Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(第03回)練習問題(第25問A・第26問C)

2020-10-12 | 日記
 第25問A 業務妨害罪
 甲は、A国立大学教授Xが自己の思想と異なる発言をしたことに腹を立て、これに抗議しようと考えていた。そこで、甲は、XがA大学主催の公開講座において講演をすることを聞き、この機会に抗議しようと教室内に入り、講演のために教室に入ろうとするXに対して、拡声器を用いてXの発言を糾弾するような内容をまくしたてた。この騒ぎの通報を受けた巡査Yが、この場に駆けつけ、甲を連れ出そうとした。そうしたところ、甲は、Yが自分を連れ出そうとすることに憤激したあまり、いったんはYに取り上げられた拡声器を奪い返すとともに、それを床にたたきつけて損壊した。しかしYは、何らそれに動じることなく、そのまま甲を警察署に連行した。これにより、講演は定刻どおりに滞りなく開始された。甲の罪責を論じなさい。
 論点
(1)甲がXに抗議するために教室に入った行為について
(2)甲が講演のために教室に入ろうとするXに対して拡声器を用いてまくし立てた行為について
(3)甲がYから拡声器を奪い返し、それを床にたたきつけて損壊した行為について
(1)甲が抗議のために教室に入った行為について
1問題の提起(被告人の行った行為は〇〇に該当するか?)
 甲が抗議のために教室に入った行為は建造物侵入罪にあたるか。
2要件・概念の説明(〇〇の意義の説明)
 建造物侵入罪とは、建造物の管理権者の意思に反して、それに立ち入る行為である。
3事実の認定(被告人が行った行為の事実認定)
 甲はXに抗議するために教室に立ち入ったが、そこは大学の教室であり(建物の性質)、公開講座が主催される場所であり(建物の使用目的)、Xの講演を聞く不特定または多数の人の立ち入りが許されていた場所であった(教室の管理状況)。従って、一般には甲のように対立する思想の持ち主の立ち入りを排除しているとはいえない。
4事実の法的評価(認定された事実への概念の当てはめ))
 しかし、甲は講演の妨害のために拡声器を持って立ち入った(建物への立ち入りの態様・目的)。このような甲の立ち入りを、公開講座を主催する建物の管理権者が容認しているかというと、そのような甲の立ち入まで容認していないことは合理的に推定することができる。
5結論 従って、甲は建造物侵入罪(刑法130条)が成立する。
(2)甲が講演のために教室に入ろうとするXに拡声器を用いてまくし立てた行為について
1問題提起(被告人の行った行為は〇〇に該当するか?)
 講演のために教室に入ろうとするXに対して、拡声器を用いてXの発言を糾弾するような内容をまくしたてた行為は公務執行妨害罪にあたるか、それとも威力業務妨害罪にあたるか。
2要件・概念の説明(〇〇の意義の説明)
 公務執行妨害罪とは、公務員が職務を執行するにあたり、それに暴行・脅迫を加える行為である。威力業務妨害罪とは、威力を用いて人の業務を妨害する行為である。
3事実の認定とその評価①(被告人が行った行為の事実とその評価)
 Xは国立大学教授であり公務員であり、その講演は公務員として行われるものであるので、Xの講演は公務にあたるといえる。Xに公務を妨害した場合には公務執行妨害罪が成立する。しかし、その公務は警察官の被疑者逮捕のように強制力の行使を伴う権力的な公務ではない。公務員の職務であっても、強制力の行使を伴わない非権力的な公務は、公務執行妨害罪の公務として保護する必要はない。業務妨害罪の業務として保護すれば足りる。
4事実の認定とその評価②
 Xの講演が業務妨害罪の客体としての業務に該当するとして、甲が拡声器でまくし立てた行為は「威力」にあたるか。威力とは、人の意思を制圧するに足りる勢力であるが、講演を行おうとしているXに拡声器を用いてまくしたてるような行為を行えば、講演の実施が困難になることは明らかであり、甲の行為は威力にあたるといえる。たとえ、講演が定刻どおり開催されても、業務の遂行が危険にさらされれば、本罪は成立し、それが現に妨害されたことまで要しない。
5結論 従って、甲には威力業務妨害罪(刑法234条)が成立する。
(3)甲がYから拡声器を奪い返し、それを床にたたきつけて損壊した行為について
1問題提起(被告人の行った行為は〇〇に該当するか?)
 甲がYから拡声器を奪い返し、それを床にたたきつけた行為は公務執行妨害罪にあたるか。
2要件・概念の説明(〇〇の意義の説明)
 公務執行妨害罪とは、公務員が職務を執行するにあたり、それに暴行・脅迫を加える行為である。
3事実の認定とその評価(被告人が行った行為の事実とその評価)
 Yは、甲が拡声器を用いてXの講演を妨害するのを阻止するために、それを取り上げ、甲を連れ出した。その為は、威力業務妨害罪の現行犯逮捕であり、公務にあたる。
4事実の法的評価②(認定された事実への概念の当てはめ))
 では、甲がYから拡声器を奪い返し、床にたたきつけた行為は、公務執行妨害罪の暴行にあたるか。暴行は、一般に人の身体に対する有形力の行使と解される。甲は拡声器を床にたたきつけただけであり、Yの身体に向けて有形力を行使していないので、暴行にはあたらないと解することもできる。しかし、公務執行妨害罪の保護法益は公務の適正な執行であり、公務員の身体に暴行を加えた場合はもちろん、公務の執行が妨害されうる程度の間接的な有形力の行使も含まれると解される。甲がYから拡声器を奪い返し、それを床にたたきつけることによって、Yが甲の教室外に連れ出すことが困難になる物理的ないし心理的な状況が生じたと認定できる。従って、甲の行為は暴行にあたるといえる。
5結論 従って、甲には公務執行妨害罪(刑法95条)が成立する。

(4)結論
 以上から、甲には建造物侵入罪、威力業務妨害罪、公務執行妨害罪が成立する。建造物侵入罪は威力業務妨害罪を行うための手段行為であるので、両罪は牽連犯(刑法54条後段)の関係に立つ。それと公務執行妨害罪とは併合罪(刑法45条前段)である。
第26問C 名誉毀損罪
 雑誌記者Xは、Y女が高名な宗教家であるAと長期不倫関係にあるとのうわさを聞き、真実であるか否かを確かめようとしてYをホテルの一室に呼び出して、事実関係を問いただした。YはAと何の関係もなかったが、今後予定されているAの講演会の開催を妨害して、Aを懲らしめてやろうと考え、「Aは私と不倫している。」と発言した。XはYの発言のみでこれを真実であると軽信して、その事実を雑誌に掲載した。その後、AとYとには何の関係もないことが判明したが、Aの講演会活動にはまったく影響がなかった。
 XおよびYの罪責を論じなさい。
 論点
(1)XがAとY女の不倫関係の事実を雑誌に掲載した行為
(2)Y女がXに虚偽の不倫関係の事実を伝え、Xがそれを雑誌に掲載する決意を生じさせた行為
(3)Y女がXに虚偽内容の記事を雑誌に掲載させて、Aの後援会活動を妨害しようとした行為
(1)XがAとY女の不倫関係の事実を雑誌に掲載した行為
1問題提起  XがAとY女の不倫関係の事実を雑誌に掲載した行為は名誉毀損罪にあたるか。
2概念・要件の説明
 名誉毀損罪とは、公然と事実を摘示して人の名誉を毀損する行為である。ただし、摘示された事実が公共の利害に関する事実であり、摘示した目的が専ら公益を図ることにあり、かつその事実が真実であることが証明された場合には、処罰されない。不処罰の理由は、その行為が名誉毀損罪の構成要件に該当しても、違法性が阻却されるからである。
3事実の認定
 XはAとY女の不倫関係を雑誌に掲載した。AがY女と長期間不倫関係にあるという事実はAの私生活上の事柄であり、その宗教家としての社会的評価を引き下げ得る行為であり、「事実の摘示」にあたる。不特定または多数の人が読むことのできる雑誌にその事実を掲載したので、「公然性」も認められる。ゆえにXの行為は名誉毀損罪にあたるといえそうである。しかし、Aの不倫関係はAの私生活上の事柄であって、公的な関心事ではないが、それは宗教家としての活動・実績を評価するうえで重要な事実であり、「公共の利害に関する事実」にあたると。また、Xは宗教家Aを批判し告発するために記事を掲載したといえるので「公益を図る目的」があったといえる。ただし、真実であることが証明されなかったので、名誉毀損罪の違法性は阻却されない。
4事実への要件のあてはめ
 しかし、このように事実の真実性を誤信した場合でも、誤信したことに相当の理由があった場合には、違法性を基礎づける事実の認識がなかったとして故意を阻却することができる。XはY女から不倫関係の事実があることを伝えられたが、それだけでその事実を真実と誤信し、それ以上に取材や情報収集などしなかった。不倫関係の事実を真実であると誤信したのは軽率であり、相当の理由があったとはいえない。ゆえに、名誉毀損罪の故意を阻却することはできない。
5従って、Xには名誉毀損罪(刑法230条)が成立する。
(2)Y女がXに虚偽の不倫関係の事実を伝え、Xがそれを雑誌に掲載する決意を生じさせた行為
1問題提起  Y女の行為は、Xの名誉毀損罪の教唆にあたるか。
2概念・要件の説明  教唆とは、人を唆して犯罪を決意させて、実行させることである(刑法61条)。
3事実の認定
 Y女は、Aと不倫関係の事実があることをXに伝え、その事実が虚偽であるにもかかわらず、Xに真実であると誤信させて、雑誌に掲載させることを決意させ、実行させている。
4事実への要件の当てはめ
 Y女は、Aとの虚偽の不倫関係の事実をXに伝え、Xにその事実を雑誌に掲載する意思を決意させ、それを実行させたので、Xによる名誉毀損罪を教唆したといえる。
5結論  従って、Y女には名誉毀損罪の教唆(刑法61条、230条)が成立する。
(3)Y女がXに虚偽内容の記事を雑誌に掲載させて、Aの講演会活動を妨害しようとした行為
1問題提起
 Y女がXにAとの虚偽の不倫の事実を伝え、それを雑誌に掲載させ、Aの講演会活動を妨害しようとした行為は、虚偽の風説の流布による業務妨害罪にあたるか。
2概念・要件の説明
 虚偽の風説の流布とは、虚偽の事実を真実であるかのように不特定または多数の人に伝えることである。業務の妨害とは、人の営利・非営利活動を妨害することである。風説の風説の流布によって、人の業務が直接的に妨害される場合だけでなく、その風説が人を介して、第三者に伝播して間接的に業務が妨害される場合も含まれる。また、業務の妨害とは、実際に業務の遂行が阻まれるという結果が発生した場合だけでなく、そのおそれがあった場合も含まれると解される。
3事実の認定
 Y女は、Xに対して、自己とAとの間に不倫関係があるという虚偽の事実を伝え、それを雑誌に掲載させて、不特定または多数の人に流布した。Xの行為は虚偽の風説の流布にあたる。
4事実への要件の当てはめ
 ただし、その行為はAの講演会活動にはまったく影響しなかったので、業務妨害は未遂であり、未遂処罰規定が設けられていないので、処罰されないと解することもできる。しかし、本罪は業務が妨害されたという結果が発生した場合だけでなく、その危険があった場合にも成立しうると解される。そして、Aの講演会活動を妨害する意思があったので、その故意もあるといえる。
5結論  従って、Y女には虚偽の風説を流布した業務妨害罪(刑法233条)が成立する。
(4)結論
 以上から、Xには名誉毀損罪(刑法230条)が成立する。
 Y女には名誉毀損罪の教唆(刑法61条、230条)と虚偽の風説の流布による業務妨害罪(刑法233条)が成立する。Y女に成立する2罪は観念的競合(刑法54条前段)の関係に立つ。