Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(第03回)判例資料(019~025)

2020-10-12 | 日記
019名誉毀損罪における公然性の意義(最判昭和34・5・7刑集13巻5号641頁)

【事実の概要】
 被告人は、昭和31年4月6日、午後10時過ぎ頃、自宅から10メートルほど離れた場所で菰(こも)が燃えているのを発見し、消火に向かった。その際、付近に男性がいるのを見て、それが近所のAであると思い込んだ。被告人は、5月20日ころ、自宅で、妻、長女、近所の3人に対して、「Aの放火を見た」、「火が燃えているのでAを捕えることはできなかった」と話した。

 第1審は、被告人に名誉毀損罪の成立を認めた。刑法230条にいう「公然」とは、事実を摘示した場所に多数の人員が存在することは必ずしも必要ではなく、2、3人に対して事実を告知した場合であっても、彼らから他の多数人に伝播しうる事情があれば、事実の摘示が公然と行われたこと(摘示の公然性)を認めることができる。本件では、摘示した場所に居合わせた者から他の多数人に伝播しうることは明らかであったと認定された。これに対して被告人・弁護人が控訴した。

 控訴審では、被告人は特殊な関係によって限局された者に対して事実を摘示したというのではなく、不特定の人に対して摘示したというべきである、つまり被告人の事実の摘示は、不特定または多数の人が視聴しうる状況において行われたものであると認定され、被告人の事実の摘示の行為が公然性の要件を満たしていると判断した原審の判断を維持したうえで、量刑不当の点につき不当と判断して、判決を破棄し、執行猶予付きの罰金刑を言い渡した。

 これに対して弁護人が上告した。


【争点】
 名誉毀損罪とは、公然と事実を摘示して、人の名誉を毀損する行為である。人の社会的評価(外部的名誉)を引き下げることができるような事実を公然と摘示することによって成立する。人の名誉が現に毀損されたことは必ずしも必要ではない(名誉毀損の危険で足りる。条文は侵害犯。ただし、運用は危険犯)。

 公然とは、摘示された事実を不特定または多数の人が知り得る状況にあることをいう。特定または少数の人に対して事実を摘示した場合、基本的に「公然性」の要件は満たされない。しかし、摘示された事実がその特定または少数の人から他の不特定または多数の人へと「伝播」しうる状況にあった場合、たとえ特定または少数の人に対する事実の摘示であっても、それに公然性の要件を認めることができる(伝播理論)。

 被告人は、自宅において、妻、娘、近所の3人に対して「Aの放火を見た」と述べた。公然と述べたといえるか。それとも、「ここだけの話し」として非公然に述べただけであったか。


【裁判所の判断】
 原判決は第1審判決の認定を維持し、被告人は不特定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであり、その摘示が質問に対する答えとしてなされたものであるかどうかというようなことは、犯罪の成否に影響がないとしているのである。そして、このような事実認定の下においては、被告人は刑法230条1項にいう公然事実を摘示したものということができる。


【解説】
 「Aの放火を見た」という発言は、Aが菰に火をつけた、Aが放火の行為者であるという意味のことを発言したといえる。そのような発言によって、Aの社会的評価は引き下げられ、その名誉が毀損されたと言ううことができる。ただし、名誉毀損罪が成立するためには、それを公然と行ったこと場合に限られる。

 では、被告人はその発言を公然と行ったといえるか。自宅において、妻、娘、近所の3名に対して話したことに公然性が認められるか。

 本件では、公然性を肯定した第1審の判断が維持されている。すなわち、特定または少数の人であっても、その人から他の不特定または多数の人に「伝播」する可能性があった場合には、公然性が認められる。これは、「伝播理論」と呼ばれ、名誉毀損罪における公然性の要件の認定に関する理論として判例・学説において定着している。


020公共の利害に関する事実の意義(最判昭和56・4・16刑集35巻3号84頁)

【事実の概要】
 雑誌の編集局長である被告人は、宗教法人Sの会長Iの女性関係を病的・色情的であるという記事を雑誌に掲載した。
 第1審・控訴審ともに、本件摘示の事実は「公共の利害に関する事実」に該当しないので、名誉毀損罪が成立すると判断した。
 これに対して被告人・弁護人が上告した。


【争点】
 名誉毀損罪は、人の社会的評価を引き下げうる事実を公然と摘示することによって成立する。
 会長のIが、病的・色情的な女性関係を持っているという事実は、宗教法人の会長の社会的評価、宗教家としての社会的評価を低下させるに足りる事実である。その事実を記事にして雑誌に掲載したことは、不特定または多数の人がそれを読み、そのような事実を知り得る状況に置いたといえるので、事実の公然の摘示に当たる。以上から、被告人の行為は名誉毀損罪に該当するといえる。第1審・控訴審はこのように判断した。

 ただし、人の社会的評価を低下させうる事実の摘示が名誉毀損にあたるとして処罰されるならば、その分だけ表現の自由が委縮することにもなりかねない。そこで、刑法は現行憲法の制定に伴って、名誉の保護と表現の自由の関係を調整し、その均衡をはかるために、一定の要件がある場合には、名誉毀損罪の成立を否定する規定を設けた(学説では名誉毀損罪の違法性が阻却されると解されている)。
 その要件とは、
 摘示した事実が、公共の利害に関する事実であること(事実の公共性)、
 摘示した目的が、もっぱら公益を図ることにあること(目的の公益性)、
 摘示された事実が、真実であること(事実の真実性)、
 これらの要件が認められる場合には、名誉毀損罪として処罰されない。

 事実の公共性は、事実の内容・性質に照らして判断される。個人は私的・プライベートな生活を送ると同時に、社会的な活動をしている。公共の利害に関する事実とは、その人が行っている社会的な活動に関する事実であり、それには私的・プライベートな事柄は含まれない。公共の利害に関する事実か否かは、明確に区別することができる。しかし、その人の私的な生活に関する事実であっても、その人の社会的な活動の内容を評価・批評する材料になりうる場合がある。例えば、教育政策や科学技術政策を推進する立場にある公務員が、個人的に出会い系バーに出向いて、女の子を食事に誘い、おこずかいをあげているという事実を新聞記事が報じた場合、その事実は本人の公務員としての仕事に直接関係する事実ではなくても、「はたして真面目に仕事しているのか」と、その仕事内容に対する疑念や疑惑が生まれてくる。「出会い系バーに出向いた」という私的な事実が、その人の公務員としての仕事ぶりを評価しうる公的な関心事になりうる場合には、たとえ私的な事実であっても、公共の利害に関する事実になりうる。

 目的の公益性とは、「専ら」公益を図る目的であるが、それに私的制裁を加える目的が併存していても、公益を図る目的があればよいとされている。

 事実の真実性とは、摘示された事実が真実であることであり、その証明があったことが必要である。

 これらの要件がそろっていれば、名誉毀損罪として処罰されない。その根拠として4つの説がある。
  名誉毀損罪は成立するが、処罰が免除される(刑罰阻却事由説)★判例
  名誉毀損罪の構成要件該当性が否定される(構成要件不該当事由説)
  名誉毀損罪の構成要件に該当するが、その違法性が阻却される(違法性阻却事由説)★有力説
  名誉毀損罪の構成要件に該当する違法な行為の責任が阻却される(責任阻却事由説)


【裁判所の判断】
 私人の私生活上の行状、とりわけ一般的には公表をはばかられるような異性関係の醜聞に属するものが含まれていることは、1、2審判決の指摘するとおりである。しかしながら、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の1資料として、刑法230条の2第1項にいう「公共の利害に関する事実」にあたる場合があると解すべきである。


【解説】
 本件では、宗教法人の会長の不倫関係を雑誌で報じたことが、その名誉を毀損するものであることを認定したうえで、報じた事実が「公共の利害に関する事実」にあたることが認められた。被害者は、宗教法人の会長として、人権・平和・環境などの問題に取り組み、高い社会的評価を受け、それに比して信者の数も増え、宗教法人の社会的活動も広がり、その影響も大きくなっている。そのような宗教法人の活動、会長としての実績を正確に知るうえで、不倫関係に関する事実は「個人的な事実」であっても、「公共の利害に関する事実」にあたると判断された。



021名誉毀損罪における事実の真実性に関する錯誤(最判昭和44・6・25刑集23巻7号975頁)

【事実の概要】
 「夕刊和歌山時事」の発行責任者の被告人は、A本人とAが経営する新聞社の記者が和歌山市役所の土木部の課長と上層部に関する記事を掲載し、Aの名誉を毀損した。被告人が掲載すた記事は、「吸血鬼Aの罪業」という表題であり、Aが土木課の課長に対して「出すもの出せば目をつむってやる」とか、「お前にも汚職の疑いがある」という内容であえり、それは新聞社の経営者であるAの社会的評価を引き下げうるものであった。しかし、その記事の内容は公共の利害に関する事実にかかわるものであり、被告人は専ら公益を図るために行った。

 第1審は、被告人が掲載した記事の内容が真実であることを証明しなかったため、刑法230条の2を適用せず、刑法230条1項を適用して、名誉毀損罪の成立を認めた。

 これに対して、弁護人は「証明可能な程度の資料、証拠をもって事実を真実を誤信したから、被告人には名誉毀損罪の故意が阻却される」と主張した。つまり、被告人はAに関して掲載した記事の内容は真実であることを証明できなかったが、それが真実であると証明できる程度の資料、証拠に基づいていたのであるから、真実と誤信したことに相当の理由がある、つまり名誉毀損の故意があったとはいえないと主張した。

 原審は、被告人が事実を真実であると誤信していたとしても、故意を阻却することはなく、名誉毀損罪の成立は否定されないと控訴を棄却した。

 弁護人が上告した。


【争点】
 公然と事実を摘示して、他人の名誉を毀損しても、①摘示された事実が公共の利害に関する事実であり(事実の公共性)、②摘示した目的が公益を図る目的にあり、そして③摘示された事実が真実であったことが証明されれば、処罰されない。

 3つの要件がそろっていれば、処罰されない。その理由は、名誉毀損罪の構成要件に該当する行為の違法性が阻却されるからである。報道の自由の行使として適切な方法手段を用い、かつ国民の知る権利の増進に寄与したことによる利益が、侵害された名誉という利益を優越していることを理由に違法性の阻却が認められると解されている(学説)。

 では、この事実の真実性が証明されなかった場合、どうなるのか。3つの要件がそろうことによって、違法性が阻却されるので、事実の真実性が証明できなければ、違法性の阻却は認められない。ただし、責任を問えるかどうか、非難可能かどうかの問題はまだ残されている。被告人が、Aの行動に関して、時間をかけて取材し、情報を収集し、Aが問題の発言を行ったことを信じるだけの証拠・資料に基づいて記事を掲載したときに、事実を真実であると誤信するだけの相当の理由があったといえるなら、名誉毀損罪の故意の成立を否定することができる(名誉毀損罪の違法性を基礎づける事実の認識がなかった。つまり、違法性の意識がなかった。あるいは、そのような事実を認識する可能性がなかった。つまり、違法性の意識の可能性がなかった)。


【裁判所の判断】
 刑法230条の2の規定は、人格権としての個人の名誉の保護と、憲法21条による正当な言論の保障との調和をはかったものというべきであり、これらの両者間の調和と均衡を考慮するならば、たとい刑法230条の2第1項にいう事実が真実であることの証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠にてらし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しないと解するのが相当である。


【解説】
 公然と事実を摘示して、人の名誉を毀損した場合、名誉毀損罪が成立する。ただし、その事実が公共の利害に関するもので、摘示した目的が公益を図ることにあり、その事実が真実であることの証明がなされれば、違法性が阻却され、処罰されない。真実でなかったり、また真実であることの証明がなされなければ、違法性は阻却されない。しかし、真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠にてらし相当の理由があるときは、犯罪の故意が否定され、名誉毀損の罪は成立しない。

 行為者は、摘示事実が虚偽の事実であるが、それを「真実」であると誤信したので、他人の名誉を毀損しているという「違法性の意識」はなかった。ただし、違法性の意識がなかったからといって、名誉毀損罪の故意がなかったとはいえない。確実な資料、根拠にてらして、違法性の意識を持ちえなかったことに相当の理由があるときだけ、犯罪の故意が否定される。この判断は、故意が成立するためには、事実の認識に加えて、違法性の意識を必要とする「故意説」によりながら、違法性の意識がなくても、その可能性があった場合には故意の成立を認める「制限故意説」の立場からのものである。



022法人に対する侮辱罪(最決昭58・11・1刑集37巻9号1341頁)

【事実の概要】
 被告人は、知人の交通事故に関して交渉を有利に進めるため、事故の相手方から交渉の委託を受けているD海上の関連会社であるA火災海上保険会社について、A社は「悪徳弁護士Bと結託して、交通事故の被害者を弾圧している。両社は責任をとれ」と記載したビラ12枚を会社の玄関にのりで貼付し、もって公然とA社およびBを侮辱するとともに、みだりに他人の所有する工作物にはり札をした。

 第1審は、A社およびB に対する侮辱罪と軽犯罪法1条33号違反の罪(はり札の罪)の成立を認め、被告人を拘留25日に処した。これに対して被告人は量刑不当を主張して控訴したが、原判決はこれを棄却した。

 これを受けて、被告人が上告した。


【争点】
 侮辱罪(刑法231条)と軽犯罪法1条33号違反の罪(はり札の罪)の法定刑は、いずれも同じ拘留または科料である。拘留とは1日以上30日未満の拘置(刑法16条)で、所定の作業はない。科料とは、千円以上1万円未満の財産刑である(刑法17条)。

 本件において、被告人は、上記内容を記載したはり札をしたことによって、A社とBを侮辱したと認定された。この場合、はり札の罪と侮辱罪の2つの罪が成立する。この2つの罪は、どのような関係に立つのか。 はり札の罪(軽犯罪法1条33号)は、他人の工作物にビラなどのはり札をする行為であり、侮辱罪(231条)は、事実の摘示をすることなく、人を侮辱する罪である。
1個の行為によって2個の犯罪が行われたとする観念的競合(刑54条1項前段)の関係であるならば、法定刑が同じ場合、犯情の重い方の罪(本件では、侮辱罪であると思われる)として処断される(刑10条3項)。そうすると、拘留の長期30日に近い日数の刑が言い渡される可能性が高くなる(本件では25日の拘留が言い渡された)。

 侮辱罪が成立するという前提で考えるが、この罪の行為客体の「人」には、自然人だけでなく、法人・団体も含まれるのか。かりに、自然人(B)が含まれるだけで、法人・団体(A会社)は含まれないならば、侮辱罪はBに対して成立するだけである。そうすると、このBに対する侮辱罪の犯情が、はり札の罪に比べて重いとしても、拘留の長期30日に近い日数の刑(25日の拘留)が言い渡されるのは、不当であるように思われる。

・被告人が、25日の拘留は長すぎ、不当であると批判するためには、単に日数が長いというだけでなく、侮辱罪の「人」にはA会社は含まれないにもかかわらず、第1審も控訴審も「人」のなかにA社を含めて侮辱罪の成立を認めたのであり、それは不当であると主張すべきである。第1審と控訴審は、刑法231条の「人」のなかには法人が含まれないにもかかわらず、含まれると誤った解釈をして、A会社に対する侮辱罪の成立を認め、25日の拘留という重すぎる刑を言い渡した、それは不当であと主張すべきであろう。

・従って、本件の争点は、侮辱罪の行為客体の「人」(刑法231条)のなかに、自然人だけでなく、法人もまた含まれるかという問題に絞られる。


【裁判所の判断】
 刑法231条にいう「人」には法人も含まれると解すべきであり、原判決の是認する第1審判決が本件A火災海上保険株式会社を被害者とする侮辱罪の成立を認めたのは、相当である。

【解説】
 最高裁の判断は、非常にシンプルである。しかし、その根拠づけは複雑である。
 侮名誉毀損罪の保護法益は人に対する社会的評価(社会的名誉・外部的名誉)であるが、侮辱罪の保護法益は名誉感情であると解するならば、そのような感情を持たない法人などの団体は、侮辱罪の行為客体にはなりえないと解することもできる。
 しかし、侮辱罪の規定を見れば、名誉毀損罪の保護法益とは異なる名誉感情を保護法益としていると解さなければならないような特段の理由はない。名誉毀損罪と侮辱罪とでは、事実の摘示の有無によって区別されているだけで、公然性の要件を要求している点では同じであり、両罪の保護法益は人の社会的評価と解すべきである。
 では、自然人だけでなく、法人などの団体にも社会的評価があるかというと、現代社会において、社会的存在を有し、固有の活動を行う法人などの団体について、社会的評価が引き下げられるなどした場合には、侮辱罪の成立を認めるだけの必要性が存在するといえる。かりに、法人に対して事実を摘示することなく、その社会的評価を引き下げるなどしても、侮辱罪の成立が認められないならなば、それこそ不当といえよう。

 なお、法人などの団体の経済的信用性に対する社会的評価(経営状態や支払い能力など)を引き下げるようなことをした場合には、業務妨害罪が成立する。ただし、偽計や威力を手段として行った場合に限られる。



023公務に対する業務妨害(最決平成12・2・17刑集54巻2号38頁)

【事実の概要】
 被告人は、長役場において町長選挙の立候補届出順位を決めるためのくじ方法の変更を執ように要求したり、怒号するなどして、立候補の届出受理の手続きを著しく遅延させた。
 また、衆議院議員選挙の立候補者の届出に際して、受付順位を決めるために引いたくじの番号や立候補予定者氏名を職員に告げないなどして立候補の届出受理の手続きを遅延させた。
 被告人は、威力業務妨害罪・偽計業務妨害罪で起訴された。
 第1審は、選挙管理員会委員長の立候補届出受理事務は、被告人に対してなんら強制力を行使する権力的公務ではないので、威力業務妨害罪および偽計業務妨害罪の成立を認めた。本件で妨害されたのは、公務員である選挙管理委員長の職務、すなわち公務であり、公務執行妨害罪の保護対象であるとも思われるが、公務執行妨害罪の公務とは、強制力を伴う権力的公務に限られ、本件の公務は業務妨害罪における業務として保護されると解した。これに対して被告人が控訴したが、控訴審も原審の判断を維持し、控訴を棄却した。
 さらに被告人が上告したが、最高裁は上告を棄却し、職権で判断した。

【争点】
 人の職務の遂行を妨害すると、犯罪にあたる。その職務が民間の業務(営利・非営利を問わない)の場合、業務妨害罪が成立し、その職務が公務員の職務(公務)の場合、公務執行妨害罪が成立する。

 業務妨害罪は、虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて業務を妨害した場合に成立し(刑法233条・業務妨害罪)、また威力を用いた場合にも成立する(刑法234条・威力業務妨害罪)。業務妨害罪は、「業務の妨害」という事実の発生が要件とされているが(侵害犯としての形式)、実際的な運用では侵害の危険で足りるとされている(危険犯としての実質)。

 公務執行妨害罪は、公務員が職務を執行するにあたり、これに暴行または脅迫を加えた場合に成立する(刑法95条)。公務執行妨害罪の実行行為は職務を執行する公務員に対する暴行・脅迫であり、それによって公務の妨害の危険が発生していると擬制される(見なされる)。抽象的危険犯の形式の規定である。

 公務執行妨害罪は、暴行・脅迫が実行行為なので、職務を執行している公務員に風説の流布・偽計・威力を用いても公務執行妨害罪は成立しない。また、人の業務を暴行・脅迫を用いて妨害した場合、威力業務妨害罪と暴行罪または脅迫罪が成立する(両罪は観念的競合)。威力とは、暴行や脅迫にいたらない程度の勢力を人に加えることである。威力とは、人の身体に対する有形力の行使にはいたらない程度の外部的作用、また人の意思決定の自由を抑圧しない程度の内心的作用である。それを超える暴行・脅迫を手段として人の業務を妨害した場合、威力業務妨害罪と暴行罪または脅迫罪が成立する。

 では、選挙管理委員会の立候補者の届出受理事務は、業務か、それとも公務か。選挙管理委員会は、公職選挙を管理するにおいて立候補者の届出を受け付けるが、これは民間の営利・非営利の業務ではなく、公的な職務である。このように解すると、選挙管理委員会の立候補者の届出受理事務は、業務妨害罪の客体ではなく、公務執行妨害罪の客体であると解される。選挙管理委員会の立候補者の届出受理事務が、公務執行妨害罪の客体であると公務であるとすると、それを執行している公務員に対して暴行・脅迫を加えたときに、公務執行妨害罪が成立することになる。被告人が行った怒号、くじを引いた番号・氏名を伝えないというのは、暴行・脅迫ではない。従って、公務執行妨害罪にはあたらない。

 これに対して、選挙管理委員会の立候補者の届出受理事務が、公務執行妨害罪の客体であると公務ではなく、業務妨害罪の行為客体である業務であるとすると、被告人が行った怒号、くじを引いた番号・氏名を伝えない行為が、威力・偽計にあたるならば、威力業務妨害罪および偽計業務妨害罪が成立することになる。
 では、選挙管理委員会の立候補者の届出受理事務は、業務か。それとも、公務か。

【裁判所の判断】
本件において妨害の対象となった職務は、公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務であり、右事務は、強制力を行使する権力的公務ではないから、右事務が刑法233条、234条にいう「業務」にあたるとした原判断は、正当である。

【解説】
 最高裁は、強制力の行使の有無を基準に公務と業務を区別している。民間の業務だけでなく、強制力の行使を伴わない非権力的公務は、業務妨害罪の行為客体として保護される。従って、それらは偽計の風説の流布・偽計・威力による妨害から保護される。これに対して、強制力を行使する権力的公務は、公務執行妨害罪の行為客体として保護される。それは、暴行・脅迫による妨害から保護されるだけで、風説の流布、偽計、威力からは保護されない。
 最近、「学校の施設に爆弾をしかけるぞ」と虚偽の犯行予告を警察に通報する「いたずら」が増えている。これによって、そのような予告がなければ行われる予定であった警察の公務(強制力の行使を伴う権力的公務)が中断・延期され、妨害されている。しかし、その妨害の手段は偽計である。強制力を行使する権力的公務が暴行・手段による妨害の場合にしか成立しないとすると、偽計による権力的公務の妨害は、公務執行妨害罪にはあたらない。しかも、それは業務でもないので、偽計業務妨害罪にもあたらない。判例の判断基準に従えば、「処罰のすきま」が生じてしまう。このような問題についていかに考えるべきかが課題である。



024威力業務妨害罪の成否(最決平成14・9・30刑集56巻7号395頁)

【事実の概要】
 東京都は、新宿西口から新宿副都心へ通じる都道に動く歩道を設置することを計画した。その通路には200名以上の路上生活者が占有の権原ないにもかかわらず、段ボール小屋を建て、そこで起居していた。東京都は、退去を求め、臨時の保護施設などを開設することにした。さらに東京都は3回にわたって周知活動を行い、工事の事前通告をし、道路環境整備の工事を民間業者に請け負わせて実施することとした。被告人らは、座り続けるなどして、段ボール小屋を撤去するなどした民間業者の工事を妨害した。被告人らは、威力業務妨害罪で起訴された。

 第1審は、段ボール小屋の撤去作業は、行政代執行による必要があったにもかかわらず、その手続きをとらずに、同様の効果をあげたのであるから、本件の民間業者が行った業務は強制力の行使を伴う権力的公務であり、威力業務妨害罪にいう業務には当たらないと判断した。

 これに対して控訴審は、説得作業にあたった都職員には実力(強制力)を行使する意思はなく、その行使の態勢も整えていなかったのであるから、段ボール小屋の撤去作業は強制力を行使する権力的公務にはあたらないとして、業務妨害罪の業務にあたると判断した。さらに、撤去作業には手続上の瑕疵があるが、それを仮定したとしても(前提にしても)、その程度はさほど大きいものではないから、業務としての要保護性は肯定されるとして、業務妨害罪の成立を肯定した。

【争点】
 東京都が計画した動く歩道の設置作業に伴って、路上に起居する人々の段ボール小屋を撤去するのは、都として遂行すべき公的な仕事であり、それは公務である。では、その作業は、強制力の行使を伴う権力公務か、それとも強制力の行使を伴わない非権力的公務か。

 警察官による被疑者逮捕は、強制力を行使して、人の身体を拘束する権力的公務である。警察官の一般的な職務権限のなかに被疑者の逮捕が含まれ、かつ逮捕状がある場合に、その職務の権限を行使できることが刑事訴訟法などの法律によって法定されていれば、警察官の逮捕が強制力を行使する権力的公務であることは明らかである。

 東京都は、段ボールを撤去する作業を行うよう民間の業者に委託した。この民間業者が段ボールを撤去した行為は、強制力を行使する権力的公務か、それとも民間業者が行う業務か。公共事業を行う際に、その場所に民間人の不法な建築物が建てられている場合、行政側はその所有者に撤去を求め、所有者に撤去させる。所有者が不在などの事情から、それができない場合、行政側が代わって撤去し、その費用を事後的に所有者に請求する。これが行政代執行である。それを行うためには、もちろん法的手続を踏まなければならない。法的手続を踏んでいる以上、行政側にはそれを執行する権限があり、それを妨害する者に対しては強制力を行使して、妨害を排除することが許される。

 段ボール小屋の撤去作業は、本来的には法的手続に基づいて、行政代執行として行わう作業であるならば、それは実質的に見て強制力を行使する権力的公務であるといえる。これに対して、段ボール小屋の撤去作業は、路上生活者がそこから退去した後、道路上に残されていた段ボール小屋を片づける作業であって、たんなる環境整備工事でしかなく、強制力の行使を伴う権力的公務にはあたらないということもできる。

 東京都から業務を受け取った民間業者が段ボールを撤去した行為は、実質的な行政代執行(公務)か、それとも環境整備工事(業務)か。

【裁判所の判断】
 本件において妨害の対象となった職務は、動く歩道を設置するために、本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し、これらの者が自主的に退去した後、本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって、強制力を行使する権力的公務ではないから、刑法234条にいう「業務」に当たると解するのが相当であり……、このことは、……段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除、連行された後、その意思に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。

 居住上の不利益についても、行政的には一応の対策がとられていた上、事前の承知活動により、路上生活者が本件工事の着手によって不意打ちを受けることがないよう配慮されていたということができる。……そうすると、道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは、やむを得ない事情に基づくものであって、業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。

【解説】
 本件において民間業者が行った職務は、路上生活者の段ボールの撤去であるが、それは歩く歩道を設置するために、路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し、これらの者が自主的に退去した後に行われたものである。路上生活者が退去した後、路上に残されていた段ボール小屋等を撤去する作業は、強制力を行使して行う必要のない非権力的公務であり、業務妨害罪でいう業務である。それを妨害した被告人には威力業務妨害罪が成立する。



025偽計業務妨害罪の成否(最3小決昭和59・4・27刑集38巻6号2584頁)

【事実の概要】
 被告人は、事務所の外に設置されてある電電公社(現NTT)の公衆電話に「マジックホン」を取り付けて、10円硬貨を投入して事務所に電話し、通話した。通話を終えると、電話機の返却口に10円硬貨が戻ってきた。被告人は、偽計業務妨害罪などで起訴された。

 被告人は、マジックホンの取り付け、使用は、有償で提供されている公衆電話による通話の利用を無償で利用する行為、すなわち公衆電話の不正利用であり、業務の妨害にはあたらないと主張したが、第1審は、偽計業務妨害罪の成立を認めた。

 控訴審は、本件の行為が公衆電話の不正利用であり、財産罪に似た一面を有するとしても、そのことをもって偽計業務妨害罪の成立を否定する理由にはならないとして、原判決を是認した。

 さらに被告人が上告して、本件行為は、マジックホンを使用して公衆電話を利用し、、支払うべき料金の支払いを免れた行為であり、それは利益窃盗であり、刑法上は不可罰であると主張した。


【争点】
電電公社・現NTTが設置する公衆電話を利用するにあたっては、約束・規則・決まりがあって、その遵守事項に反した利用はしてはならない。電電公社・NTTの職員が、利用契約の遵守事項に反した利用者がいるのを現認した場合、その職員は遵守するよう要請するとか、それでも遵守しない場合には利用を拒否する。

 ただし、実際には利用者と個別に遵守事項の確認などは行われていないので、電電公社・NTT側は利用者が遵守事項を守って利用することを前提にして、公衆電話を設置して、広く利用を認めている。利用者が遵守事項を守らず利用した場合、契約違反であり、損害が発生した場合には賠償義務が発生する。

 遵守事項を守らず、守っているように装って利用した場合、損害賠償の義務が発生するだけでなく、偽計業務妨害罪が成立する可能性がある。利用者が公衆電話を利用するときには遵守事項を守ることが義務付けられているが、それを遵守する意思がないにもかかわらず、あるかのように欺いて利用した場合、電電公社・NTTは偽計により錯誤に陥って、公衆電話を利用させたことになる。しかも、マジックホンという機器を電話回線に取り付けて、発信側電話機に対する課金装置の作動を不能にしたことは、電電公社・NTTの通常の業務を妨害したことになる。

 偽造テレホンカードなどを使って公衆電話を利用する行為は、社会的法益に対する罪である支払用カード電磁的記録不正作出罪(刑法163条の2)などに該当すると同時に、個人的法益に対する罪である偽計業務妨害罪(刑法233)にも該当する。


【裁判所の判断】
上告棄却。
 ……公社の架設する電話回線において……応答信号の送出を阻害する機能を有するマジックホンと称する電気機器を加入電話回線に取り付け使用して、応答信号の送出を妨害するとともに発信側電話機に対する課金装置の作動を不能にした行為が……偽計業務妨害罪にあたるとした原判断は、正当である。


【解説】
 本件の事案では、公衆電話にマジックホンを取り付けて、送信側電話機に対する課金装置の作動を不能にし、投入した10円硬貨が返却口に戻って来るようにさせた。被告人は、その行為が利益窃盗でしかなく、不可罰であると主張した。刑法で処罰される窃盗罪は財物窃盗だけであり、債務を免れるだけの行為は利益窃盗として不可罰である(もちろん民法上は損害賠償の対象になる)。ただし、相手を欺いて債務を免れた場合には、利益詐欺罪として処罰される。その場合、「人」を欺いて、「その人」に債務免除の意思表示などをさせて、債務を免れることが必要である。この事案では、人を欺いていない(公衆電話を誤作動させただけ)なので、利益詐欺罪にはあたらない。

 裁判所は、本件の事案を財産犯としてではなく、業務に対する妨害行為として捉え返して、偽計による業務妨害として認定した。電電公社・NTTは、日常的な業務として、公衆電話を設置・管理し、その正常な運営・作動の保守・点検を行っている(清涼飲料水の自動販売機なども同じ)。硬貨を投入しても通話ができなくなったり、反対に硬貨を投入しなくても通話ができるようにすると、電電公社・NTTは業務としてそれを修繕する。一定の細工を施して(偽計によって)、課金装置を誤作動させて、硬貨を投入しなくても通話ができるようにした場合、電電公社・NTTの修繕業務を妨害したことになる。