Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(08)応用編(練習問題第07問C)

2020-06-25 | 日記
 第07問C 過失犯
 甲は、車の運転をするため、深夜、交通量の多い幹線道路に軽トラックで出掛けた。甲の夫である乙は、心配になってついていこうと、こっそりと荷台に潜んでいた。甲は、走行中、老人丙が道路脇の歩道を通行しているのを確認したが、道路に出てくることはあるまいと思い、そのまま走行した。しかし、丙が、足元をふらつかせて道路に出てきたため、甲は丙をひいてしまい、骨折等の重傷を負わせてしまった。そして、その直後、丙は、その後続を走っていた無灯火の車にはね飛ばされて死亡するにいたった。また、乙は、衝突の際の衝撃で荷台から道路に投げ出され、頭を打ち付けて死亡した。
 甲の罪責を論ぜよ。
 論点 1予見可能性の程度 2 信頼の原則 3因果関係
 伊藤塾の答案構成
(1)甲が丙を死亡させた行為について
1事実関係と問題の所在
 甲は自動車を運転し、丙に骨折など重傷を負わせた。丙は、その直後に走ってきた無灯火の自動車に跳ね飛ばされて死亡した。甲に過失運転致死罪が成立するか。

2過失運転致死罪の基本的性格
 過失運転致死罪とは、自動車の運転上必要な注意を怠り、歩行者など交通関与者を死亡させる行為である。

3甲の過失運転について
 甲は、道路脇の歩道を老人の丙が歩いているのを確認したにもかかわらず、道路に出てくることはあるまいと思い、そのまま走行したので、この点だけを見れば、自動車の運転上必要な注意を怠った運転行為、すなわち過失運転があったことを認めることができる。ただし、道路脇を歩いていた歩行者の丙が、足をふらつかせて道路に出てくることまで想定しながら、事故の発生を回避すべき注意義務が甲にあったか。道路交通などの場面では、一般に他の交通関与者が道交法などのルールを順守し、適切な行動に出ることを信頼して、結果回避のための義務を尽くせばよいのであり、他の交通関与者が不適切な行動に出て、それと相まって事故が発生しても、それに対して過失は 成立し ないと考えられる。そうであれば、甲には過失運転があったと認めることはできない。しかし、丙は老人であり、一般の成人に比べて、身体機能が衰えており、足元をふらつかせて道路に出てくることもあるので、このような丙が適切な行為に出ることを信頼することはできないと思われる。したがって、甲には過失運転があったといえる。

4甲の過失運転と丙の死亡の因果関係について
 とはいえ、丙は無灯火で走ってきた後続の自動車に跳ね飛ばされ死亡したので、甲の過失運転と丙の死亡との間に因果関係があるかどうかが問題になる。深夜の交通量の多い幹線道路で人身事故を起こした後、後続の自動車がブレーキをかけても間に合わずに、負傷した丙をはねることは社会通念上ありうることであり、それは後続の自動車が灯火していても避けられなかったと思われる。したがって、丙の死亡は甲の過失運転と因果関係があるといえる。

5以上から、甲には丙に対して過失運転致死罪が成立する。

(2)甲が乙を死亡させた行為について
1事実関係と問題の所在
 甲は自動車を運転し、乙を死亡させた。この行為について過失運転致死罪が成立するか。

2過失運転致死罪の基本的性格
 過失運転致死罪とは、自動車の運転上必要な注意を怠り、歩行者など交通関与者を死亡させる行為である。

3甲の過失運転について
 甲は、道路脇の歩道を老人の丙が歩いているのを確認したにもかかわらず、道路に出てくることはあるまいと思い、そのまま走行したので、この点だけを見れば、自動車の運転上必要な注意を怠った運転行為、すなわち過失運転があったことを認めることができる。ただし、それによって自動車の荷台にこっそりと潜んでいた乙を死亡させることにつき予見可能性があったといえるか。一般に道路交通において予見可能な人身事故の被害者は、交差点の歩行者や車線を走行する自動車・バイクの運転者などであるが、自車の荷台にこっそり潜んでいた者に対してまで死傷を予見することができるとして、過失を認めることができるか。行為者に一定の結果の発生を回避すべき義務を 課すた めには、どのような結果が誰のところで発生するのかが具体的に予見できなければならない。不注意な運転を行えば、歩行者や他のドライバーに死傷を発生させることは予見可能である。この場合、特定された人が死傷することの予見可能性にとどまらず、およそ誰かしかの人を死傷させることも予見可能であったといえる。本件においては、甲は交通量の多い幹線道路を自動車で走行し、不注意な運転を行えば、前方の道路脇を歩いている人だけでなく、それ以外の交通関与者を死傷させることは予見可能であったということができる。したがって、甲に過失運転があったと認めうる。

4甲の過失運転と乙の死亡との因果関係
 甲の過失運転によって乙が死亡したことについては、社会通念上、荷台に乗っている人が死亡することがありうることであるので、因果関係を認めることができる。

5以上から、甲は乙に対して過失運転致死罪が成立する。

(3)結論
 甲には乙および丙に対して過失運転致死罪が成立する。この2つの罪は、1個の過失運転行為によって行われているので、観念的競合(刑54①前段)の関係に立つ。