Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

19刑法Ⅱ(第16回)窃盗の機会継続性と追及可能性の関係

2020-01-30 | 日記
 問題  甲(75才・男)は、C県D町の一戸建てに住んでいた。甲宅の東側に隣接している一戸建てには、A女とその実姉のB女(79才)が居住していた。A女らが住む住宅(以下「A女宅」という)は、木造2階建てであり、1回にはトイレや台所のほか4畳半と8畳の和室があった。
 甲は遊興費欲しさから、A女宅に侵入して、金銭等を窃取することを決意した。そこで、甲は、某日の午前9時ごろ、A女が外出するのを確認した後、金品窃取の目的で、A女宅1階の無施錠の勝手口から中に入った。そして、甲は、勝手口の南側にある4畳半和室においてA女の現金約7万円および財布等12点在中の手提げバッグ1個(以下、「現金およびバッグ等」という)を手に取り、そこから退出すべく勝手口に向かったところ、同和室の西側に隣接し、ふすまが開いたままの8畳和室から「ガサッ」という物音が聞こえた。甲は、A女またはB女に犯行を目撃されたのではないかと思い、現金およびバッグ等をその場に置いて、振り返ることなく勝手口から逃走し、自宅に戻った。その際、甲は、誰からも追跡されることはなかった。
 甲は、隣室から物音が聞こえたことから、A女またはA女と同居しているB女に自己の犯行を目撃されたと考えて、口封じのためにその殺害を決意した。そこで、甲は、帰宅してから10分から15分ほど過ごした後、再びA女宅に赴いた。そして、甲は、勝手口からA女宅内に入り、4畳半和室を通って8畳和室に入ったところ、同室には、B女がその南西側の角付近で、居眠りをしながら南側に向かって座っていた。甲は、B女を発見するや、B女が居眠りしていることに気付かないまま、同女に犯行を目撃されたと考え、自己の犯罪行為を隠すために、背後からその肩をつかんで引き回したうえ、うつぶせに倒し、その背部に馬乗りになって、部屋に落ちていたストッキングをB女の頸部に巻き付けて締め上げ、同女を窒息させて死亡させた。
 A女は甲の犯行時間帯には外出していた。B女は甲の犯行を目撃していなかった。甲の犯行を目撃した人がいたかは明らかではなかった。

(1)問題の所在
 甲がA女宅に入った後、現金およびバッグ等を手にしたが、AまたはBに犯行を目撃されたと思い、それを置いて自宅へ戻った。その後、甲はA女またはB女に目撃されたと考え、その口を封ずるために殺害することを決意し、10分から15分後に、A女宅に行き、そこにいたB女を殺害した。甲の行為は強盗殺人罪にあたるか。
(2)強盗殺人罪の成立要件
 強盗殺人罪とは、強盗が被害者などを故意に殺害する行為である(240条)。この強盗には、通常の強盗罪(236条)の他、昏睡強盗罪(237条)や事後強盗罪(238条)も含まれる。本件の事案では、甲は窃盗未遂後にB女を殺害しているので、甲の行為が事後強盗罪の要件を満たしているかが問題となる。
(3)事後強盗罪の成立要件
 事後強盗罪とは、「窃盗が財物を得てこれを取り戻されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫」(238条)をする行為である。
 行為主体は「窃盗」である。財物を「取り返されるのを防ぎ」との規定との関係から、「窃盗」は窃盗既遂であると解されるが、「逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するため」との規定との関係から、窃盗未遂の行為者も含まれると解される。
 本罪の客体は、窃盗既遂・未遂の直接の被害者だけでなく、その被害の回復に協力すべき者も含まれる。実行行為は、窃盗既遂等の被害者などに対する暴行または脅迫である。被害者には、強盗罪(236)と同様に、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものでなければならない。また、それが窃盗既遂・窃盗未遂と時間的・場所的に接着した関係において、すなわち窃盗の機械継続中においてなされたものであることを要する。
 さらに、その行為は、被害者による財物の取り戻しを防ぎ、逮捕を免れ、罪跡を隠滅する目的から行われていなければならない。行為者が所定の目的から行っただけでなく、被害者が財物の取り戻すなどの追及可能な状況(追及可能性)があることを要する。この行為が故意の殺害にあたる場合、(事後)強盗殺人罪が成立する。
(4)検討
 本件の事案において、甲はA女宅に窃盗目的で立ち入り、現金およびバッグ等を手にしたものの、それを置いたまま自宅へ戻っている。これは窃盗既遂か、それとも未遂か。甲は、遊興費目的でA女の現金およびバッグを盗むために、それを手にして持ち去ろうとしたが、A宅に置き、最終的に自己の支配領域に移転していないので、窃盗は未遂である。ゆえに、甲は事後強盗罪の行為主体である「窃盗」(窃盗未遂)に該当する。
 そして、自宅で10分から15分ほど過ごした後、A女宅に行き、B女を殺害している。B女は、現金およびバッグ等の所有者ではないが、その所有者のA女と同居しており、その被害回復に協力すべき立場にある。
 甲はこのようなB女を殺害したのであるが、それはすでに行われた窃盗未遂から15分後に行われ、またその場所も窃盗未遂の犯行現場と同じ場所であった。このような場合、窃盗未遂と殺人の時間的・場所的接着性を認めることができるか。甲がB女を殺害したのは窃盗未遂から15分ほど経過した時点であり、短時間しか経過していないので、時間的接着性を認めることができると評価することができそうである。では、場所的接着性はどうか。殺人の場所は窃盗未遂の犯行現場と同一であるので、場所的接着性も認められると考えうる。確かに、甲は窃盗未遂後、犯行現場から離脱し、自宅に戻っているので、場所的接着性はもはや問題になりえないともいえるが、犯人が犯行後に現場に戻ってくることはあり得ることであり、また甲の自宅はA女宅に隣接し、非常に近い場所にあったことを勘案するならば、窃盗未遂と殺人の場所的接着性を認めることができる。
 さらに、甲はA女またはB女に窃盗未遂を目撃されたと思い、その口封じのために殺害を決意したので、B女の殺害は罪跡を隠滅する目的に基づいていたことは明らかである。ただし、この目的は行為者のたんなる主観的な目的ではなく、窃盗未遂の被害者などから逮捕されるなどの客観的な状況(いわゆる追及可能性)において行われているものでなければならない。事後強盗罪の行為である暴行・脅迫が強盗として論ぜられるのは、「窃盗」という主体が行ったことに加えて、財物の追求権や現行犯逮捕する権利など被害者の被害回復のための権利を侵害し、罪跡を隠滅するなどの捜査妨害を行ったからである。行為者の暴行・脅迫は、このような追及可能性がある中で行われた場合に、窃盗罪と暴行罪・脅迫罪の併合罪ではなく、事後強盗罪として論ずることができる。ただし、この追及可能性は、被害者などが実際に財物を取り戻す行為や現行犯逮捕する行為を行っているこは必要ではなく、あくまでもその可能性で足りる。少なくとも被害者などによって窃盗が目撃されたことで足りると解される。
 本件の事案において、甲の窃盗未遂は、A女は外出中であったため目撃しておらず、B女もまた居眠りをしていたため目撃しておらず、それ以外に目撃者がいたことも明らかではない。このような事情を踏まえると、甲は窃盗未遂後に、その時間的・場所的に接着した関係において、罪跡を隠滅する目的に基づいてB女を殺害しているが、追及可能性のある状況の中で行ったと認めることはできない。従って、甲によるB女の殺害は(事後)強盗殺人にはあたらない。それは窃盗未遂罪と殺人罪の2罪を構成するにとどまる。
(5)結論
 甲の行為は、窃盗未遂罪(235条、243条、43条)と殺人罪(199条)にあたる。両罪は併合罪(45条)となる。また、A女宅に2回侵入しているが、それは窃盗の機械継続中に行われているので、包括して1個の住居侵入罪が成立する。住居侵入罪と窃盗未遂罪および殺人罪の併合罪とは、牽連犯(54条後)にあたる。

 参考にすべき判例:事後強盗罪における窃盗の機会
 事後強盗における暴行・脅迫行為は、窃盗の機会の継続中に行われることを要する。具体的には、被害者等から容易に発見され、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況が継続していたかどうか、時間的場所的接着性を相関的に判断して決する。
(最決平成14年2月14日刑集56巻2号86頁参照)


 若干の検討課題
 若干の検討課題を提示しておきます。それは、「窃盗の機会継続性」と「追及可能性」の関係に関する問題です。
 この種の問題を解くにあたって、最高裁の判例(最決平成14年2月14日刑集56巻2号86頁)が引き合いに出されることがあります。その判例は、「事後強盗罪における窃盗の機会」の理解、そして当てはめの基準を示したものです。それは、次のように理解されています。

「事後強盗における暴行・脅迫行為は、窃盗の機会の継続中に行われることを要する。具体的には、被害者等から容易に発見され、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況が継続していたかどうか、時間的場所的接着性を相関的に判断して決する」。

 この理解によれば、事後強盗罪が成立するためには、暴行・脅迫が「窃盗の機会継続中」において行われたことが必要です。窃盗の機会継続中であるか否かは、窃盗と暴行・脅迫の時間的接着性と場所的接着性という客観的・事実的な状況を踏まえて判断されますが、「具体的には、被害者等から容易に発見され、財物を取り返され、あるいは逮捕され得る状況が継続していたかどうか、時間的場所的接着性を相関的に判断して決する」ことになります。「窃盗の機会継続性」の有無の判断は、窃盗と暴行・脅迫との時間的・場所的接着性という客観的・事実的な状況だけでなく、窃盗犯が被害者から発見される容易性、財物奪還や現行犯逮捕の客観的可能性などを含めて相関的に判断するということです。この客観的可能性が、いわゆる「追及可能性」のことです。この理解では、窃盗の機会継続性があったか否かを判断するためには、窃盗と暴行・脅迫の時間的・場所的接着性があり、追及可能性があり、そしてそれらを相関的に判断して決定することになります。
 上記の回答例は、このような理解に基づいていません。回答例では、窃盗の機会継続性と追及可能性は、事後強盗罪の成立要件としては別個のものであると理解しています。窃盗の機会継続性は、窃盗と暴行・脅迫の時間的・場所的接着性を基準に判断する一方で、追及可能性は被害者による目撃の有無を基準に判断しています。それは何故かというと、事後強盗罪が成立するためには、行為者が被害者などに暴行・脅迫を加えていることが必要ですが、それは逮捕を免れる目的という主観的目的によるだけでなく、実際に逮捕される客観的状況が必要だと考えられるからです。少なくとも、窃盗の犯行が被害者に目撃されていれば、逮捕されるなどの客観的状況が認められますが、目撃されていなければ、追及される可能性はないものと考えられます。
 そもそも、窃盗の機会継続中の暴行・脅迫が、なぜ強盗として論ぜられかというと、それは財物被害と人身被害を超える被害が発生しているからです。財物被害と人身被害だけであれば、窃盗罪と暴行罪・脅迫罪の併合罪として論ずれば足ります。それを強盗として論ずるのは、さらに財物の追求権侵害や捜査妨害などが加えられるからです。そのように考えれば、事後強盗罪は、窃盗犯が、その時間的・場所的に接着した状況において、財物が奪い返され、または現行犯逮捕を免れる目的に基づいて被害者などに暴行・脅迫を加えているだけでなく、実際にも財物が奪い返され、または現行犯逮捕される客観的な状況のなかにおいて暴行・脅迫を加えていることが必要であると思います。
 これに対して上記判例の理解に基づくならば、窃盗の機会継続性の要件として、時間的・場所的接着性と追及可能性が必要であると述べて、前者は認められても、後者は認められないので、窃盗の機会継続性の要件は認められないと判断して、窃盗未遂と殺人既遂の併合罪とするば良いでしょう。
 なお、事後強盗罪の成立には、上記のいわゆる追及可能性を要しないと解するならば、窃盗未遂と殺人の時間的・場所的接着性、つまり窃盗の機械継続性が認められれば、事後強盗殺人罪の成立を肯定することができます。そのように解答した場合、述べるべきことが2つあります。
(1)240条の強盗致死傷罪の規定は、傷害と殺人について故意のない強盗致傷罪・強盗致死罪の類型と、その故意のある強盗傷害罪・強盗殺人罪の類型の4類型を定めていることを指摘する必要があります。その理由として、故意のない場合だけを規定していると解するならば、殺人につき故意のある場合が強盗罪と殺人罪の併合罪とせざるをえなくなり、故意のない場合の方がより重く処罰されるという処断刑の不均衡が生じてしまうことも併せて指摘すべきでしょう。そのような不均衡を回避するためにも、240条は致傷結果につき故意のある場合も含まれると解するのが妥当です。本件は、被告人にはBを殺害する意思、すなわち殺人の故意があったので、240条の窃盗未遂の機会継続中の殺人の正否が問題になります。
(2)そして、窃盗が未遂であっても、その機会継続中に故意に被害者を殺害した場合には、強盗殺人罪の既遂が成立することを指摘する必要があります。240条の強盗殺人罪が強盗という財産犯の側面だけでなく、殺人という生命侵害の側面をも併せ持っており、犯情としては生命侵害の方が重大であることから、故意に被害者を殺害している以上、強盗罪の部分が未遂であっても、強盗殺人罪としては既遂として扱われます。
 以上です。