Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(第01回)練習問題(第23問C)

2020-10-02 | 日記
第23問C 殺人罪、暴行罪、傷害罪
 甲女は、インターネットの出会い系サイトでAと知り合い、Aに妻子があるのを知りながら、交際を始めた。その後、Aが家族の存在を理由に、付き合いを避けるようになった。甲女は、Aの家族を疎ましく思い、Aの娘Cの下校途中を待ち伏せ、嫌がらせのために、こぶし大の石を投げつけた。しかし、石はCの傍らを通り過ぎ、あたらなかった。そこで、甲女は、Cに近づき、その頭をつかみ、持っていたはさみで相当数の頭髪を根元から切り落とした。それでもまだ足りず、甲女は、Aの妻Bだけが在宅する時間帯に、A宅に約3000回の無言電話をかけ続けた。その結果、Bはノイローゼに陥り、重度のうつ病となった。
 甲女の罪責を論じなさい。

 論点
(1)「暴行」とはいかなる意味か。「傷害」との違いは何か。
(2)有形力が人の身体に接触してなくても「暴行」にあたるか?
(3)無形的方法によって惹き起こされた生理的機能障害も「傷害」にあたるか?

 答案構成の例
(1)甲がCに対して石を投げつけた行為について
1 項がCに石を投げた行為は暴行(刑法208条)にあたるか?
2 暴行とは「人の身体に対する有形力の行使」であり、、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」と規定している。甲が投げた石がCの身体に当たり、傷害するに至っていれば傷害罪が成立し、傷害するに至らなかったときは暴行罪にとどまる。
3 甲が投げた石はCの身体に当たり、負傷した場合、それが傷害にあたることは明らかである。暴行は、暴行したが、傷害に至らなかった場合に成立する。しかし、暴行にも様々な態様と程度があるので、傷害に至らなかった人の身体への有形力の行使の全てを暴行とするのは不当であり、その範囲を限定する必要がある。人に対して有形力を行使し、傷害に至らなかった場合に暴行として処罰されるのは、傷害に至らなかったからではなく、傷害に至る危険性があったからである。つまり、暴行は傷害の危険が発生した段階において、つまり傷害が未遂に終わった場合に成立すると解される。
4 では、本件のように甲が投げた石がCの身体に当たらなかった場合でも「暴行」にあたるか。それは傷害に至る危険性があったか否かを実質的に評価することによって判断される。もちろん、人に対して行使された有形力が身体に接触した場合、傷害に至る危険性があるので、暴行罪の成立は肯定されるが、それが身体に接触しなくても、その危険が認められれば、暴行の成立を認める余地はあると思われる。本件で甲がCに投げた石はこぶし大の大きさであり、それがCの傍らを通り過ぎた事実を踏まえると、命中し負傷する危険性は大きかったといえるので、本件の投石のような身体接触を伴わない行為であって暴行にあたる。
5 以上から、甲には暴行罪(刑法208条)が成立すると判断できる。

(2)甲がCの相当数の頭髪を根元から切り落とした行為について
1 甲がCの相当数の頭髪を根元から切り落とした行為は傷害(刑法204条)にあたるか。それとも暴行(刑208条)にとどまるのか。
2 刑法では傷害については「身体の傷害」と規定しているだけで、その意味は必ずしも明らかではないため、解釈に委ねられている。傷害をもって、人の身体の完全性の毀損と理解も可能である。しかし、身体の毀損を伴わない生理的機能の障害という意味において理解することもできる。
3 本件の事案では、甲はCの相当数の頭髪を切り落とすなどした。存在ていした頭髪が失われたことからいえば、それは身体の完全性の毀損にあたる。しかし、それを根元から切り落としただけで、それは再び生えてくるのであって、頭髪の自然増毛の機能が侵害されたわけではない。
4 頭髪の増毛機能に障害が及ばない程度の身体の完全性の毀損は暴行として扱えば足りる。
5 以上から、甲には暴行罪(刑法208条)が成立するにとどまる。

(3)甲がA宅に約3千回の無言電話をかけ、Bを重度のうつ病にした行為について
1 甲がBだけが在宅するA宅に無言電話を3千回かけ、Bを重度のうつ病にした行為は傷害にあたるか
2 傷害(刑法204条)の意義を生理的機能障害と捉えると、うつ病は自然に治るのは困難な病気であり、その回復には医師の診断・治療が必要である。他人をうつ病にしたことは生理的機能障害であり、傷害にあたると言えそうである。
3 しかし、傷害は一般に人の身体に対する有形力の行使から生ずるものと考えられるので、本件の無言電話のような無形的方法によって果たして生理的機能障害が生ずるものなのか、また生じたとしても、それを傷害として扱うことができるのか。
4 刑法204条は傷害につき「人の身体を傷害した」と規定し、生理的機能障害である傷害を惹起する方法については有形的方法に限るとは明示していない。そうすると、そこに無形的方法も含まれると解する余地があるといえる。甲の約3千回の無言電話により、Bにうつ病がはっしたことから、それは傷害にあたるといえる。ただし、甲には無言電話を行っている認識はあっても、それによってうつ病が発生すること、さらにそれが傷害にあたることを認識していたといえるか。つまり、傷害罪の故意があったといえるか。数回の無言電話であれば「嫌がらせ」程度の認識しかなく、うつ病を発生させる認識まではなかったと思われるが、約3千回の無言電話をかけ続けたことから、Bに対して何らかの精神的不安や恐怖、それに起因する心的ストレスなどを発生させる認識は、少なくともその未必の認識はあったと思われる。そうすると、甲には傷害の故意があったといえる。
5以上から、甲には傷害罪(刑法204条)が成立する。

(4)甲には、Cに対する2件の暴行罪(刑法208条)とBに対する傷害罪(刑法204条)が成立する。
 Cに対する2件の暴行罪は包括一罪の関係にたち、それとBに対する傷害罪は併合罪(刑法45条前段)の関係。