Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅱ(第10回)練習問題

2017-11-26 | 日記
 刑法Ⅱ(第10回)練習問題
 第39問B 放火罪
 甲は、自己の所有するマンションが競売にかけられそうになっているのを知り、それを防止するため、自己の会社の従業員を交代で宿泊させていたが、火災保険金の騙取を企て、従業員を旅行に連れ出し、また留守番役の従業員に対しても宿泊は不要と告げた。

 甲は、従業員の旅行中、マンション内で居住部分と一体的に使用されていたエレベーターのかご内で火を放ち、その結果、エレベーターは燃焼しなかったが、コンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。

 なお、当該マンションにはほかの住民はいっさいおらず、またエレベーターには耐火構造が施されていた。甲の罪責を論ぜよ。

 争点
 甲は、自己が所有するマンションのエレベーターのかごに火を放ち、コンクリートのない劇のモルタルた天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させた。

(1)本件マンションは、現住建造物か、それとも自己所有の非現住建造物か。
 本件マンションは、被告人の所有物件であった。住人は住んでいなかった。会社の従業に後退で宿泊させて、住人がいるように装うことで、それが競売にかけられるのを阻止しようと計画した。

 そして、競売にかけられる前に火災を装って、保険金を騙取するために、宿泊していた従業員を旅行に行かせ、他の従業員にも宿泊をさせなかった。他の住人もいっさいいなかった。

(2)本件エレベーターは本件マンションとは別の物件か、それともマンションと構造的・機能的に一体的な物件であって、マンションの建造物の一部か。
 本件マンションが、現住建造物か、それとも自己所有の非現住建造物かにかかわらず、被告人はマンションのエレベーターのコンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。ただし、エレベーターには耐火構造が施されていた。

(3)本件で、「焼損」を認めることができるか。
 本件エレベーターが本件マンションの一部であるとした場合、本件ではエレベーターのコンクリート内壁のモルタルや天井表面の石綿をはく離、脱落、損傷させるなどしたが、エレベーターには耐火構造が施されていたため、本件マンションへの延焼の可能性は低かった。このような場合、「焼損」を認めることができるか。

 なお、本件マンションが自己所有の非現住建造物であるとすると、成立には「焼損」に加え、「公共の危険の発生」が必要である。

 解答例
 甲の行為は現住建造物等放火罪にあたるか。それとも、自己所有の非現住建造物等放火罪にあたるか。

(1)本件マンションは現住建造物か、それとも自己所有の非現住建造物か。

1本件のマンションは、住人が住んでおらず、競売にかけられそうになっていた。それを阻止するために、被告人が従業員に交代で宿泊させて、居住の実態があるかのように装った。このような場合、本件マンションは現住建造物にあたるか。

2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体が現住建造物でなければならない。現住建造物とは、現に人が住居として使用している建造物である。

3甲が火を放った建造物は、自己所有のマンションであり、そこには住人が住んでおらず、従業員に交代で寝泊りさせていただけで、しかも放火した時点では、従業員は旅行中であり、他の従業員も寝泊りしていなかった。従って、このマンションの現住性は否定され、それは自己所有の非現住建造物であると解することができる。

4しかし、一定のあいだ従業員に交代で宿泊させていたことから、その部屋には家具や生活道具などが配置され、日常生活を送る場として、その機能はあり、日常生活の場として使用される可能性は十分にあたっということができる。そうすると、旅行中に従業員が宿泊していなかったという事実があっても、本件マンションの現住性は認められると解するのが妥当である。

5従って、本件マンションは、現住建造物であるといえる。

(2)エレベーターは本件マンションの一部か、それとも別の物件か。
1甲が火を放ち、損傷したエレベーターは、マンションの一部か、それともそれとは別の物件か。

2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体が現住建造物でなければならない。

3本件マンションは現住建造物であるが、被告人が火を放ち損傷したのは、エレベータである。エレベーターは、マンション内部を移動するために、住居部分とは別の場所に設置されている。従って、現に住居として使用されている居住部分とは別の物件である。本件マンションは現住建造物であるが、そのエレベーターまでも現住建造物であるということはできないように思われる。

4しかし、エレベーターはマンションの建物に組み込まれ、それをマンションから分離することは容易ではない。従って、エレベーターはマンションと構造的に一体的に存在するので、両者を区別して取り扱うのは妥当ではない。しかも、エレベーターは、マンション内を移動するために設置され、それはマンションの住人の生活に欠かすことができない設備であり、マンションで快適な生活を送るうえで重要な機能を担っている。従って、エレベーターはマンションと機能的に一体的に存在するので、両者を区別して取り扱うのは妥当ではない。

5以上から、被告人が火を放ったエレベーターはマンションの一部であり、そこは現住建造物の一区画であるといえる。

(3)エレベータのコンクリート内壁などを損傷させた行為は焼損にあたるか。
1甲は現住建造物の一部であるエレベーターのコンクリート内壁のモルタルの天井に火を放って、損傷させたが、それは焼損にあたるか。

2現住建造物等放火罪が成立するためには、その客体を焼損していなければならない。

3本件では、マンションと構造的・機能的に一体であるエレベーターのコンクリート内壁のモルタルの天井に火を放って、石綿をはく離、脱落、損傷させるなどした。

4エレベーターのコンクリート内壁やモルタルの天井の石綿がはく離し、脱落、損傷したことによって、エレベーターは一時的であってもマンション内の移動手段として使用することが不可能ないし困難になり、それ本来の設備としての機能を害された。確かに、そのエレベーターは耐火構造をなしており、その損傷はエレベーターの内部にとどまり、それ以外には拡散しない。しかし、炎の拡散の可能性はなくても、内壁の損傷から煙、ガスなど有毒な物質が露出し、エレベーターのかご付近の階に漏れ出る危険性は否定できない。その意味において、コンクリート内壁やモルタルの天井の損傷は、現住建造物の焼損にあたると判断することができる。

5以上から、被告人は本件マンションと構造的・機能的に一体であるエレベーターを焼損したと認定することができる。

(4)以上から、被告人の行為は現住建造物等放火罪(刑法108条)にあたる。


 応用問題
 甲は、自己の所有する工場の建物が競売にかけられそうになっているのを知り、それを防止するため、工場の敷地内にある管理棟Aの宿直室に家具などを運び、従業員に対して交代で寝泊りするようにさせた。

 管理棟Aと作業棟Bの幅は5メートルで、1階が渡り廊下でつながっていたが、作業棟Cとはつながっていなかった。ただし、作業棟BとCは2メートルほど離れているだけで、建物の間には可燃性の資材や燃料などが置かれるのが常態化していた。

 甲は、この作業棟Cが火災にあったと偽装し、火災保険金の騙取を企てた。そして、従業員全員を帰宅させて、作業棟Cに一人で入った。

 作業棟Cの内部は、地階が作業スペース、1階は商品展示室、2階は部・課執務室、3階は会議室からなり、全ての階にエレベータが設置されてあった。甲は、防火設備のスイッチを切り、エレベータのじゅうたんに油のついた新聞紙を置き、それに火をつけて、エレベータのドアを閉め、作業棟Cから出た。しかし、酸素欠乏のため、じゅうたんを少し焦がしただけで、新聞紙の火は消えたものの、じゅうたんから出た有毒ガスが作業棟Cから外部に漏れ、工場付近に悪臭がただよい、後に地域の住民はのどや目の痛みを訴えた。

 解答例
 甲の行為は現住建造物等放火罪にあたるか。
1作業棟Cは現住建造物の一部か。

 管理棟Aと作業棟Bとは渡り廊下でつながっているが、作業棟Cとはつながっていない。ただし、作業棟BとCは隣接し、その間には可燃性の資材や燃料が常に置かれてあった。

 管理棟Aと作業棟B、作業棟Cの構造的関係と機能的関係
 作業棟Cから作業棟Bへ、さらに管理棟Aへの延焼の可能性

2じゅうたんを少し焦がしたことが焼損にあたるか。
 現住建造物等放火罪 不特定または多数の人の生命、身体、財産に対する危険犯(公共危険犯)

 焼損によって、公共の危険の発生が擬制される(みなされる)。
 逆に言えば、公共の危険の発生を認識できるような相当の理由があれば、焼損したといえる。
 たとえ、現住建造物の一部が「少し焦げた」だけであっても、焼損したといえる。

 本件では、エレベーター内のじゅうたんを少し焦がしただけであるので、エレベーターとして利用できる状態にあり、焼損したとはいえないように思われる。しかし、そこから有毒なガスが発生し、近隣住民がのどや目に痛みを覚えるほどの被害が出ている。

 このような状況が発生している以上、じゅうたんを少し焦がしただけであっても、有毒ガスが発生している以上、焼損したと認定することができる。


 応用問題
 甲は、自己の所有する工場の建物が競売にかけられそうになっているのを知り、それを防止するため、工場の駐車場にとめてあった従業員・乙所有の自動車にガソリンをかけて火を放った。自動車は全焼し、数時間のあいだ、十数メートルの火柱をあげて燃え続けた。工場の付近には、病院や小学校などがあり、住宅地もあった。

 駐車場には、従業員・乙の自動車のほかに、他の従業員・丙の自動車が東側に、工場所有の自動車が西側に駐車されてあり、乙の自動車と丙の自動車は5メートル離れ、乙の自動車と工場所有の自動車は3メートル離れていた。その周辺には工場から出たごみがを集積する場所があり、乙の自動車の北側10メートルのところにあった。放火当時、集積場には300キログラムのゴミが置かれてあった。

 放火当時の気候は、空気が乾燥し、また風も強く、南から北に向かって吹いていた。駐車場には、その風のためにゴミが散乱していた。しかし、被告人はそれらの事情を認識していなかった。また、乙の自動車が火柱を上げて燃え上がるとは思っていなかった。

 解答例
1問題の所在について
 被告人・甲は、乙所有の自動車にガソリンをかけて、全焼させた。この自動車は、刑法110条1項が定める「前2条に規定する物以外の物」にあたり、甲はそれにガソリンをかけて全焼させたので、焼損したといえる。では、甲の行為は刑法110条1項のいわゆる「建造物以外放火罪」にあたるか。

2建造物以外放火罪の内容について
 建造物以外放火罪が成立するためには、上記の要件に加えて、「公共の危険の発生」が必要である。これは、本罪の実質であるが不特定または多数の人の生命、身体、財産に対する危険と解されている。

3事実の認定について
 甲は乙の自動車にガソリンをかけ、火柱が十数メートルあがるほどの火勢で全焼させたのであるが、駐車場内には乙の自動車の東側に丙の自動車、西側に工場所有の自動車があり、また北側にはごみ集積場もあった。さらに、付近には病院や小学校、住宅地などもあった。また当時は空気が乾燥し、風の強く、南側がら北側い吹いていた。

4公共の危険の発生の有無について
 以上のような状況を踏まえ、本件において被告人が乙の自動車を焼損した行為から公共の危険が発生したことを認めることができるか。公共の危険とは、不特定または多数の人の生命、身体、財産に対する危険であり、それは乙の自動車の炎が南風にあおられて、ごみ集積場に延焼し、それが付近の病院、小学校、住宅に延焼するおそれがあった場合に認められる。さらに、そのようなおそれがなくても、付近を通行している児童や一般人に熱傷などの危険がおよぶおそれがある場合にも認められると考えられる。
 本件では、駐車場には乙の自動車と工場所有の自動車、ごみ集積場があり、付近には病院、小学校、住宅があり、当時は空気が乾燥し、風邪も強かったが、このような事情を踏まえると、公共の危険の発生を認めることができる。

5結論
 以上から、甲の行為は建造物以外放火罪(刑法110条1項)にあたる。




 放火罪の全体構造

 放火罪(108) 現住建造物等放火罪……………………………………………………抽象的危険犯
    (109①)他人所有非現住建造棟物放火罪………………………………………抽象的危険犯

*行為客体の現住建造物・他人所有非現住建造物を「焼損」することによって、「公共の危険」(不特定または多数の人の生命、身体、財産への危険)の発生が擬制される。
 この「公共の危険」は、「現住建造物・自己所有非現住建造物の焼損」によって発生する(ことが擬制される)。




    (109②)自己所有非現住建造物等放火罪 公共の危険の発生が要件………具体的危険犯

*行為客体の自己所有非現住建造物を「焼損」するだけでなく、「公共の危険」(不特定または多数の人の生命、身体、財産への危険)の発生が要件として必要である。自己所有の非現住建造物は個人の所有物件なので、それには不特定・多数人の生命等の法益が含まれていない。それを焼損し、現住建造物・他人所有非現住建造物へ延焼するおそれがあるときに、公共の危険の発生が認められる。
 この「公共の危険」は、「現住建造物・自己所有非現住建造物への延焼の危険」によって認定される。




    (110①)他人所有の建造物以外放火罪 公共の危険の発生が要件…………具体的危険犯
    (110②)自己所有の建造物以外放火罪 公共の危険の発生が要件…………具体的危険犯

*行為客体の他人所有・自己所有の建造物以外の物を「焼損」するだけでなく、「公共の危険」(不特定または多数の人の生命、身体、財産への危険)の発生が要件として必要である。他人所有・自己所有の建造物以外の物を焼損し、不特定または多数の人の生命等へ危険が及んだときに、公共の危険の発生が認められる。
 この「公共の危険」は、現住建造物・自己所有非現住建造物への延焼の危険がなくても、「不特定または多数の人の生命等へ危険」が及んだときに認定される。




    (111①)刑法109②・110②から108・109①の客体への延焼罪

*本罪の成立にも「公共の危険」が必要であるが、明文で規定されていない。それは、自己所有の非現住建造物や自己所有の建造物以外の物を焼損し、現住建造物・他人所有の非現住建造物へ延焼し、焼損したときに発生する。その「公共の危険」は108条・109条①の「公共の危険」と同じである。




    (111②)刑法110②から刑法110①の客体への延焼罪

*本罪の成立にも「公共の危険」が必要であるが、明文で規定されていない。それは、自己所有の建造物以外の物を焼損し、他人所有の建造物以外の物へ延焼し、焼損したときに発生する。その「公共の危険」は110条①の「公共の危険」と同じである。