Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2016年度刑法Ⅰ(第12週)共犯の諸問題(1)(刑事判例資料)

2016-06-23 | 日記
 刑事判例資料
 第12週 共犯の諸問題(1)

88共犯と過剰防衛(共同正犯と違法性阻却)(最二決平成4・6・5刑集46巻4号245頁)
【事案の内容】
 Xは、飲食店に勤務する友人と電話で話をしていたところ、店長Aから長電話はだめだと言われ、一方的に切られた。それに立腹し、再度電話したところ、友人への取次を拒否された。これに憤慨し、Yとタクシーに乗って、Yに包丁を持たせて、一緒にAの店に向かった。Xは、タクシー内で、「おれは顔が知られているから、お前が先に行ってくれ。けんかになったらお前をほうってはおかない」と言い、XはAを殺害することもやむを得ないとの意思の下に、「やられたらナイフを使え」とYに指示して、説得した。到着後、XはYを店の出入口付近に行かせは、離れたところで待機していた。Yは、Aとは面識がないから、いきなり暴力を振るわれることもないだろうと考え、Xの指示を待っていたところ、店から出てきたAにXと間違えられ、いきなり首をつかまれ、引きずりまわされたので、殴り返すなどしたが、頼みとするXの加勢も得られないまま、路上に倒された。Yは、自己の生命・身体を防衛する意思で、とっさに包丁を取り出して、Aを殺害してもやむを得ないと決意し、Aの左腹部を数回刺し、死亡させた。

 第1審(東京地判平成元・7・13)は、次のように判断した。XとYは、Aの店に向かうタクシー内で、未必の故意による殺人罪の共謀を行ない、Aを殺害した。この行為は、殺人罪の構成要件に該当する。X・Yは、Aに対して積極的加害意思をもって現場に臨んだので、AによるYへの暴行には急迫性はなく、YによるAへの反撃は防衛行為にはあたらない。それゆえ、X・Yには過剰防衛は成立しない。従って、X・Yには、殺人罪の共同正犯が成立する。

 これに対して、控訴審は次のように判断した。Xは、タクシーの車内において、Aが侵害を加えてくることを予期し、Aを殺害する意思があった。従って、Yに対するAの侵害は、Xから見れば、積極的加害意思があるがゆえに、急迫性が否定される。これに対して、YがAを殺害する意思を生じたのは、Aから突然暴行を受け、それに反撃することを決意した時点であり、Aの暴行はYにとっては急迫不正の侵害にあたる。YがAを殺害する意思が生じた時点で、Xとの間にA殺害の共謀が成立したといいうことができる。ただし、Yの反撃は防衛の程度を超えた過剰なものであった。以上から、X・Yの行為は殺人罪の構成要件に該当し、YはAの急迫不正の侵害に対して防衛の程度を越えた行為を行なったので、過剰防衛(刑36②)である。Xは、Aの侵害を予期し、積極的加害意思もあったので、過剰防衛は成立しない。

【裁判所の判断】
 共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の1人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。
 Xは、Aの攻撃を予期し、その機会を利用してYをして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたものであるから、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、AのYに対する暴行は、積極的な加害の意思がなかったYにとって急迫不正の侵害であるとしても、Xにとっては急迫性を欠くものであって、Yについて過剰防衛の成立を認め、Xについてこれを認めなかった原判断は、正当として是認することができる。

【解説】
 急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、犯罪の構成要件に該当しても、その違法性が阻却され、処罰されない。ただし、防衛の程度を超えた場合は過剰防衛として、その刑を減軽または免除することができる。判例は、侵害が予期されていても、そのことをもって急迫性が否定されるわけではないが、それを機械に積極的に害を加える意思があった場合には、急迫性が否定されると解している。

 X・Yの共同正犯者のうち、Xに積極的加害意思があり、Yにはなかった場合、不正の侵害の急迫性はYとの関係において否定されるのか。つまり、急迫性は客観的に判断されるのではなく、積極的加害意思の有無との相対的な関係において決まるのか。本判例では、Xはタクシー内でAを殺害する意思があったが、YはAから暴行を受けた時に殺害することを決意したので、XとYのA殺害の共謀はYがAを殺害する意思を生じたときであり、Xには積極的加害意思があったので、Aの侵害は急迫でなかったが、Yには急迫なものであったと認定した。

 XとYは、殺人罪の構成要件に該当する(殺人罪の共同正犯)。
 Yには刑法36②の過剰防衛の規定が適用されるた、Xには適用されない。
 共同正犯は、構成要件該当性のレベルの議論であり、違法性阻却は個別的に判断される。

 以上の判断は、共同正犯の間だけでなく、正犯と共犯の間においても妥当する。XがYにAのところに行かせたが、AがYに突然襲い掛かってきたため、Yは自己の身を守るために、やむを得ずAを殺害した場合、Aの侵害はYにとっては急迫であったため、Yには殺人罪の過剰防衛が成立するが、XはAがYに襲いかかってくることを事前に知り、Yが防衛のための行為を行ない、それによってAが害を受けることを期待していた場合、Xには積極的加害意思があることになるので、Xとの関係においてはAの侵害には急迫性はないので、殺人罪の教唆に対して過剰防衛の規定は適用されない。


89共犯と錯誤(1)(最三判昭和25・7・11刑集4巻7号1261頁)
【事実の概要】 Xは、Yに対して、Aが金銭を持っていることなどを話した。それを聞いたYは、Aに対して強盗を行うことを決意し、Zら3人と共に、日本刀やバールなどを携えてA宅に侵入したが、母屋に入ることができず、いったん断念した。しかし、「更に同人等は犯意を継続し」、Aの隣家であるB電気商会に押し入ることを謀議し、決行することとした。Yは、B宅付近で見張りをし、Zら3人は、それに侵入し、就寝中のCを脅迫して金銭を強取した。
 原審広島高岡山支部は、YとZら3人に、A宅への住居侵入罪とは別に、B宅への住居侵入罪と強盗罪の共同正犯の成立を認めた。Xには、住居侵入罪の教唆と窃盗罪の教唆の成立を認め、両罪は刑法54条後段の牽連犯の関係に立つものとした(広島高岡山支部昭和24・10・27)。
 これに対して、Xとその弁護人は、XがYに教唆したのは、「A宅への侵入とそこでの窃盗」であるから、YらのA宅への侵入について教唆は成立するが、母屋での窃盗は行なわれていないので、窃盗罪の教唆は成立しないし、またB宅への侵入と窃盗を教唆していないので、B宅への住居侵入と窃盗の教唆は成立しないと主張し、窃盗罪の教唆の成立を認めた原審には擬律錯誤の違法があるとした。
【裁判所の判断】 犯罪の故意あると認定するには、犯人が認識した事実と、現に発生した事実とが、具体的に一致(符合)することを必ずしも要するものではなく、右両者が、犯罪の類型(定型)として規定している範囲(構成要件の犯意)において一致(符合)することで足りつと解すべきであるから、Yら4人に成立すると判断された住居侵入罪と強盗罪の共同正犯が、被告人Xの教唆に基づいてなされたものと認められる限り、被告人Xは住居侵入罪と窃盗罪の教唆犯としての責任を負うべきことは当然である。
 被告人Xの本件教唆に基づいて、Yらの犯行が行なわれたと言い得るか否か、換言すればXの教唆とYらの犯行との間に因果関係が認められるか否かという点について検討すると、原判決中に「更に同人等は犯意を継続し」とあることからすれば、原判決は、被告人Xの教唆とYらの行為との間に因果関係ある旨を判示する趣旨と解すべきように思われるが、……Yの供述記録によれば、……諦めて帰りかけたが、右3人は、吾々はゴットン師であるから、ただでは帰れないと言い出し、隣のラヂオ屋に入って行ったので自分は外で待っていた旨の記載があり、これによればYがB方において犯行を行なったことは、被告人Xの教唆に基づいたものというよりは、むしろYは一旦右教唆に基づく犯意は障碍(A宅の母屋に入れなかった)のために放棄し、その後、たまたま共犯者3名が強硬に判示B電気商会に押入ろうと主張したことに動かされて決意を新たにして遂に敢行したものであるという事実が窺われないでもないない。これらを綜合すると、原判決の趣旨が、被告人Xの教唆とYらの犯行との間に因果関係があるものと認定したものであると明確に言いうるか否かは疑問であると言わなければならない。そうすると、原判決は結局、罪となるべき事実を確定せずに、法令を適用し、被告人Xの罪責を認めたといえるので、理由不備の違法あることに帰し、論旨には理由がある(破棄差戻し)。
【解説】 この事案には、2つの論点がある。1つは、共犯における錯誤の問題である。もう1つは、共犯と正犯の因果関係の問題である。まず、共犯における錯誤の問題について。錯誤には2つの類型がある。1つは事実の錯誤、もう1つは違法性の錯誤である。事実の錯誤は、具体的事実の錯誤(錯誤が同一の構成要件の範囲内で生じている場合)と抽象的事実の錯誤(錯誤が異なる構成要件にまたがる場合)の2つの場合に分けられる。このような錯誤は、生じた結果に対して故意を阻却するか。通説・判例は、事実の錯誤のいずれの場合においても、行為者が認識した事実と現に発生した事実との間に構成要件の重なり合いがある場合、その部分について故意の成立を認める(法定的符合説・構成要件的符合説)。つまり、行為者が認識した犯罪が該当する構成要件と現に発生した犯罪が該当する構成要件とが重なっている、包摂される場合には、その重なっている部分の犯罪について故意の成立を認める。
 この法定的符合説は、正犯・共犯における事実の錯誤にも適用される。例えば、XがYに窃盗を教唆したところ、Yが強盗を行なった場合、窃盗罪の教唆と強盗罪の教唆とでは、「窃盗罪の教唆」の範囲内で構成要件(または教唆類型)の重なり合いが認められるので、Xには窃盗罪の教唆が成立する。
 もっとも、この結論は、Xの教唆とYの犯行との間に因果関係があることを前提としている。つまり、XがYに窃盗を教唆したから、Yが「強盗」を実行することを決意し、それを敢行したことを前提としている。本件の事案では、XがYに「A宅の住居侵入と窃盗」を教唆したところ、Yがそれを受けて、Zら3人と「A宅の住居侵入と強盗」を行なうことを共謀し、A宅の屋内に侵入したが、母屋への侵入を「いったん断念し」た。この時点で、YらにはAへの住居侵入罪が成立する。窃盗については、実行の着手が認められないので、その点は不可罰である。Xにはその住居侵入罪の教唆が成立するだけである。その後、Yらは、「更に(同人等は)犯意を継続し、Aの隣家であるB電気商会に押入ることを謀議し、決行することとした」。Yは同家付近で見張りをし、Zら3人は屋内に侵入して、就寝中のCを脅迫して、金品を強取した。つまり、Xが行なったYへのA宅の住居侵入・窃盗の教唆とY・Zらが行なったA宅への侵入だけでなく、B宅への侵入と強盗との間に因果関係がある。XはA宅侵入・窃盗を教唆し、YらはB宅侵入・強盗を実行しているので、Xから見れば「方法の錯誤」があるが、Xによって形成されたYらの犯意は継続しているので、Xの教唆とYらの犯行には因果関係がある。Yらの犯意が継続していることが、両者の間の因果関係の存在を根拠づけている。
 Xは、YにA宅侵入・窃盗を教唆したところ、YらはA宅侵入・強盗を決意し、その実行をZら3人と共謀し、A宅侵入にとどまった。その後、B宅侵入・強盗を行なっている。このB宅侵入・強盗は、Xの教唆によるというよりは、YらがA宅母屋侵入を断念した後、Zらが強硬に犯行を主張したために、「決意を新たにして遂に敢行したものである」。「決意を新たにする」とは、Xの教唆によって形成された犯意とは別の犯意を形成したと理解することもできる。もしそうであるならば、Xの教唆とYらの犯行の因果関係を否定することもでききる。錯誤論の問題を検討するまでもなく、YらはXの教唆とは無関係にB宅侵入・強盗を行なったということである。
 しかし、Xの教唆→Yの犯行の意思→Zらとの共謀→Y・Zらとの犯行の意思連絡→Yの犯行の意思の放棄。但し、Zらの犯行の意思の継続→ZらによるYへの強硬な説得という因果経過を見ると、Yの新たな決意とは、Zらよって形成された犯行の意思、つまりXの教唆によって形成された当初の犯行の意思であるといえる。従って、Xの教唆とYらの犯行の因果関係は否定されない。
90共犯と錯誤(2)(最一決昭和54・4・13刑集33巻3号179頁)
【事実の概要】
 X、Yら7名は、経営する店に巡査Aが強硬に立ち入り検査したことに憤慨し、Aに暴行、傷害を加える旨順次共謀した。X、Yらは、派出所前において罵声・怒号を浴びせたところ、Aがそれに応答したのに対して、Yが激昂し、携帯していた小刀で未必の殺意をもってAを刺し、出血死させた。

 第1審神戸地裁は、Xら7名の行為は、「殺人罪の共同正犯に該当する」が、Yを除く6名は、殺意はなく、暴行ないし傷害の意思で共謀したものであるから、38条2項により、「傷害致死罪の共同正犯の刑で処断する」と判示した。原審大阪高裁も、この判断を維持した。

 Xらは、殺人の故意のないY以外の6名に「殺人罪の共同正犯が成立する」のは疑問であり、暴行罪または傷害罪が成立するにとどまると主張して上告した。

【裁判所の判断】
 殺人罪と傷害致死罪は、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人Xら7名のうちYだけが、Aに対して未必の殺意をもって殺人罪を犯した本件において、殺意のなかった被告人Xら6名については、(客観的に行なわれた)殺人罪の共同正犯と(主観的に行なおうとした)傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである。……もし犯罪としては重い殺人罪の共同正犯が成立し、刑のみを暴行罪ないし傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪の共同正犯の刑で処断するにとどめるならば、それは誤りといわなければならない。

【解説】
 共同正犯者間において、殺人(重い罪)の故意があった者と暴行・傷害(軽い罪)の故意しかなかった者がおり、被害者Aが死亡した場合、暴行・傷害の故意しかない者は、どのように処理されるのかが争点であった。過去の判例は、軽い罪の限度で故意が認められれきた。その場合、重い罪の共同正犯の成立が認められた上で、科刑については、軽い罪の故意を認め、軽い罪の共同正犯の刑が科されるのか、それとも最初から軽い罪の共同正犯の成立が認められるのかかは、不明であった。原審は、この問題に関して、Xら6名に対しては、殺人罪の共同正犯が成立するが、科刑のみ傷害致死罪の刑で処断するという判断を示したが、本決定は、傷害致死罪の共同正犯が成立すると判断した。暴行・傷害の故意が認められ、基本犯としては傷害罪が成立し、そこから加重結果である致死が生じているので、傷害致死罪の共同正犯が成立するということである。

 Xら6人は、主観的には暴行・傷害を実行する意思で、客観的に死亡結果を発生させているが、刑法38条2項によれば、軽い罪の暴行・傷害の故意しかなかった者を重い致死結果につき責任を認めることはできない。従って、殺人罪の共同正犯の成立を認めることhできない。ただし、傷害罪と殺人罪の2つの構成要件のうち、傷害罪の犯意で構成要件の重なりを認め、傷害罪の成立を認め、そこから致死結果が発生したとと認定し、傷害致死罪の共同正犯の成立を認めることができる(法定的符合説・構成要件的符合説)。

 この判断は、軽い罪の故意しかなかった者の処断については問題ないが、重い罪の故意があった者についての判断方法については、いまだ明らかではない。つまり、本件では、殺人の故意のあったYの処断方法については明らかにはされていない。

 共同正犯は、故意犯の共同正犯に限ると解するならば(犯罪共同説)、Yの殺人既遂罪とXらの傷害致死罪の共同正犯を認めることはありえなが(これを完全犯罪強度失説という)、YはXらと傷害致死罪の共同正犯が成立し、それに加えて殺意がったので殺人既遂罪の「単独正犯」が成立し、傷害致死罪の共同正犯と殺人既遂罪の単独正犯は観念的競合の関係に立ち(刑54)、重い刑を定めた殺人罪で処断されると解することもできる(これを部分的犯罪共同説という)。

 これに対して、共同正犯は故意犯の共同正犯に限られず、過失犯の共同正犯、結果的加重犯の共同正犯もありうると解するならば(行為共同説)、故意犯と過失犯の共同正犯、故意犯と結果的加重犯の共同正犯もありうるので、端的にYの殺人既遂罪とXらの傷害致死罪の共同正犯の成立が認められる。

 本件では、殺意のあったYは上告していないので、明らかではないが、傷害致死罪の共同正犯と殺人既遂罪の単独正犯の観念的競合が認められるのか、それとも端的に殺人既遂罪の共同正犯が認められるのかは明らかではない。この問題について判例は、後のシャクティ事件で、部分的犯罪共同説に立つことが示された。

判例番号6シャクティ事件(最二決平成17・7・4刑集59巻6号403頁)
 X・YはAの保護責任者であるが、Xは殺人の故意で、Yは遺棄の故意で、Aを放置して死亡させた。

 Xに不作為による殺人罪(の単独正犯)が成立し、殺意のないYらとの間では(不作為による)保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯が成立する(部分的犯罪共同説を採用したと一般的に解されている)。



82承継的共犯(最二決平成24・11・6刑集66巻11号1281頁)
【事実の概要】
 Yらは、共謀して、Aらに暴行を加えて傷害を負わせた後、被告人が、Yらに共謀加担したうえ、金属製はしごや角材を用いてBの背中や足、Aの頭、肩、背中や足を殴打し、Bの頭を蹴るなどさらに強度の暴行を加え、少なくとも共謀加担後に暴行が加えられた上記部位については、YらがAらに加えた傷害を相当程度重篤化させた。

 第1審松山地裁は、被告人については、それが加担する以前のYらによる傷害を含めた全体について、傷害罪の承継的共同正犯の成立を認めた。第2審高松高裁もまた、同旨を述べて被告人側の控訴を棄却した。これに対して、被告人側が上告した。

【裁判所の判断】
 被告人は、共謀加担前にYらが既に生じさせていた傷害結果については、被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれを因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく、共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってAらの傷害の発生に寄与したことについてのみ、傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の……認定は、被告人において、AらがYらの暴行を受けて負傷し、逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが、そのような事実があったとしても、それは、被告人が共謀加担後に更に暴行を行なった動機ないし契機にすぎず、共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって、傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。

【解説】
 Yらは、被告人が共謀加担する前に、Aらに対して暴行を加え、傷害を負わせていた(加担前傷害)。その後、被告人、Yらと共謀して暴行に加担し、Aらに傷害を負わせた(加担後傷害)。

 被告人は、いずれの傷害に対して共同正犯の責任を負うべきか。加担後の傷害の共同正犯の責任か。それとも、加担前の傷害にも共同正犯の責任を負うべきか。後者の場合、被告人は、その加担前にYらが行なった傷害を「承継」することことが前提となる。

 本決定は、「傷害罪の承継的共同正犯」に関して、最高裁として初めて示した判断である。その内容は、上記に記したように、共謀加担前にYらが既に生じさせていた傷害結果については、被告人の共謀及びそれい基づく行為がこれと因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく、共謀加担後に、傷害を引き起こすに足りる暴行によってAらの傷害の発生に寄与したことについてのみ、傷害罪の共同正犯としての責任を負うというものである。妥当な判断であると思われる。

 ただし、気になるのは、かりにXがYらによる共謀加担前の傷害を承継するとした場合に成立するのは、同じく傷害罪の共同正犯であり、結論的には異ならないことである(量刑判断に差が生ずる可能性がある)。かりに、被害者が死亡した場合には、このような判断では済まされないので、理論的には検討を加える必要がある。

 一般に、承継的共同正犯が問題になるのは、どのような事案であるか。それは、承継の有無が成立する犯罪に影響を及ぼす場合である。それは、結果的加重犯の承継的共同正犯の場合である。例えば、XがAから財物を強取する目的で暴行を加えた後、それを傍らで見ていたYが自らもAから財物を奪う意思を生じたので、すかさずXに協力することを申し入れ、Xと共同して財物を強取した場合である。Xは、財物強取のために暴行し、財物強取を行なっているので、強盗罪が成立することは明らかである。では、Yはどうか。Yは財物の奪取にしか関与していないので、窃盗罪が成立するだけなのか、それとも強盗罪が成立するのか(いずれにせよ、Xとは共同正犯になる)。

 そもそも、共同正犯とは、故意犯の共同正犯であると考えるならば、共同正犯が成立するのは、同一の故意の犯罪についてだけである(犯罪共同説)。そのように考えると、Yには強盗罪の共同正犯が成立することになり、論理的にYはXが単独で行なった暴行を承継することを認めなければならなくなる。しかし、他人が過去に行なった行為を、その後、関与した者が、なぜ承継できると解しうるのか。その説明は明らかではない。それに対して、行為共同説は、共同正犯とは故意犯の共同正犯に限られず、過失犯の共同正犯、さらには異なる犯罪の間で共同正犯が成立することを認めるので、例えば強盗罪と窃盗罪の共同正犯というのも十分にありうる。そうすると、XがYの暴行を承継するということを議論する必要はない。
 このように解すると、承継の可否は、結局は犯罪共同説か行為共同説かの学説の立場によることになるが、もう少し検討を加えると、行為共同説は、Yが行なった強盗罪は「単独の暴行」と「財物の奪取」という「2個の行為の結合」であるので、Xは後者の部分の「財物の奪取」にだけ共同したと分割思考的に理解しているように思われる。これに対して、犯罪共同説は、強盗罪は暴行と財物の奪取から成り立っているが、それは部分に分割できない「1個の有機的な全体」であるので、XがYの行為の後半部分だけを共同するというのは理論的に不可能であると全体思考的に理解しているように思われる。




94共犯関係の解消(1)(最三決平成21・6・30刑集63巻5号475頁)
【事実の概要】
 被告人を含む共犯者(A・B・C・D・E・F・G)が住居侵入と強盗を共謀した。A・Bが住居に侵入した後、強盗の実行に着手する前に、見張り役のCが離脱の意思を一方的でに表明した。A・Bは、Cの離脱の意思を了承しなかった。その後、Cは被告人とDに相談し、その場から立ち去った。A・Bは、侵入した住居からいったん出た後、被告人、C、Dが立ち去ったことを知ったが、E・F・Gと侵入して、強盗を実行した。その手段行為である暴行によって、家人は負傷した。

【裁判所の判断】
 被告人は、共犯者7名と住居に侵入して強盗に及ぶことを共謀したところ、共犯者のA・Bが住居に侵入した後、見張り役のCが電話で、A・Bに、「犯行をやめたほうがよい、先に帰る」などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった。A・Bは、そのまま強盗に及んだ。そうすると、被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA・B、E・F・Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である。

【解説】
 複数人で犯罪を実行することを共謀して、①その実行に着手する前に、あるいは②その実行の着手した後に、そこから離脱することができるか。例えば、X・Y・Z・Vが「強盗罪」の実行を共謀し、その予備を行なった後、①Vが被害者に暴行を加える前(強盗の実行に着手する前)に離脱の意思を表明し、②そのあとX・Y・Zが被害者に暴行を加えた後(強盗の実行に着手した後)、Zが離脱の意思を表明して立ち去り、その後、残されたX・Yが財物を強取した場合、どのような犯罪が成立するか。X・Yが財物の強取まで行っているので、この2人に強盗既遂罪の共同正犯が成立するのは明らかである。では、Z・Vはどうか。このような問題については、強盗の実行の着手の前後に分けて議論される。
 1まず、実行の着手前の離脱についてである。X・Y・Z・Vが強盗の共謀後、Vがその実行に着手する前に離脱の意思を表明した場合、他のX・Y・Zがそれを了承することによって、Vの離脱が認められ、強盗の共謀が解消される。VはX・Y・Zと強盗の共謀後、その予備を行なっているので、少なくとも強盗予備罪が成立するが、予備後に実行の着手前に離脱したので、中止未遂の規定を「準用」して、その刑を減軽・免除すべきであろう。
 2次に、実行の着手後の離脱についてである。Vの離脱後、X・Y・Zが強盗の実行に着手し、Zが離脱の意思を表明した場合、他のX・Yがそれを了承するだけでは、Zの離脱は認められない。Zは、X・Yの犯行の継続を防止するなどの措置をとらなければならない。
 ようするに、共犯関係の解消または共犯からの離脱の要件は、着手前の段階においては、離脱の意思表明と他の共同正犯者による了承、さらに着手後の段階においては、それに加えて、他の共謀者の犯行の継続の防止が必要であるというのが、これまでの学説・判例の立場である。
 では、本件の事案について考察すると、A・B・C・D・E・F・Gと被告人が強盗を共謀し、A・Bが住居に侵入したが、母屋に入れない状況において、Cが離脱の意思を表明し、その後、Dと被告人と現場を立ち去った。住居から出てきたA・Bは、C・D・被告人がいないことを知り、その後、E・F・Gとともに住居に入って、家人を負傷させ、財物を奪った。この事案について、A・B・E・F・Gに強盗致傷罪の共同正犯が成立することは明らかであるが、C・Dと被告人についてはどうか。被告人らが現場から立ち去ったのは、A・Bが住居侵入し、強盗の実行に着手する前であった。したがって、本件では被告人らに住居侵入の共同正犯が成立するが、強盗の実行の着手前であったので、被告人らの共犯からの離脱は、A・Bらが被告人らの離脱の意思を了承することによって認められることになる。しかし、本決定は、着手前の離脱の事案であるにもかかわらず、「見張り役のCが電話で、A・Bに、『犯行をやめたほうがよい、先に帰る』などと一方的に伝えただけで、被告人とCらは、それ以降、格別にA・Bの犯行を防止する措置を講ずることなく、待機していた場所から共に離脱したにすぎなかった」と述べ、「そうすると」と続けて、「被告人が離脱したのは、A・Bが強盗の実行に着手する前であり、たとえ見張り役の上記電話内容を認識した上で離脱していたとしても、またA・Bが住居から出てきて、被告人の離脱を知ったという事情があったとしても、当初の共謀関係が解消したということはできず、その後のA・B、E・F・Gの住居侵入、強盗も当初の共謀に基づいて行われたものと認めるのが相当である」と述べている。これは、本件の事案が着手後の事案であるという理解に基づいているかのような記述である。
 この決定をどのように理解すればよいのだろうか。この決定の箇所で、犯行の継続の防止に言及されているのは、単に事実関係を踏まえただけであり、最高裁も着手前の離脱の事案であると理解していると解することもできる。また、本件の事案は、実行の着手前の離脱の事案ではあるが、強盗罪と牽連判の関係にある住居侵入が行なわれ、強盗の実行の着手まで時間的・場所的に近接した状況にあったので、財物強取の現実的な危険性が高まっているので、そのために従来の着手前の離脱の類型とは異なる様相の事案であると理解していると解することもできる。もし、最高裁の理解が後者であるならば、被告人・弁護人の側からは、着手前の離脱の要件が詳細な説明なしに着手後の離脱のように厳格に扱われていることを批判すべきである。また、A・Bら残された共犯者が、被告人らが離脱したことを知るに至った後、「どうしようか。当初の計画では無理だな。少し計画を変更しようか」というようなことを言って、E・F・Gと計画を練り直して実行したのであるならば、それは「新たな住居侵入と強盗の共謀」であり、「当初の共謀」による強盗は未遂に終わったと認定することもできるであろう。そうすると、被告人らに成立するのは、強盗致傷罪の共同正犯ではなく、強盗未遂罪の共同正犯である。

95共犯関係の解消(2)(最一決平成元・6・26刑集43巻6号567頁)
【事実の概要】
 Yの舎弟分であるXは、AをYのところに連れて行き、暴行を加えることを共謀した。Xは、Yと共同してAに暴行を加えた。その後、Xは、「オレ帰る」とだけ言い、現場をそのままにして帰った。Yは、その後もAに暴行を加えた。Aは死亡した。A死亡の原因が、X・Yが共同して行なった暴行か、それともXが帰宅した後にYが単独で行なった暴行のいずれであるのかは明らかではなかった。

【裁判所の判断】
 Xが帰った時点では、YはAになお暴行を加えるおそれがあったが、Xはそれを防止する措置を講ずることなく、成り行きにまかせて現場を去ったに過ぎないので、Yとの間の当初の共犯関係が右の時点で解消したということはできない。

【解説】
 本件は、2人以上の者が犯罪の実行に着手した後、結果が発生する前の離脱であり、そのなかでも、結果的加重犯の事案である(傷害致死罪、強盗致死傷罪など)。

 結果的加重犯は、故意に行なった基本犯から加重結果が発生した場合をいう。基本犯と加重結果の間に因果関係が必要である。XとYが故意にAに暴行を加え、その後、Aが死亡したのであれば、XとYが暴行を共同して行なった以上、Aの死亡がXの暴行に起因するのか、それともYの暴行に起因するのかが明らかでなくても、またXまたはYの暴行に起因することが明らかであっても、XとYに傷害致死罪の共同正犯が成立する。

 しかし、本件の事案では、X・Yが共同して暴行を加え(X・Yの共同暴行)、Xが帰宅した後にもYが暴行を継続したため(Yの単独暴行)、Aの死亡がX・Yの共同暴行に起因するのか、それともYの単独暴行に起因するのかが問題になるが、Y単独暴行がXとの「当初の共謀」に基づいたものであるならば、それはXとの共同暴行の継続とみなされ、Xにも傷害致死罪の共同正犯が成立することになる。つまり、Xは「オレ帰る」とだけ言い残して、現場から立ち去っても、Yとの当初の共謀は解消されず、暴行の共同正犯から離脱することはできないということである。

 従って、問題は、X帰宅後においても、なおも「当初の共謀」が継続していたか否か、それをどのように判断するかである。Xが帰宅する際に、Yに対して、「オレ帰る」、「それ以上やらないように」と言い残し、Yも明示的に「分かった」と返事をしていたならば、暴行の共謀関係は解消され、その後の暴行はYによって単独で行なわれたものであると認定できる。しかし、本件ではX・Y間において、そのようなやりとりは行なわれなかった。その限りでは、Yの暴行はXとの共謀のうえに行なわれたと評価することもできる。


































96共犯関係の解消(3)(最三判平成6・12・6刑集48巻8号509頁)
【事実関係】
 被告人Xは、Aと口論となり、Aが仲間のBの髪をつかむなどしたため、友人のY、Z、Wと共同してAに暴行を加えた(反撃行為)。Aは、Bの髪を放したが、Xらに悪態をつき、応戦する姿勢を見せ、場所を移動した。XらはAの後を追いかけた。YとZは、応戦の姿勢を崩さないAに手拳で襲いかかろうとしたが、いずれもWによって制止された。その直後、YがAの顔面を殴打し、Aは加療7ヵ月半を要する傷害を負った(追撃行為)。その間、Xは、自ら暴行に加わることはなかったが、YとZの暴行を制止したわけでもなかった。

 原審の判断
 AがBの髪の毛を放すに至るまでの間、XらはAに対して暴行を行ない(反撃行為)、その後Y・ZはAに暴行を行ない、傷害を負わせた(追撃行為)。Xが行なった反撃行為は、正当防衛であるが、Y・Zが行なった追撃行為は、それと一連一体のものとして行なわれたものであるので、それによって生じた傷害について、X・Y・Zには傷害罪の共同正犯であり、それに過剰防衛(刑36②)が適用される(量的過剰)。

【裁判所の判断】
 被告人らの本件行為を、AがBの髪の毛を放すに至るまでの行為(反撃行為)と、その後の行為(追撃行為)とに分けて考察しなければならない。被告人に関しては、反撃行為については正当防衛が成立するが、追撃行為については、Y・Zとの間で共謀に基づいて行なわれたものとは認められない。従って、反撃行為と追撃行為を一連一体のものとして総合評価することはできない。それゆえ、Xは追撃行為には関与していないので、傷害罪の共同正犯は成立しない。

【解説】
 原審の判断は、X・Y・Z(・W)が、AのBに対する侵害を排除するために反撃行為を行い、Aの急迫不性の侵害が終了した後も、それを継続して行ない、負傷を負わせた「量的過剰」の事案として捉えている。単独の行為者による量的過剰の場合、追撃行為は、急迫不正の侵害の終了後、反撃行為と時間的・場所的に近接した関係において行なわれ、客観的に行為態様が共通し、また主観的にも同一の意思決定に基づいて行なわれているので、追撃行為と反撃行為との一連性・一体性を認め、過剰防衛として認定することができる。原審は、このような単独の行為者による量的過剰の判断方法を、本件の共同正犯にも適用したものと思われる。

 しかし、最高裁は、このような判断方法を適用しなかった。Xら4人がAに対して反撃行為を共同して行ない、急迫不正の侵害の終了した後、なおも他の共同正犯者が追撃行為を継続して行なった場合、反撃行為と追撃行為が時間的・場所的に近接し、客観的に行為態様が共通していても、追撃行為は、共同実行の意思に基づいていたとはいえないからである。4人による正当防衛は終了し、その意思は一旦は終息しているので、追撃行為について「新たな共謀」が形成されていなければ、傷害罪の過剰防衛の共同正犯は成立しない。最高裁は、このように考えているようである。

 4人は、防衛の意思に基づいて、Aに対して共同して反撃行為を行ない、その後、Y・ZはAに対して共同して追撃行為を行なっているが、Xには追撃行為の意思はなかったので、4人よる反撃行為とY・Zによる追撃行為は、異なる意思に基づいて行なわれたものであって、一連・一体の関係にはない。従って、Xの罪責としては、Y・Z・Wと共同して行なった暴行は、AによるBへの侵害を排除するための防衛行為である。

 防衛の意思に基づいて行われた反撃行為とその後の追撃行為とが、時間的・場所的に近接して行なわれ、客観的に行為態様が共通しているにもかかわらず、この2つの行為を侵害終了前後で区別して考察しているのは何故か。94の判例の場合、A・Bらの強盗は、被告人らとの「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。95の判例でも、被告人Xが帰宅した後のY単独の行為も「当初の共謀」に基づく行為として一体的に捉えられている。それにもかかわらず、本件については、侵害終了前後で2つの行為に分けて捉えられている。それは何故か。それは、反撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれ、その後の追撃行為は防衛の意思に基づいて行なわれていないので、この2つの行為は内容的・性質的にも異なる行為であると理解されているからである。それゆえ、2つの行為には一連性・一体性が否定されているものと思われる。