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さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

8月第3週のさっちゃん

2025-08-16 11:25:33 | 面会

面会が再開されてから2週目。

日曜祝日が続き、面会できない火曜日も続きましたから、5日ぶりの面会です。

8月13日(水)

予報よりは雨雲が近くを何度も通り、自転車で買い物に出るのも結局やめてしまいました。

雨の止んだ時を選んだので、僕の面会としては早い時間に病院へ出かけました。

▲13:41。病室に入ると、バイタルのメーターがあることに驚きました。100は心拍数でしょうね。102/88は血圧、20は呼吸数でしょうか? 呼吸数は写真を撮る瞬間に20になりましたが、1617くらいなことが多かったですね。

 

すぐ後に来られた看護師さんに聞くと、体調悪化のせいで設置したわけではないそうです。

腕に巻いたりして計る、通常の血圧計では計るのが難しくなったので、これを使っているのとことでした。

 

▲13:44。おしっこを溜める袋が付いていました。オシメを日に何度か交換するそうですが、全然おしっこが出てないことがよくあるそうなんです。なので、おしっこの出方をチェックする意味でこれを設置して記録しているそうです。

 

▲13:45。さっちゃんは薄目を開けていました。でも、起きてはいない感じです。

 

▲13:45。顔は左側です。首の下、胸の上部に心拍数を計る(多分)センサーが貼り付けられていました。

 

▲13:53。ブドウ糖加乳酸維持液ハルトマン‐G3です。500mlですね。

 

8月13日(水)17:05、K川病院から電話が入りました。

ちょうど電車に乗っていましたから、出ることが出来ません。

少し経って、電車の乗換駅で僕は折り返し電話を掛けました。

さっちゃんの容態が悪化して、すぐに病院へ行かなければならないかも、と思いながら。

その時、僕は山の仲間に誘われて室内クライミングジムに向かっていたのです。

「今日はクライミング練習は出来ないな」と、覚悟していました。

 

ところが、病院からの呼び出しではありませんでした。

またまた、面会中止になったとの連絡でした。

面会再開になってから、まだ10日しか経っていません。

今回はコロナの感染者が出たそうです。

ところが、続いてこんなことを言います。

「さっちゃんはこのような状況なので、特別に今まで通り面会できることになります」

「当日の午前中に電話して、予約してください」

あまり枠を広げたくないみたいで、面会できるのは僕だけのようです。

妹さん達は無理みたいですね。

 

8月14日(木)

午前中に電話して、2時ころから面会できることになりました。

新型コロナ感染者が出たと言っても、それほど物々しい感じは無く、いつもと変わらない様子です。

ただ、同室の方のベッド周りのカーテンはしっかりと閉められていました。

▲14:11。さっちゃんは寝ていました。目を瞑ったままです。

 

▲14:11。おしっこを溜めるバッグです。前日の際も気になりましたが、おしっこの色が濃く、しかも赤みがかっています。量も少ない。

 

▲14:11。心拍数が116なのは多いですね。呼吸数も21は多いです。

 

看護師さんが来られて、「点滴の針が打てずに、今は点滴していません」と言います。

ついに、そのような事態が実際に訪れました。

このまま点滴が出来なければ、最期は近いでしょう。

でも、この時の僕は「そのうち出来るだろう」楽観的でした。

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8月第2週のさっちゃん

2025-08-13 12:11:05 | 面会

8月6日(水)

お昼ごろ、パソコン作業に熱中していて、ハッと気づくと面会時刻に間に合うギリギリの時間になっていました。

慌てて飛び出します。

面会は13時半から14時半までです。

 

いつも通り、面会申込書に記入し、エレベーターを待ちます。

開いたエレベーターからK子さんと旦那さんが出て来ました。

ちょうど面会終了したようです。

「今日は寝てるよ」

その言葉を後ろに僕はエレベーターに乗りました。

▲14:24。K子さんの言うとおり、さっちゃんは目を瞑っていました。15分間ずっと目を覚ましませんでした。

 

看護師さんが来てくださって、近況を教えてくれます。

この状態を保っているようですね。

左手の点滴の針は1本だけ入っているようです。

2ヶ所に入っているというのは、僕の聞き間違えのようですね。

▲14:24。点滴の液です。250mlですね。夜には500ml入れるとのこと。ラクテックGは多少糖分が入っているようで、カロリーも少しはあるみたいですね。

 

8月7日(木)

▲13:43。久し振りに目の開いたさっちゃんです。

 

布団がしっかりと掛けられていました。

手や足が冷たいですね。

足の先も浮腫んでいて、パンパンに膨らんでいます。

左足を擦ってあげました。

 

途中、看護師さんが挨拶に来てくれて、「後で歯を磨きますね」と言ってくださいます。

 

この日も「ふるさと」を唄いました。

 

8月8日(金)

自転車で出かける時間は少し気温が下がっているようでした。

遠くで雷鳴が響いています。

どこからか寒気が入っているようです。

▲13:56。さっちゃんは薄目を開けていました。でも、起きてはいないようです。見えてもいないようです。時折、寝息のような音すらしていました。

 

▲14:03。「さっちゃ~ん! さっちゃ~ん!」と呼び続けると、ついに目を開けてくれました。でも、起きているような感じはありません。目は開いていても寝ているような雰囲気です。そのうち、目も元に戻りました。

 

この日も「ふるさと」を唄いました。

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面会が再開された初日です

2025-08-05 12:01:10 | 面会

7月29日(火)のお昼ごろ、K川病院から電話が入りました。

「8月4日(月)から面会できます。予約は不要です」

と言う訳で、8月4日の13:40、早速面会に出かけました。

日曜祝日と火曜日は面会できませんが、それ以外は13:30~14:30の時間なら予約なしで面会できます。

 

▲13:52。この日のさっちゃんはずうっと寝ていました。軽い寝息も聞こえました。

 

看護師さんが来てくださって、簡単に近況を教えてくれました。

点滴のこと、足のむくみのこと、酸素のことなど。

酸素は1リットルだそうです。

 

▲13:52。点滴は左手に2ヶ所セットされていました。甲にひとつ、手首に近い辺りにひとつです。甲の点滴は栄養を流すためのようです。通常の点滴だけでは栄養が不足するでしょうからね。(この時は看護師さんの説明をこのように聞き取っていました。後日に再度聞いた際は1ヶ所だと言うので、2ヶ所だと言うのは聞き間違いかもしれません)

 

足を見て、触ってみると、パンパンに膨らみ、浮腫んでいました。

さっちゃんは寝ているのですが、僕は「ふるさと」を唄いました。

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7月12日、さっちゃんの妹さん2人に僕の気持ちを伝えました

2025-07-26 14:40:28 | 面会

7月12日(土)

この日のさっちゃんは大忙しです。

13時45分からは僕との面会。

14時からはすぐ下の妹さん(次女)とその娘さん(さっちゃんの姪)との面会。

14時15分からは一番下の妹さん(四女)とその娘さん(さっちゃんの姪)との面会でした。

一番下の妹さんの旦那さんも車の運転で来てくれているのですが、1組2名までですから病室には入れません。

それが分かっていたら、僕と一緒に入ることにしておけば良かったのですけどね。

 

この日のさっちゃんはずうっと目は開けていました。

起きていたんです。

体調も安定してきたようですから、起きておられるのでしょうね。

それででしょうけれど、いろいろとバイタルを測る機械が取り外されていました。

▲13:46。パッチリととはいきませんが、この程度はずっと目を開けていてくれました。酸素はまだ1リットルです。「ふるさと」を耳元で唄いました。

 

二人の妹さんたちの面会が終わってからが、この日のメインでした。

さっちゃんに対する今後の方針、僕が思っていることを告げたのです。

さっちゃんの最もちかしい肉親ですから、僕の思いを知ってもらい、出来れば賛同して欲しいと思うからです。

 

その核心は中心静脈栄養を造設するか否か?

造設することのメリット、デメリットはあります。

しかし、造設しないことのメリット、デメリットはあるのでしょうか?

造設しないことのデメリットは造設することのメリットを受けられないことです。

では、造設しないことのメリットは何でしょう?

あるとしても、それは消極的メリットでしょうね。

造設しないということは、今まで通りと言うことです。

つまり、点滴の針を打つことのできる箇所がいつの日か近々無くなるということです。

さっちゃんの血管は細く、点滴をセットできる場所もいつか無くなるでしょう。

点滴が出来なくなると、水分すら与えることが出来なくなります。

点滴が出来ている間ですら、水分中心で栄養はほとんど補給していませんから、徐々に生命力は落ちていくでしょう。

 

胃瘻を使用すればいいのでは? と思うでしょうが、すぐに胃から逆流して誤嚥性肺炎を起こしてしまいます。

高熱を発し、体力も奪われます。

肺炎にならずとも、血液検査では炎症を示す数値が大きいそうですから、臓器のどこかで炎症を起こしているようです。

 

逆に、中心静脈栄養造設のメリットはなんでしょう?

ただそれは無意味な延命措置かもしれません。

しかも、その延命効果はさほど大きいとは思えません。

いつ停止するかわからない心臓が元気になるとは思えません。

様々な臓器も弱っているでしょうし、体の各所で炎症が起きているでしょう。

それらが改善するとも思えません。

 

しかし、中心静脈栄養の造設をしなければ、ほぼ確実に最期が来ます。

僕の素人の予測ですが、このではないでしょうか?

点滴の針が打てなくなったら当然ですし、打てて点滴だけを続けていても同様でしょう。

 

さっちゃんは十分頑張って生きました。

その生命力の強さを見せてくれました。

ここら辺で穏やかに看取ってあげたいと思う気持ちがあります。

でも、生きていてくれるだけで嬉しい、そう思う気持ちもあります。

 

複雑な僕の心中を正確に伝えることは出来ません。

ただ、中心静脈栄養の造設はしない、その気持ちが強いことだけはしっかりと妹さんたちに伝えました。

概ね賛同してくれました。

今後行なわれる僕の最終決定を尊重してくれるようです。

 

7月14日(月)

本当は土曜日に予約しておけば良かったのですが、忘れてしまっていました。

2人の妹さんへ話すことがありましたから、そちらに気を奪われていたせいです。

ですから、月曜日の朝9時過ぎにK川病院に電話しました。

出来れば月曜日のお昼頃に面会できればと思っていました。

ところが、相談員さんが言うには「さっちゃんの状態が安定しているので、面会の特例はなくなりました」と。

複雑な心境ですね。

安定しているのはいいことですが、面会が出来なくなるのは‥‥

今月いっぱいで面会が通常通り再開される可能性は低いようです。

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特別な理由で面会が出来ました

2025-07-22 14:55:26 | 面会

7月8日(火)

朝の8時台2回、K川病院から電話がありました。

その時は電話には気づかなかったのですが、その後9時ころに僕は病院に電話しました。

いつも病院からの電話は不安感を掻き立てます。

でもこの時は面会再開の連絡かなと予想していたので、それほど心乱れませんでした。

ところが、電話の内容は大変なもの。

明言はしないものの、危篤が近い可能性もあるので、例外的に面会を許可します、といった雰囲気です。

血圧が48(高い方)とかまで急に下がり、今は65までに持ち直しているけれど‥‥と。

体温も39.2度とか39.5度とかあったようです。

 

昔、さっちゃんが山の事故で脛骨上部を骨折し、2度の手術と入院でトータル9ヶ月間入院したことがあります。

その初回の手術直後、寝ているさっちゃんに繋がっている機械の数値が急激に低下していきました。

60台、50台、40台、30台と、どんどん下がるのです。

血圧の数値です。

驚いた僕はすぐに看護師さんに連絡すると、大騒動に。

医師と看護師さんが走り回り、様々な言葉が飛び交いました。

手術では可能な限り輸血は行なわず、血液の自己生産能力に頼ろうということだったと思います。

でも、血液の自己生産が間に合わず低血圧となり、結局輸血をしたんだと記憶しています。

その時もそうですが、血圧の低下は死に直結しているような印象がありますね。

 

この日は午前中に僕自身が眼科病院へ行かなければなりませんでしたから、夕方に面会予約を入れました。

例外的な面会許可なので、昼間ならどの時間でもいいのだそうです。

16時過ぎに病院へ行き、面会申込書に記入すると、相談員さんが来てくれました。

一緒にさっちゃんのいる階のナースセンターへ連れて行ってくれます。

 

ベッドの上のさっちゃんを見た第一印象はいつもとさほど変わらない、こと。

ホッとしました。

看護師さんが言うには、血圧も体温も平常に戻ってきているようです。

酸素も朝は4リットルだったそうですが、今は1リットルだそうです。

▲16:25。目を瞑っていたさっちゃんですが、後半になって名前を呼んでいると、眼を開けてくれました。大きくは開けませんでしたけれど、すぐに目は閉じてしまいます。でも、3度ほど開けてくれました。熱は平熱のようです。耳元で「ふるさと」を唄いました。

 

▲16:26。上から105は心拍数、114/65は血圧、98はSpO₂、16は呼吸数ではないかと思います。

 

看護師さんがさっちゃんの状態を教えてくれました。

胃瘻からの栄養補給をしていたそうですが、やはり胃からの逆流が多く発生したようです。

なので、今は点滴になっているそうです。

「体重も落ちて‥‥」と言っていましたが、これ以上痩せられるものか、と思いますね。

27、28㎏くらいだったと思いますが、今は何㎏なんでしょう?

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6月はいきなり面会中止からのスタートです

2025-07-21 14:52:22 | 面会

6月1日日曜日ですから、面会は出来ない曜日です。

月曜日は天覧山での岩トレに誘われていて、病院へは行けませんでした。

その月曜日16:45、K川病院から電話が入りました。

その時は出ることが出来なかったのですが、後で電話をすると、こうです。

「病院内で感染症が発生したのでしばらくは面会が出来なくなります」と。

残念な話ですが、仕方ありませんね。

 

そして、これはその後で知ったことですが、月曜日さっちゃんの妹さんとその娘さんが面会に行ったんだそうです。

滑り込みセーフだったんですね。

その時のさっちゃんの様子を知らせてくださいました。

「Mちゃん(さっちゃんにとっては姪)を見て、さっちゃんは目を見開いて声を出したよ」

さっちゃんはMちゃん(と言ってもアラフィフかな?)を見て何を感じたのでしょうね?

Mちゃんと分かったのか? それとも別の人をイメージしたのか?

でも、さっちゃんの感情が動いたのでしょうね。

 

6月5日(木)

外出中、コンビニのレジに並んでいると、すぐに携帯が鳴りました。

14:01のことです。

K川病院からでした。

病院からの電話はいつもドキドキします。

さっちゃんの状態が悪いみたいです。

2日ほど前から、安定してきたので胃瘻からの栄養補給に切り替えていたそうです。

ですが今日、急に容態が悪化し、息苦しそうで呼吸も荒く、熱も出たんだそうです。

午前中は問題なかったみたいですけれどね。

熱は39.8度まで上がったようです。

心拍数も100を越えていたそうです。

熱だけでも、こんな高熱では苦しかったでしょうね。

いろいろと対応してくださって、熱は37度台に下がって来たようです。

 

胃瘻を通じての水分補給は先週からでした。

栄養補給も2日前からのようですが、胃からの逆流や嘔吐はなかったようなんです。

気づかれないうちに胃の内容物が上がっていって誤嚥性肺炎になる可能性も否定はできないでしょう。

まだ今回の容態悪化の原因は分からないそうです。

どちらにしても体全体の生命力は低下しているのかもしれません。

 

6月9日(月)

16:09、K川病院に電話してみました。

さっちゃんの状態を聞くためです。

4日前には40度近くまで体温が上がったのですから、それからずっと心配していました。

病院から電話が入るかもしれないと思って、山へも行けませんでした。

山では携帯の電波が届きませんから。

看護師さんが詳しく教えてくれました。

熱はその後落ち着いていて、36度台のようです。

時折、37度を少し越えることもあるようですが。

酸素も0.5リットルになっているようです。

わずかですが、まったくゼロにすると、状態が悪くなることがあったりするのだそうです。

概して安定しているとのこと。

胃瘻を通じての水分や栄養補給は停止しています。

今回の発熱の原因もやはり誤嚥性肺炎の可能性が高いようですね。

さっちゃんは戻し易い(胃から逆流しやすい)傾向がありますから、嘔吐まで行かなくても、誤嚥している可能性はあるでしょう。

胃瘻使用の際は背中を上げているそうですけれど。

痰が入っていく可能性もありますし。

難しいです。

 

6月24日(火)

コンビニでお金を下ろし、そこでさっちゃんの日用品等費用を支払いました。

着替えの衣服の費用がメインです。

そこからK川病院へ向かい、5月の診療費を支払ってきました。

驚いたことに、これまでよりも3万数千円安くなっています。

入院時に、ある期間以降は費用が安くなるようなことがあったような、あやふやな記憶があります。

確認のために、書類をいろいろ見直してみましたが、分かりません。

次回も同様なら、病院に直接聞いてみようと思います。

まあ、安くなっているのですから有難いことです。

 

もう一つ、面会再開の可能性について聞いてみました。

相談員さんがおっしゃるには「少なくとも7月第一週までは面会できないと思います」とのことでした。

「どんな感染症だったのですか?」と聞くと、

「皮膚の感染症ですね」とのこと。

それ以上は聞きませんでしたけれど、皮膚のってどんな感染症でしょうね?

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5月12日以降、面会ルールが変更されました

2025-07-18 13:02:32 | 面会

コロナやインフルエンザ等の感染症が一定程度落ち着いてきたからでしょう。

K川病院の面会ルールが緩和されました。

これまでは日曜日祝日火曜日以外の14:15~14:303組だけでした。

1組は2名まで。

面会終了後、新たに次回の面会の予約をするのですが、1週間後2週間後になることが多かったですね。

平均するとほぼ10日に1回の面会だったでしょうか。

 

面会ルール緩和後は、日曜日祝日火曜日に面会できないのは同様ですが、13:30~14:30となります。

面会時間は15分間しかないのは変わりません。

1組2名までも同じですが、時間が別なら何組でも可能になります。

(何組でもと言っても、最大4組しか無理ですが。あっ! 1組10分にすれば6組可能だ!)

それ以上に大きな緩和は予約が不要だということではないでしょうか!

なので、思い立ったら面会へ臨めます。

週に5日間の面会も可能になりました。

 

5月12日(月)

▲14:12。鼻には酸素チューブ、右指にはSpO₂メーター(パルスオキシメーター)、点滴の管はかな? さらに胃を空にしておく管も付いているようです。この日は1回も目を開けることはありませんでした。おでこに手を当てた感じでは37度前後のようでした。看護師さんが言うには、この日38.8度あったそうです。解熱剤や抗生物質を入れているようです。

 

5月16日(金)

▲14:03。誤嚥性肺炎は小康状態のようです。まだ、ナースステーション真ん前の病室です。この日は起きていてくれました。ずっと目も開いていました。声も出してくれています。耳元で「ふるさと」を唄いました。左手の指を伸ばしてあげます。割と楽に伸びましたね。

 

5月21日(水)

僕自身が19日(月)左眼の手術をしましたから、面会には行けませんでした。

翌日は午前中に術後の検診もありましたし、眼も何となくちょっと痛くて、休息を優先しました。

この日も検診に行ったのですが、眼の痛みはほぼなくなりました。

目にゴミが入っているようなゴロゴロしたような違和感がずうっとあるだけです。

▲14:09。ナースステーションの真ん前の部屋から少し離れた部屋へ移動していました。状態が改善されたんだろうな、と思ったのですが、すぐに看護師さんが説明してくれました。お昼ごろに39.4度まで体温が上がったそうです。面会時は37度くらいまで下がっていたと思いますが、さっちゃん、大変だったんだね。酸素も2リットル3リットルになっているそうです。

 

5月22日(木)

▲14:09。酸素は3リットルから2.5リットルに減ったようです。目はよく開いていました。声も少し出ています。

 

5月23日(金)

▲14:22。目は半分の時間くらいで開けていてくれました。横のベッドで多分リハビリ担当の方だと思いますけれど、男性スタッフ2名が仕事をしていました。そんな中で「ふるさと」を口ずさみました。

 

5月26日(月)

▲14:09。この日から酸素マスクが外され、鼻チューブだけになりました。酸素量も3→2.5→2リットルとなりました。熱を出すこともなく、安定しているようです。両手とも指は強く握り締められてなく、伸ばされていました。いいことではありますが、体に力がないからのような気もして、心配です。「ふるさと」を耳元で唄いました。声も少しだけ出ていました。

 

5月29日(木)

▲14:03。看護師さんがさっちゃんの状況を教えてくれました。この日から胃瘻を通じての水分補給を始めたんだそうです。これで口の方へ逆流させて嘔吐などすることがなかったら、本格的な栄養補給も胃瘻を通じて行なうことが出来ます。一歩前進です。その他にも酸素チューブの交換を行なってくれていました。今はSpO₂が100近くあるそうですが、酸素を外すと90台前半になると言ってましたね。右腕には指先にかけて布が掛けられていて、何のためかが気になるところです。この日も耳元で「ふるさと」を唄いました。15分間はあっという間です。

 

5月30日(金)

▲14:26。さっちゃんの部屋へ行くと、また酸素マスクをしていました。しばらくして看護師さんが来ましたから、聞いてみました。前日の夕方、急に呼吸の状態が悪化したんだそうです。SpO₂が70台にまで落ちたんだそうです。高所登山なら完全に高度障害状態です。ですから、鼻チューブから酸素マスクに替えて、酸素量も5リットルにしたんだそうです。で、悪い状況は脱したそうです。原因は聞きませんでした。まだそこまで分かっていないと思いますし。普通に考えれば、肺炎が悪化したのでしょう。胃瘻からの水分の補給が影響したのかもしれません。右手にかぶせている布のことも聞いてみました。指にセットしてあるパルスオキシメーターが指が冷たいと感度が悪いんだそうです。なので手や指先を温めるために手袋のような感覚で使っているそうです。この日のさっちゃんは一度も眼を開きませんでした。薄目のことはありましたが、見えているのかは分かりません。最後に「ふるさと」を耳元で唄いました。

 

5月31日(土)

▲14:05。心配していましたが、落ち着いてきているようです。酸素マスクが外れ、鼻チューブになっていました。目も開けていてくれました。声を発することはありませんでしたね。上腕にかぶせてあった袋状の布が外されていたのですが、パルスオキシメーターは指の代わりに耳たぶにセットされていました。この日も「ふるさと」を唄いました。

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5月7日、誤嚥性肺炎になった翌日の面会でした

2025-07-16 10:48:26 | 面会

5月7日(水)

前日の16:19にK川病院から電話がありました。

いつも病院から電話があると、ドキドキします。

さっちゃんが誤嚥性肺炎になったとのこと。

吐いたりしたそうです。

胃の中のものが口の方へ逆流したのでしょう。

それで、体温も38度台になり、栄養も点滴からになっているようです。

 

先週もK川病院から電話がありました。

こちらは「マスクがなくなりそうなので、持ってきてください」と言うもの。

ホッとしますね。

そのマスクをこの日、持って行きました。

ナースステーションでマスクの箱を渡します。

さっちゃんはナースステーションの前の部屋に移動していました。

常に、見ていなければならないからでしょうね。

4人部屋のここには常時大声を上げる人もいて、ちょっとうるさいですね。

さっちゃんがどう感じているのかは分かりませんが、寝てはいませんでした。

 

熱は下がっていましたが、37度台前半くらいなのでしょう。

手を当てた感じでは平熱くらいにしか感じませんでしたけれど。

鼻には酸素チューブが入っています。

前日は呼吸も苦しそうで、ゼ~ゼ~言ってたそうですが、この日は落ち着いていました。

右手の指にはSpO₂でしょうか、計器が付いています。

胃瘻を通じての栄養補給は止めているようです。

胃から逆流する可能性がありますからね。

そればかりか、胃の中の液体を外に出すようにしているみたいです。  

 

▲14:29。ちょっとうるさい部屋ですが、さっちゃんはどうなんでしょうね?

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4月30日、5月中旬から面会ルールが変更されます

2025-07-15 18:29:00 | 面会

4月30日(水)

2週間ぶりの面会。

この日のさっちゃんはすぐには目を開けてくれませんでした。

右手の指を少しずつ伸ばします。

左手の指、すごく強く握りしめています。

でも、ある瞬間に力が抜けてす~っと指が伸びるんです。

右腕や右肩もさすってあげました。

曲がっている右足もさすってあげます。

いつものように「ふるさと」を唄いました。

 

▲14:28。この日は目を閉じるのと開けるのとが半々くらいでした。この写真の目の開き具合がこの日のMaxかな。

 

次の面会の予約を入れる際、相談員さんが「5月12日から予約なしで面会できますよ」と言います。

詳しいルールは書面が郵送されて来るようですね。

1回15分なのは変わりませんけれど、ほぼ自由に面会できるようです。

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4月9日、一人での面会でした

2025-07-13 23:05:38 | 面会

4月9日(水)

久し振りに僕一人。

さっちゃんのいる階へ行くと、ちょっと待たされました。

さっちゃんの部屋から誰かが寝ているベッドを出して、向かいの部屋へ移すところだったようです。

病院の何かの設備を改修する工事が行なわれているようで、その都合でベッドの移動もあるようです。

1ヶ月ほど続くらしいですね。

さっちゃんは目を閉じていました。

しばらくすると、半開きにはなりましたが、ぱっちりとは開けてくれません。

「ふるさと」を3番まで唄いました。

左手の指を伸ばしてあげました。

▲14:24。半開きの目です。

 

4月2日(水)

この日のブログも書いたと思うのですが、見当たりません。

どうしたのかな?

メモも消えていますから、写真だけ載せておこうと思います。

▲14:21。K子さんが来てくれたのですね。

 

▲14:32。目をパッチリと開けているさっちゃんです。

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