世界は様々な色に溢れていて、沢山の楽しみを与えてくれる。
しかし、目に映る彩(いろどり)を無くすと「想い描く色」が豊かになる。
階調の数が減る事で奥行きが生まれ、違う何かが見える気がする。
散歩中や旅先で撮影した画像を白黒に加工し、思考の旅に出かける試み。
不定期連載「monotone Journey」第九篇。
光は、まっすぐに進む性質がある。
行く手の一部をさえぎると、光が進むところと届かないところができる。
光が届かずに黒くなったところ、それが影だ。
屋外での影の形は、時間によって変わる。
太陽の高度や方角が一定ではないからだ。
まるで光に引っ張られたような木陰は、朝の僅かな時間だけの景観。
シャッターを切った数分後には消えて無くなってしまうだろう。
写真は光がない世界では写らないのだが、
世界に光しかなかったら面白みに欠ける。
光の対極---影のお陰で二次元に立体感が生まれ、
ある種のドラマ性を醸し出してくれる気がする。
そんな錯覚を起こさせてくれるのは、
カラーよりもモノクロの方が顕著ではないだろうか。
そもそも写真や映画をとる「撮影」は「影を撮る」と書く。
美しい色を刻むのもいいが、美しい影を捉えることも重要。
カメラのド素人である僕は、そんな風に考えてしまうのである。
あらためてPCで拝見しましたが、モノクロ写真は、味があって良いですね。
特に3枚目の構図、誰の記憶にもあるような構図で、そこから見た人それぞれの思い出が拡がるような写真です。大抵の思い出は、モノクロです。
では、また。
コメントありがとうございます。
掲載3枚目、個人的にお気に入りです。
丁度出口にうまく走る自動車が写り込み、
陰影とのバランスが取れました。
全くの偶然。
これもまた、楽しいものです。
拙作がZhenさんの心に
小さな波紋を起こせたなら幸甚に存じます。
では、また。