Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(07)論述

2021-05-24 | 日記
 第13問B 違法性(法律)の錯誤
 甲は、女性の裸身等を撮影したわいせつなビデオを保有していたところ、友人の乙から、それを不特定多数人に観覧させるために貸与してほしい旨依頼された。そこで、甲は、知人の弁護士に相談したところ、問題ないと言われたことから、違法ではないと考え、乙に当該ビデオを貸与した。その後、乙は丙に当該ビデオを貸与し、丙は当該ビデオを丁ほか十数名に観覧させた。
 甲の罪責について論ぜよ。(問題では、乙・丙の罪責は問われていないが、それを踏まえます)
 論点 1わいせつ物陳列罪の正犯と幇助犯 2間接幇助 3幇助における具体的事実の錯誤(方法の錯誤)
 4規範規範的構成要件要素の錯誤は事実の錯誤か、それとも事実の錯誤はなく、違法性の錯誤なのか?
 答案構成 丙は当該ビデオを丁ら十数名に観覧させた。丙はわいせつ物陳列罪の正犯である。乙は丙に当該ビデオを貸与した。その幇助犯にあたる。甲は乙が当該ビデオを観覧するというので乙に貸与し幇助したたつもりであったが、丙を幇助していた。また、当該ビデオはわいせつ物でないと言われ、わいせつ物の認識はなかった。
(1)丙と乙の罪責
1丙は、乙から借りた女性の裸身などを撮影したわいせつビデオを丁ほか十数名に観覧させた。この行為は、わいせつ物陳列罪にあたるか。
2わいせつ物公然陳列罪(刑175)とは、通常人の性的欲望や好奇心をいたずらにかき立てるような物を公然と、つまり不特定または多数人に認識できるようにする行為である。丙が丁ら十数名に当該ビデオを観覧させた行為は、公然とわいせつ物を陳列させた行為にあたるか。また、そのビデオを貸与した乙はその幇助にあたるか。
3丙が乙から貸与された当該ビデオには女性の裸体などの映像が撮影されていた。丙はそれを知っていた。このようなビデオがわいせつ物にあたるか。また、丙や乙にこのビデオがわいせつ物であるとの認識はあったか。前提として当該ビデオはわいせつ物に該当するが、わいせつ物のわいせつ性は、法律学の専門的・規範的な概念であり、その故意の内容としては、素人的な意味的認識で足り、専門家的な概念的認識を要しない。
4丙は、丁ら十数名にこのビデオを観覧させたのであるから、公然とわいせつ物を陳列したといえる。また、その認識もあったといえる。さらに、乙は自分自身が不特定・多数人に観覧させるつもりで甲からビデオを借り、それを丙に貸与したが、丙が誰かと(丁ら十数人と特定できなくても)観覧することを認識していたといえるので、乙にはわいせつ物陳列罪の幇助が成立する。
5以上から、丙はわいせつ物公然陳列罪、乙はその幇助犯が成立する。
(2)甲の罪責
1甲は、乙から不特定多数人と観覧するために当該ビデオを貸してほしいと依頼された。そこで当該ビデオがわいせつな物でないか否かを知人の弁護士に相談し、問題ないと言われたので、違法ではないと思い、乙に当該ビデオを貸した。しかし、乙はその当該ビデオを丙に貸与し、丙がそれを丁ら十数名に観覧させた。丁の行為は、上記の論証のとおり、わいせつ物陳列罪に該当する。つまり、甲は乙を幇助する認識で、丙を幇助していた。この場合、甲は丙のわいせつ物陳列罪を直接幇助したわけではないが、乙を介して間接的に幇助したといえるか(間接幇助)。あるいは、間接的に幇助したといえない場合でも、甲を丙のわいせつ物陳列罪の幇助に問えるか。
2甲は乙がわいせつ物陳列をすると認識し、乙を幇助する認識でビデオを貸与した。甲には、丙を幇助する認識はなかった。このように乙を幇助したつもりが、乙を介して丙を幇助した場合、どのように扱われるのか。
 刑法では、共犯は教唆犯と幇助犯の2種類を類型化している。教唆は、たとえばBがCを唆して犯罪を実行させた場合に成立するが(直接教唆と呼んでおく)、そのBの背後にAが存在し、AがBを教唆した場合でも、AはBを教唆することによって、間接的にCを教唆して犯罪を実行させたと認定される。これを間接教唆という(刑61②)。幇助犯については、このような間接教唆に対応する間接幇助の規定はない。したがって、乙が丙のわいせつ物陳列罪を幇助し、その乙を甲が幇助した場合に、甲が乙を介してを丙を幇助したといえても、甲を丙の間接幇助として処罰することはできない。
 丙が乙から貸与された当該ビデオは、甲が乙に貸与したものであった。甲の貸与がなかったならば、丙のわいせつ物陳列行為は行いえなかったといえる。その限りでいえば、甲の行為は丙に対して極めて重要な影響を持っていたことは明らかである。このような場合に限って、甲に丙に対する間接幇助を認めるべきとする見解もありえよう。しかし、間接幇助を処罰する明文規定がないのに、それを処罰することは認められない。
3しかし、たとえ間接幇助として扱うことができなくても、甲は乙のわいせつ物陳列罪を幇助する故意で、丙のわいせつ物陳列罪を幇助したとして、幇助犯という同一の共犯類型の範囲内における方法の錯誤の問題として捉え直すことができる。甲は、幇助の対象として認識していた乙(人)を幇助しようとして、実際には丙(人)を幇助したので、これは錯誤である。つまり、同一の幇助類型の内部における具体的事実の錯誤であり、方法の錯誤である。法定的符合説を援用すると、乙という人を幇助する意思に基づいて、丙という人を幇助したので、丙という人に対する幇助の故意が阻却されない。甲の行為を通常の幇助として扱うことができる。
4ただし、甲は乙にビデオを貸す前に、知人の弁護士に相談し、問題ないと言われたことから、違法ではないと考えた。つまり、甲は乙に貸したビデオは「わいせつ物」ではない、違法ではないと考えていた。このような場合、上記のとおり甲の行為が丙のわいせつ物陳列罪の幇助にあたるとしても、「わいせつ物」の認識があったといえるか。その故意があるといえるか。
 わいせつ物陳列罪やその幇助の故意の成立には、陳列される当該ビデオがわいせつ物であることの認識が必要であるが、その認識としては、わいせつ性の概念に関する専門的な法学的な認識は必要ではなく、わいせつ性の意味に関する素人的な一般人の認識で足りる。甲は、当該ビデオのなかに女性の裸身などが映し出されている事実を認識していたのであるが、それは一般的な通常人であれば性的好奇心を抱くような物であるという認識(意味の認識)があったといえる。そうすると、甲にはわいせつ物の認識があったということができる。
 甲は弁護士に相談をし、問題ないとアドバイスを受けたので、違法ではないと錯誤したが、確立した判例や行政官庁の公式の見解などを参照すれば、当該ビデオがわいせつ物にあたると認識しえたと思われる。従って、違法性の意識がなかったからといって、幇助の故意がなかったとすることはできない。
5甲には丙のわいせつ物陳列罪の幇助が成立する。
(3)結論
 丙にはわいせつ物陳列罪(刑175①前段)が成立する。乙・甲には丙のわいせつ物陳列罪の幇助(刑62①、刑175①前段)が成立する。