Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第06回 親族間の犯罪に関する特例 2016年11月03日)

2016-10-30 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
第06週 親族間の犯罪に関する特例

刑法244条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で窃盗罪、不動産侵奪罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する(1項)。
 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない(2項)。
 前2項の規定は、親族でない共犯については、適用しない(3項)。

(1)規定の趣旨
 本規定は、窃盗罪や不動産侵奪罪が親族の間で行われた場合の特例です。これは、詐欺罪、恐喝罪、横領罪、背任罪にも準用されます。この規定は、法は親族の間での財産犯についてまで立ち入らない(「法は家庭に入らない」)という考えから設けられたものです。

1親族の意義
親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいいます(民725)。「配偶者」について、内縁関係も含まれるか否かついて議論があります。内縁関係(事実婚)を含まないと否定した事案もありますが(東京高判昭60・9・30判例体系〈第二期版〉(6)7461)、肯定的な学説もあります。「同居の親族」については、ある程度の継続性と定住性が必要です。一時的に宿泊している場合や家屋の一部屋を賃借りしているような場合は、「同居」にはあたりません。

2親族関係の範囲
 条文は「配偶者……との間で窃盗罪を犯した者は」と定めていますが、誰と誰の間において親族関係が必要であるかは、解釈に委ねられています。

 Aが親族Bの所有物を窃取した場合、この特例が適用されます。では、次の場合はどうでしょうか。Aが親族Bから物を盗んだところ、それはBが友人Cから預かったものであったが、Aはその物がBの所有物であったと誤信していた場合です。AとCとは親族関係はありません。したがって、Aの行為に刑法244条を適用することはできません(大判明43・6・7刑録16・1210、大判昭6・11・17刑集10・604)。というのも、親族関係は、窃盗行為者Aと「財物の所有者C」の間になければならないと解されていたからです。その背景には、本権説があったと思われます。

 しかし、最高裁は、窃盗行為者Aと「財物の占有者B」との間に親族関係があれば足りると判断したものがあります(最判昭24・5・21刑集3・6・858[傍論])。その背景には、占有説があると思われます。

 なお、最近になって、窃盗行為者A、財物の占有者B、その所有者Cとの間に親族関係が必要であると判断されています(最決平6・7・19刑集48・5・190)。

3法律効果の根拠
 本条の適用対象は、1項では配偶者、直系血族または同居の親族、2項ではその他の親族とされています。

 1項の法律効果は「刑の免除」、2項のそれは親告罪として扱うというものです。「刑の免除」とは、裁判で審理され、有罪が言い渡されたが、その刑が免除されるということです。これに対して、親告罪として扱われるということは、被害者が告訴しなければ、検察官は起訴できないので、裁判で審理されません。

ⅰ学説の対立
 このような法律効果は、なぜ生ずるのでしょうか。誰が行おうとも、財物を窃取し、また不動産を侵奪すれば、窃盗罪や不動産侵奪罪にあたりますが、それを親族が行なったことに着目して、政策的に刑を免除したり、親告罪として扱うということです(一身的刑罰阻却事由説)。これが通説・判例です。

 これに対して、親族間では、財物や不動産などの財産は、協力して形成され、また合同して所有・占有されることが多いので、共同占有者が配偶者・直系血族・同居の親族の場合、処罰に値する程の違法性(可罰的違法性)がないので、刑が免除されることになると解するものもあります(違法減少説)。さらに、可罰的違法性はあっても、親族間であることから非難可能性が減少すると論ずるものもあります(責任減少説)。

ⅱ3項の整合的解釈
 本条は、Xが親族Aの財物の窃取を単独で行った場合(正犯)だけでなく、Aの弟YがXに協力した場合(共犯)にも適用されます。ただし、「親族でない共犯については、適用しない」(3項)とされています。つまり、親族以外の者が、親族間の窃盗を教唆・幇助した場合、共犯として。

 親族間の窃盗の刑が免除される理由について、一身的刑罰阻却事由説に立つと、親族間であっても窃盗は成立しますが、政策的に刑が免除されるだけであると解されます。親族以外の者には、そのような刑の免除という政策的な効果は及ばないので、処罰されることになります。

 しかし、違法減少説の立場からは、親族間の窃盗は違法性が減少し、可罰的な程度を下回るので、刑が免除されると説明されます。そうすると、親族でない者の教唆・幇助は、違法性が可罰的な程度を下回る行為を教唆・幇助したことになります。制限従属形式を前提に考えると、親族ではない共犯にも「刑の免除」の効果が及ぶことになり、3項の規定と矛盾します。従って、刑の免除の根拠を違法性の減少に求めることはできません。

 責任減少説の立場は、親族による窃盗の違法性は減少しないが、その責任(非難可能性)が減少するので、刑が免除されると説明します。親族ではない者の教唆・幇助は、違法性が減少しない窃盗の教唆・幇助になるので、制限従属形式を前提にすると、刑の免除の法律効果が生じないことを説明することができます。

4親族関係を錯誤した場合
 Aが父親Bの時計を窃取しました。その時計は、Bが友人Cから預かったものでした。AはそれをBのものだと誤信し、刑が免除されると考えていました。いわゆる親族関係の錯誤の問題です。この錯誤は、窃盗罪の成否に影響を及ぼすでしょうか。

 一身的刑罰阻却事由説からは、親族関係における窃盗であっても、窃盗は成立しています。政策的に刑が免除されるだけです。したがって、親族関係がない以上、刑の免除の効果は生まれません。窃盗罪の成立は否定されません。しかし、Aは自分の行為が「刑の免除」という法律効果を受けると誤信していたのですから、この錯誤が窃盗罪の違法性ないし責任に影響を与える可能性はあります。

 Aは、可罰的な違法性を行なっている事実の認識がないと解すると、この「可罰的違法性を基礎づける事実の錯誤」を理由にして、窃盗罪の故意の成立を否定することができます。刑の免除の効果を違法性減少説から説明する立場は、このように主張します(しかし、違法性減少説は、3項の整合的な解釈が困難であることはすでに指摘しました)。

 これに対して、Aは可罰的な違法性を行為を行なっている認識はあっても(つまり、窃盗の故意はあっても)、非難可能性が減少し、刑が免除されると認識していたと、つまり「処罰されるべき行為」を行なっているにもかかわらず、「処罰されるべき行為」にあたるとは知らなかったと解して、38条2項を適用し、244条1項の適用を認めることができます。責任減少説からは、そのように主張されます。

 下級審には、刑法38条2項を適用して、「重い」窃盗罪で処罰せず、親族関係が存在していた場合に準じて扱ったものがあります(福岡高判昭25・10・17高刑集3・3・487)。この判断は責任減少説と同じ方向を目指しています。一身的刑罰阻却事由説からも、244条1項の準用を肯定するものがありますが、その論理は一貫しているとはいえません。


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