Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

起訴されなかった余罪の罪数関係とそれが量刑事情に及ぼす影響

2018-03-21 | 旅行
 起訴されなかった余罪の罪数関係とそれが量刑事情に及ぼす影響

 【事実の概要】
 本件の公訴事実の要旨は、以下のとおりである。
 被告人は、平成23年12月29日午前4時38分頃、埼玉県某町所在の2名が現に住居に使用し、かつ同人らが現にいる居宅に延焼し得ることを認識しながら、同居宅に隣接した作業場建物の軒下に積み上げられていた段ボールにライターで着火して火を放ち、その火を同居宅に燃え移らせて全焼させた。
 第1審判決は、公訴事実記載のとおりの事実を認定し、量刑事情として、同居宅に居住していた2名が逃げ切れず一酸化炭素中毒により死亡したことをも考慮し、被告人を懲役13年に処した。
 原判決は、第1審判決が、刑の量定に当たり、放火行為から人の死亡結果が生じたことを被告人に不利益に考慮したことは、それ自体不当なところはなく、余罪処罰にあたるようなものでもないなどとして、これを是認した。
これに対して弁護人は、現住建造物等放火罪の訴因にも罪となるべき事実にも記載されていない死亡の結果を量刑上考慮したことは、不告不理の原則に反する旨主張して、上告した。
[最3小決平成29・12・19裁判所HP(上告棄却・有罪)]

 【争点】
 起訴されなかった余罪の罪数関係とそれが量刑事情に及ぼす影響について。

 【裁判所の判断】
 放火罪は、火力によって不特定または多数の者の生命、身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり、人の死傷結果は、それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの、上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。とりわけ現住建造物等放火罪においては、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を客体とするものであるから、類型的に人が死傷する結果が発生する相当程度の蓋然性があるといえるところ、その法定刑が死刑を含む重いものとされており、上記危険が現実に人が死傷する結果として生じた場合について、他により重く処罰する特別な類型が設けられていないことからすれば、同罪の量刑において、かかる人の死傷結果を考慮することは、法律に当然に予定されているものと解される。したがって、現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を、その法定刑の枠内で、量刑上考慮することは許される。

 【解説】
 被告人は、段ボールに火を放ち、その火を同居宅に燃え移らせて焼損し、被害者2名を死亡させた。前者には現住建造物等放火罪(刑108①)が、後者には過失致死罪(刑210・211)または殺人罪(刑199)が成立し得るが、検察官は、本件の事案につき現住建造物等放火罪のみで起訴したため、第1審判決の「法令の適用」には過失致死罪や殺人罪は掲げられず、「罪となるべき事実」にも死亡結果は記載されなかった。しかし、量刑理由において被害者の死亡結果に言及したため、被告人側は、被害者が死亡した事実は訴因となっていないにもかかわらず、それを量刑事情として考慮したことは、余罪に関する事実を実質的に処罰したに等しいと主張して控訴した。原審は、現住建造物等放火罪は放火行為から人の死傷の結果が生じた場合、それを同罪の法定刑の枠内で評価・量刑することを予定し、さらに被害者が死亡した事実について立証する旨を公判前整理手続において表明し、その事実に関する調査報告書も弁護人の同意書面として取調べられているので、不意打ちにはなっていないと判示して、第1審判決を是認した。弁護人は不告不理の原則に反するとして上告したが、本決定は棄却する決定をした。
起訴されなかった過失致死罪(故意が認定されれば殺人罪)の結果を放火罪の量刑事情として考慮することはできるか。放火行為と死亡結果の因果関係や予見可能性(または予見)が立証されていれば、量刑事情とすることも許されよう。検察官は起訴前にその立証を主張したが、公判では検討しなかった。本決定は、因果関係があることを前提にして、予見可能性を問題にすることなく量刑事情として考慮したが、本決定がこのように判断したのは、本件の事案では過失致死罪は放火罪とは別に成立せず、放火罪に吸収されると解する「本来的一罪説」に立っているからであろう。その根拠として、人の死傷結果が発生する蓋然性や死刑を含む法定刑の高さが理由として挙げられているが、因果関係があれば、予見可能性を要しないというのは、現住建造物等放火罪の規定の中に「致死傷罪」の加重類型を読み込むことに他ならない。これに対して、死亡結果につき故意がある場合は放火罪と殺人罪は観念的競合になるので、過失致死罪の場合も同様に解する「観念的競合説」からは、死亡結果は起訴されなかった過失致死罪の結果であり、それを量刑事情とするには、因果関係、その予見可能性の立証が必要である。いずれにせよ、公判における立証なしに量刑事情とすることはできない。