ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

仕事観

2014-03-20 20:55:23 | Weblog
最近よく、いろんな人と、中国人と日本人が一緒に組織をつくることについて話す。

中国人は、お昼ごはんのこと以外は何も考えていなくて、
お金とお休みの要求だけ激しいというイメージがあるけれど、
よくよく中国人と話してみると、
やはりみんな自分の人生のことは真剣に考えているし、
バブルに浮かれている人ばかりでもない。

日本人は、経営のためにも、中国人のみんなのためにも
業務の効率化・合理化を進めようとするけれど、
日本人の上司が、もしある日、
「はい、簡単にできちゃう仕組みが出来たよ。このフローどおりにやって」と言ったら、
きっとほとんどの中国人は、
「あなたは、私とまともに向き合ってない」と思うだろう。

日本人には予想外の反応だ。

誰にでも出来るような仕事を、廉価でやってほしくて、
むかし日本企業は中国に進出したけれど、
当時の中国では、そんな単純な作業でも、
国内のほとんどの人はできないような「先進的な仕事」だったから、
喜んでやる人がいた。

いまは、いくらお金を出したって、誰もやらないような仕事がたくさんある。
みんな、自分がそんなにすごい人間じゃないことはわかっている。
でも、みんなが求めているのは、上司からのこんな言葉だ。
「一見簡単そうだけど、でも○ちゃんだから、こんなに上手にできるんだね。
 意外と難しくて大変な仕事だね。他の人にもちょっと紹介してあげてよ」

だから「簡単にしておいたから、見ながらやって。このとおりでいいから楽でしょう」は、
中国人にとっては、バカにされたのと、人格を否定されたのと同じ意味になる。

でも、よくよく考えてみたら、
日本もマニュアルばっかり作って、業務の大半を平準化してから、
みんな、会社に行くのがつまらなく、ただのつらいことになったんじゃないか。
「私はここをちょっと工夫してるから、お客さんに喜んでもらってる」
そう思えていた時は、喜んで残業もしたんじゃないか。
自分自身の頭で、誰かを喜ばせる方法を考えるために。

誰が、人事評価シートなんかのために、何年も毎日努力するんだ。
学校の通信簿だって、社会人になったら、こんな薄っぺらい評価からは解放されて、
人が喜ぶ価値を作る仕事の、その一端を担うんだ、と思っていたから、
学校の勉強にだって、耐えたんじゃなかったか。

仕事のために人がいるんじゃない。
人が動くから仕事が生まれるんだ。

中国人と仕事について話をすると、いつもそう思う。