Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2013年度後期刑法Ⅱ(各論)の試験問題とその解説

2014-02-02 | 日記
 2013年度後期セメスター 刑法Ⅱ試験問題

 Aは某日の深夜にX子の自宅マンションの施錠されていない玄関ドアから中に入り、就寝中のXの首を絞めるなどして姦淫しようとしたところ、無抵抗な状態で姦淫を止めるよう懇願するXがかわいそうになり、その代わりにテーブルの上の財布とバッグを取って部屋を出た。すると、Xが「誰か、助けて」と大声で叫び、それを聞きつけた隣近所の住人Yが「なんだ、なんだ」と廊下に出てきたので、Aは捕まるのを逃れるため、走って逃げた。Yは追いかけ捕まえようとしたが、Aは振り向きざまに手拳で顔面を殴打して逃走した。Xは軽傷、Yは加療1ヶ月の傷を負った。Aは自宅に帰ってバッグを開けたところ、印刷のかすれた一万円札が十数枚入っていたので、ニセ札だと気づいたが、それをもってコンビニに行き、タバコなど数点の商品を購入し、そのニセ札を店員Zに渡して、支払いを済ませた。Aの罪責を論じなさい。

1 はじめに
 まず、回答にあたっては、問題文を繰り返し読み、出題者が提起している問題(いわゆる論点)をピックアップする必要があります。
 次に、その論点毎に回答を書くにあたって、先の論点の理解の仕方いかんで、後の論点が限定される場合があるので、論点の内容を明確に捉え、その前後関係を正確に理解する必要があります。
 試験場の受講生を見ていると、試験開始から、2、3分で回答を書き始めている姿を見ることがありますが、それは私には信じられないほどの猛スピードです。おそらく、過去問題や練習問題で勉強し、その線で回答を書こうとしているのだと思いますが、試験の問題と練習問題の論点が同じだとは限りません。練習問題の論点を試験問題に当てはめ、それで回答を書くならば、それは結果的には試験問題に正面から答えていない回答になるだけです。

2 試験問題のねらい
 今回の試験問題は、刑法各論で学んできた様々な分野の論点に関して、判例(最高裁判例だけでなく、下級審の裁判例も含む)や学説の理解を問い、その正確な理解をはかることを目的としています。事実関係を踏まえて、訊ねられている論点を整理し、それに答えていくことが必要ですが、結論を先取りして書くのではなく、仮説→論証→結論の順番で書くことが求められます。
 例えば、「AはXのマンションの部屋の無施錠の玄関から入っているので、住居侵入罪が成立する」という書き方は、結論のみ書いた回答であり、良くありません。答案の書き方は、①事実を踏まえること、そして②一定の評価と結論を導くために論証することの2つの部分から成り立ちます。つまり、「AはXのマンションの部屋の無施錠の玄関から入った事実につき、住居侵入罪の成立が認められるか」と、問題の事実関係を整理した上で、住居侵入罪の成立という仮説を立てて回答を進めていくことが必要です。仮説の論証としては、例えば「無施錠の玄関から立ち入ること自体は、部屋に入る際の通常の立ち入り方法であり、外形的に見て問題のある態様であるとはいえず、また住居の平穏が害されているとはいえない。しかし、AはXの許可を得て立ち入っておらず、また拒否の明示的な意思表示がなかった場合でも、強姦目的で立ち入ることを知ったならば、拒否したであろうことが合理的に推定できるので、Aの立ち入りは、Xの許諾権に反した立ち入りであるといえる」と書くことが必要です。そして、「Aは、正当な理由なくXの住居に侵入したと判断ができる。判例もこのような立場から、居住者の許諾のない住居への立ち入りにつき住居侵入罪の成立を認めている」と結論を出せばよいでしょう。
 このような書き方をすれば、「平穏侵害説の立場からは……」、「意思侵害説(新住居権説)の立場からは……」というような書き方をしなくても、出題者(採点者)には回答者が学説を理解し、どの立場から回答しているかが分かります。

3 論点
①住居侵入罪については、上記参照。

②純強姦未遂罪と強姦未遂罪
 Aは強姦目的で就寝中のXの首を絞めましたが、回答の中には、準強姦未遂と強姦未遂罪の両方が見られました。準強姦罪は、心神喪失・抗拒不能の女性に対する姦淫なので、手段行為として暴行・脅迫を用いる必要はありません。従って、「姦淫目的で就寝中のXの首を絞めたが、姦淫するに至らなかったので、準強姦未遂罪が成立する」という書き方は、論理的に問題があります。「Aは、就寝中のXの首を絞め、それに気づいたXが抵抗できない状態で中止するよう懇願したため、Aは姦淫するに至らなかったので、強姦未遂罪が成立する」と書けば、問題はないでしょう。ここでXが「軽傷」を負ったことに言及し、軽傷程度の被害は強姦未遂の手段行為に含ませて解せば足りるとか(強姦未遂)、軽傷であっても、強姦未遂致傷罪が成立すると書いておけばよいでしょう。

③財布とバッグへの窃盗罪と強盗罪
 姦淫をやめたAは、その後、Xの財布とバッグを取っていますが、この点につき窃盗罪の成立を認めるか、強盗罪の成立を認めるかによって、その後のYに対する暴行(→傷害)が、事後強盗致傷と傷害いずれに当たるかが決まってきます。そのことを念頭に置きながら、事実関係とその法的論証を進める必要があります。
 Aは無抵抗なXがかわいそうになり、その代わりに財布などを取っています。つまり、AはXが姦淫目的で加えられた暴行のために無抵抗な状態にあるのに乗じて、新たに財物を奪取する意思を生じて財布などを取っているのです。この点について、強姦未遂後に財物奪取の意思が生じた場合、強姦の手段行為の暴行の影響や作用が継続し、それに乗じて財物を奪取した場合には強盗罪の成立を認める裁判例もありますが、Xの無抵抗な状態は強姦未遂の手段行為として、すでに法的に評価されているので、それを強盗の手段行為としても評価するならば、1個の事実を法的に2回評価することになり、二重評価のそしりを免れません。強姦未遂後に新たに財物奪取の意思が生じた場合、あらためて暴行・脅迫を加えていない限り、強盗罪は成立せず、窃盗罪にとどまると解すべきでしょう。ただし、新たに加えられる暴行・脅迫は被害者の反抗を不可能にする強度なものである必要はなく、強姦未遂によって作り出された無抵抗な状態を維持できる程度のもので足ります。

④Yへの暴行
 Xの財布などを奪取した行為が窃盗に当たると評価した場合、Yへの暴行は窃盗後の暴行なので、事後強盗罪の論点へと発展していきます。これに対して、Xに対して強盗罪が成立すると評価した場合、Yへの暴行は強盗行為者への暴行なので、事後強盗罪の論点は出てきません。通常の暴行から加療1ヶ月の傷を負わせた傷害罪の問題として論ずれば足ります。
 ここでも、事実関係の整理と仮説・論証が重要です。Aは財布を奪取した後、Xの声を聞きつけた近隣のYによって追跡され、それによる逮捕を免れるために暴行を加えています。事後強盗の成立を論証するために、238条の要件を列挙し、それに当てはまることを説明すればよいでしょう。論点というほどのことではないのですが、AがYに加えた暴行は、窃盗直後に追跡される途中で行われてるので、窃盗の番部との時間的・場所的関係から見て、判例がいうところの「窃盗との機会・継続中」の要件を満たしています。また、Yが受けた加療1ヶ月の傷は、軽傷とは言い難く、事後強盗罪の実行行為の暴行に収まりきれないので、事後強盗から傷害結果が生じたとして、強盗致傷罪の成立を認めればよいでしょう。

⑤Aによるニセ札の使用
 Aは盗んだバッグにニセ札が入っていることに気づき、それを用いてコンビニエンスストアで買い物をします。この行為が偽造通貨収得後知情行使罪にあたるか否かが問題です。自ら通貨を偽造し、それを公使した場合は偽造通貨行使罪が、偽造通貨であることを知りながら、偽造通貨の作成者から受け取った場合、偽造通貨収得罪が成立し(作成者には偽造通貨交付罪が成立します)、その後行使した場合は、偽造通貨行使罪に当たります。偽造通貨であることを知らずに受け取っても偽造通貨収得罪は成立しませんが、それが偽造通貨であることを知った後に行使した場合、偽造通貨収得後知情行使罪が成立します。では、偽造通貨であることを知らずに、それを窃取ないし強取し、後に偽造通貨であることを知った後に行使した場合、偽造通貨行使罪にあたるのでしょうか。それとも偽造通貨収得後知情行使罪にあたるのでしょうか。学説には、偽造通貨であることを知らずに収得しても、それが違法な方法による場合には、収得後知情行使罪の成立を認めるべきではないと主張するものもありますが、「収得」は窃取や騙取などを含みうる幅広い概念であり、Aのような強盗犯の場合でも、偽造通貨を行使せずに警察に届け出るなどの適法行為を選択することを期待するのは困難だといえるので、この場合でも収得後知情行使罪の成立を認めることができると思います。
 なお、Aは偽造通貨を行使することによって、コンビニの店員Zを欺き、商品を騙取しているので、財物詐欺罪の成立が問題になります。しかし、Aの偽造通貨の行使を罰金刑を法定刑とする収得後知情行使罪と認定しながら、最高で懲役10年を法定刑とする詐欺罪を認めるならば、期待可能性の減少を理由に収得後知情行使罪の成立を認めた意味がなくなってしまいます。収得後知情行使罪の成立が認められる以上、詐欺罪については成立を否定すべきであり、刑法の規定もそのようなことを前提に定められていると考えられます。

4 まとめ
 以上が問題の内容と論点です。刑法は分かりにくいかもしれませんが、少し勉強すれば、自分なりの考え方や解き方が身に付きます。分からないことがあれば、訊ねてください。

 補足
 偽造通貨収得後知情行使罪は、通貨偽造罪の減軽類型です。なぜ減軽されるかというと、それは偽造通貨を収得した人は適法行為の期待可能性が減少しているからです。では偽造通貨を収得した場合、なぜ適法行為の期待可能性が減少するのでしょうか。その判断の前提には、知らずに(善意により)偽造通貨を収得した人という「普通の人」が本罪の規定の念頭に置かれていると思います。知らずに偽造通貨を収得した「普通の人」であれば、出来心で使ってしまうこともあるので、適法行為の期待可能性が減少すると考えられています。つまり、「仕方がないよね。誰でも魔が差すことがあるのだから」と考えられ、偽造通貨を行使した「普通の人」を強く非難することはできないと考えられているからです。そんな「普通の人」を念頭に置きながら、適法行為の期待可能性の減少を理由に、収得後知情行使罪は偽造通貨行使罪の減軽類型として類型化されているのです。
 では、窃盗犯や強盗犯の場合でも、このような「普通の人」と同じように、期待可能性が減少していると判断できるでしょうか。窃盗犯に対しても、「仕方がないよね。誰でも魔が差すことがあるのだから」と、寛容な判断基準を適用し、刑を減軽してもよいでしょうか。この点をめぐる判断は、人によって違ってくると思います。それは一言で言えば、適法行為の期待可能性について「事実判断」を重視するか、それとも「規範的判断」を重視するかの対立でしょう。考えてみてください。