さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護3の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

さっちゃんの小学校時代の同窓生から電話がかかって来ました

2019-09-30 23:57:25 | 友達・知人・山仲間と
さっちゃんの故郷は九州です。
その小学校時代、生徒たちは担任の先生をとっても慕っていたようです。
生徒たちがいい齢になってからのことだったと思いますが、同窓会を作りました。
会報が届いたり、ときどき先生を招いて同窓会を開いて集まったりしていました。
場所はやっぱり九州が多いんですが、たまには関西やら首都圏やらでも開いていましたね。
東京で開いた際には、さっちゃんが幹事役みたいなことをしていて、僕も会場探しを一緒に手伝ったりしました。
その同窓会も、3年前に閉会になったようです。

そんな同窓生の中でも仲が良かった(んじゃないかな?)女性から今日電話がありました。
さっちゃんが認知症だと友達から聞いて、電話を掛けて来たようです。
さっちゃんの電話が鳴って、まずは僕が出て話しました。
その女性(Aさん)が誰だか、名前を聞いただけではさっちゃんには分からないようです。
だからでしょう、僕にしきりに手を振って、電話に出たくない意思を伝えてきます。
そんなことはお構いなく、僕は「じゃあ、さっちゃんに代わりますね」と電話を渡します。

さっちゃんは電話ではいつもと違って、割ときちんと喋ります。
もちろん全体的には意味不明なんですが、当たり障りのない挨拶などはまあまあ無難に口から出て来るんです。
短い時間ですが、挨拶をして、「元気よ~ぉ」とか喋って楽しそうでした。
最後にまた僕と電話を代わってAさんと話しました。
嬉しそうでした。
「お話しが出来て、良かったわ」とおっしゃってくれました。
「山登りも続けてるんですか?」と聞かれ、「一昨日にはさっちゃんと一緒に山へ行ってきましたよ」。
「体だけは元気なんですよ。ただ、側頭葉が委縮してるんで言葉が不自由なんです」と。

そして最後に、Aさんはこんなことを僕に伝えてくれました。
「以前お会いした時に、さっちゃんがこんな風におっしゃってたんですよ」
「私はもう旦那さん無しでは生きていけないの」


あのさっちゃんがこんな歯の浮くような科白を喋るとは思いませんが、
こんな風にも誤解され得るような言葉を語ったんでしょうね。
九州で開かれた同窓会にさっちゃんが最後に参加した際、今から思えば、認知症の症状が出ていて、
新幹線を使ってちゃんと行って、帰って来れるか凄く心配していたんです。
大分県の温泉に泊まったと思いますが、その時に上記の言葉が出たのかもしれませんね。
僕に頼らなければ新幹線にも乗れない、と自分に対して不安に感じ始めたころだったんでしょうね。

Aさんから「さっちゃんのことよろしくお願いしますね」と言われました。
僕もAさんから伝えられた言葉を胸に秘め、さっちゃんを愛し、支えて行こうと想いを新たにしました。
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看護師のA野さんが下山後に会いに来てくれました。さっちゃん、名前は忘れていましたが、会うと記憶が蘇ったようですね

2019-05-09 11:35:35 | 友達・知人・山仲間と
昨日は神経内科とリハビリテーション科の先生の診察といつもの言語リハビリがありました。
朝6時に起床すると、onになった僕の携帯にメールが。
どうやら昨夜遅く、A野さんからメールが届いたようです。
「今日、棒ノ折山を登るので、その帰りに会いたい」という内容です。
嬉しいことです。
即座に大歓迎!

A野さんとは2008年3月8日に丹沢広沢寺での岩トレ終了後に
居酒屋さんでお会いしたことが僕の記録に残されていました。
よほど印象深かったんでしょうね。
彼女とはその後2年間ほどは他の山仲間ともども密度の濃い楽しい山行を積み重ねました。
泊りの沢では焚火を囲み、クライミングでは越沢バットレス一般ルートをリードしました。
それなりの沢屋かつアルパインクライマーになれる直前で、仕事が多忙となり山へ行けなくなりました。

僕の歯の点検が16:45から入っていましたから、その終了後駅の改札口で合流することに。
さっちゃんも歯医者さんに一緒に来ています。
歯石を取ったり、歯のお手入れをしている僕の横で椅子に座って待っています。
まあ、今日のような日は一緒にいてくれた方がいいですね。

終了後、さっちゃんと駅へ歩きます。
「A野さんって知ってる? 覚えてる?」とさっちゃんに聞きますが、分からないよう。
「会えば分かるよ」と僕はさっちゃんに言いました。
さっちゃんは意外と人の記憶は残っていますから。

駅に着くと、A野さんの姿が見えました。
昔と変わっていませんね。
昔よりも少し細くなっているようにも感じます。
A野さん、思いっきりの笑顔でさっちゃんに挨拶してくれます。
さっちゃんも当然のようにA野さんだということが理解できていますね。
本当に嬉しいことです。

その後は再びの『ネパールキッチン』。
話しも弾みます。
今日はどうやら職場関係の皆さん6人くらいと飯能側から棒ノ折山に登ったそうです。
バスで川井駅に出て、A野さんは他の皆さんとはどこかで別れたんですね。
せっかくのお仲間と別れてまで会いに来てくれて、本当に感謝です。
さっちゃんのことを気にかけてくださってるんですね。

A野さんにとっても久し振りの山歩きだったそうです。
これからはさっちゃんとも歩く機会をぜひ作っていただきたいと、お願いしました。
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