Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

22論述刑法Ⅰ(02)

2022-04-18 | 日記
 第01問A 不真正不作為犯①
 甲は、深夜、自動車の運転を誤って歩行者Aをはね、重傷を負わせた。甲はいったん自動車から降りてAの様子を見たが、「死ぬことはないだろう」(殺意なし)と思い、その場にAを放置して自動車で走り去った。その後、たまたま現場を自動車で通りかかった乙は、人が道路上に倒れているのに気づき、その人を病院へ運ぶために自動車に乗せ、発進させた。しかし、途中で顔を見ると、以前からうらみに思っていたAであることに気づいた。乙は、「こんな奴は死ねばいい」(殺意あり)と思い、暗く交通量の少ない道路上に自動車を停め、Aを車から降ろして、放置して走り去った。そのため、数時間後にAは死亡した。なお、Aは病院へ運べば救命可能であったものとする。甲および乙の罪責を論ぜよ。


 論点
 1)A死亡と因果関係があるのは誰の行為か(甲の行為とA死亡との間に第三者・乙の行為が介在した場合、Aの死亡と因果関係が成立するのは甲の行為か、乙の行為か)
 2)「ひき逃げ」(道路交通法の救護義務違反の罪〔救助しない不作為犯〕)と刑法の(不作為による)「保護責任者遺棄罪」の違い
 3)殺意に基づいて置き去りにして死亡させた不作為に殺人罪(作為犯形式の犯罪)の構成要件該当性を認めることができるか(不真正不作為犯の成立要件)


 答案作成の一般的順序
1事実関係と問題の所在 問題文から事実関係を抽出し、「〇〇罪にあたるか」と問題を設定する。
2犯罪成立の前提要件  〇〇罪にあたるためには、〇、△、□の要件が必要である。
3要件のあてはめ    要件が満たされているので、〇〇罪が成立するように思われる。
4論点・争点の解説   しかし、〇ないし△の要件が満たされているといえるか、と問題を提起。
5結論         成立する罪名(条文番号)を書いて、結論を示す。


(1)甲の罪責
1甲は自動車を運転し、歩行者Aに重傷を負わせた。この行為が過失運転致傷罪にあたる。では、Aをその場に放置して逃走した行為(不作為)が保護責任者遺棄罪にあたるか。さらに、最終的にAは死亡したが、この結果は甲のどの行為に起因するのか。それとも、死亡結果は後に説明する乙の行為に起因するのか。
2過失運転致傷罪とは、自動車の不注意な運転から歩行者などの交通関与者を負傷させる行為である。保護責任者遺棄罪罪とは、保護責任者が要扶助者を遺棄する行為である。
3甲は自動車の運転を誤ってAをはね、重傷を負わせたので、過失運転致傷罪が成立することは明らかである。では、甲がAを置き去りにした行為は保護責任者遺棄罪にあたるか。保護責任者遺棄罪が成立するためには、甲にAを保護すべき義務がなければならない。甲が負傷したAを自動車に乗せるなど保護を引き受ける行為(先行行為)を行っている場合、甲がAを排他的に支配し、他の者がAの保護に関与できないようになっているので、甲は保護責任者にあたる。しかし、甲は事故後にAの様子を見ただけで、保護を引き受ける行為を行ってないので、保護責任者にはあたらない。したがって、甲がAを負傷させた後、置き去りにした行為は保護責任者遺棄罪にあたらない。ただし、道路交通法上の救護義務違反に問われる。
4では、Aは後に死亡したが、この結果は甲の過失運転致傷罪に起因するか。それとも、乙の行為に起因するか。甲がAを放置して逃走した後、乙がAを自動車に乗せ、その後、暗く交通量の少ない道路上に置去りにし、その後Aは死亡している。つまり、甲の行為後に第三者・乙の行為が介在して、Aが死亡している。
 甲は運転を誤ってAに重傷を負わせたので、そのような危険な行為からAが死亡することは経験的に通常あり得ることである。そうすると、Aの死亡は甲の過失運転に起因しているといえそうである。しかし、甲の行為後に乙のような第三者が現れて、Aの保護を排他的に独占し、暗く交通量の少ない道路上に連れて行き、そこに放置するような行動に出てることは通常予見できるものではない。しかも、Aの保護を引き受けた乙がAを病院に搬送していたならば救命が可能であった以上、Aの死亡が甲の過失運転に起因したとはいえないように思われる。
 そうすると、(2)で述べるように乙がAを自車に乗せ、その生命を排他的に支配している以上、Aの死亡は乙の置去りによるものといえる。
5以上から、甲には過失運転致傷罪と救護義務違反の罪が成立する。


(2)乙の罪責
1乙は負傷したAを死亡させる意図から暗い交通量の少ない道路に放置し、死亡させた。この行為は殺人罪にあたるか。
2殺人罪は他人の生命を侵害しうる危険な行為を行い、それによって被害者を死亡させる罪である。それは通常は作為によるが、不作為によっても被害者の生命侵害を引き起こすことは可能である。
3不作為による殺人罪が成立するには、被害者の生命に対する危険を除去すべき地位、または生命を救命すべき地位にある者(保障者的地位)が、その作為が可能であり、かつ容易であるにもかかわらず(作為の可能性と容易性)、その作為義務をなさずに、その結果、被害者の生命侵害を阻止せず(不作為と結果の因果関係)、かつその認識がある場合(作為義務違反による死亡結果発生の認識=殺人の故意)に成立する。
4乙はAを病院に運ぶために、自車に乗せて発進させた。これによりAの生命を排他的に支配し、それを救命すべき地位にあったといえる。また、自動車でAを病院に運ぶことは容易であり、深夜であっても可能であり、かつ容易であったといえる。それにもかかわらず、Aを暗い交通量の少ない道路に置去りにした。しかも、この時点において病院に運べば救命可能であった。そうすると、Aの生命を排他的に支配しうる地位にあった乙がAを病院に運ばずに、置去りにし、そのため数時間後にAを死亡させ、かつ「死ねばいい」と思っていたので、乙には殺人罪が成立するといえる。
5従って、乙には殺人罪が成立する。


(3)結論
 甲には過失運転致死罪および救護義務違反の罪が成立する。乙には殺人罪(刑199)が成立する。


 第02問A 不真正不作為犯②
 XとAは、共同して過失による交通事故を装って保険金を詐取することを企てた。深夜、XとAは、バイクに乗って人のほとんど通らない山奥へ行き、そこで、XはAにわざとバイクで衝突した。しかし、坂道であったためスピードがですぎてしまい、XはAに強く衝突し、Aに「重傷」を負わせた。Xは急いでAをB病院へ運び、医師Yに診療を求めたが、たまたまB病院には同時に軽傷者の町長Cが急患として運ばれていた。深夜であったためB病院には医師は医師Yしかいなかったので、AC2人の患者を同時に診療を申し込まれたYは、Aは死んでもやむを得ないと思い、Aを放置し、「軽傷」の町長Cを診療した。その結果、「重傷」のAは、YがCを治療している間に失血多量により死亡した。XおよびYの罪責を論ぜよ。
 (参考条文)
 医師法19条1項 診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、……これを拒んではならない。
 論点 1被害者の承諾(被害者のどのような承諾であれば、行為の違法性を阻却することができるか) 2不真正不作為犯の実行行為性(不作為が作為犯の構成要件該当行為にあたるためには、どのような要件が必要か) 3義務の衝突(C治療義務を履行すると、A治療義務を履行できなくなる。2つの義務の履行が二律背反の関係ある場合、A治療義務違反の不作為は作為犯の構成要件に該当するか)
 答案構成
(1)Xの罪責
1Xは保険金詐取のためにAと共謀して、交通事故を装い、Aに想定していた以上の重傷を負わせた。Aは失血多量により死亡した。この行為は何罪に問われるか。
2傷害致死罪とは、人に対して故意に暴行や傷害を行い、死亡を発生させた場合に成立する。Xはバイクを運転して衝突しAを死亡させているので、過失運転致死罪が成立すると思われるが、Xはバイクを故意にAに衝突させる認識はあったので、故意に負傷させたといえる。過失運転致死罪ではなく、傷害罪の構成要件に該当する。
3Xは事故を偽装し、Aに重傷を負わせた後、Aを病院に運び、医師Yに治療を求めたが、YはAを治療せずに、放置した。Xの行為はAへの傷害のみならず、その死亡とも因果関係があるか。因果関係が認められるならばXの行為は傷害致死罪の構成要件に該当する。
 XがAに重傷を負わせなければ、死亡することはなかったといえるので、Xの行為とA死亡との「条件関係」を認めることができるが、事故後、医師Yの治療義務違反が介在しているので、因果関係の成否が問題になる。
 Xが行為後にAをB病院に搬送した後、医師法では医師の治療義務違反は禁止されているので、医師Yがその治療にあたるのが通常である。たとえAが重傷を負っていようとも、Yが治療していたならば、死に至ることを防ぐことは十分に可能であったであろう。そのように解すると、Yが治療義務に違反することは、それを要請したXだけでなく、一般人にも通常はありえない、予見しえないことであり、Aの死亡はXの運転行為に起因して発生したのではなく、むしろYの治療義務違反に起因していたといえる。Xの行為は傷害致死罪ではなく、傷害罪の構成要件に該当するだけである。
4しかし、AはXと交通事故を偽装することを企てたのであり、怪我を負うことに同意していた。そうすると、Aによる承諾があったことを理由に傷害罪の違法性が阻却されるか否かが問題になる。被害者Aの承諾を理由に傷害罪の違法性が阻却されるならば、無罪である。
 構成要件該当行為の違法性が被害者の承諾によって阻却されるのは、保護法益の処分を被害者個人に認められている個人的法益に対する罪に限られる。傷害罪は身体の完全性または生理的機能を保護法益とする犯罪であり、その法益の処分権は被害者である個人に認められている。ただし、被害者が承諾している事実だけで、その違法性の阻却を認めることはできない。被害者が承諾している事実に加えて、被害者が承諾するに至った動機、それにより実現される目的の正当性、行為者が被害者に対して行った行為の態様・方法の相当性、さらに傷害罪の場合、身体の損傷の部位、損傷の程度など諸般の事情を踏まえて、社会通念に照らして総合的に考慮して、違法性の阻却の可否を判断する必要がある。保険金詐取という動機・目的は社会通念から見て正当とはいえず、バイクによる衝突という方法・態様もまた相当とはいいがたい。従って、Aは傷害を被害を受けることを承諾していたが、保険金を詐取することを目的とした承諾を理由に、Xの傷害罪の違法性を阻却することはできない。
5 従って、甲には傷害罪が成立する。
(2)Yの罪責
1医師Yは、重傷を負ったAを「死んでも止むを得ない」と思いつつ治療せず放置した。Aはその後、死亡した。この治療義務に違反した不作為は殺人罪にあたるか。
2殺人罪とは、他人の生命を侵害しうる危険な行為を行い、それによって死亡させる罪である。それは通常は作為によって行われるが、不作為によっても被害者の生命侵害を惹起することは可能である。
3不作為による殺人罪が成立するには、被害者の生命に対する危険を除去する作為、または生命を救命するための作為を行うべき地位にある者(保障者)が、その作為が可能で、かつ容易であったにもかかわらず(作為の可能性と容易性)、その作為義務を怠り(作為義務に違反した不作為)、被害者の生命侵害を回避しなかった場合(不作為と結果の因果関係)に成立する。さらに、作為義務違反と結果の発生の認識(故意)が必要である)
 YはXからAを治療するよう求められた。医師法では診療治療の求めがあった場合には、医師はこれを拒んではならない。深夜であっても、診療・治療を行っている場合、治療が可能であったならば、それに応じなければならない。治療義務を果たしていたならば、Aは死ぬことはなかったと認めれるならば、Yが治療義務に違反し、Aの死亡結果を防がなかった不作為は、殺人罪の構成要件に該当する。
4ただし、YはXから治療を求められた時点で町長Cの治療を行っていた。Yは医師としてCをも治療すべき義務を負っていた。このようにCの治療とAの治療という2つの治療義務が存在し、一方の義務(Cの治療)を履行するならば、他方の義務(Aの治療)を履行しえないような「義務の衝突」のおいて、一方の義務を履行し、他方の義務を履行しなかったために、そこから死亡結果が発生した場合、どのように解すべきか。Aの治療義務違反は殺人罪の構成要件に該当するか。このような場合、その義務を履行しなかったことが、社会的に見て相当といえるなら、たとえ殺人罪の構成要件に該当しても、その違法性を阻却することが認められる。本件の場合、YはすでにCを治療していたので、Cの治療を優先することが認められそうである。しかし、Cは軽傷であり、Aは重傷であった。この事情を踏まえるならば、Aの治療を優先されるべきである。YがCの治療を優先したためAを治療せず、それによって死亡させたことは、社会的に相当とはいえない。殺人罪の違法性は阻却されない。
5 従って、Yには殺人罪が成立する。
(3)結論 以上から、Xには傷害罪(刑204)が成立する。Yには殺人罪(刑199)が成立する。