さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

さっちゃんはトイレに入るときにトイレのスリッパに履き替えません

2018-12-28 22:42:40 | 出来なくなったこと
我が家も普通の家庭と同様、トイレではトイレ用スリッパがあります。
板の間のDKなどで履いているスリッパを入り口で脱ぐわけです。

でも、さっちゃんは普段のスリッパのままトイレに入ります。
トイレ用スリッパを端に追いやってしまいます。
「トイレではこっちを履いてね」と何度頼んでも、駄目ですね。

まあ、これはさほど大きな問題ではありません。
二人だけの家ですから、トイレ用スリッパなんてなくても構わないかもしれません。
まあ、お客様が使う時くらいはないと困りますけれどね。
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朝食後、天覧山にゆっくり出かけ、ちょっと岩を登る練習をして、明るいうちに自宅へ帰りました

2018-12-26 21:26:43 | クライミング
クリスマスイヴの24日、僕とさっちゃんは岩登りトレーニングをしました。
飯能の街中の丘、天覧山でです。
明治天皇が軍の演習をご覧になった山なのです。
地元の日本酒「天覧山」も有名ですよね。
うまい酒です。

ふたりだけですし、家から近い飯能市ですから、いつも通り朝食を食べ、それからゆっくり出かけました。

天覧山の最下部の岩場は易しい岩場です。
6~9mくらいの高さ、幅は10mくらいでしょうか。
さっちゃんは4年位前から確保や懸垂下降など、クライミング技術を忘れ始めました。
今では全部忘れています。
ですから、今日の練習はさっちゃんだけ。

最下部の岩場の右側を2~3回、左側も3~4回、さっちゃんは登りました。
あまり高さがありませんから、さっちゃんも不安にならないんだと思います。
楽しそうに繰り返し登ってました。

この日は北風が強かったんですが、南向きの岩場ですから、風がさえぎられてます。
杉林の木の間から差し込んでくる陽光でポカポカした中で遊びました。

さっちゃんも満足したようですから、早めに終了し、駅へ向かいました。
電車時刻が迫っていましたから、さっちゃんに急いで歩いてもらいます。
余裕で間に合いました。
最寄り駅からは途中スーパーに寄って、小さなクリスマスケーキを購入。
夕食自体は鍋でしたから、クリスマスっぽくはなかったんですがね。


▲天覧山最下部の岩場全景です。小さな岩場。いつもはプロガイドでしょうか、講習会が入ってることが多いんですが、今日は僕とさっちゃんだけの岩場。


▲左側は垂直に立った岩場です。少し難しい。さっちゃんは楽しくチャレンジしています。右側は普通の運動靴で登りましたが、ここはクライミングシューズに履き替えて登ります。


小さなクリスマスケーキといつもよりちょっと高めのイタリアワイン。フルボディです。右にあるふたつの飾りはさっちゃんがデイサービスで作ったもの。ほとんどスタッフの方の手によるみたいですが。
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言語リハビリでは自分の名前はチンプンカンプンでしたけれど、第九の歓びの歌は口ずさみました

2018-12-26 15:34:08 | 言語リハビリ
今日は週に一度の言語リハビリの日。
発語することをメインに脳内の様々な神経回路を刺激しているのかな?
専門的なことは分かりませんが、さっちゃんは意外と楽しんでるみたい。

今日はまず、さっちゃんの苗字と名前を聞かれました。
さっちゃん、自分の名前を忘れています。
苗字も名前も忘れています。
それを教えてあげながら発語。
なかなか、正しく発語できません。
「〇し〇〇」が「〇ち〇〇」になったり、「さ〇〇」が「た〇〇」になったり。
「さしすせそ」って「たちつてと」になりやすいんでしょうか?
さっちゃんだけの特技かな?
いろんな工夫を織り交ぜながら、自分の名前を発語しました。
最後には、さっちゃんが書道をやっていたということもあって、筆ペンで漢字で名前も書きました。

もうひとつ、前回も観た第九の歓喜の歌の一万人コンサート。
またそれを観ながら、さっちゃん口ずさみます。
ほとんどは「ラララ ラ~ラ~」なんですが、ところどころドイツ語っぽい口ずさみ方になってました。
歌詞のドイツ語は完全に忘れているはずですが、何となく口がそれっぽく動くんでしょうね。

その映像の最後あたりになって、先生に電話が入ったものですから、
一万人コンサートの次の映像も続けて観ることになりました。
それも第九です。
ヨーロッパの古い都市の石畳の広場で一人の弦楽奏者が第九を奏で始めます。
コントラバスでしょうか?
二人目、三人目と、バイオリンなどの弦楽奏者が加わります。
周囲に見物客も三々五々増えてきました。
さらにオーケストラの他のパートも加わって来て、交響楽団の路上演奏会に大発展。
するといきなり、周りで聞いていた聴衆が合唱を始めたんです。
歓喜の歌 です!


さっちゃんと一緒にそれを観ていた僕は、感動しちゃいました。
涙が滲んできます。
この映像の展開自体に感動させられたこともあるかもしれません。
でも、さっちゃんが一緒に口ずさんでる!
かつてはさっちゃんも合唱団の一員として歌ってた!
その記憶がさっちゃんの奥底に残ってる!
そんなことにも感動させられたんだと思います。

リハビリ終了して、駅まで急いで歩き、先週よりも1本前(乗り遅れると30分後)の電車に乗れました。
最寄り駅では、さっちゃん「食べて帰ろうよ」と言います。
僕は家で自炊したかったんですが・・・・
さっちゃんは食欲旺盛で生姜焼き定食をぺろりと食べました。
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何かと忙しくて、ブログに書き綴る暇がありませんでした。さっちゃん、山に2回も登ってます!

2018-12-25 21:27:23 | 山登り
書きたいことはたくさんあるのに、書く時間がありません。
書きたかったことも時間の経過とともに思いも薄れ、さらには忘れてしまいます。
さっちゃんとの山登りもいろいろあったはずなんですが、細かなことは忘れてしまってます。
それでもメモ程度には書き残しておきましょう。

●12月15日(土) 鳩ノ巣駅~棚澤の薬師堂~チクマ山~ゴンザス尾根~天益


薬師堂で休んでいたら犬を連れて登ってきた男性と出会いました。1月に薬師堂の祭礼があるとのことで、そで準備で山道の状況や水の具合をチェックしに来たそうです。その方が教えてくれました。棚澤と白丸とをつなぐ生活道がここにあったこと。現代の車道が通じてからはこの山道を利用することが減ったこと。その道が写真の道、薬師堂の左にある道なのだそうです。そこを登りました。


▲仕事道のような山道がたくさんありました。途中あった右へ巻いている山道が正解だったような気がします。僕たちは上へ上へ登る山道を選んだんですが、その山道はすぐに消えてしまい、間伐した後の歩きにくい植林の急斜面を登っていく羽目になりました。


▲花折戸尾根にでると、気持ちのいい山道になりました。


ゴンザス尾根は急な下りが続く山道です。さっちゃんを下で支え、手を伸ばし、時間がかかりました。でも、薄暮の中、里に下山。天益では座敷に入ることが出来ました。

●12月21日(金) 武蔵五日市駅=数馬バス停~九頭龍神社~槇寄山(寄らず)~笛吹峠~笛吹入口バス停=音羽鮨


▲登り始めは急斜面が続きました。さっちゃんは息が上がりますが、黙々と登っていきます。


笹尾根に出ると、実になだらかな広い尾根が続きます。この日は無風快晴で最高の山日和!


▲広々した尾根はどこでも歩けます。さっちゃんはわざわざ登山道でないところを歩きます。


▲笛吹峠からの下山道の途中、広い範囲で植林の伐採が入っていました。登山道も少し荒れた状態です。さっちゃんはこんな山道が大嫌い。と言うよりは、怖くてたまりません。僕と手をつながないと、前へ進めません。

目指すバスに間に合うかギリギリでしたけど、さっちゃんが頑張って歩いてくれて、結果、余裕で間に合いました。バスを五日市で降り、馴染みの「音羽鮨」で打ち上げ。
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デイサービスの準備があるので、さっちゃんを急かせて皿洗いを途中で止めさせてしまいました。その結果・・・・

2018-12-20 21:55:18 | デイサービスや介護
昨晩は僕の山の会の例会でしたから、僕とさっちゃんの就寝は夜中1時ころ。

今日はデイサービスなので7時起床。
睡眠時間はいつもよりずっと短かかったんです。
それも原因のひとつだったかもしれませんね。

さっちゃんは今日がデイサービスの日だからテキパキと準備しなければならないんだとか思いません。
僕が次々に指示をして準備していくことになります。
朝食後、さっちゃんは台所へお皿を下ろして、皿洗いをし始めました。
早ければ5~10分もすれば、スタッフの方が迎えに来てしまいます。

僕はさっちゃんを急かせて、
「すぐに迎えに来るよ!」
「歯を磨こう!」と。

それで、さっちゃんの手を引いて洗面所に連れて行こうとします。
さっちゃん、なかなか台所から離れようとしません。
でも、皿洗いをするほどの時間的余裕はないんです。
さっちゃん、すごく不満そう。

歯磨き後、すねたさっちゃん、布団の上に寝転がってしまいました。
ジャンパーを着せようとしても、起き上がってくれません。

そうこうしてるうちに、玄関のチャイムが鳴ります。
さっちゃんの様子を覗きこみました。
起き出してるかな? と思ったんですが、寝転んだままです。
「迎えに来てくれてるよ」と言っても、動きません。
僕は玄関を開けて、スタッフの方に声を掛けてもらいました。
「○○さ~ん! 行きましょ~ぅ!」
さっちゃん、じわりと起き出します。
ほっ。

いつものような笑顔。
お昼過ぎ、帰って来た時にも笑顔でした。
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新しいカテゴリーを追加しました。最近少しずつですが増えてるような気がします

2018-12-18 11:12:18 | 反抗? 抵抗? イヤ!
反抗したり、抵抗したり、「イヤ!」と叫んだりするのは
幼児とかだったら新しい自我の目覚めだったりして、一概に悪いことではないような気がします。
でも、認知症の場合はどうなんでしょうね?
僕のさっちゃんへの対応が少々押しつけがましくなっていたり、
さっちゃんのとる行動への否定的言動が印象として蓄積されていってるせいなのでしょうか?

昨日の月曜日は午前中からちょっと様子がいつもと違っていました。
さっちゃんは哀しそうでした。
「わたしは何にも出来ない」とうつむきがちに喋るんです。
表情は明らかに泣き顔で涙も滲んでるようでした。
そんなですから、僕は近寄ってハグしてあげようとしますが、
さっちゃん、それを嫌がるんです。

時間が流れ、日没のころ、さっちゃんは何かしら不満そうな雰囲気を漂わせています。
ぼそぼそ喋る言葉の意味を想像して考えました。
どうやらこの日は一日中家の中にいたので、出かけて歩きたかったようです。
買い物にも、散歩にも出ませんでしたから。
「散歩に行けばよかったね。でも、もう日が沈んで真っ暗だから」と、僕は言うしかありません。

しばらくすると、またぶつぶつ言い始めます。
今度はどうやら「夕食はまだなの?」と僕に文句を言ってるようですね。
今朝はゆっくり目覚めましたから、朝食は10時ころ、昼食は3時ころだったので、
夕食ももっと遅い時刻でいいと、僕は考えていたんです。
「夕食は?」って、5時ころに言われても・・・・
でも、さっちゃんの要望を無下に断るわけにもいきませんから、
夕食の準備をぼちぼちと始めました。
結局、夕食は7時過ぎに食べることとなり、まあまあお腹も空いて来てましたね。

そして今朝、今日はデイサービスに行く日です。
着替えは問題なく進み、朝食も済ませ、準備だけは問題ありません。
でも、「行かない」「何で行かなきゃならないの」と言います。
ただ、僕もだんだん分かってきてますから、そんな言葉はさほど気にしません。
チャイムが鳴って、さっちゃんに「玄関、開けて」と頼むと、素直に玄関へ。
スタッフさんの顔を見ると、さっちゃんは明るい顔つきになります。

その表情が本心からなのか、外部の人間に対する社交辞令的なものなのかは分かりません。
内と外の意識の違いがあるのだとすれば、それはそれでいいことのような気がします。
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さっちゃん、デイサービスに出かけることをむずかりました

2018-12-13 11:36:51 | デイサービスや介護
久し振りのデイサービスネタです。

さっちゃんはデイサービスに行くことをことさら楽しんでるわけではありませんし、
とくに嫌がってるわけでもありません。
毎回、準備をしてもらいながら、さっちゃんは何故出かけなければならないのか分からないみたい。
迎えの顔なじみの職員の方を見て初めて理解できるのかな?

今朝もどんな理由なのかは僕には分かりませんが、
出かける準備をするのを嫌がりました。
と言うよりも、拒否しました。


ズボンを穿くまでは何とかクリアしたのですが、靴下は穿こうとしません。
布団にもぐりこんでしまいました。
それ以上促してもかえって逆効果になりそうですから、放っておくしかありません。
成り行きに任せるしかありません。

玄関のチャイムが鳴りました。
ドアを開け、職員の方に挨拶をします。
「さっちゃんが駄々をこねていて、行きたがらないんですよ」と小声で告げます。
「ここからさっちゃんに声を掛けてくれませんか」と頼みます。
職員の方が「○○さ~ん! 行きましょ~!」と声掛けをしてくれます。

さっちゃん、すぐに布団から身を起こし始めます。
そこで靴下も穿きました。
上着も着てもらって、いつも通りに出発。
やれやれ、ひと安心です。

最近、少しずつですが、意味もなく(僕には意味が理解できず)怒ったり、
不機嫌になったり
することが増えているような気がします。
そんな際の僕の対応をいかにすべきか、心の準備やノウハウの準備もしとかなくちゃと思いますね。
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昨日は僕の体調が最低でした。目まいと吐き気が続いて・・・・

2018-12-11 11:48:26 | 病気やら体調やら
土曜日はさっちゃんの妹さんの家で集まりがありました。
さっちゃんはほとんど飲みませんでしたが、僕はワインを1本ほど飲みました。
日曜日は団地の一斉清掃の日でしたから、底冷えのする中9時から10時まで草むしり。
清掃後、秋川ファーマーズマーケットへ野菜の買い出しへ。
寒気(さむけ)を感じながら、往復3時間余りの川沿いの道を歩きました。

月曜日は用事もありませんでしたから、のんびりと目を覚まします。
でも、起き上がろうとして頭を起き上がる位置に動かすと、目まいがします。
最近、時々は目まいの症状が出ることはありましたが、ほんの軽い症状でした。
でも、この日の朝は違いました。
くらくらします。
実際に、視界の景色が左から右へと流れて行くように感じます。

今から16年ほど前にも目まいに襲われた時期がありました。
この時には一度だけ天井がぐるぐると回転する経験をしました。
歩きながら時折目まいがすることもありましたが、軽いものでした。
このころ以降、耳鳴りにはずうっと継続して悩まされています。


この日、目まいが少し落ち着いた感じがしたので、立ち上がろうします。
でも、体を動かすと、目まいは続いていました。
そればかりか、吐き気が起こります。
吐き気が強まってきたので、トイレへ行き、いつ吐いてもいいように準備します。
ただ、吐き気は次第に収まって、布団に戻りました。

さっちゃんは僕を見て心配そうに付いて来てくれます。
布団に戻ると、体をさすってくれます。

しばらくして再び起き上がろうとしましたが、また目まいが強まりました。
吐き気も起こりましたから、今度は台所の流しへ。
その時にも吐き気は次第に収まりました。
僕はタライを持って布団に戻り、横になります。

さっちゃんは体をさすってくれます。

この日は吐き気は2回あっただけで、その後は大丈夫でした。
目まいも少しずつ収まっていきました。
朝食は作れませんでしたけれど、お昼はインスタントのちゃんぽんを作りました。

さっちゃんはそれまで僕と一緒に布団で寝てくれました(笑)。

僕が明らかにふらふらしたりとか、吐き気で便器や流しに突っ伏したりとか、しなくなると、
少し目まいはするものの、ただ静かに立ち振る舞っていられるようになると、
さっちゃんは僕が具合が悪いということを忘れてしまうようです。


僕はその時の状態次第で、布団で横になりたかったり、起きて椅子に座っていたかったりします。
さっちゃんはそのことになぜか不満があるようで、何やら僕に文句を言ってきます。
好意的に解釈すれば、椅子に座った際には、
僕の具合を心配して布団で寝るように言ってるのかもしれませんがね。

日が沈んだ以降くらいには、僕の体調はほぼ戻っていました。
今晩は鍋にしようと思っていましたから、鍋の材料を準備します。
日本酒も少し飲みました。

こんなことになると、いつも思うんですが、
僕自身の体調管理が大切ですね。
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さっちゃんのお母さんの命日で東京の妹弟たちが集まりました

2018-12-09 23:08:45 | お出かけ
昨日の土曜日、さっちゃんの妹さんのお宅に行きました。

母親がずっと昔の12月の暮れになくなったのですが、
その後、東京に住む親族がクリスマスのころに集まるようになったのです。
さっちゃんの姪や甥がまだ子供だったり、さらにその姪っ子の子供が生まれたりした時代は
どちらかと言うと、子供メインの集まりでしたけれど、
甥っ子や姪っ子もそれぞれが自立して、なかなか参加出来なくなり、
妹さんの一人は旦那さんの介護で来れなくなったりして、寂しいものになってきました。

もう一人の妹さんが頑張ってくれて土曜日の集まりになったのです。
旦那ふたりを含めて5人が集まりました。
平均年齢は70歳を超えています。

武蔵小金井駅でcocoバスに乗ると、弟さんも乗ってきました。
さっちゃんも弟さんも互いにすぐに気づきます。
さっちゃん、出かける前に「弟さんも来るよ」と言っても、
「弟って誰?」ってな雰囲気だったのに、実際に会うと一発で分かるんですよね。

さっちゃんも見慣れた心許せる妹弟ですからリラックスしているみたいです。
とりわけ、妹さんは女性特有の能力なんでしょうか?
僕にはてんで解読不能なさっちゃんの会話を理解出来るようなんですね。
さっちゃんの言ってることを反復して言葉にしてくれて、さらにその返事を返してあげます。
さっちゃんに「そうなの?」と確認すると、「そうだ」といった感じ。
さっちゃんの会話の内容もかなり複雑なものでした。

僕は男性だからでしょうか?
そうでなくても、理屈の通らないような話し方は出来ない、しないタイプですから、
女性によくある語り口、脈絡のない、起承転結のない会話が理解しづらいのでしょう。
さっちゃんの話しの中に僕なりの理路整然さを探そうとしてるんだと思います。
もともとそんなもののない話し方をしてるとすれば、探しても見つかるはずはありませんよね。

僕もちょっと努力してみたいと思います。

その後の妹さんからのメールにはこんな風に書かれてました。
「さっちゃんの楽しそうな顔いいですね。
そういえば、彼女はイベント好きでしたね。
一人より賑やかなのも好きです。
本人が気づいてないけれど~。
刺激があれば、言葉がもっと出るかも?!
さっちゃんによろしく。」
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2015年の忘事録/書道教室へのルートを確認しました

2018-12-06 18:18:38 | 2015年の忘事録
忘事録とは忘れた事の記録です
また思い出すこともあるでしょうが
忘れるよりも もっと
新しい思い出を
作ればいいのです


(この忘事録カテゴリーの文章はほぼその日付当時メモした文章のままこのブログに載せています)

2015年9月10日

先週の第1回に続き、今回は2回目の書道教室。
イトーヨーカ堂経由のルートがさっちゃんのよく知るルートだということが先週確認できたので、「イトーヨーカ堂へは行ける?」と聞くと、「それが思い出せない」と言う。その時まであれこれ思い出す努力をしていたようだが、思い出せなかったらしい。
~神社の・・・・とか、~郵便局の・・・・とか、イトーヨーカ堂へのルートを説明してあげるが、その途中のポイントも思い出せない様子。
「じゃあ、付いて行ってあげるよ」と、僕も一緒に行くことに。朝の散歩。
8:20、家を出る。さっちゃんの後ろを付いて歩く。さっちゃん自身の記憶でやらせたい。実にスムースに進む。家を出てすぐに記憶がよみがえったようだ。イトーヨーカ堂へはしょっちゅう買物へ行っているのだから・・・・
「もう帰っていいよ」と言うが、せっかくの散歩なので、もう少し付いて行く。
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