Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(15)論述

2021-07-17 | 日記
 第19問B 共同正犯と幇助犯の区別、片面的幇助
 甲と乙は、丙宅でAと話していたが、Aの言動に立腹して、Aに殴るけるの暴行を加えた。丙は、隣室でこの様子をうかがっていた。その後、甲と乙がAを河川敷に連れ出したので、これに同行した。甲と乙は、河川敷で再びAに暴行を加え、ひん死の重傷を負わせ、さらに犯行を隠蔽するため、Aを遺棄して、殺害しようと企てた。
 甲と乙は、Aを遺棄するにあたって、丙にも手伝うよう命じたところ、丙は逆らうのが怖かったため、甲と乙とともにAを人目のつかないところまで引きずって、放置した。その結果、Aはしばらくして死亡した。
 一方、丁は、河川敷の付近で甲らの犯行を目撃したが、以前にお世話になったお礼に、犯行を容易にしようと考え、河川敷付近に近づこうとした通行人に「この先は通れなくなっていた。」と言って、通行人を甲らの犯行現場から遠ざけた。なお、甲らは丁のこの行為をまったく知らなかった。甲、乙、丙および丁の罪責を論ぜよ。
論点 1不真正不作為犯の実行行為性 2共同正犯と幇助犯の区別 3不作為犯への幇助犯 4片面的幇助


(1)甲および乙の罪責
1甲と乙が共同してAに殴る蹴るした行為は、暴行罪の共同正犯にあたる。さらに、Aを河川敷に連れ出して、暴行を加えた行為もまた、傷害罪の共同正犯にあたる。では、その後、殺害する意図でAを放置し、死亡させた行為は、殺人罪の共同正犯にあたるか。
2甲と乙は、Aを遺棄して、死亡させたが、この遺棄とは置去りであり、不作為である。殺人罪は、人を殺すという作為形式で定められているので、作為形式で定められた殺人罪の規定を不作為に適用することができるかが問題になる。
3不作為は、作為のような因果的作用を持ちえないので、それと全く異なる不作為によって殺人という行為を行うことはできない。したがって、殺人罪は、作為による生命侵害に適用されるので、不作為に適用するのは罪刑法定主義に違反すると解することもできる。しかし、不作為によっても作為犯の形式で定められた犯罪を実行することは可能である。生命という法益の存続と維持を保障すべき立場にある者が、一定の作為に出て、法益を保護し、または法益侵害を阻止することが可能で、かつ容易である場合には、そのような者が不作為の態度に出て、法益侵害を回避しなかった場合、その不作為を作為と同視することができる。
4甲と乙は、丙宅および河川敷においてAに暴行を加え、瀕死の重傷を負わせたのであるから、Aを病院に搬送するなどの医療上の措置を講ずる立場にある。また、それは特段に困難であったとはいえない。しかも、甲と乙がAを救護していたならば、Aの生命に対する侵害は、十中八九、回避することができたと考えられる。ゆえに、甲と乙がAを遺棄して死亡させた不作為は、殺人罪が成立する。
5以上から、甲と乙の行為は殺人罪の共同正犯にあたる。丙宅と河川敷での暴行罪の共同正犯は、殺人罪の共同正犯に包括される。


(2)丙の罪責
1丙は、甲と乙がAに暴行を加えて瀕死の重傷を負わせた後、Aをいっしょに人目のつかない場所に連れて行き、放置し、その後、死亡させた。丙は甲と乙がAを死亡させる意図があったことを認識していたと思われるが、丙の行為は殺人罪の共同正犯にあたるか、それとも殺人罪の幇助犯にあたるか。
2共同正犯は、2人以上の者が共同して犯罪を実行することである。それは、構成要件的行為(実行行為)を共同して実行することである。幇助犯とは、正犯の実行を物理的・心理的に援助することである。それは、構成要件該当行為とは異なる行為によって、正犯の犯行を物理的・心理的に容易にすることである。
3丙は、甲と乙に同行して河川敷まで行き、彼らがAに暴行を加え、Aが瀕死の重傷を負ったことを認識している。また、甲と乙に命ぜられてAを人目の少ない場所に引きずって行った時点において、甲と乙にAを死亡させる意図があったことを認識していた。そうすると、丙は甲・乙と共同してAを放置して死亡させたとして、不作為による殺人罪の共同正犯が成立すると解することもできる。しかし、殺人罪の構成要件的行為と共同実行していることだけを理由に、その共同正犯であると評価することは必ずしも妥当ではない。それを自らの犯行として認識して実行する意思、すなわち正犯意思がなければ、殺人罪の共同正犯と評価することはできないと思われる。
4甲・乙はAに対する犯行を隠ぺいするため、Aを殺害することを企てた。丙は、甲・乙からAを人目につかない場所に連れて行くよう命ぜられ、逆らうのが怖くなって、それに従っただけである。このように丙には、Aが死亡することの認識はあったが、丙は自らAを置去りにしたのではなく、甲・乙の企てに協力しただけであるといえる。従って、丙は甲・乙と殺人罪を共同して実行したのではなく、甲・乙の犯行を容易にしただけである。
5以上から、丙の行為は、甲・乙の殺人罪の共同正犯の幇助犯にあたる。


(3)丁の罪責
1甲らの犯行を目撃した丁は、以前お世話になったお礼に、犯行を容易にするために、河川敷に近付こうとした通行人を遠ざけた。この行為は、甲らの殺人罪の共同正犯の幇助にあたるか。
2丁は、河川敷に近付こうとした通行人を遠ざけたが、これによって甲らの犯行が物理的または心理的に容易にされたといるなら、それは幇助にあたる。
3通行人が甲らの犯行を目撃したならば、警察に通報するなどして、犯行の中断は余儀なくされ、それを継続することは困難になっていたといえる。そうすると、丁が通行人を遠ざけたことによって、甲らの犯行は物理的に容易にされたといえる。
4しかし、甲らは丁によって幇助されていることを認識していなかった。このように丁の側から片面的に幇助する場合においても、幇助犯は成立するのか。刑法62条は幇助について、「正犯を幇助した」と規定するだけで、正犯のところで幇助されていることの認識は必ずしも必要であるとはいえない。教唆の場合は、「人を唆して、犯罪を実行させた」と規定し、唆された人が犯行を決意して実行するので、被教唆者のところで教唆されたことの認識が必要であるが、幇助の場合はそれは不要である。正犯の犯行を物理的に促進・援助している限り、正犯がそれを認識していなくても、幇助にあたると解される。
5以上から、丁には甲らの殺人罪の幇助犯が成立する。


(4)結論
 甲・乙には殺人罪の共同正犯(刑60、199)、丙には殺人罪の幇助犯(刑62①、199)、丁にも殺人罪の幇助犯(刑62①、199)が成立する。
 第22問A 間接正犯と共犯との間の錯誤
 私立病院の医師・甲は、折り合いの悪い義理の母・Aが入院してきたので、この機会にAを殺害しようと考えた。同病院では、医師が看護師長に治療計画を指示し、それを受けた看護師長が、各担当の看護師にこれをそのまま伝達して治療するという仕組みが採用されていた。甲は、看護師長乙に、毒入りであることを秘して注射器を渡し、Aに注射するよう指示した。乙は、その当日は気が付かなかったが、長年の経験から毒入りであることに気が付いた。ところが、乙は、日ごろのAのごう慢な態度から、Aに恨みをもっていたため、よい機会だと考え、Aの担当であった新人看護師・Bに事情を秘して、注射器を手渡し、Aに注射するよう指示した。Bは、Aの病室に向かい、乙の指示どおりに注射針をAの腕に刺し、薬剤を注入し始めた。ところが、ちょうど見舞いに来ていたAの夫で医師である丙が、Aの容態が急変したことから、毒入りであることに気付き、慌ててBを突き飛ばし、全治2か月の重傷を負わせた。Aは、すでに致死量に達する毒薬を注入されており、間もなく死亡した。甲、乙および丙の罪責について論ぜよ。
 論点 1看護師長・乙が新米看護師・Bを道具のように利用してAを殺害した間接正犯
2医師・甲が乙を道具のように利用してAを殺害しようと試みたが、乙を教唆して殺人罪を行わせた
3丙がAを守るためにBに傷害を負わせた正当防衛
(1)乙の罪責
1乙は、甲から渡された注射器に毒が入っていることを知りながら、Aを殺害しようと考えて、その注射を新人看護師・Bに渡して、Aに注射させ、死亡させた。この行為は殺人罪にあたるか。
2殺人罪とは、他人の生命を侵害しうる現実的な危険のある行為を行って、人を殺害する行為である。Aの生命を侵害する行為を行ったのは、毒入り注射をAに打ったBである。乙はBに毒入りの注射を渡しただけである。従って、A殺害を行なったのはBであり、乙はBにそれを行わせたにすぎないと考えることもできる。
3では、Bには殺人罪が成立するか。BにはAを殺害する意図はなかったので、故意の殺人罪は成立しない。また、Bは治療計画に従って注射をしただけであり、その際に注射器に毒が入っていることを予見できたかというと、それがあったとはいえない。従って業務上過失致死罪も成立しない。では、乙にBによるA殺人の教唆が成立するかというと、乙はBを唆して殺人を決意させて実行させていないので、殺人の教唆にはあたらない。
4しかし、Bが無罪になるのは妥当であるとしても、乙を不処罰とするのは妥当ではない。乙は、業務上の指示が上から下へと伝達される仕組みを利用して、Bに指示通り殺人を行わせたのであるから、このような事情を踏まえると、乙がBに毒入り注射を渡した行為は、指示通り動くBを「道具」のように利用して間接的にAの生命を侵害した行為であると認定できる。
5以上から、乙には殺人罪の間接正犯が成立する。
(2)甲の罪責
1甲はAを殺害するために乙に毒入り注射を渡したが、乙が毒入り注射であることを知った。つまり、甲は毒入り注射を渡すことによって乙に殺意を生じさせ、Bを介してAを殺害させたといえる。甲は、主観的には乙・Bを道具のように利用して殺人罪の間接正犯を行おうとしたが、乙は毒入り注射であることを知ったために、その計画は中断された。この時点において、殺人罪の実行の着手を認めることができるか。
2犯罪の実行の着手時期は、犯罪の実行行為の開始時点、すなわち法益侵害の現実的な危険性が発生した時点である。本件のように治療計画を上部から現場に伝達して遂行する病院においては、間接正犯の実行の着手時期は、Aの生命に対して現実的な危険性が発生した時点で殺人罪の間接正犯の実行の着手が認められる。それは、毒入り注射をAに行う時点であると思われる。甲が乙に注射器を渡しただけでは、それはまだAには打たれない。乙がBに指示をし、それによってAに注射が打たれるので、Bが注射をする時点において、殺人罪の実行の着手を認めるのが妥当である。そうすると、乙が甲の計画を知ったのは、Bに注射の指示を出す前であったので、甲が乙に注射器を渡した時点では、殺人罪の実行の着手を認めることはできない(被利用者行為標準説)。従って、甲の行為はそれ自体として殺人未遂にはあたらず、殺人予備罪が成立するにとどまる。
3さらに、乙は、甲の殺人の計画を知り、Aを殺害する故意を生じて、Bを介してA殺人を実行した。甲は、主観的には乙・Bを道具のように利用して殺人罪の間接正犯を行うつもりであったが、客観的には乙に対してBを介した殺人罪の教唆したといえる。このような錯誤がある場合には、主観的に意図された殺人罪の間接正犯の構成要件と、客観的に実現された殺人罪の教唆類型の重なる範囲において、殺人罪の教唆が成立すると解される(法定的符合説)。乙・Bを道具のように利用して殺人罪を実行する殺人罪の間接正犯と、乙をそそのかしてBを介して殺人罪を実行させるという殺人罪の教唆との間には、人に殺人罪を実行させるという教唆の範囲において構成要件の重なり合いが認められると言うこともできそうである。
4殺人罪の教唆の範囲で構成要件の重なり合いが認められるためには、主観的に認識された重い罪の構成要件のなかに、客観的に行われた軽い罪の構成要件が包摂され、重なっていることを論証しなければならない。甲が行おうとした殺人罪の間接正犯は、「殺意のない乙を道具のように利用して、Bを介してAを殺害させる行為」であり、実際に行った殺人罪の教唆は、「乙に殺意を生じさせて、Bを介してAを殺害させる行為」である。この2つの犯罪は、乙に殺意があるか、ないか点において異なっており、構成要件の重なり合いはないが、乙にBを介してAを殺害させるという行為の点においては同じであり、構成要件の重なりを認めることができる。したがって、甲は、乙にBを介してA殺人を行わせたとして、殺人罪の教唆(正確には殺人罪の間接教唆)が成立する。
5以上から、甲には殺人罪の教唆が成立する。
(3)丙の罪責
1丙はBを突き飛ばして、全治2か月の傷を負わせた。この行為は傷害罪の構成要件に該当する。
2しかし、丙はBが毒入り注射をしたことを知り、注射を止めさせ、Aの生命の防衛するために行った。
3BによるAへの毒入り注射は、Aの生命に対する急迫不正の侵害にあたり、丙はAの生命を防衛するためにやむを得ず行ったので、Bを突き飛ばす程度の行為は必要かつ相当であったといえる。
4従って、丙の行為には正当防衛が成立する。
5丙には傷害罪は成立しない。
(4)結論
 乙には、Bを利用した殺人罪の間接正犯(刑199)が成立する。
 甲には、乙にBを介してAを殺害させた殺人罪の教唆(刑61、199)が成立する。
 丙は傷害罪の構成要件該当行為を行っているが、正当防衛にあたり、無罪である。