ある朝のこと、一疋の蜂が旅館玄関の屋根で死んでいるのを見つけた。他の蜂が巣にはいった日暮、冷たい瓦に一つ残った死骸に、淋しさと静けさを感じる。散歩のおり、川でみた大鼠は、首に串を刺され、川岸の人たちに石を投げられ、必死に逃げ惑っていた。死ぬに極まった運命を担いながら、全力を尽くして逃げ回る様子が妙に頭についた。
そんなある日、驚かそうと投げた石が小川のイモリに当って死んだ。可愛そうと思うと同時に生き物の淋しさを一緒に感じる。生きていることと死んでしまっていること、それは両極ではなかったという感慨を持つ。
大正二年、文豪・志賀直哉は初めて城崎を訪れた。山手線の電車にはねられて重傷を負いその後養生のために三週間滞在した。小さな生き物に自分を重ね合わせ、生と死を考える。
ここでの体験が、のちに、『城崎にて』や『暗夜行路』を生んだ。
城崎温泉は、兵庫県豊岡市城崎町にある温泉町である。
その昔、コウノトリが傷を癒したことから発見されたと伝えられ、数多くの文人・歌人が好んで訪れるなど、1,400年の足跡が残されている。