Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2018年度刑法Ⅰ(第12回)論文問題(016、021)

2018-06-19 | 日記
 第16問B 共同正犯と正当防衛
 甲は、日頃から不仲であったAを殺害しようと決意し、Aを痛めつけるよう乙を強く説得して、ナイフを持たせて一緒にタクシーでA宅へ向かった。甲は、Aが乙に襲いかかってくるであろうと思い、乙の行為によりAが死亡すれば好都合だと考え、タクシー内で乙に対して「やられたらナイフを使え」と指示するなどし、A宅夫君に到着後、乙をA宅の玄関付近に行かせ、少し離れた場所で待機していた。乙は、Aに対してみずから進んで暴行をするつもりはなかったが、対応に出たAがいきなり金属バットで殴りかかってきたため、Aの攻撃を防ぐため、とっさにナイフを取り出し、Aに重傷を負わせてもやむを得ないと思いつつ、Aの 行為を阻止しようとナイフを突き出したところ、たまたまナイフが急所に刺さったため、Aは死亡した。
 甲および乙の罪責を論ぜよ。

 論点 1共謀共同正犯 2共同正犯内の錯誤 3共同正犯と正当防衛

 伊藤塾による答案構成
(1)乙の罪責について
1乙はAにナイフを突き出したところ、たまたまナイフが急所に刺さったため、Aは死亡した。乙の行為は傷害致死罪にあたるか。それとも、正当防衛ゆえに違法性が阻却されるか。

2人に対して故意に暴行または傷害を加え、よって死亡させた場合、傷害致死罪にあたる。

3ただし、急迫不正の侵害から自己または他人の権利を防衛するためやむを得ずにした行為は、正当防衛として違法性が阻却され、処罰されない。

4乙の行為は傷害致死罪の構成要件に該当する。ただし、乙は 自ら進ん でAに暴行を加える意思はなく、対応に出たAがいきなり金属バットで殴りかかってきたため、Aの攻撃を防ぐために、とっさにナイフを取り出し、Aに重傷を負わせても止むを得ないと思いつつ、Aを刺し、死亡させたのであるから、Aによる急迫不正の侵害から、自己の生命または身体を防衛するためやむを得ずに行った行為であるといえる。金属バットで殴りかかってきた行為から自己を守るために重傷を負わせても止むを得ないという攻撃的な意思が認められるが、それでも防衛の意思に基づいていたということができる。結果的にAを死亡させたとはいえ、金属バットによる攻撃に対する防衛行為としては相当であったといえる。

5以上から、乙の行為は傷害致死罪の構成要件に該当するが、正当 防衛ゆえに違法性が阻却される。

(2)甲の罪責について
1甲はAを殺害することを決意し、乙にAを痛めつけるよう説得して、ナイフを持たせた。タクシーでA宅に向かう途中、Aが乙に襲い掛かってくるであることを予想しながら、その場合に乙の行為によってAが死亡すれば好都合だと考え、乙に「やられたらナイフを使え」と指示した。乙はAを殺害した。甲にA殺害の共謀共同正犯が成立するか。
2 2人以上の者が特定の犯罪の実行を共謀し、そのうちの者が共謀にかかる犯罪を実行した場合、共謀にだけ関与した者にも共同正犯が成立する。これを共謀共同正犯という。共謀にしか関与していなくても、他の共同正犯者の行為を利用して共謀にかかる犯罪を実現した以上、共同正犯の成立が認めら れている。

3では、甲と乙はいつの時点において殺人罪を共謀したか。甲は乙に対して当初は痛めつけるよう説得しただけであったが、タクシー内で乙の行為によってAが死亡したら好都合だと考えて、乙に「やられたらナイフを使え」と指示した。甲は乙にナイフを持たせ、さらに殺人をするよう指示している。これは乙に乙自身の行為として殺人を指示しているのではなく、むしろ甲自身のために乙に殺人を指示しているといえるので、たんなる殺人の教唆ではなく、殺人の共謀であるといえる。
4しかし、甲には殺意があったが、乙には進んで暴行するつもりはなかった。つまり、甲には殺人罪の故意があったが、乙には傷害の故意しかなかった。このような場合でも両者は共同正犯の関係にあるのか 。このような場合、甲が実現しようとした犯罪と乙が実現した犯罪の構成要件が重なる範囲で共同正犯が成立する。つまり、傷害致死罪の範囲において共同正犯が成立し、さらに殺意のあった甲については殺人罪の単独正犯が成立する。甲の傷害致死罪と殺人罪は1個の共謀行為によって実現されているので、観念的競合の関係に立つ(いわゆる部分的犯罪共同説からの論証)。

 さらに、乙は正当防衛にあたり、その傷害致死罪の違法性が阻却されるが、その効果は甲の殺人罪にも及ぶのか。乙の行為はAの急迫不正の侵害がら自己の生命を防衛するためのやむを得ない行為であったといえるが、甲はAが乙に襲い掛かってくることを予期しながら、乙の行為によってAが死亡れば好都合だと考えていたのであるから、この甲には乙による積極的な加害を期待する意思があったといえる。そうすると、Aの侵害は、甲との関係においては急迫性が否定される。共同正犯者の間における正当防衛は、積極的加害意思や防衛の石の有無におよって個別的に決定され、その違法性阻却の可否も個別的・相対的に決まると考えられるので、乙に正当防衛が成立しても、甲の正当防衛 は否定されると解しても、問題はない。
5以上から、甲には殺人罪が成立する。

(3)結論
 甲と乙には傷害致死罪の共同正犯が成立し(刑60、205)、甲は人罪の単独正犯(刑199)が成立する。
 甲の傷害致死罪の共同正犯と殺人罪の単独正犯は、観念的競合の関係に立つ(刑54①前段)。
 乙の傷害致死罪は正当防衛(刑36)ゆえに違法性が阻却される。
 甲の殺人罪には正当防衛は成立しない。



 第21問A 共犯関係からの離脱②
 暴力団組員甲は、同じ組の仲間である乙から「知り合いのAを殺したい。俺1人でやるが、心細いので協力してくれ。」と依頼された。甲は、最初は断っていたが、乙の執ような説得に根負けし、「手伝うだけならいい。」と述べ、これを承諾した。甲は、犯罪行為時の物音が外が漏れないように、乙が犯行現場として計画していた乙の自宅地下室の出入り口である戸の周囲に目張りをしたうえで、同地下室で待機していた。乙は、いざAを自宅の地下室に招きいれる段になると、地下室が汚れるのが嫌になり、その計画を変更して、訪ねてきたAを野外に連れ出して殺害した。

 後日、乙は、「知り合いのBを殺害したい。今度 は俺1人 では無理そうだから、一緒にやってほしい。」と甲に申し向けた。甲は、Bに恨みを持っていたので、乗り気になり、これを承諾した。甲および乙は、Bを巧みに誘い出し、乙の自家用車にBを乗せ、山林にたどりついた。乙は、甲にBを羽交い絞めにさせたうえで、Bを金属バットで殴打し始めた。甲は、そのせい惨な様子に驚き、にわかに恐怖心をもよおし、「それ以上はやめろ。」と乙に申し向け、Bに向かって「大丈夫か。」などと問いかけた。乙は、その態度に腹を立て、甲と口論となり、格闘の末、甲を殴打して失神さしめた。その後、乙は、甲を放置したまま、Bをさらに殴打し、ぐったりしたのを見届けて、現場を立ち去った。Bは、一連の暴行が原因で死亡したが、死因となった傷害が、甲の失神 の前後のいずれの暴行によるものかは不明である。
 甲および乙の罪責を論ぜよ。

 論点
 1幇助の因果性
 2共犯関係からの離脱(着手後の離脱)

 伊藤塾による答案構成

(1)乙の罪責について
1乙はAを殺害した行為は殺人罪にあたる。また、乙がBを殺害した行為は殺人罪にあたり、それは甲との間で共同正犯が成立する。また、乙が甲と各党の末、殴打して失神させた行為は傷害罪にあたる。これら3つの犯罪は、併合罪の関係に立つ。

(2)甲の罪責について
1甲は乙がAを殺害することに協力することを承諾し、乙が犯行に使用することを計画していた乙の自宅地下室から殺害行為時の音が漏れないようにするために、目張りしてそこで大気した。乙はその後計画を変更を、Aを屋外で殺害した。甲の行為は乙の殺人罪の幇助にあたるか。

2幇助とは、犯罪の実行の決意を心理的に強化し、またはその実行を物理的に援助・促進することである。

 乙は当初の計画を変更し、Aを野外で殺害したので、甲が乙の自宅地下室から音が漏れないよう目張りした行為は、乙の殺人行為を促進する効果は持っていない。したがって、甲の行為は乙の殺人行為を物理的に幇助したということはできない。しかし、甲は乙から「心細いので、協力してくれ」と説得され、「手伝うだけならいい」と返事している。これによって、乙は甲から心理的な援助を受けて、殺人を実行する決意を強化したということができる。そうすると、甲は乙の殺人罪を心理的に援助したということができる。

3また、甲は乙がBを金属バットで殴打したのを見て、恐怖心をもよおし、「それ以上はやめろ」と申し向け、その後、失神させられた。これによって甲・乙の殺人罪の共犯関係が解消され、甲の共犯からの離脱が認められるならば、死因が甲の失神の前後いずれの暴行によるかは明らかでない以上、甲は乙と殺人未遂の共同正犯が成立するにとどまる。その後の単独の暴行を行った乙にはさらに殺人既遂罪の単独正犯が成立する。

4では、甲は乙との共同正犯から離脱したと認めうるか。甲がBを羽交い絞めにし、乙が金属バットでBを殴打した時点で、殺人罪の実行の着手が認められる。実行の着手後に共犯からの離脱が認められるのは、他の共犯者に離脱の意思を表示し、その了承を得るだけでなく、他の共犯者が犯行を継続するおそれがある場合には、それを防止しなければならない。

 甲はBを殺害することを承諾し、羽交い絞めにするなどして物理的に殺人に関与したので、乙との間に殺人を継続する物理的・心理的な効果が形成された。甲が「それ以上やめろ」と申し向けたことで、離脱の申し入れがあったと認定しえても、乙はそれに腹を立てたのであるから、その態度をもって離脱の承諾を認めたとしても、殺人の継続のおそれは残っており、それを消滅させなければ、離脱は認められない。甲は乙の犯行の継続を阻止することなく、殴打され失神した。従って、甲には防止行為は認められない。

5以上により、甲・乙にはBに対する殺人罪の共同正犯が成立する。

(3)結論
 甲にはAに対する殺人罪の幇助犯が成立し(刑62①、199)、乙との間でBに対する殺人罪の共同正犯が成立する(刑60、199)。これらの罪は併合罪の関係に立つ(刑45①前)。)

 乙には、Aに対する殺人罪(199)が成立し、甲との間でBに対する殺人罪の共同正犯が成立する(刑60、199)。これらの罪は併合罪の関係に立つ(刑45①前)。