さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

今年もさっちゃんとはお花見が出来ません

2023-03-28 21:41:23 | 気分や思い

我が家の桜が満開です。

我が家のと言っても、我が家はアパートで庭はありませんから、ベランダから手が届くほどの近くで咲く桜のことです。

▲2023年3月28日14:52。今日は少し陽の差すこともありましたが、雲の多い一日でした。満開になってから気温の低い日が続きましたから、落花せずに美しさを保っています。

 

さっちゃんが入院することがなければ、この桜を目にすることが出来たのにと、残念です。

さっちゃんと僕は毎年、多摩川土手の桜を見に散歩していました。

さっちゃんが認知症になってからは、尚更そんなお花見を大切に思っていました。

ところが、昨年は最初の誤嚥性肺炎で入院中。

お花が終わったころ、I老健へ入所しましたから、自宅に戻ることはありませんでした。

一昨年の2021年は桜の時季に何度も散歩をしました。

▲2021年3月29日14:29。2020年までは青梅丘陵のあちこちをハイキング出来ていたさっちゃんでしたが、2021年からはそんな体力もなくなりました。散歩も1時間近くなると、腰が曲がって来て辛そうでした。でも、その後のことを思うと、歩けているだけで素晴らしいですし、嬉しいですね。

 

▲2021年4月2日16:56。桜の花びらが散って、地面を覆っています。綺麗ですね。この場所はさっちゃんのお決まりの散歩コースの途中にありました。このころのさっちゃんはどういう訳かは分かりませんが、ただでさえ乏しい表情の中から笑顔が消えていました。

 

昨日のことですが、僕は自転車に乗って買い物から帰って来てました。

「今年もさっちゃんとお花見が出来ないなぁ」と、自転車を漕ぎながら僕は思っていました。

「ずう~っとさっちゃんとお花見して来たのになぁ」と、思いました。

過去のさっちゃんとのお花見の1シーン1シーンが脳裡に浮かびます。

自転車を走らせながら、僕はが滲んでしまいました。

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サイドFIRE、この言葉からさっちゃんへの感謝を抱きました

2022-06-15 22:33:30 | 気分や思い

僕はまったく知らない言葉だったのですが、山仲間からサイドFIREという言葉を聞きました。

彼は働き盛りの年齢で、多忙な毎日を過ごしています。

趣味の登山に自由に打ち込みたいと思っていても、なかなかそうはいきません。

そんな流れの中で出て来た言葉がサイドFIREでした。

ネットで調べてみると、その意味はこんなものです。

サイドFIRE とは 「不労所得で生活費の半分を賄い、残りは働いて稼ぐ」 というFIREの中間的な考え方です。 仕事を全くしなくても生きられる状態 が FIRE 、 不労所得とちょっとした仕事で生きられる状態 が サイドFIRE というイメージです。 要するに、 どれだけ不労所得を積み上げるかの違い なので、FIREを目指す過程で一定の目標を超えればサイドFIRE達成です。

 

サイドFIREの正確な意味をまだ知らない時に、僕は彼に以下のようなメールで返事しました。

サイドFIRE 初めて聞く言葉でした。 是非、早めに実現させてください。 僕はサイドFIREを逆の方法で実現させたかもしれません。 その方法は貧乏生活幸運に頼ること。 にも頼りましたしね。 20代の頃から、最低月にいくらあれば暮らせるのか、考えていた人間ですから。 当時は5、6万円あれば暮らせそうだな、と思っていました。 それを短期間で稼いだり、不労所得を得る方法を考えたり・・・・  でも、そんな楽な方法はなくて、労働は必須ですね。 ただ、貧乏生活に耐えれば、時間は余ります。

 

上記のように書くと、何となく格好いい感じがしますよね。

でも、実際にはただ怠け者で自堕落で無計画な人生を送っただけだと思います。

それに、サイドFIRE(みたいなもの)実現のポイントを貧乏生活と幸運と人3つ挙げています。

幸運の最大要素は健康だと思いますが、それは親がそんな体に産んでくれたことが大きいですよね。

貧乏生活に耐えることは、少しは僕自身の功績かもしれません。

ですけれど、最初のメールの文章では書いていなかったんです。

でも、「貧乏生活と幸運だけじゃあないよな」と感じましたから、もう少し考えたんです。

すると、すぐに心に浮かんだのが、人との出逢いでした。

人との出逢いがなければ、幸せなサイドFIREは実現するはずもありません。

独りでは惨めなサイドFIREになってしまうのは確実ですよね。

その人とは幾人かはいるでしょうけれど、最大の影響を及ぼして、いちばん長く、今に至るまで大切な人がさっちゃんなんでしょうね。

ですから、僕がサイドFIREっぽい(気儘な、不労所得もない)生活を送ることが出来たのは、

健康な体に産んでくれた親と、僕と共に生きてくれたさっちゃんのお陰だと思います。

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さっちゃんに会えないことに慣れてしまう自分がいます

2022-05-27 23:39:17 | 気分や思い

老健に入所してからというもの、さっちゃんの様子がほとんど分からなくなってしまいました。

病院に入院している時の方が医師からの説明があったり、担当看護師さんからちょこちょこと話が聞けたりしていました。

病院の方が入院している患者とその家族との距離が、このコロナ禍にあっても老健よりはずっと近いように感じます。

病院は僕でも簡単にナースステーションまでは近づけました。

さっちゃん担当の看護師さんを呼んでもらって話を聞くことも容易でした。

でも、老健はさっちゃんの居る3階まではもちろん入れませんし、玄関先で用事を済ますしかありません。

相談員のS田さんも常に多忙そうですし、気軽に声を掛けてもいい雰囲気はありません。

老健という施設は、コロナ禍だからかもしれませんが、さっちゃんと僕との間に高くて分厚い壁を置いているようです。

 

11月末からスタートした僕の山体力復活作戦、すでに半年が経過しました。

順調に山体力は復活しつつあると感じます。

もちろん、自分自身の高齢の影響もありますから、完全に元と同じにはなるはずもないことは十分に承知しています。

そのこと自体は喜ぶべきことなんですが、このブログが僕の登山ブログのようになってしまうのがとってもなんです。

さっちゃんのことで、何にも書くことがないなんて、寂しくて仕方ありません。

山歩きも岩登りも沢登りも、さっちゃんと共に実践して来たことの追認行動みたいなものです。

この共通の趣味で、命を託し合うザイルパートナーであることで、ふたりはを強め合って来たんだぞ、と叫びたいのです。

山行が充実して来れば来るほど、そこにさっちゃんの姿がなくて虚しくもなって来ます。

出来るだけ早く、さっちゃんと共に住む中で、僕は山へ行きたい!

山から帰って来たら、家にはさっちゃんが居る(当日はショートステイとかでしょうけれど)、それが僕の幸せです。

 

     *   *   *   *   *   *   *   *   

 

今日の夕方、本当に久し振りに多摩川土手を散歩しました。

ここにはさっちゃんと歩いた記憶が染みついています。

▲18:27。今日は朝から強い雨で、午後には止みましたが、黒い雲はまだ残っていました。

 

▲18:29。スイカズラの花です。写真では消えていますが、白ではなくて黄色味を帯びています。咲いてから日数がたつと、白から薄い黄色に変わるんです。と同時に、香りも消えるようです。写真を撮っていると、同年配の男性が「どう、匂ってる?」と話しかけてきました。「子供のころはよく探したもんだよね」とも。僕は自分の子供のころを振り返りましたけれど、僕が住んでいた地域ではスイカズラを見ませんでしたね。

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たった10日間の生活でした・・・・

2022-03-06 22:45:07 | 気分や思い
2月24日に退院して、昨日再入院するまで、たった10日間の家での生活でした。
しかも、3月に入ってからの5日間発熱で肉体は弱って行くばかり。
何もかもが僕の責任なようで、さっちゃんに何回謝っても謝り切れない心持ちです。
もっと早く脱水症に気付き、対応策をしっかりと取っておくべきでした。

4日の金曜日、訪問看護士さんが来られる日、脱水症のことを相談しようと、点滴のこと等を考えていました。
そのためにA病院から受け取っている診療明細書を初めて見てみたのです。
とくに点滴に関して。
すると、2月の診療明細書にも栄養や水分補給のための点滴を複数回打っていることが分かりました。
食事や水分摂取に関して、時間をかけて忍耐強く対応してくださっていた入院生活の中でさえ、これほど点滴をしていたのですね。
退院の際、「環境が変わるとリハビリにも前向きになるかもしれません」などと希望的予測は聞いていました。
しかし、良い方向へ向かわなかった場合にはこうしましょう、とかは全く言われませんでした。
それに、栄養や水分に関して入院中はこのようにやっていました、とかの報告も受けていませんでした。
最初から「週に◇回ほど栄養や補水のための点滴を行なっていましたよ」と聞かされていたら、僕だって心構えが違ったはずです。

まあ、僕がもっと早く診療明細書をチェックしておけば良かったのですが。
以前から超小食だったさっちゃんでしたから、退院後の超極端な水分摂取の少なさにも僕は危機感を覚えることに鈍感だったんです。
僕の対応が遅すぎました。

さっちゃんとはたった10日間の同居でした。
前半は一緒に散歩にも行けて嬉しくて楽しい日々でした。
もちろん、飲んでくれない食べてくれない苦しさもありましたけれど。
さっちゃんと一緒に暮らしていることだけで僕は幸せでした。
3月に入ってからの後半はさっちゃんは発熱で苦しんでいました。
僕にとっても不安な日々でした。
さっちゃんの健康に対して、もっと客観的に見つめるべきでした。
僕は医師ではありませんが、可能な限り医師の視点に近づいてさっちゃんを診る努力をするべきでした。
それが出来なかったことが申し訳ないです。


▲13:37。さっちゃんがいつ帰って来るか分かりませんから、介護ベッドも車椅子もレンタルしたままです。昼間でもさっちゃんが寝ていることの多かった介護ベッドは今は空です。夜になって僕が寝ているだけ。

さっちゃんの姿のない部屋に佇むと、時に胸が締め付けられる想いに襲われます。
居るべき人の不在は人の心の中にぽっかりと虚空を生み出します。
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今朝のさっちゃんは、どこか切なげで、僕に心寄せる感じを漂わせていました

2021-04-16 23:42:46 | 気分や思い
昨日までのさっちゃんですが、僕に対して怒っている様子が頻繁に見られました。
そんなことが続くと、僕も精神的に辛いものがあります。

今日はどうなんだろう? と、さっちゃんの起床時の様子が気になってしまう僕です。
今日はデイサービスの日ですから、さっちゃんは8時までには起床してもらいます。
今朝もそうでした。
起こす少し前から、ダイニングと寝室との間の戸を開け、テレビを普通の音量で流し、寝室のカーテンは全開しておきます。
これだけで自分から起きてくれれば最高なんですが、そんなことはまずありません。
僕がそばに行って、「さっちゃん、おはよう。起きるよ」と言って、初めて重い目が開くんです。

今朝もそうでした。
さっちゃんの目が開き、「さっちゃん、起きようね。今日は出かけるよ」と言います。
そして、掛け布団を足元へたたみ、毛布をたたみ、最後にタオルケットをたたみます。
機嫌が悪かったり、まだ眠くて仕方のない日は、タオルケットを掴んで離さないこともあります。
でも、今朝は大丈夫でした。

そればかりか、自分で上半身を起こしたんです。
普通は僕がさっちゃんの背中を支えて起こしてあげたり、両手をとって起こしてあげたりするのです。
自分で起き上がったということは、それだけ精神的にも安定というかしっかりとしていることではないでしょうか。

そんなさっちゃんを僕は右手を持ってあげて立ち上がらせます。
そして、ソファに座ってもらいます。
ソファに座っていてもらうと、着替えをしてもらい易いからです。
着替えの時のさっちゃんは機嫌がいい時悪い時、よく喋る時無口な時、様々。
今朝のさっちゃんは機嫌はさほど悪くもなく、よく喋るさっちゃんでした。

ただ、その喋っている雰囲気が今朝は独特でした。
機嫌がいい喋りでもなく、怒っている喋りや不満をぶちまけている喋りでもありません。
僕の心に染み入って来るような、哀し気でもあり、愁いを秘めてるようでもあり、でも、悪い気分ではなく心地よい喋りです。
切なげに、僕に対して何かを伝えたいと思っていると、そう感じさせる喋りです。


僕はソファに座っているさっちゃんの真正面に正座しています。
そのまま僕はさっちゃんのお腹の辺りに頭をうずめました。
両手はさっちゃんの腰や背中に回しています。
そんな僕の背中をさっちゃんは両手で撫ぜてくれています。

二人の心が通い合い混ざり合ったような、幸せな朝のひと時でした。
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最近の僕ですが、少~しは忍耐強くなったのかもしれません。多分、一時的な錯覚のようなものでしょうが

2021-03-12 23:55:56 | 気分や思い
最近としては珍しく、4日間ブログを書きませんでした。
今週は水曜日もリハビリテーション科のお医者さんの診察が10時に予約されていましたから、朝が早かったんです。
月、火、水、木と翌朝が早いので、僕としては割と早めに就寝することにしていたのです。
今晩もそうですが、春の夜長は体がだるくて眠気も四季の中では一番に感じます。
書き留めておきたいこともあったのですが、長文になりそうな気もして、就寝が遅れそうな危惧もあって、書かなかったりもしました。
遅い就寝になると、3時過ぎになってしまうこともありますから。
そんなに遅く寝て、翌朝6時半は今の僕にはちょっときつい。
(若いころはそんなのへっちゃら、徹夜が続いても大丈夫でした)

今日のさっちゃんは概ね穏やかで機嫌も良く、表情も明るかったと思います。
デイサービスでもそうだったようです。
かと言って、僕の言うことを聞いてくれなかったり、僕に反抗したり、僕と喧嘩したりもありました。
でも、しばらくすると笑顔を浮かべて僕に喋りかけて来るんです。

僕もだんだんと要領を掴めるようになって、言い争いをしても、出来るだけその時の感情を引きずらないように努めています。
諍いのしばらく後で、さっちゃんと顔を合わせる際に僕自身が笑顔を浮かべて楽しそうにさっちゃんと接するようにしてるんです。
当然、僕自身は少し前の悪感情を引きずっているんですが、さっちゃんはすでに忘れてしまっていることが多いですからね。

2月8日のブログ、さっちゃんの寝たり起きたりの繰り返しを記録してみました を書いた後にも僕自身に良い変化がありました。
あのブログの日には21回の寝たり起きたりの繰り返しがあったのですが、それで僕が悟ったことがあったんです。
それは、さっちゃんのこの繰り返しも必ず終わりがあることです。
以前なら、5回過ぎたあたりからイライラして来て、10回前後でもうやってらんねえ! と我慢できなくなっていたんです。
それで、さっちゃんをほったらかしにしたり、起きているさっちゃんは何かしらの僕の邪魔をしますから、喧嘩になったりしたんです。

でも、終わりがあることが明確になったので、我慢するのが楽になりました。
10回繰り返したら、あと10回もすればさっちゃんは寝てくれる、と思えるようになりました。
あの時は興味本位で何回? どれくらいの時間間隔で? と実験をしているような気分で記録したんですが、こんな好影響があるとは予期してませんでした。
思わぬ副産物ですね。
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今日の僕はさっちゃんに対して優しい気持ちがぜんぜん持てませんでした

2020-06-25 23:52:28 | 気分や思い
今日の僕はさっちゃんにとっては悪い夫でした。
朝から晩まで、さっちゃんを虐めていたようなものです。

どんな虐めだったか、事細かには書きませんけれど、まあだいたい次のような事柄です。
●さっちゃんに向ける顔の表情が一日中冷たい。
●一日中纏わり付いて来るさっちゃんを体をぶつけるようにして遠ざける。
●怒って僕をぶって来る(ぜんぜん痛くはない)さっちゃんの手を強く払う。
●突っ張り棒で開かないようにして洗面所に立て籠もる。
 →1回は幕営用マットを持ち込んで、不貞腐れて寝て、
  もう1回はお茶1杯をゆっくりと飲み終わるまで雑誌を読んでいました。
●「うるさい!」「あっち行け!」「何でそんなことするの!」、、、、大声を上げてさっちゃんに怒鳴りつける。


他にも思い出せない酷いことをたくさんしてしまいました。
何よりもいちばん酷い仕打ちはさっちゃんに向ける僕の表情の冷たさだったように思います。
どうして今日は一日中こんな感じであり続けたんだろう? 
僕自身にもそれはよく分かりません。
やってる僕自身の心境はと言うと、反抗期だった中学生の頃の心境に似ているように感じました。
さっちゃんに悪いことをしてるなぁ、こんなことしたら駄目だよなぁ、とは分かっていてもやっちゃうんです。
これまでもそんなことはしょっちゅうありましたけれど、一日中続いたことは初めてですね。

さっちゃんに食べてもらう時の介助とか、トイレや着替えでの介助はいつもと同様に行いました。
そんな時にさっちゃんを怒らせてしまうと大変ですからね。
そこには僕の打算が働きます。
散歩にも一緒に出かけて歩きました。
ずうっと手をつないで歩きましたよ。
さっちゃんの長所は嫌なことも引きずらずに忘れてしまうことですから。

夜の11時ころまで、僕の不穏は続きました。
さっちゃんの寝巻きへの着替えを強引に力ずくでやってしまったのが、今日最後の虐めでしょうか。
本当にこれは僕の「不穏」ですよね。
冷静に自分を見つめる、そんな自分も常に居たのですが、さっちゃんに対するとどこかに吹っ飛んでしまっていました。

原因のひとつは欲求不満の蓄積だと思います。
もちろん多々ある原因のうちのひとつ。
例えば、山の自然へ浸りたい、そんな欲求が高まって来ています。
登山を始めて以来40年間ほどで、こんなに長期間山に入らなかったことはありませんね。
さっちゃんと山へ行くと、いろいろなストレスがかかるので僕自身はなかなか自然に浸ることができません。
緊急事態解除後、もう何回山登りを計画しようと思ったことでしょう。
でも、さっちゃんと行くのは余計に心労が蓄積されそうで、二の足を踏んでしまっていたのです。
もうそんなことを言ってる場合でもないようです。
僕の心が山の自然に飢えきっていて、心が疲れて癒しを求めているようなんです。
とにかく1回、山へ行こう。
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最近平穏な日々が続くのは、僕自身が不感症気味なのでは? と不安に思うこともあります。

2020-06-04 23:48:59 | 気分や思い
さっちゃんの最近の暮らしぶりですが、比較的平穏な日々が続いています。
そのせいかどうかはよく分かりませんが、このブログのネタも不足気味。
いろいろと出来事が発生するときは、1日に2つも3つものブログネタがあったりしたものです。
書こうと思っていたことでも、会話(のようなもの)をすぐにメモらなかったために、その詳細を忘れてしまい書けなかったことも多々。

平穏な日々と言っても、もちろん順調とは言い難い日々です。
トイレの失敗は繰り返され、は飲んでくれない、歯磨きにも協力してくれない、着た切り雀で寝込んでしまうこともしょっちゅう。
口臭は酷くなる一方ですし、今後暑くなってくると体臭も心配ですね。
水分も勧めるんですが少ししか飲んでくれません。
食事もどんな時にきちんと食べてくれて、どんな時には食べてくれないのかさっぱり分かりません。

ところで、文頭で「平穏な日々が続いて」いると書きましたが、この原因の半分は僕にあると思っています。
それは何故かと言えば、僕自身が不感症になっているからだと思うのです。
以前だとさっちゃんの行為に過敏に反応して、僕自身の感情を激しく表出していました。
でも、今はそうでもありません。
トイレの失敗に関してだけは、不感症と言うよりは慣れて精神的にもタフになったことは確かです。
でも、薬やら歯磨きやら食事やら・・・・、いろんなことが上手くいかなくても「それで死ぬわけじゃなし」と思うことにしました。

今日の夕食の時だって、さっちゃんは箸は上手く使えないし、手掴みで食べるし、ボロボロとこぼすし、指はベタベタだし、・・・・
そんなさっちゃんにひとつひとつ怒ったり、教えてあげたり、手直ししたり、「あ~あ!」とか「ダメダメ」とか大声を出したり、
ほとんどしなくなりました。
静かに見ているだけにしています。
時々、箸を右手に握らせてあげたり、ティッシュで指を拭いてあげたり、こぼれたおかずを拾って僕が食べたりしているだけ。


こんな僕の変化が良いことなのか否か? 今の僕には判断しかねます。
それほど悪くはないと思うのですが、僕の感情がどんどん起伏に乏しくなり、文字通り不感症になってしまうのではとの危惧もあります。
僕のその冷静さが冷ややかに見放してるようにも自分でも感じてしまうのです。
平穏な日々が続くことがいいことなのか否か?
その結論はすぐには出ないでしょうし、その平穏の在り様も変化するかもしれません。

ただ言えることは、さっちゃんは以前と変わらず行動し、感情を抱いているようだと言うこと。
以前だったらもっと僕が感情を爆発させていただろう言動も同じように今もあるんです。
僕も無反応ではないのですが、以前に比べるとその反応は極小になりましたね。

今日もさっちゃんは、僕に文句たらたら、僕に纏わり付き、僕を自分の居場所に連れて行きたがり、
僕に優しい行動をとるかと思えば、突き放すように怒り、素直に従ってくれたと思うと、頑として梃子でも動かず、
たった一日の中ですが、ありとあらゆるさっちゃんの姿を見せつけるんです。
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さっちゃんの気分の急変には戸惑っちゃいますし、対応も出来ません

2020-04-25 23:58:39 | 気分や思い
さっちゃんの気分は時々刻々コロコロと変わります。
ほとんどの時間をさっちゃんは僕と過ごしていますから、その気分が向かう相手は僕。
静かで精神的凪のとき、ケラケラと笑いがこぼれるような快活なとき、
恋人か赤子かのように甘えすり寄ってくるとき、ドヨ~ンと心も体も重そうなとき、
ひとりグチグチと不平不満をかこつとき、そして、僕に対し怒り狂ったようにぶつかってくるとき。


今日も、この最後の気分―—僕に対し怒り狂ったようにぶつかってくる――に前ぶれなく変わってしまいました。
夕方、多摩川土手のいつもの散歩コースから帰って来て、僕は夕食の準備を始めました。
さっちゃんは布団の中に横になっていたり起き上がったりを繰り返していました。
テレビのニュースがトランプ大統領の消毒薬に関するおバカな発言を報道していましたから、僕は台所からテレビの前に行ったんです。
その前からも僕に対する文句をブツブツとは言い始めていたんですが、この時はさっちゃん、酷い行動に出ました。

テレビのリモコンで僕の頭をぶったんです!
さっちゃんの力ですからたいして痛くはないんですが、これにはさすがの僕もムッ!
大きな声で「なんで頭を叩くの!」って、さっちゃんを強く叱りつけたんです。
さっちゃんの手からリモコンを取って、元の位置に戻します。
さっちゃんはあまり抵抗はせずに、なにやらブツブツは言い続けていました。
僕がさっちゃんを布団の方へ押して、ダイニングから締め出そうとしたもんですから、さっちゃんは反発して僕を押し返します。
そうされると僕は力を入れることが出来ませんから、押し合いっこはすぐに終了。
力での争いになると、絶対的に僕が不利ですね。
力では負けないことは分かっているので、さっちゃんも力で来たら僕が引かざるを得ません。

台所へ戻って夕食作りを続けていたら、さっちゃんが近づいて来て、白色の発泡スチロールトレイを溜めている袋を揺らし始めました。
トレイ同士が擦れる音がします。
袋から納豆のトレイが落ち、さっちゃんはそれを拾って僕に投げつけました。
いつかもっと危険なものを投げつけられるのではと、想像することはありますが、さっちゃんは計算してトレイを投げつけたんでしょうか?
もちろん、このトレイに関するさっちゃんの一連の行動に対しては、僕はまったく無視し続けました。
この程度のことで怒っていては身が持ちません。

でも、この時の無視をきっかけに、さっちゃんの僕への言葉攻撃を完全無視し続けることに。
さっちゃんが何を言っているのかは本当にぜんぜん分からないんです。
ただ雰囲気的に想像すると、どうも次のようなことを話しているようなんです。
「あなたは全然何もしないわね」
「夕食も食べるばっかりでいっさい作ったりはしない」
「掃除も洗濯もしてくれない。片付けもしなくて、散らかしっぱなし」

まあ半分は僕自身の反省後悔があって、そのように聞こえるのかもしれませんがね。

さっちゃんが元気でしっかり者だったころ、僕が何もしなかったわけではありません。
僕の親父に比べると、10倍も100倍も家事をしていたと思います。
親父は鼻をかんで丸めた鼻紙を屑籠へポ~ンと放り、入らなければ拾わせるような人でしたから。
親父の代理として弁解しておくと、亭主関白は母への甘えで、実際は恐妻家を自認していて、母に頭が上がらない部分も多かったようですね。

僕の親父のことはさておき、さっちゃんの言葉攻撃を無視し続けることへの僕の疑問もなくはありません。
もちろん、言い返したりはしませんが、ちゃんと聞いているよと、相槌を打ったり、
さっちゃんの顔を見てあげたりくらいはした方がいいのかな、などとは思いますね。

完全無視する僕に無意味さを感じたのか、さっちゃんは自分から布団の中に潜りこんでしまいました。
その後、さっちゃんはずうっと布団から出て来ません。
夕食の準備が出来て、「出来たから一緒に食べよ」と声をかけても、起きて来ません。
結局、さっちゃんは今晩の夕食は食べずに、そのまま寝てしまいました。
今晩のメインディッシュはビーフシチューでした。
明日の晩には絶対に味わってもらおうと思います。
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さっちゃんと一日中一緒にいると、心が休まり静まる時がありません。僕の心は小さな引っ掻き傷だらけになります

2020-04-02 23:54:02 | 気分や思い
今日は月の第一木曜日。
先月に続いて今日も失語症の方々の集まりはありませんでした。
新型コロナウイルスの影響です。

と言うわけで、一日中さっちゃんと二人だけで過ごします。
さっちゃんは一人で静かに過ごすことが出来ません。
つまり、読書をしたり、音楽を聴いたり、テレビを観たり、何でもいいのですが何かに心を向け続けることが出来ないんです。
じゃあ何をしてるかと言えば、僕に心や言葉を向け続けるんです。

今この瞬間(夜の10時10分)も、隣りの部屋の布団の中からさっちゃんの喋る声が聞こえています。
さっちゃんは起きている間、ほとんどの時間喋り続けています。
それが大抵僕に向けられているんですね。
時々、僕が何らかの返事をしなければならない内容になるので、そんな時にはちゃんと返事をしなければ、しこたま怒られます。
僕がテレビを観ていても、新聞を読んでいても、PCチェックをしていても、関係なく僕に対して喋り続けるんです。
もちろん、その喋りの内容はさっぱり分からないんですが、その気分はわりと分かります。
つまり、楽しい気分なのか、怒ったり文句を言ったりしてるのか、それとも不安なのか。
あと、怒りや文句の矛先が僕に向いているときもよく分かります。
「あんた」という言葉が途中に幾度も入って来るからです。
しかも、僕に対する怒りや文句のパターンは比較的多くの時間を占めてもいますね。

ずう~っと僕の目の前で言い続けられると、たまったものではありません。
そな場から離れて、別の場所に行っても、さっちゃんは付いて来ます。
ベランダに出ても、窓から僕を見ていて、時々ドンドンと窓を叩くんです。
家の中でさっちゃんから逃れられる場所はありません。

例えば、布団の中に潜ってしまっても、布団を剥がそうとされたり、逃げられないことは一緒です。
ますます僕への反感が強まるだけ。
トイレに入っても、結果は一緒です。
僕はいつもトイレに入ると内側から鍵を掛けます。
そうしないと、さっちゃんはトイレの中に入って来るからなんです。
じゃあ、鍵をしてると平穏かと言うと、そんなことはまったくありません。
外から取っ手をガチャガチャと回したり引っ張ったり、壊れそうなほど必死で開けようとします。
小用の場合はまだ時間が短いのでいいんですが、そうじゃない時には心落ち着いて過ごすことも出来ません。
「向こうで待っててね」と何度お願いしても通じません。
トイレから出ると、僕の顔を見たさっちゃんは長年探し続けた人にやっと会えたような表情を一瞬だけ浮かべます。

比較的落ち着けるのは台所にいる時でしょうか。
でも、やっぱりしょっちゅうそばに来ます。
ただ立って僕のそばにいるだけのこともあるんですが、何かをやろうとすることの方が多いですね。
さっちゃんなりに気になるんでしょうね、食器やスポンジに触ったり、ゴミや汚れを何とかしようとしたり、
狭い台所の僕の背中側から越えて、ガスレンジの方へ行ったりもします。
レンジにかかってるフライパンや鍋が気になるんでしょうね。
何度もふたを開けて中を覗いたり、時には混ぜようとしたり、火を止めたりもします。
安全なときは混ぜるのを手伝ってもらうこともたまにはあります。
(炒め物を混ぜる作業も、さっちゃんはほとんど出来ません。
フライパンの底から混ぜ返すのではなくて、表面をチョンチョンと触ってるだけなんです。)
さっちゃんが火のそばにいると危なっかしく感じる時は、さっちゃんをそこから離します。
その際に腕を掴んで弱い力で引くんですが、それだけでさっちゃんは怒ります。

そして、いろんな物をいろんな場所に置きます。
僕の枕カバー、椅子のクッション、今日の新聞、テーブルの上の鍋敷き、テント型のティッシュ入れ、
僕のジャンバー、さっちゃんのスリッパ、薬ケース、僕のスリッパ、さっちゃんの寝巻き、
洗濯したばかりのズボン、さっちゃんのウールの帽子、・・・・、
思い出せるだけでも今日もこれくらいはありました。
さっちゃんが持ってる途中でさっちゃんから奪うと、反発して怒っちゃいますから、とりあえず好きなようにさせます。
どこへ持って行ったかを確認しておかねばなりません。
確認し忘れると、長い期間見つからないこともあり得ますし、最悪無くなってしまうこともあるんです。
そう言えばさっちゃんのコーヒーカップも見当たりません。
(この一文は翌朝書き加えましたが、まだ見つかっていません)


さっちゃんは昼でもよく布団の中に入ります。
よく寝ることも確かですが、起きていても何もすることがないから退屈なんでしょうね。
僕が布団の中へ導くことも多くあります。
さっちゃんが寝ていてくれた方が僕の用事がスムーズに進行するからという理由もあります。
でも、さっちゃんはすぐに起き出して来ます。
ものの1分、長くても数分以内には起きて来ます。
再度僕はさっちゃんの手を引いて布団へ連れて行き、「ここで寝な」と言ってさっちゃんの横になる場所を開けてし指し示すんです。
さっちゃんがそこに腰を下ろす際にはお尻に手を当てがって、ドスンと座る際の衝撃を弱めてあげます。
そしてさっちゃんの頭が枕の位置と会うように体をずらさせ、背中と頭に手を当てがって体を倒します。
それからタオルケットを掛け、毛布を掛け、布団を掛けます。
そんな風にしてもまた1分ほどたつと、さっちゃんは起きて来るんです。
こんなことを数回繰り返すと、僕は「もう好きにやんな」となっちゃいますよね。
やってらんねえや! ってな感じでしょうかね。
こんなことは今日に限らずほぼ毎日のように繰り返されています。

薬を飲んでもらう時も、買い物に行くために外着(ズボンと靴下だけ替えてます)に着替えたり、
帰って来て着替え直したり、夜に寝巻きへ着替えさせる時も大変です。
最初から非協力的なこともありますし、ちょっとしたことが気に喰わなくて怒ってしまうことも多いんです。

たった今日一日のことだけでもまだまだ書ききれません。
こんな感じで僕はほとんどずう~っとさっちゃんに怒られ続けています。
ですから僕もさっちゃんに冷たい態度を取ったり、無視したりすることが多くなってしまいます。
僕も普通の弱い人間ですから、さっちゃんからあんな風に言われ続けると、気分も落ち込み、表情も消えてしまいます。
でも、ほんの少しはさっちゃんの気持ちが分かるつもりです。
さっちゃんは己自身の不甲斐なさを分かってるようなんです。
時々言うんです、「私は何もできない」って。
そんな自分をさっちゃん自身が一番辛く感じ哀しく感じているんだと思います。
そんな辛くて悲しい気持ちや不安を僕にはストレートにぶつけているのでしょう。
僕はそんなさっちゃんを受け止められる大きな器ではありません。
反発もし、無視もし、逆襲することだってしますけれど、逃げることだけはしないようにしよう、と思いました。
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