Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(03)論述

2021-04-25 | 日記
 第09問A 緊急行為①
 Aは、公園を散歩中、自分を日頃からいじめている甲を発見し、この機会に仕返しをしようと考えた。そこで、木につながれたBの犬の鎖を外し、甲にけしかけた。甲は、容易に逃げられたにもかかわらず、憤激し、足下にあった鉄パイプをBの犬に向かって投げつけたところ、犬にあたり負傷させたうえ、たまたまそばにいたCの顔にもあたり、Cを死亡させた。甲の罪責を論ぜよ。


 論点
 1相手方が他人の物・犬を利用した場合 2抽象的事実の錯誤 3防衛行為の結果が第三者に生じた場合


 答案構成
(1)Aに対する甲の罪責
1甲は鉄パイプを他人(B)の犬に向かって投げた。この行為は他人の財物を破壊する罪、すなわち器物損壊罪の構成要件に該当するが、正当防衛にあたり、その違法性が阻却されないか。


2器物損壊罪とは、他人が占有する財物の効用を害する行為である。正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自己または第三者の権利を防衛するための必要最小限の行為であり。この正当防衛の要件を満たしている場合、器物損壊罪の構成要件に該当しても、違法性が阻却される。


3AはBの犬の鎖を外して、甲にけしかけたのであるから、Aの行為は甲にとって急迫不正の侵害にあたる。ただし、甲は容易に逃げられたにもかかわらず、憤激して犬に鉄パイプを投げた。この点が正当防衛の成立に影響するかが問題となる


4急迫不正の侵害から自己の権利を守るために必要最小限の行為であれば、正当防衛にあたり、その場合、緊急避難の場合のように補充性・最終手段性のような要件は課されていない。従って、逃げることが容易であっても、防衛行為に出ることは認められる(正当防衛においては、防衛者には退避義務は課されない)。
 ただし、それは防衛のための行為、すなわち防衛の意思に基づく行為であることが必要である。甲は憤激していたので、防衛の意思が否定されるようにも思われる。しかし、憤激し攻撃の意思が認められても、犬から自己の身を守る意思が併存している場合には、なおも防衛の意思を認める余地がある。甲は、走って来る犬に鉄パイプを投げたのは、そうしなければ自己の身を守れないと認識していたと思われるので、憤激していたものの、防衛の意思を認めることができる。
 かみつこうとする犬から自己の身体・健康を守ったことから、防衛行為として必要でかつ、相当であったと認められる。


5従って、甲の行為は器物損壊罪の構成要件に該当するが、正当防衛の要件を満たしているので不可罰である。


(2)Cに対する甲の罪責
1甲は鉄パイプを投げて、Cを死亡させた。この行為は殺人罪にあたるか、それとも過失致死罪にあたるか。


2殺人罪は故意に人の生命を侵害する行為であり、過失致死罪とは故意ではなく、過失により人を死亡させる行為である。両罪は、人の死の惹起に関する認識・予見の有無によって区別される。


3甲は犬に鉄パイプを投げてCを死亡させているが、Cの死亡を認識していたといえるか。甲は犬を負傷ないし死亡させる認識で鉄パイプを投げたが、このような認識がある場合、人の死を惹起する認識があたっといえるか。


4犬を負傷ないし死亡させる認識で人を死亡させた場合、甲の主観面では器物損壊罪の構成要件該当の事実が認識されていたが、その客観面では殺人罪の構成要件該当の事実が発生していたといえる。このように主観と客観において構成要件該当事実が異なる場合(異なる構成要件に錯誤がまたがる抽象的事実の錯誤)、刑法38条2項によれば、重い罪について故意があったとして、重い罪で処断することはできない。では、軽い罪の故意を認めることができるか。学説・判例では、二つの構成要件の行為客体と行為態様、保護法益に共通性がある場合には、その重なる罪について故意犯の成立を認めることができるとしている(法定的符合説・構成要件的符合説)。器物損壊罪の行為客体は、他人の財物であり、殺人罪のそれは生きた人であり、その対象も保護法益も異なる。従って、器物損壊罪と殺人罪の構成要件は重なる部分はないので、Cに対する殺人につき故意を認めることはできない。ただし、犬の近くに人がいることにつき予見可能性があたっといえるので、Cに対する殺人につき過失を認めることはできる。従って、甲の行為は過失致死罪の構成要件に該当する。
 甲は、この過失致死の行為を犬による侵害から自己の身を守るために行った。現在の危難を避けるため、予期せぬ第三者に侵害を行う形になっている。これは緊急避難にあたる余地がある。しかし、緊急避難の要件としては、避難行為の補充性(最終手段性)が必要である。この事案では、甲は逃げることが容易であったので、第三者に危難を転嫁した行為は補充性の要件を満たしているとはいえない。この行為は、補充性の要件を超える避難行為である。自己の身体に対する現在の危難を逃れる意思に基づいて、補充性の要件を超える行為を行い、さらにCの生命を犠牲にした過剰避難にあたる(生じた害が避けた害よりも大きい場合だけでなく、補充性の要件を超える場合にも過剰避難にあたる)。


5従って、甲の行為は過失致死罪に該当し、過剰避難(刑37条但書)にあたる。


(3)結論 甲はCに対して過失致死罪(刑210)が成立する。ただし、過剰避難の規定が適用できる。








 第10問A 緊急行為②
 XとA女は婚姻し、同居していたが、夫婦げんかをした際に、A女がマンション3階の自室内からベランダへ出ていこうとしていた。これは、A女がXの気を引くために飛び降り自殺のそぶりを見せたものであって、事実自殺する意思はなかった。しかし、Xは、過去にもA女が自殺を図ったことがあったことから、A女が本気で自殺を図っているものと誤信し、これを制止しようと、A女の両肩を両手で強く突いてその場に転倒させる暴行を加えた。その結果、A女は、床面に強打したことによる頭部打撲の傷害を負い、その後死亡した。
 Xの罪責を論ぜよ。


 論点 誤想過剰避難
 現在の危難の不存在→その誤想(誤想避難)→避難行為の過剰性(過剰避難)→誤想過剰避難
 過剰性の認識の有無(故意犯または過失犯の誤想過剰避難)
 過剰避難(刑37①ただし書き)と誤想過剰避難の共通性(責任減少)→規定の準用の可否


1 甲は、A女の両肩を両手で強く突いてその場に転倒させる暴行を行い、A女の頭部を床面に強打して頭部打撲の傷害を負わせ、その後死亡させた。この行為は傷害致死罪にあたるように思われる。しかし、甲はA女が自殺を図ろうとしていたと誤信し、その生命侵害を回避するために行った。この行為は傷害致死罪の構成要件に該当するが、これを誤想過剰避難として、刑法37条1項ただし書きを準用して、傷害致死罪の刑を任意的に減軽・免除することができるか。


2 誤想過剰避難とは、自己または他人の権利に対する現在の危難が存在しないにもかかわらず、それがあると誤信して、避難のための行為を行い、かつ現在の危難があったと仮定しても、避難の程度を超え、過剰であった場合をいう。現在の危難が存在しないので、違法性は阻却されない。ただし、それを誤想し、過剰な行為を行ったので、誤想過剰非難という。この誤想過剰非難に対して、過剰非難を定めた刑法37条1項ただし書きを適用することができるか。


3 過剰非難とは、自己又は他人の生命などの権利に対する現在の危難を避けるためにやむを得えない行為を行い、それによって生じた害が避けようとした害の程度を超えた過剰な非難行為を行った場合をいう(刑法37条1項ただし書き)。現在の危難を避けることができたので、その分だけ違法性が減少し、また過剰な避難行為を行ったとはいえ、現在の危難を避けるという緊急状況下において恐怖・驚がくなどの心理状態において行ったことから、その責任が減少する。このように違法性と責任が減少することを理由に、過剰避難の刑が任意的に減軽または免除されるのである。
 しかし、刑法37条1項但し書きは、過剰避難に関して定めた規定であって、誤想過剰避難は過剰避難とは現在の危難の存在の有無の点において異なるので適用されるものではない。しかし、誤想過剰避難は、現在の危難が存在しなかったとはいえ、避難行為者はそれが存在すると誤信して行為に出ているので、本人の認識に基づけば、なおも現在の危難を避けるという緊急状況下において恐怖・驚がくなどの心理状態において行ったといえ、その限りでは責任が減少するといえる。誤想過剰避難の責任減少と、この過剰避難の責任減少との共通性を認め、その限りにおいて刑法37条1項但書を誤想過剰避難に準用して、その刑の任意的減免することができると思われる(誤想過剰避難と過剰避難との間には共通性はないと考えるならば、誤想過剰避難には刑法37条1項ただし書きを準用することもできなくなり、誤想過剰避難の行為の刑を減免するよう求める実定法上の根拠を失ってしまい、それを強く主張できなくなる。現在の危難の存在を誤想していたので、故意・過失の責任の減少を求めても、それを主張するための実定法上の根拠規定がなければ、刑の減免はその分だけ難しくなる)。


4 このように誤想過剰避難に対して過剰避難の規定を適用できることを前提として、甲の行為について検討する。甲は、A女が自殺しようとしていると誤信して、それを止めさせるために両手で強くついてAを転倒させ、死亡させたのであるが、それはかりにA女が本気で自殺を図ろうとしていたと仮定しても、避難行為としてはやりすぎた行為であったといえる。A女の背後から両手で抱きかかえるなどの行為を選択しえたはずである。それにもかかわらず、両手で強くついて転倒させたのは、やむを得ずにした行為とはいえず、避難行為の補充性の要件を満たしているとはいえない。かりにA女の生命に対する現在の危難が存在していたと仮定しても、甲の行為は、緊急避難が問題になる行為えはない。従って、過剰避難も問題にはなりえない。過剰避難とは、やむを得ずにした行為について、侵害法益と保全法益の害の均衡の要件を超えた場合をいうので、甲の行為が過剰避難にあたらないならば、誤想過剰避難を論ずる必要もなくなる。
 しかし、過剰避難を定めた刑法37条1項但書の「その程度」とは、害の均衡を超えた場合だけでなく、補充性の要件の程度を超える場合にも認められるのではないか。そのように解することができるならば、補充性の要件を超えた場合もまた過剰避難にあたると解することができる。そのように解すると、甲の行為を誤想過剰避難として捉えることもでき、過剰避難の規定を適用することもできる。
 なお、誤想過剰避難について、過剰性の認識がなかった場合とあった場合とでは、その扱いが異なる。過剰性につき認識がなければ、故意は認められず、故意犯の成立は認められない。甲に暴行の故意が認められなければ、傷害致死罪の成立は認められないが。ただし、過失が認められれば、過失致死罪の成立が認められる。
 甲は、A女の生命に対する現在の危難を誤信して行為を行った。また、かりにA女の生命に対する危難が存在していたと仮定しても、それを回避する行為として、A女の両型を強く突いて転倒させ、頭部打撲の傷害を負わせ、死亡させるのは過剰であたといえる。その際、甲は行為の危険性を認識していたと思われる。


5 以上から、甲には傷害致死罪の構成要件に該当し、A女の生命に対する現在の危難が存在しないため、緊急避難にはあたらず、その違法性は阻却されない。ただし、甲は現在の危難の存在を誤想していた。また、現在の危難が存在していたとしても過剰な避難行為を行ったといえる。このような誤想過剰避難に対して、過剰避難を定めた刑法37条1項ただし書きを準用することによって、傷害致死罪(刑205)の刑を任意的に減軽または免除することができる。