さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

今朝のさっちゃんの目覚めは2往復の会話から始まりました

2021-08-27 23:58:07 | 言葉
今日金曜日はデイサービスの日。
さっちゃんを8時ころに起こさなければなりません。
7時45分ころからは、カーテンを開け、テレビの音量はいつも通りにします。
でもやっぱり、さっちゃんに直接声を掛けなければ、さっちゃんは起き出しては来ません。
「さっちゃ~ん、朝だよ、起きようね」と声を掛けると、さっちゃんの目が開きました。

続いて、上半身を起こしてもらわなければなりません。
自分で上半身を起こすことも以前はありましたけれど、今はまずありません。
起こそうという気持ちがなくなったのか、それとも上半身を起こすための運動機能が低下してしまったのか。
運動機能の低下は事実だと思いますが、上半身を起こせないほどにはなっていません。
恐らく、気持ちでしょうね。
でも、目覚めてすぐに上半身を起こそうと、そんなには早く気持ちが動かないだけなのかもしれませんね。

とにかく、さっちゃんの手を引いたり、背中に手を回して起こしたり、僕がして、初めてさっちゃんは上半身を起こすことが出来るんです。
今朝もそうでした。
そんな風に上半身を起こしたさっちゃんに、僕はこんな風に語りかけました。
それに対するさっちゃんの返答も一挙に記録しておきます。

僕「今日も出かけようね」
さっちゃん「どこに?」
僕「昨日行ったところと同じだよ」
さっちゃん「ふ~ん」


朝、目覚めてすぐに2往復の会話が飛び出しました。
心なしか、さっちゃんの表情もいいような気がします。
朝食もしっかりと食べました。
でも、まだ眠たそうですけどね。
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日没のころ、多摩川土手を散歩していると、さっちゃんと2往復の会話が成立しました。半年ぶりかな?

2021-08-21 22:41:28 | 言葉
今日の夕方、僕は何となくだるくて、布団に横になっていました。
さっちゃんと一緒です。
さっちゃんも僕と一緒に布団の中にいるんですが、何故か機嫌が悪く、寝ている僕を叩いたり押し出そうとしたりもしていました。
そんな風でしたから、今日の散歩はしなくてもいいかな、と思ったりもしていました。
夕食も作らないといけませんしね。

でも、やっぱり散歩に出ることにしました。
5時50分でした。
そこからお米を研いでおいたり、さっちゃんに靴下を穿いてもらったり、出かける準備をいろいろとして、棟の玄関から歩き始めたのが6時8分。

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

と、ここまでが昨日金曜日の夜に書いた文章です。
夕食後、すぐに寝たさっちゃんなんですが、何時ころからだったか起き出て来ることを繰り返すようになりました。
何度かはさっちゃんを布団に戻していたのですが、そのうち僕も布団で横になることにしました。
というのも、さっちゃんは僕が一緒に布団にいると落ち着いて、眠りに就くことが多いからなんです。
ところが、大誤算だったのは僕までもが寝てしまったこと。
目が覚めた時にはカーテン越しの窓の外が明るくなっていました。
7時でした!

     *   *   *   *   *   *   *   *   *   *

という訳ですから、今日は土曜日です。
昨日の散歩がスタートした場面から再スタート。

外はちょうどいい加減の風が吹いていて、心地よい日暮れ時となっています。
多摩川土手に出ると、なおさら心地よく、昼間の暑さがどこかに消えてしまったような涼しさです。
さっちゃんはいつものように何やら一人でブツブツと喋りながら歩いています。

とっても気持ちいいので、僕はさっちゃんに言いました。
僕「涼しいね」
さっちゃん「うん」
僕「風が気持ちいいね」
さっちゃん「そうね」

半年ぶり2往復の会話が成立した瞬間でした。

さっちゃんの発した言葉も非常に短くて単純な言葉ですが、僕の会話を理解して、その理解も繋がっていることが分かりますよね。
さっちゃんが意味ある言葉で返事できなくても、ちゃんと理解は出来ているに違いないと、信じられるんです。
赤ん坊が「まんま」などと、生まれて初めての言葉発声に親が感動するみたいに、僕はさっちゃんとの2往復の会話に感動します。

半年前の2往復の会話はこちら。
今日の言語リハビリでさっちゃんはSTのT田先生と2往復の会話をしました


▲18:19。2往復の会話成立後も、散歩は続きます。今日は僕が写真を撮っていると、さっちゃんは10mくらい先まで行って、そこで振り返って僕を待ってくれていました。この日の夕陽は普通です。雨がたくさん奥多摩の山で降りましたから、途中のを越えて流れる水量がずいぶんと多いです。


▲18:21。薄雲に覆われていた月が雲間に現われました。十二夜くらいの月でしょうか? 月齢が13日目から20日目までは様々な想いが込められた名前が付けられているようですが、12日目の月にはそれがないようですね。とはいえ、風情があることだけは確かです。


▲18:22。月とさっちゃんを一緒に撮ろうと、さっちゃんに「ここに居てね」と言って、シャッターを押そうとするんですが、なかなかじっとしていてくれません。でも、この写真は上手く撮れたと思います。コンデジですから、月にフォウカスして、フラッシュも焚きました。


▲18:27。場所を変えて、同じく月とさっちゃんを写そうとしました。でも、今度はさっちゃんは全然立ち止まってはくれませんでした。フラッシュの届かない距離まで離れてしまいましたから、近景は真っ黒になってしまいました。

棟の玄関に戻って来て、時間を見ると6時51分でした。
撮影にかかった時間のことを考えると、基本の周回コースを今でも40分間で歩けているようですね。
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さっちゃんは嬉しそうに「散歩、行こ!」と言いました

2021-03-28 22:56:18 | 言葉
昨日は何となく体調すぐれず、散歩には行きませんでした。
喉がほんのほんの少し痛く、僅かに軽い頭痛があって、全身の筋肉痛による(のかな?)倦怠感もあるような気がしていたからです。
端的に言うと、心身ともにシャキッとしてなかったんでしょうね。
今日はほとんどそんな感じも消えて、少しの怠さだけが残っているだけでした。
という訳で、今日は散歩に出ます。

さっちゃんは3時くらいから何となく出かけたがっているようでした。
落ち着かないさっちゃんに、僕は「今すぐは無理だけど、1時間後くらいに出かけようかね」と言います。
そして、いよいよ4時も過ぎたころ。
さっちゃんと散歩に出かけることにしました。
まずはさっちゃんの出かける支度をします。
念のためトイレに行き、部屋着から外出着に着替えます。
それが終わると僕が準備、僕の準備は数分で完了します。

もうこれで出かけるだけ、となった時に、僕はさっちゃんにちょっとだけ意地悪をしました。
「僕はこれから散歩に行くけど、さっちゃんはどうする?」と聞いたんです。
さっちゃんはその質問にはモゴモゴ言うだけで、明瞭には答えられませんでした。
でも、当然のことながら「私も行く」という気持ちは伝わって来ます。

それで、僕は椅子に座っているさっちゃんの両手を掴んで立ち上がらせます。
その時でした。
さっちゃんが元気な嬉しそうな声で「散歩、行こ!」と叫んだんです。
正しい言葉に気持ちもしっかりと載せて、この瞬間にふさわしい会話でした。
言葉は心を表現するものですから、さっちゃんのこの言葉は満点でしたね。

散歩自体はいつもの基本の周回ルートです。
桜並木のところだけ、少し遠回りはしましたが。


▲17:02。多摩川土手(右)のすぐ下にある桜並木です。まだ満開ではありませんが、見頃に入りました。曇天の空なのが残念です。中央の左にベンチが幾つか置いてあるのですが、3組の方々が散歩の途中の休憩をしていました。

基本の周回ルートはこの桜並木の手前から土手を離れるのですが、今日はこの写真の奥まで歩いて、左の抜け道に入りました。
湧水の流れ沿いの散策路を通ります。
今日は鴨が4羽いました。
鴨を見た後に、さっちゃんが「あっ!」と叫んで空を見上げます。
僕に何かを示しています。
僕もそちらを見上げると、アオサギが右から左へ飛んで行きました。
僕が「鴨だよ~」と言っても、あんまり関心を示してくれないのに、実はちゃんと自然をよく見てるんですね。

この散策路から離れるところでは、右上に戻るような感じで坂道を上がって行きます。
その曲がり角に来た時、さっちゃんは明瞭に「こっち行くよ」と言いました。
散歩道とか駅やスーパーへの行き帰りの道は何度も通るので、さっちゃんは道を覚えていることもあるようなんです。
そんな時、「こっち」とか、それに似た発声をしたり、体の動きで示したりすることはよくあります。
でも、今日みたいに正しい文章で「こっち行くよ」とはなかなか言えません。


「散歩、行こ!」と「こっち行くよ」のふたつだけですけれど、十分に嬉しいふたつでした。
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さっちゃんは僕に知らせようと、「ネコ!」と言いました

2021-03-04 23:56:05 | 言葉
今日もデイサービスから帰って来たさっちゃんとそのまま散歩に出かけました。
4時25分でした。

200mほど歩くと、多摩川土手に向かう入口の坂道になります。
そのすぐ手前あたりには野良ネコが1、2匹たむろしていることが多いんです。
いつもそこで餌をあげている人がいるので、なかなかそこを離れられないようなんですね。
でも多分、本当の野良ネコは2匹くらいだと思います。
あとの2匹ほどは飼いネコではないでしょうか?
車道を渡って反対側のアパートと行き来する姿をよく見かけますから。

おそらく野良の1匹に茶虎模様のネコがいます。
見た目が可愛らしくて、表情はさほどないとは言え、人懐っこそうな雰囲気のネコです。
人を極端には警戒してなくて、手を伸ばせば撫でられそうな距離までは接近を赦してくれるのですが、実際に触ろうとすると離れて行きます。
それもそんなに遠くまでは逃げて行かずに、せいぜい2、3mといった感じ。
警戒心が緩む時もあるようで、何度か撫でさせてもらえた時もあるんです。

ですから、散歩の際いつもその辺りを通る時にはネコの姿を探すという訳。
今日もいつもと同様に何となくネコの姿を探しながら歩いていました。
ネコがよくいるエリアの最初の辺りでした。
さっちゃんが「ネコ!」と、僕に言うんです。
繋いでいる僕の手も引きます。
いつもの茶虎のネコが僕の1mほど左後方にいました。

僕が気付かず、さっちゃんの方が先に気付くのも珍しいんですが、それ以上に驚いたのは、さっちゃんが「ネコ」と発語したこと。
僕に、「そこにネコがいるよ」と知らせてあげようと、「ネコ!」と言ったのです。

前日の言語リハビリでもネコのカードは出て来ました。
さっちゃんはネコの絵を見ただけでは「ネコ」と発語しません。
ネコと書かれた名札を見てのみ「ネコ」と発語できる
んです。
言語リハビリではそうなのに、今日はネコの実物を見て、「ネコ」と発語しました。

ネコの絵か実物かの印象の違いがそれほど大きなものとは僕には思えません。
おそらく、さっちゃんが僕に「ネコがここにいるよ」と知らせたい気持ちがとても強くて発語につながったんだと思います。
さっちゃんが自らモノの名前(今回は動物の名前)を発語するのはどれだけ振りでしょうか?
今日の場合は僕に知らせたいという強い気持ちだったのでしょうが、意思があれば発語も可能なんですね。

さっちゃんは57歳のときに脛骨最上部(膝のところ)を粉砕骨折しました。
2度の手術とトータル9ヶ月の入院、そして長期のリハビリを経験しています。
僕は内心、これまでと同じような生活が出来るのだろうかと心配していました。
でも、さっちゃんは再び登山が出来るようになりたいと、痛いリハビリを頑張り続けたのです。
多摩川河川敷の公園まで初めて歩いて、お昼のお弁当を一緒に食べた時は僕は本当に嬉しかったものです。
近所の標高192mの山に登ったのが怪我後初の登山でした。
両松葉杖に装具付きで歩きました。
その後しばらくは、ケーブルカーのある奥多摩御岳山や高尾山周辺を歩き回りました。
膝に負担がかかる下りをケーブルカーで下っていたんです。
ゆっくりと少しずつレベルを上げ、岩登りの練習も再開、沢登りも出来るようになりました。
怪我をして数年後には、夏の剱岳・源次郎尾根にも登りました。
さっちゃんとしては2回目です。

あの時のさっちゃんには強烈な意思がありました。
直ってやるぞ!
もう一度、山に復帰するぞ!
その強い意志があってこそ、リハビリを耐え、頑張り、大地を踏みしめて歩けるようになったんだと思います。

でも、今はそれが感じられません。
認知症だから仕方がないのかもしれません。
でも、意思があれば言葉が出るんだと、そう感じられた今日の出来事でした。
さっちゃの「伝えよう」という意思はどうやれば生じるんでしょう?
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さっちゃんはゆっくり丁寧に「出ないと思いますよ」と断言しました

2021-02-20 23:57:50 | 言葉
今日は一日中穏やかで暖かな日でした。
少し長めの散歩をしようと、夕方4時20分に家を出ました。
そして、多摩川土手をいつもよりずっと下流まで歩きました。
結局、家に着いたのは1時間20分後。
風もさほど強くなく、陽が傾いても気温が急に低くなることもありませんでしたから、上着を1枚減らして歩きました。


その散歩に出かける前のことです。
念のためにさっちゃんをトイレに連れて行きました。
まずまず水分も摂っていましたから、そろそろおしっこが出ていい頃だと感じてもいましたから。
排尿はなかったみたいでパッドも軽いまま。

トイレでの時間もそれなりに経ったので、さっちゃんに聞いてみました。
「おしっこ出る?」
すると、さっちゃんは赤の他人に告げるかのような事務的な口調でゆっくりと丁寧に言うんです。
「出・な・い・と・思・い・ま・す・よ」
何の疑問もなく、当然のことであるかのように断言するのです。

僕はさっちゃんのその言いぶりが可笑しくて可笑しくて、大笑いしてしまいました。
さっちゃんのそんな口ぶりは初めて聞きました。
他人事のように、でも真面目に即答するんです。
僕はすぐにトイレに掛けてあるカレンダーの端っこにその会話をメモしておきました。
たったこれだけの会話なんですが、メモしておかないと僕は簡単に忘れてしまうんです。

この会話だけで終了すれば、オチのないストレートな可笑しさなんですが、今日はさらにオチがあります。
僕がメモしている時でした。
シャ~~~、と音がしています。
さっちゃんのおしっこの音です。
あのように断言した時には尿意は覚えていなかったんでしょうか?
それとも、尿意は覚えていたのにあの発言になったのでしょうか?

どうであるにせよ、きつい体験の方が多いトイレの中で起きたこんな笑える出来事は心の救い癒しになりますよね。
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カテゴリーは「言葉」ですが、おしっこやウンチの話題ばかりです

2021-02-16 23:34:52 | 言葉
今朝の6時15分ころ、僕は目覚めてトイレに行きました。
戻って来ると、さっちゃんも起き出しています。
トイレに連れて行き、おしっこをしてもらいました。
パッドも少し重くなっていたのですが、便でほんの少し汚れてもいました。
どうやら昨日の排便では完全に終了していなかったみたいですね。

6時30分と31分にふたつアラームをセットしています。
トイレに行く前に31分の方は解除し、30分のは電話としては使えなくなったガラケーをアラームとして使っていますから、トイレまで持って行きました。
アラームを解除するのに手間がかかるからです。
さっちゃんは再度布団の中に戻りましたが、僕はそのまま起きることにしました。
今日はデイサービスの日ですから。

迎えに来てくださったスタッフさんに昨日の排便のことと今朝のパッドの汚れのことを報告しておきました。
まだ排便が続いている可能性があると。
夕方5時前(今日は帰りがすごく遅かったです)、さっちゃんが戻って来て、スタッフさんの報告を受けました。
デイサービスでもパッドに排便が1本あったそうです。
これで終わりだろうと、僕は思いますけど、確実ではありません。
さっちゃんと僕はそのまま散歩に行きました。

夕食が出来上がるのが、今日はいつもよりちょっと遅くなりました。
もう少しで出来上がるちょっと前、台所からダイニングに来ると、さっちゃんがリハパンを脱ぎかけているじゃあありませんか!
「あれあれ! 脱いじゃ駄目だよ! 穿いとかなきゃ!」と慌ててリハパンを穿き直させます。
周りの床を見渡しましたが、何も異常はないようです。
料理中のガスの火を消して、さっちゃんをトイレに連れて行きました。
リハパンの下部が重そうで垂れ下がっていましたから、もう漏らしてはいるようでした。

便座に座らせて、さっちゃんに聴いてみました。
「いつしたの~?」
すると、間髪入れずにさっちゃんが答えました。
「今よ~!」
大きなはっきりした声でした。
僕の質問の意味を正しく理解し、正しい言葉で瞬時に明確に応えたのです。
一瞬、僕は感動してしまいました。
いつもは僕の話を理解しているようには見えないさっちゃんですが、理解し的確に返答する能力は残っているのですね。

さっちゃんの「今よ~!」の返答通り、外したパッドを触ってみると、熱いくらいでした。
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実体と言葉がちゃんと結び付く日もあります

2018-04-07 13:09:35 | 言葉
昨日の今日のことなので、書いておこうと思います。
シチュエーションは昨日の朝とまったく同じ。

さっちゃんに「コーヒー入れて」と頼みました。
すると、コーヒーポットのコーヒーをコーヒーカップに注ぎ始めます。

それだけのことです。
こんな朝もあるのです。

だから他のことも同様にうまく行くわけではないんですが・・・・
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コーヒーポット、コーヒーカップ・・・・実体と言葉が結びつきません

2018-04-06 13:06:45 | 言葉
今朝のことです。
まあ、今朝に限ったことではなくて、よくあることなんですが。

毎朝、朝食をさっちゃんと二人で準備します。
大皿にはベーコンエッグとレタスとトマト。
イギリスパンを焼き、コーヒーを挽いて淹れました。

さっちゃんに「コーヒーをカップに入れて」と頼みます。
さっちゃん、すぐには何のことか把握できないみたい。
僕は手で指し示しながら「コーヒーをカップに入れて」とゆっくり繰り返します。
さっちゃん、まだ分からないみたい。
今度は直接、ポットやカップに触れて示します。

さっちゃんはテーブルの上の魔法瓶(テルモス)を持とうとして、「これ?」と聞きます。
「違うよ」と答えて、さっきと同じようにポットとカップに触れて示します。

さっちゃん、理解できました!
コーヒーを注いでくれました。
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さっちゃんは言葉とものの名前が結びつかないみたいです

2018-03-02 15:42:03 | 言葉
毎朝さっちゃんと一緒に朝食の準備をします。
それぞれに担当する仕事があります。
おおまかに言って、コーヒーは二人で、パンは僕が、ベーコンエッグと野菜はさっちゃんの担当。

トマトを一口サイズに切るんですが、
さっちゃんはいつも包丁の置いてある場所を忘れています。
僕が指差しなどして教えてあげます。
指で差している方角を理解するのもさっちゃんは苦手なんですが、
何度かの試行錯誤ののち、包丁のしまってある場所に行きつきます。

でも、今朝は包丁の置いてある場所から鍋を手に取りました。
さっちゃん「これ?」って聞きます。
僕は「違うよ。それはね、鍋」「包丁がそこにあるでしょ?」と答えます。
“包丁”という言葉と“包丁”の実物があまり強く結びついていないようなんです。
レンジとポットを間違えたり、フライパンと大皿を間違えたり、
シャンプーと石鹸もよく間違えますね。
そんなことは数え切れません。
脳の言語野が認知症の影響を受けてるんでしょうね。

まあ、そんなことは生活の中で笑える楽しいひと幕だと思った方がいいですよね。
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夏なのに「寒い!」

2017-07-30 22:05:43 | 言葉
さっちゃんはただでさえ言葉をだんだん忘れていっています。
そんな例のひとつに、気温の感じ方の表現があります。

「暑い」と「寒い」しかありません。
ですから、今日など曇りですから、あまり気温は上がりませんでした。
風通しを良くし、扇風機など付けておいたのですが、
「寒い、寒い」と言うのです。
僕なんか、涼しくもなく、当然、暑いのですが、さっちゃんにとっては「涼しい」んでしょうね。

こんなことがあるたびに、「涼しいんでしょ」と言いますが、また「寒い」と言うんです。
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