度を最大限に活用しましたけれど、僕からの一方通行で終始しました。
今はなおさらそうでしょうね。
こんなことをブログに書きながら、せめてさっちゃんの顔を見たいとの想いが湧き起って来ました。
そう思いながらが滲んで来てしまいます。
火曜日に病院へ行くので、その時看護師さんに聞いてみたいと思います。
「さっちゃんの顔を見ることは出来ませんか?」って。
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どうやら僕自身のことが心配されているように感じます

2022-03-17 23:36:32 | 肺炎
昨日の退院支援計画担当者の電話の中で、「痰の吸引を実際に病院でやってもらいましょう」との話がありました。
僕は今日にでもその日程の打診があるのではと一日中電話が来るのを待っていました。
しかし、電話は来ませんでした。

待ち人からの電話は入りませんでしたけれど、ケアマネさんから5時に電話が入りました。
その内容は簡潔なもので「28日の月曜日に訪問看護の看護師さんと私とで伺いますね」というもの。
僕とさっちゃんの今後について話し合いの場を持ちたいと言うのです。
昨日のH口さんもそうですし、ケアマネさんも同様ですけれど、言葉の端々から僕単独での自宅介護・看護への心配の気持ちが漏れ出ています。

「やってみないと分からない。頑張ってみないと分からない」との想いだけで、自宅介護・看護に突入する僕を不安に感じるのでしょう。
正しく出来なくてさっちゃんを傷つけたり、容態を悪化させたり、共倒れになったりすることを心配してくださっているのだと思います。
僕も何も知らないことだらけですから、やってみなければ分かりませんし、周辺の人たちの反応を見ながらフィードバックするしかない部分もあります。
親身になって考えてくださる方々の存在がとても有難く感じられます。

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

さっちゃんの認知症は加速度的に進行しているように思えます。
意味性認知症の影響で、失語症はますます重いものになっているようです。
さっちゃんの理性や感情がどんな風なのかまったく分かりません。
理性は衰えているでしょうけれど、感情面はどうなのでしょう。
笑顔さえ見ることが出来れば、僕はそれだけで満足なんですけれど。

昨年の11月末骨折で入院し、途中10日間だけ自宅に居ましたけれど、再び肺炎で入院。
さっちゃんは歩けなくなり、立てなくなり、座れなくなりました。

さっちゃんはその精神、感情、肉体すべてにおいて極度に衰えてしまっています。
でも不思議なことに、さっちゃんの精神面・感情面・肉体面での存在感が薄れるのに反比例して、僕の心の中での存在感は強烈になって来ています。
今のさっちゃんの存在が僕の支えとなっており、僕を憐れみ深くし、心豊かにしてくれています。
僕はこれまでの人生の中で最も豊かな心の状態のように思います。
それは今のさっちゃんが僕に与えてくれているものです。
一日の中で、何度も何十度も温かな涙が滲み出ます。
僕は高校時代に味わった悲しい出来事のせいで、自分の涙は涸れ尽したと思っていました。
でも、さっちゃんのお陰で温かく豊かな涙の出る自分になれているようです。
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自宅へ向けての退院が具体的に進み始めました。でも、その道のりは想像以上に険しそうです

2022-03-16 23:51:22 | 肺炎
今日の11時57分、災害医療センターから電話が入りました。
H越さんという方で、おそらく看護師さんだと思います。
退院支援計画担当者なんだと思います。

まずはさっちゃんの現在の状況の説明から話は始まりました。
酸素マスクは付けていないこと、そして経腸栄養のための鼻からの管が付けられていると言います。
でも、さっちゃんが鼻の管を外そうとするんだそうです。
この管は引っ張ると容易に抜けるんだそうですね。
手で引っ張らなくてもさっちゃんの動きの中で抜けそうになることもあるようなんです。
もちろんテープで止めたりはしているのですが、そのテープも外れることがあるのだそうです。
病院ではその対策として、さっちゃんに手袋をはめてもらっているようです。
手袋と言っても、ボクシングのグローブのように指は使えない手袋だそうです。

痰の吸引についても話してくれました。
病院では2時間おきに行なっているとのこと。
食事の前後や寝る前など、就寝中も定期的に行なうようです。
ゴホゴホと喉を鳴らしている時には必ず吸引を行なわないと駄目だと言います。
鼻と口から吸引を行なうので、鼻からの吸引ではさっちゃんが痛がるんだそうですね。
「鼻にも痰があるんですか?」と聞くと、「鼻水という形になります」と言います。
僕には医学的な正確な意味は分かりません。
簡単に出来ることではないので、「病院に来てもらって実際にやってもらいましょう」と言われました。

この痰の吸引はいつまでも続くことが予想されるようですね。
と言うのも、さっちゃんの場合、肺炎の完治が難しそうだからです。
明らかな誤嚥という訳でなくて、通常の状態の中で少しずつ誤嚥が生じているからだそうです。
さらに鼻から胃に管が入っていますから、その影響もあって痰は出来やすいんだそうです。

痰の吸引は自宅での看護のポイントになりそうですね。
さっちゃんを傷つけずに僕が吸引できるようになること、そして就寝中も1度か2度は起きて、さっちゃんの痰の吸引をすることが必要です。

他にも、H越さんはさっちゃんの様子を教えてくれました。
どうやら座ることも出来なくなっているようですね。
今回救急搬送される前は、ベッドサイドに自力で座り続けることは当たり前のように出来ていました。
でも、今は出来ないのだそうです。
支えがないと無理なんだそうです。
俄かには信じられません。

排便のことも聞いてみました。
排便はあるようです。
どれくらいの頻度かとか、どんな様子の便なのかまでは聞きませんでしたけれど。

途中、H越さんが介護ベッドのことをチラッと聞いて来ました。
褥瘡防止のための体交についてです。
いま使用しているマットは軟らかく体圧を分散するだけのマットです。
自動で体位変換が出来るようなマットもあるようですから、そんなマットの使用も考えた方がいいかもしれません。

そうなると、これまでは僕はさっちゃんの横で(縮こまって)寝ていたのですが、同じベッドでは寝れなくなりそうですね。
ですから、今日僕は敷布団を探しました。
6畳の部屋に介護ベッドですから、家具も置いてあったりして、僕の寝るスペースが狭いのです。
幅が90cmほどのところで布団を敷いて寝なければなりません。
買い物に行ったついでに、無印良品、ニトリ、カインズを回ってみました。
帰宅してからも、ネットで調べてみました。
すると、ニトリに85×185cmの子供用サイズ敷布団がありました。

「鼻からの管で順調に体の栄養状態が良くなったら、体力も付くでしょうか?」と僕は聞いてみました。
ところが、H越さんの返答はこうでした。
「口から食べないと体力は付かないと思います」
でも、僕は信じたいと思います。
体の栄養状態が改善されたら、リハビリを繰り返して、座れるようになり、立てるようになり、歩けるようになると。

H越さんとは電話で30分近く話していましたが、その時々に自宅で介護・看護する僕の覚悟を確認するような言葉を投げかけて来ました。
現状のさっちゃんを自宅で診続けるのは大変なことで、相当の覚悟が要ることです。
その覚悟をH越さんは確認してくるのです。

また、病状が急変した場合の究極の選択をどうするかについても聞かれました。
H越さんは「医師は早い段階からそのような意識を持ってもらいたいので、必ずそういう問いかけをする」と言います。
訪問診療の医師や救急隊員から「このまま看取るか、時間とお金をかけて治療するか決めて下さい」と問われた時のことを思いました。
あの時は、このまま看取るという選択肢は僕にはありませんでした。
突然過ぎて、そんなことは考えられなかったんです。
さっちゃんを治療してもらうことしか念頭にはありませんでした。
そこへ突然、看取るという言葉が暴力的に乱入して来て、ただただ驚き混乱しました。

でも、今は少し違うかもしれません。
さっちゃんにとって何が幸せなのかいろいろと考えたいと思います。
H越さんと話しながら、僕は電話口で言葉に詰まり、嗚咽しそうになりました。
どんな選択、どんな結論を出すにしても、どちらも辛く悲しいことです。

理想論かもしれませんが、僕はさっちゃんを自宅で僕の目の前で看取りたいと思います。
コロナ禍ですから、病院では目の前で看取ることは出来ないのかもしれませんし。
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