Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(04)基礎編(共犯論)

2020-04-29 | 日記
 刑法Ⅰ(第04回)共犯論
(1)前回までのおさらい
 ある行為を犯罪として処罰するには、その行為が刑法上の犯罪に該当していることが必要です。刑法には様々な犯罪が定められ、それには様々な刑罰が科されることが定められています。ある行為が犯罪に該当することが、刑罰適用の前提条件です。

 では、ある行為が刑法上の犯罪に該当しているかどうかを、どのようにして判断するのでしょうか。刑法には様々な条文があり、個々の犯罪によって特殊的な特徴がありますが、全ての犯罪に共通する一般的な特徴があります。それを法解釈(条文解釈)という作業を通じて明らかにする必要があります。刑法総論の基本的な課題は、全ての犯罪に共通する一般的な特徴を明らかにすることです。どのような犯罪であっても共通する性質を条文を手がかりにして明らかにすることです。

 法解釈と聞くと、人それぞれに行うことができると思われがちです。その人の主観が入るので、客観的な解釈というのは難しいと考えられがちです。しかも、刑法の条文解釈というのは、国家の刑罰権の行使をめぐって厳しく対立する国家と被疑者・被告人に影響するので、たとえ客観的な解釈が可能であったとしても、その客観性の意味をめぐって対立は続きます。

 法解釈の客観性については、さしあたり次のように考えています。多くの国民が納得するような客観的な解釈です。刑法の解釈は、刑法の基本原理に基づいて行われます。罪刑法定主義、行為主義、責任主義がそれです。前回までは、その原則に基づいて法解釈の重要な論点を、構成要件論、違法性論、責任論としてまとめてきました。

(2)共犯論の課題
 共犯論は、そのような刑法の基本原則に基づく法解釈の応用(発展的適用または修正的適用)にあたります。刑法の犯罪の多くは、1人の行為者が犯罪を行うことを想定して書かれています。凶器準備集合罪(刑208条の2「2人以上の者が」)や騒乱罪(刑109条「多衆が」)、内乱罪(刑77「首謀者」、「謀議参与者」、「群衆指揮者」、「付和随行者」、「単純参加者」)のように複数人で行うことを想定した犯罪(集団犯)もありますが、一般的には1人で行うことを想定しています(単独犯)。殺人罪の「人を殺した者は」(刑199)、窃盗罪の「他人の財物を窃取した者は」(刑235)という条文がその典型です。

 刑法の条文の多くは単独犯を想定しています(「単独で罪を正に〔まさに〕犯している」ので、「単独正犯」と表現しておきます)。しかし、そのような犯罪であっても複数人で行われることは稀ではありません。むしろ、そのような場合の方が多いかもしれません。これを共犯といいます。共犯の中には、2人以上の者が共同して(正に)犯罪を実行する「共同正犯」と、単独正犯または共同正犯に該当しない方法によって、その正犯に協力加担する「共犯」(教唆・幇助)があります。共犯論の課題は、共同正犯と共犯の成立する範囲を具体的な事案に即して明らかにすることにあります。

(3)共同正犯
1共同正犯
 刑法60条は、次のように定めています。「2人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」。犯罪を実行する者のことを正犯といいます。1人で実行した場合、それは単独正犯。2人以上で共同して実行した場合、それは共同正犯です。

 「共同して犯罪を実行する」とは、どのような意味でしょうか。それは、2人以上の者が客観的に共同して犯罪を実行したことです(共同して犯罪を実行した事実=共同実行の事実)。そして、2人以上の者が共同して犯罪を実行する意思に基づいていたことです(共同して犯罪を実行する意思=共同実行の意思)。

2犯罪共同説
 このように共同正犯が成立するためには、2人以上の者が共同して犯罪を実行したこと、それらの者にその意思があったことが必要です。2人以上の者が行った行為は犯罪であり、「構成要件に該当する違法な行為」であり、それらの者が共同して実行している行為が犯罪にあたることを認識していること(故意)です。このように解すると、共同正犯は、2人以上の者が犯罪の構成要件に該当する違法な(違法性が阻却されない)行為を故意に行った場合に成立することになります。共同正犯とは「故意犯の共同正犯」であるという考え方を「犯罪共同説」といいます。

3行為共同説
 これに対して、共同正犯の要件である「共同して犯罪を実行する意思」とは、「共同して犯罪にあたる行為を実行する意思」と理解して、共同して行為を実行する意思があれば、それが犯罪にあたることを認識していることは必ずしも必要ではないという考えもあります。共同正犯とは、「故意犯の共同正犯」だけでなく、「過失犯の共同正犯」(2人以上の者のいずれもが罪を犯す意思がなかった場合)や「故意犯と過失犯の共同正犯」(2人以上の者の一方は故意があり、他方は故意がない場合)のありうることになります。このような考えを「行為共同説」といいます。

「犯罪共同説」は、2人以上の者が法益侵害を実現するために共同することが共同正犯であると考えますが、「行為共同説」は、2人以上の者がお互いの行為を相互に利用し合うのが共同正犯であり、生じた法益侵害には故意責任だけでなく、過失責任も負わなければならないと考えます。

4判例の動向
 裁判例では、過失犯(業務上過失致死傷罪や業務上失火罪)の共同正犯の成立を認める判断が示されています。

(4)共犯
1共犯
 刑法61条から64条にかけて「共犯」に関する規定があります。

 刑法61条① 人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。 ②教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。

 刑法62条② 正犯を幇助した者は、従犯とする。 ②従犯を教唆した者には、従犯の刑を科する。
 刑法63条 従犯の刑は、正犯の刑を減軽する。

 刑法64条 拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。

2教唆
 教唆とは、人を唆(そそのか)して犯罪を実行させることを言います。例えば、XがYに窃盗するよう唆して、Yが窃盗を実行する意思を持って、それを実行した場合、Yは窃盗罪の正犯、Xは窃盗罪の教唆犯にあたります。条文には「犯罪を実行させた」とあるので、Yに窃盗罪を実行させたことが必要です。窃盗罪の場合、未遂も処罰されるので、少なくともYが窃盗未遂罪を行っていることが必要です。その場合、Xは窃盗未遂罪の教唆犯にあたります。

 教唆犯の成否が問題になる事案では、犯罪を実行する意思のない者を唆して犯罪を実行させることが問題になります。教唆者は、犯罪人を作るという意味で、正犯と同じ刑が科されます。

3幇助
 幇助とは、正犯を手助けし、その犯罪を実行させることを言います。正犯を手助けする方法は、物理的な方法だけでなく(凶器を貸し与えるなど)、心理的な方法(犯罪の実行の方法を教えるなど)があります。犯罪を実行する意思のある者を手助けするので、幇助犯は、教唆犯のように犯罪人を作るわけではないので、正犯の刑が減軽された刑が科されます。

 従犯という言葉が用いられていますが、これは「主犯」の対概念です。主犯という言葉は現行刑法にはありません。それは「正犯」です。

4正犯と共犯の関係
 教唆は、人を唆して犯罪を実行させることなので、犯罪を実行した正犯が存在していなければなりません。幇助は、正犯を幇助することなので、犯罪を実行したが正犯が存在していなければなりません。教唆犯であれ、幇助犯であれ、共犯の成立には正犯の存在が必要です。つまり、正犯なしに共犯だけ成立することはないということです。このように「共犯は正犯の実行に従属して成立する」と考えられています。これを共犯の正犯の「実行従属性」といいます。

 ただし、犯罪のなかには、正犯がまだ実行していなくても、それに協力しただけで処罰される行為もあります。例えば、逃走援助罪(刑100)です。「法令により拘禁された者を逃走させる目的で、器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為」が処罰されます。「法令により拘禁された者」が逃走すると「逃走罪」(刑97)の正犯にあたり、処罰されます。その人に「器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為」をした者は逃走援助罪にあたります。しかし、その条文は逃走罪の正犯の実行を要件とはしていません。また、通貨偽造準備罪(刑153)も同じです。「貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備する」場合に処罰されます。「貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造」をした者は、通貨偽造罪・通貨変造罪(刑148)の正犯にあたり、処罰されます。その人のために「器械又は原料を準備する」と、通貨偽造準備罪にあたります。しかし、その条文は通貨偽造罪・通貨変造罪の正犯の実行を要件とはしていません。このように共犯の正犯の実行従属性を例外的に修正した規定もあります。

5共犯は正犯の「何」に従属して成立するのか
 共犯が成立するには、正犯にどのような要素が備わっていることが必要なのでしょうか。少し難しい問題ですが、これを共犯の正犯の「要素従属性」といいます。

 現在の通説・判例では、共犯は正犯の構成要件該当の違法な行為に従属すると解されています(この立場を制限従属形式といいます。共犯が成立するには、正犯の構成要件該当性と違法性が必要だという考えです)。従って、正犯のところで責任は必要ではありません。

 ただし、犯罪は「構成要件該当の違法で、かつ有責な行為」と定義したうえで、故意を構成要件に位置づけるのか、それとも責任に位置づけるのかによって、共犯の成否に大きな影響が出て来ます。

 XがYに「これでAをやってこい」と、青酸カリ入りの砂糖を手渡し、殺人罪を教唆したつもりが、Yは「これをAにやってこい」と言われたと思い込み、その砂糖をAに手渡した。Aはそれをコーヒーに入れて飲み、死亡したとします。

 YはAに手渡したのが砂糖だと思っていたので、殺意はありません。殺人罪の故意を責任要素と解すると、Yに殺意がなくても、Yの行為は客観的に見て殺人罪の構成要件に該当する違法な行為にあたるので、Xには殺人罪の教唆犯が成立します。

 これに対して、殺人罪の故意を構成要件要素であると解すると、Yの行為は故意の殺人罪の構成要件にが該当しません(過失致死の成立の可能性はある)。Yに青酸カリ入りの砂糖を手渡したXは、殺人罪の教唆にあたるかというと、制限従属形式からは、共犯が成立するためには正犯の構成要件該当性と違法性が必要なので、Yの行為が故意の殺人罪の構成要件に該当しない限り、Xには殺人罪の教唆は成立しません。このような場合、間接正犯の理論を用いて、Xの行為は客観的に見て、殺人罪の構成要件に該当する違法な行為であると理解します。しかし、Xには殺人罪の教唆の故意はあっても、殺人罪の正犯の故意はないので、錯誤の問題として処理することになります。つまり、主観的には殺人罪の教唆を行うつもりが、客観的には殺人罪の正犯を行っていたので、2つの犯罪が重なり合う殺人罪の教唆の範囲で犯罪が成立します。

(5)身分犯の共同正犯・共犯
 刑法65条は、身分犯の共犯に関する規定です。
 身分犯とは、行為者に一定の特性や属性がなければ成立しない犯罪、あるいは一定の特性や属性がなくても、犯罪は成立するが、その特性・属性があることによって刑が加重・減軽される犯罪です。前者は真正身分犯(構成的身分犯)、例えば収賄罪がその典型です。後者は不真正身分犯(加重的身分犯・減軽的身分犯)、業務上横領罪がその典型です。

 前者の真正身分犯に対して非身分者が関与した場合、刑法65条1項が適用されて、非身分者にも身分犯の共同正犯・共犯が成立します。

 後者の不真正身分犯に対して非身分者が関与した場合、刑法65条2項が適用されて、非身分者には刑が加重・減軽される前の「通常の刑」の罪の共同正犯・共犯が成立します。

 なお、非身分者が行う犯罪に身分者が関与した場合、どのように扱うのかは明らかではありません。刑法65条2項は、不真正身分犯に非身分者が関与した場合の規定であって、非身分者の犯罪に身分者が関与した場合の規定ではないからです。