Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法によるナチの過去の克服はいかに頓挫したのか(2)

2024-03-03 | 旅行
 刑法によるナチの過去の克服はいかに頓挫したのか

 一 1944年7月20日の死刑囚
 二 死刑囚の息子のその後
 三 刑法と国家社会主義
 (1)謀殺罪と故殺罪 ― 1941年までの刑法規定
 (2)謀殺罪と故殺罪 ― 1941年以降の刑法規定
  ①謀殺罪の行為類型から謀殺者罪の行為者類型へ
  ②真正身分犯と不真正身分犯
  ③真正身分犯の共犯
  ④1968年秩序違反法施行法による刑法の一部改正
 (3)謀殺罪改正の背景
 四 2019年2月 ハノーファー
 五 結び

 三 刑法と国家社会主義
 ヨアヒム・ペレルスは、多くの著作と論稿を公表している。その代表作などを読んで、ここで紹介することは、ドイツの刑法史しか研究していない私の能力を超える。しかし、フリッツ・バウアー研究所の機関紙「ニューズレター」第28号(2006年)に掲載された「過去の克服という神話 ―― ヒトラーの犯罪を法的に克服する作業は頓挫した。それどころかナチの法の論理に屈服さえした」8)は、戦後ドイツにおけるナチの過去の克服の実相を知る上で非常に興味深い。
 1933年から1945年までのナチが行った共産主義者・社会民主主義者への政治弾圧、障害者の安楽死、ポーランド人・ユダヤ人への不妊措置、強制収容所におけるガス殺など、政敵、社会的弱者、異民族・異宗教徒・異人種への迫害の大部分は謀殺罪に該当する。それを発案、立案、計画、指令をしたのは、ヒトラーなどナチ党の指導部であり、現場においてヒトラーの指令を受けて、忠実に、その手足となって実行したのは、下級官僚や強制収容所の所長など現場責任者たちである。刑法理論的には、謀殺罪を実行した「正犯(正に犯した)」はヒトラーたちであり、現場において直接手がけた責任者らは、ヒトラーたちの殺人罪を援助した「幇助犯」にあたると解される。ヒトラーは降服前に自殺し、ナチ党の数人はニュルンベルク国際軍事裁判において「戦争犯罪」などを行ったことを理由に死刑の判決を受けた。それ以外の高級官僚、企業家、医師、法律家などは、アメリカ占領地区では、国際軍事裁判の継続裁判において同様に裁かれた。残りの被疑者の多くは、連邦共和国成立後、ドイツの国内刑法によって謀殺罪の幇助犯として裁かれた。
 しかし、1968年5月24日の秩序違反法施行法の制定とそれに伴う刑法の一部改正によって、謀殺罪の幇助犯の刑を必要的に減軽する措置がとられたため、幇助犯の一部の被疑者・被告人の公訴時効がすでに完成していたことになり、その結果、多くの裁判や捜査が打切られた。ペレルスは、この刑法改正を「裏口恩赦」と糾弾し、それによる裁判手続の打切りを「頓挫」と批判した。では、いかにして「頓挫」したのか。何が、誰が「頓挫」させたのか。ペレルスは、その論稿において、刑法改正による公訴時効完成の法的メカニズムを暴露している。その専門的な説明を理解するためには、その前提であるドイツ刑法史を振り返る必要がある。


 (1)謀殺罪と故殺罪 ―― 1941年までの刑法規定
 ドイツ刑法は、一般には「殺人罪」と呼ばれる罪を謀殺罪と故殺罪の2種類に区別して規定している。それは1871年刑法制定から今日まで一貫しているが、1871年制定の元の規定がナチ時代に改正された。1941年をはさんで2種類の規定があるので、まず1871年から1941年まで妥当していた規定を説明しておく。それは、次のような条文であった9)。


・刑法211条(謀殺罪)
 故意に人を殺した者は、殺人を熟慮して(mit Überlegung)実行した時は、謀殺罪とし、死刑をもって罰する。
・刑法212条(故殺罪)
 故意に人を殺した者は、殺人を熟慮することなく(nicht mit Überlegung)実行した時は、故殺罪とし、5年を下回らない懲役刑をもって罰する。


 211条の謀殺罪も212条の故殺罪も、それは行為者自身が行った場合の規定、つまり正犯の規定である。例えば、ヒトラーたちは、ユダヤ人をガス殺することを立案、計画、指令した。それは謀殺罪の正犯である。彼らには死刑が科される。では、それを知りつつ、ガス噴射ボタンを押すなどの行為によって援助した現場責任者らは、どうなるか。それは謀殺罪の幇助犯にあたる。正犯に協力した幇助犯については、次のような「幇助犯」の一般規定があった。それは次のように規定されていた。


・刑法49条(幇助犯・その処断刑・任意的減刑)
 ①正犯が重罪又は軽罪として刑を科せられる行為を犯すのを知りつつ、助言又は行為によって援助した者は、幇助犯として処罰する。
 ②幇助犯の刑は、幇助犯が知りつつ援助した行為に適用される法律によって定められる。但し、未遂の処罰に関して定められた原則に従って減軽することができる。
・刑法44条(未遂に対する量刑)
 ①重罪又は軽罪の未遂は、既遂よりも軽く処罰することができる。


 現場責任者は、ヒトラーが指令したガス殺を知りつつ援助したので、謀殺罪の幇助犯にあたり、彼には謀殺罪に適用されるのと同じ死刑が科される。それを減軽することができ(同2項)、減軽する場合には、未遂犯の減軽を定めた規定が準用される(同3項)。死刑が減軽されると、それよりも軽い刑、つまり5年以上の有期懲役刑になる(44条)。しかし、強制収容所の元所長や看守はヒトラーの指令を知りつつ行ったので、その刑が減軽されるとは考えにくい10)。


 (2)謀殺罪と故殺罪 ―― 1941年以降の刑法規定
 謀殺罪と故殺罪の規定は、1941年の9月4日に改正された11)。
 1941年9月以前の謀殺罪と故殺罪は、「人を殺す」という外的に行われた行為の外形的・客観的な事実において、そしてその事実の認識という行為者の内面的・主観的な事実において共通しているが、その実行を決意するまでの過程において「熟慮」したか否かによって区別された。計画的に、用意周到に人を殺したことが証拠によって裏付けられれば、謀殺罪として扱われる。激高して、あるいは突発的に行われた熟慮のない場合と比較すると、熟慮に基づく行為がもたらす生命の侵害の危険性は大きく、死亡に至る確率も高い。また、行為者の人命尊重の規範意識の程度は甚だ低く、法的な非難可能性も強い。それに対する国民感情も厳しい。このように謀殺罪と故殺罪の「熟慮」による区別は明確であり、法適用の基準として一定の合理性があったといえる。その規定は、1941年9月4日に次のように改正された。


・刑法211条(謀殺罪)
 ①謀殺者は死刑をもって罰する。
 ②謀殺者とは、
 殺人嗜好から、性欲の満足のために、物慾から、又はその他の下劣な動機から、
 背信的に、又は残酷に、又は公共に危険を生ずべき方法を用いて、又は
 他の犯罪を可能にし、若しくは隠蔽するために、
 人を殺す者である。
・刑法212条(故殺罪)
 ①謀殺者となることなくして、故意に人を殺した者は、故殺者として5年を下回らない重懲役をもって罰する。
 ②特に重い場合には、無期の重懲役が宣告せられる。


 改正された211条の規定は、法解釈学に馴染みのある人でも分かりづらいので、それを分かり易く解説する。


 ①謀殺罪の行為類型から謀殺者罪の行為者類型へ
 第1は、刑法211条が「謀殺罪」から「謀殺者罪」に変更されたことである。同条の条文には「謀殺罪」と表記されているが、条文をよく読めば分かるように、処罰されるのは「謀殺者」である(故殺罪の場合も処罰されるのは故殺者である)。謀殺罪に該当するのか、それとも故殺罪に該当するのかを判断するためには、改正以前では、行為者が「熟慮して人を殺した者」であるかどうかが重要であった。つまり、行為者が「謀殺罪という行為類型」に該当する行為を行ったかどうかが問題であった、現在は行為者が「謀殺者」であるかどうか、「謀殺者という行為者類型」に該当する人間であるかどうかが問題になる。ここには大きな違いがある。
 人は何かの事情から罪を犯すことがある。場合によっては人を殺めることもある。金銭トラブルや怨恨などから、用意周到にあるいは突発的に行ってしまう。それゆえ、1941年までは、「熟慮」の有無によって謀殺罪と故殺罪を区別してきた。しかし、1941年以降は「謀殺者」であるか否かによって区別されることになった。「謀殺者」と言われても、どのような人物を指すのか、ピンとこない。映画や小説などで、「殺し屋」、「殺人鬼」という言葉を見聞きすることがあるが、それによって置き換えることもできるが、それでも「謀殺者」とはいったい何者なのかか。定義することは難しい。
 刑法では、謀殺者を特定するメルクマールとして、「殺人嗜好」、「性欲充足」、「物慾満足」、「下劣な動機」などの要件を設けている。「殺人嗜好」とは、人を殺すことに快楽を覚える猟奇的快楽殺人者を指す。「性欲充足」とは、被害者(その多くは女性)を殺さなければ性欲を満たせない性的快楽殺人者を指す。「物慾満足」とは、人を殺してでも物欲を満たしたいと考える強欲的物欲殺人者を指す。「下劣な動機」とは、品性や人格・性格が下劣であり、そのような動機が殺人行為において表出されている行為者、品性下劣殺人者である。このような「謀殺者」は、映画や小説などにおいて見たり読んだりすることはあっても、リアルな世界ではその例が豊富にあるとはいえない。ただし、「殺人嗜好」、「性欲充足」、「物慾満足」を法的・規範的要件として置き直せば、謀殺行為の方法・態様、侵害対象の性別や年齢、付随する被害物の種類・価額などに基づいて「謀殺者」の概念を限定的に認定することはできる。しかし、それに対して「下劣な動機」は概括的な概念であるため、限定することは容易ではない。ただし、それを謀殺行為の背景にある政治的差別意識、宗教的嫌悪感、人種・民族的憎悪感情などに置き直すことができるならば、このような心情的傾向の表出の有無に基づいて「謀殺者」の概念を認定できそうである12)。
 謀殺罪が「謀殺」の行為類型から「謀殺者」の行為者類型へと変化したのは、様々な犯罪現象の大量観察に基づく犯罪学(犯罪人類学)の科学的成果であると評価されることもある。しかし、より重大なのは、行為者類型論の基礎にある認識方法の特徴にあるように思われる。その方法の特徴は、人間行為を客観的で外形的な行為と主観的で内的な意思という二側面に分析して、それを総合することによって人間行為の意味を全体的に把握するのではなく、行為者の嗜好、性癖、欲望、品性・人格・性格などの深層の心情を対象に本質直感的・一元的に把握するというものである。人間の行為を客観面・主観面へ分析し、それを総合する認識方法が合理的であるとするならば、行為者の心情の深層に侵入する「行為者類型論」の本質直観的な認識方法は非合理という他ない。
 刑法学の講義では教室の事例として殺人罪の事案を引き合いに出すことが多いが、ドイツでは初学者は、このような複雑な謀殺者をイメージできるように努めめねばならない。


 ②真正身分犯と不真正身分犯
 第2は、このように改正された謀殺罪を刑法理論では「身分犯」として分類している点に関わる。
 刑法上、身分犯とは、行為者に一定の人的属性が備わっている場合にのみ、それが行った行為が犯罪として構成され処罰される罪をいう。例えば、収賄罪(日本刑法197条)がその典型である。公務員という身分・職業的属性を備えた者がその担当する職務・業務に関連して人から金銭などを受けると、当該公務員の職務が歪められるているのではないかと不信感が増幅する。この社会的不信を払拭し、それへの社会的信頼をつなぎ止めるために、公務員による金銭の受領が処罰される。したがって、公務員ではない者が業務に関連して人から金銭を受けても、就業規則上の懲戒処分を受けることはあっても、国家的な制裁の対象になることはない。このように一定の人的属性を備えた者が行った場合にのみ犯罪が成立する身分犯のことを「真正身分犯」(または構成的身分犯)という。
 これに対して、誰が行っても犯罪として処罰される犯罪(基本類型)を一定の人的属性を備えた者が行った場合に刑が加重・減軽され、また犯罪として成立が否定される犯罪(加重類型・減軽類型・阻却類型)がある。これもまた身分犯であるが、このような身分犯を「不真正身分犯」という。例えば、受刑者が刑務所から脱走すると逃走罪(97条:1年以下の懲役)にあたり、それを器具などを提供して援助すると単純逃走援助罪(100条:3年以下の懲役)にあたる(単純逃走援助という正犯である。器具などを提供せずに援助した場合は、単純逃走援助罪の幇助犯である)。器具などを提供して援助する行為を刑務所の看守が行うと、加重逃走援助罪(101条:1年以上10年以下の懲役)にあたり、看守には単純逃走援助罪よりも重い刑が科される。看守による逃走援助によって拘禁制度の社会的信用性が著しく毀損され、それ対する社会的非難が強まるからである。
 このように「身分犯」には、一般に真正身分犯と不真正身分犯の二種類あると解されている。
 1941年以降、謀殺罪は、「殺人嗜好」、「性欲充足」、「物慾満足」、「下劣な動機」という人的・行為者的属性を備えた謀殺者が行った場合にだけ成立する「身分犯」(真正身分犯)として位置づけられた。ただし、人は謀殺者の属性を備えていなくても、状況いかんによって人を殺すこともあるので、故殺罪は「身分犯」とは位置づけられず、一般の犯罪として分類された。したがって、謀殺罪は謀殺者が行う犯罪であり、これに対して故殺罪は誰もが行いうる犯罪であり、両罪は本質的に異なる犯罪であると理解された13)。

8)Joachim Perels, Der Mythos von der Vergangenheitsbewältigung - Die rechtliche Aufarbeitung von Hitlers Verbrechen ist überwiegend gescheitert oder folgte sogar der Logik des NS-Rehts in: Fritz Bauer Institut Newsletter Nr. 28, 2006, S. 17-19.(ヨアヒム・ペレルス「過去の克服という神話 ― ヒトラーの犯罪を法的に克服する作業は頓挫した。それどころかナチの法の論理に屈服さえした」本田稔〔訳〕「刑法によるナチの過去の克服に関する3つの論考 ― ヨアヒム・ペレルス、ミヒャエル・グレーヴェ、トム・セゲフ」立命館法学第379号〔2018年第3号〕398頁以下)。
9)Thomas Vormbaum/ Jürgen Welp (Hrsg.)m Das Strafgesetzbuch Sammelung der Änderungsgesetz und Neubekanntmachungen Band 1: 1870 bis 1953, 1. Auflage, Nomos Verlagsgesellschaft Baden-Baden 1999, S. 1 ff.
10)戦後、連合国はニュルンベルク国際軍事裁判規程においてナチの戦犯に科される最高刑として死刑を設けたが、ドイツの国内法制に関しては、死刑規定を廃止して、それに伴って刑法の謀殺罪の法定刑を終身刑に引き下げた。連合国は、ドイツの刑事司法制度を改革し、残虐な刑罰を廃止すると同時に、戦時期に死刑判決を受け、拘置所に収容され抵抗運動家を救済することを目的としていたと思われる。ただし戦後のドイツの裁判所において、ナチの正犯が謀殺罪に問われても、それに科される刑は終身刑でしかなくなった。また、その幇助犯に科される刑も終身刑になった。
11)Vormbaum/ Welp (Hrsg.), a.a.O., S. 334.改正法の正式名称は、「帝国刑法典の改正のための法律」(Gesetz zur Änderung des Reichsstrafgesetzbuchs Vom 4. September 1941, RGBl. 1941, S. 549.)であり、ヒトラー、ゲーリング、シュレーゲルベルガー、フリック、ランマースの名前が署名されている。
12)。もちろん、これらの要素によって捉えられる謀殺罪の概念は、法的・規範的なものであって、適用対象いかんによっては、それが弾力的に拡張・縮小され、そのため刑罰権の行使が恣意的になる危険性がある。ナチの時代に行為者類型論をめぐる興味深い事例があった。それは、ヒトラーユーゲントの活動家が政権の政策に非協力的なカソリック教会から旗を盗んだ事案に関するものであった。ある刑法家は、ヒトラーユーゲントの活動家がそのことを理由に「他人の財物を窃取する行為」(行為類型)を行ったとはいえても、それによって彼が「窃盗者」(行為者類型)であることを根拠づけることはできないと述べて、窃盗罪の適用を否定した。ユダヤの子どもがドイツ人の商店からリンゴを盗んだ場合と比較すると、行為者類型論がいかに刑法の差別的適用を「合理化」できるかが分かる。
13)ドイツでは、謀殺罪は一方では行為者類型として規定され、他方では身分犯(真正身分犯)として分類されている。行為者類型と身分犯の関係については、身分犯は一般に特定の行為者が一定の行為を行った場合に成立する。例えば、収賄罪は公務員であることを理由に成立するのではなく、公務員が職務に関連して他人から利益を受ける行為を行ったことを理由に成立する。従って、収賄罪は身分犯でありながら、同時に行為類型の犯罪である。これに対して、謀殺罪は謀殺者であることを理由に成立するのであって、例えば下劣な動機から殺人を行ったことを理由に成立するのではない。つまり、彼が謀殺者であるのは、下劣な動機から殺人を行ったからではない。彼は謀殺者であるがゆえに、下劣な動機から殺人を行うのである。従って、謀殺罪は身分犯であり、同時に行為者類型の犯罪である。
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