Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

2017年度刑法Ⅰ(第12回)刑事判例資料

2017-06-26 | 日記
【79】結果的加重犯の共同正犯(最三決昭和26・3・27刑集5巻4号686頁)
【事実の概要】
 「被告人X」は、Y・Z・Wと強盗を共謀し、「X・Y」は見張りを担当し、「Z・W」は拳銃1挺、鰻(うなぎ)包丁1挺をそれぞれ携えて被害者方に侵入し、ZはA・Bほか4名に対し拳銃を擬して「静かにしろ」、「金を出せ」等と言って脅迫した。Aは、恐怖のあまり、缶に入れてあった現金を提出した。
 Zはそれを受け取り、なかを見たが、その金額に不満だったため、WにAらを監視させ、屋内の物色を始めようとしたが、Bが非常ベルを鳴らしたので、WがBらに向け発砲し、Bの腹部に弾丸を命中させ、Bを死亡させた。「Xら4名」は財物を得ずして逃走した(財物奪取は未遂)。「Z・W」は、Aらに泥棒、泥棒と連呼されて追跡され、たまたま同所を通り掛かった巡査C・Dに発見されて、Wはその場で逮捕された。「Z」はなおも逃走したが、巡査Dに追い付かれ、逮捕されそうになったために、鰻包丁でDの頸部等を数回斬り付け、Dを出血死させた(殺意は認定されていない)。

【争点】
 Wが強盗の実行に着手した後、Bに発砲したとき、殺意があった場合、それは「強盗殺人」になる。他の共同正犯者に殺意がなかった場合、彼らには「強盗致死罪」が成立する。
 Zが巡査Dの頭部を包丁で刺したときに、殺意があったとは認定されていない。この行為に強盗致死罪が成立するためには、それが強盗の機会継続中に行われたと認定されなければならない。他の3名にも、強盗殺人、強盗致傷の共同正犯が成立する(罪数関係は併合罪または包括一罪)。

 Xが他の3名と実行した行為は強盗殺人である。しかし、Zが行った巡査Dへの行為は、その強盗殺人罪が終了した後であり、それはZが犯行場所を異にして単独で行ったものであるので、つまり先に行なわれた強盗殺人罪の機会または継続中ではないので、Xには関係がないと主張した。また、強盗殺人罪の機会または継続中であったとしても、Zが逃走中に巡査に切り付けるような行動に出ることは、Xには予見しえず、強盗致死罪の成立を認めた原審の判断は不当であるとして、上告した。

【裁判所の判断】
 ZがDに対して行なった傷害致死は、Xらを含む4名の間で共謀された強盗の機会において行なわれたものといわなければならないのであって、強盗について共謀した4名の共犯者は、そのうちの1人が強盗の機会において為した行為についても責任を負うべきものである。それは、当裁判所の判例とする処である(昭和24年(れ)第112号同年7月2日第2小法廷判決)。それ故、被告人Zの行為について、被告人(X)も(強盗致死罪の)責任を負わなければならず、論旨は理由がない。

【解説】
 強盗(既遂・未遂)の実行後、「その手段行為である暴行」から被害者の死亡結果が発生した場合、強盗致死罪が成立する。強盗致死罪は、結果的加重犯の一例である、成立要件としては、強盗(既遂・未遂)と死亡との間に因果関係があれば足りるというのが判例の立場である。では、次の場合はどうか。強盗(既遂・未遂)の実行後、その現場の付近において、その機会・継続中に、追跡する被害者に対して「新たな暴行」を行ない、死亡させた場合である。このような場合、強盗(既遂・未遂)罪と傷害致死罪の2罪(併合罪)が成立するのか。それとも強盗致死罪が成立するのか。

 結果的加重犯としての強盗致死罪について、その加重結果である致死は、強盗の手段行為である暴行・脅迫から生じたものに限るのが「手段説」であり、強盗(既遂・未遂)後、その機会・継続中に行なわれた新たな暴行から生じた場合も、強盗致死罪の成立を認めるというのが「機械説」である。

 判例は、Zが行なったD殺害は、Xらと共謀した強盗の機会において行なわれたものであると認定し、強盗致死罪の成立を認めている。つまり、Xらと共謀して実行した強盗罪の手段行為の暴行から致死結果が発生した場合だけでなく、その機会に行なわれた暴行から生じた場合においても、傷害致死罪が成立すると解している。つまり、判例は「機会説」に立っているのである。

 「機会説」の立場から強盗致死罪を捉えると、強盗致死罪には「強盗の手段行為である暴行およびその機会に行なわれた暴行」から致死が生じた場合なので、共犯者の1人が強盗の機会に行なった暴行から致死結果が生じた場合は強盗致死罪が成立し、他の共犯者もその責任を負わなければならない。従って、強盗致死罪の共同正犯が成立する。

 これに対して、「手段説」の立場から強盗致傷罪を捉えると、それは、「強盗の手段行為である暴行(脅迫)」から致死が生じた場合に成立するだけなので、強盗の機会に行なわれた暴行から致死が生じても、それは「強盗の手段行為である暴行」ではないので、Zには強盗罪と傷害致死罪の(併合罪)が成立するだけである。共犯者の1人であるDが強盗後に傷害致死罪を行なっても、他の共犯者はそれを共謀していないので、責任は及ばない。他の共犯者には強盗罪の共同正犯が成立するだけで、傷害致死罪の共同正犯は成立しない。

 判例は「機会説」に立っているが、「機会説」が妥当であったとしても、強盗の機会に行なわれた暴行が他の共犯者に予見可能であったのか、また予見可能であっても、そこから致死という加重結果が生ずることが予見可能であったのかという問題は残る。しかし、判例は、一般に結果的加重犯の加重結果について予見可能性を不要としているので、全く問題にはならな。しかし、上告したXとその弁護人は、Zのさらなる暴行は予見可能ではなかったと主張した。これは、結果的加重犯における加重結果について、予見可能性を必要とする学説の立場に基づいている。




【80】過失犯の共同正犯(東京地判平成4・1・23判時1419号133頁)
【事案の内容】
 被告人XとYは、地下洞の電話ケーブルの保守・点検を行なう下請会社の作業員であった。両名は、2人で共同・分担しながら、地下洞において、各人が点火したトーチランプを1個を用いて、ケーブルの接続部の鉛管を溶かし、その断線部を探索するという作業に従事していた。ケーブルは上下に2本張られてあり、作業対象のケーブルの下に張られてあったケーブルには、切断の際に飛び散る火花がかからないよう布製の防護シートを掛けた。

 Xは、断線すべき箇所を発見し、修理方法等を検討するため、Yとともに、いったん地下洞から退出した。しかし、その際に、トーチランプの消火を相互に確認せずに、そのランプを防護シートに近接した場所に置いたまま立ち去った。そのため、そのうちの未消火の1つの炎が防護シートに着火し、それがケーブル等に延焼し、ケーブル104条(本)、治下洞の道の壁面225メートルを焼損させ、地下洞道につながる世田谷電話局に延焼するおそれのある状態を発生させた。

【裁判所の判断】
 切断対象ケーブルの下のケーブルには、右のとおり布製防護シートが垂らされており、それに近接した場所にはトーチランプが置かれていたのであるから、XとYは、洞道外に退出するにあたり、右シートにトーチランプの炎が着火し、火炎が発生する危険があり、これを十分に予見することができた。したがって、右危険を回避するためには、X・Y両名において、前記作業で使用した計2個のトーチランプを指差し呼称するなどして確実に消火し、そのことを相互に確認し合い、共同して火災の発生を未然に防止すべきであった。それにもかかわらず、右2個のトーチランプの炎が確実に消火しているか否かにつき何らの相互の確認をすることなく、トーチランプを前記防護シートの近接位置に置いたまま、被告人両名共に同所を立ち去った。以上から、XとYは、過失により、右2個のトーチランプのうち、とろ火で点火されたままの状態にあった1個のトーチランプの炎を消さずに、その炎を前記防護シートに着火させ、上記火災を発生させ、それをもって公共の危険を生じさせたと認定できるので、XとYに対して、業務上失火罪の共同正犯が成立する。

【解説】
○被告人らが共同して行なった行為
 被告人2人は、地下洞道内の電話ケーブルの保守・点検のために、各々洞道内でトーチランプを点火し、ケーブルの接続部の鉛管を溶かして断線部を探索する作業を行なった後、トーチランプを防護シートの近接位置に置いた。

 いったん洞道から出るときに、ランプを消火する共同の義務を履行しなかった。

 ランプの火がシートに燃え移り、火災が発生した。

 →共同実行の事実あり
  共同実行の意思あり(法益侵害の発生を含まない一定の作業〔事実的行為〕の共同実行の意思)

○その行為から発生することが予見可能な結果
作業対象のケーブルの下に不の性の防護シートをかけ、それにトーチランプの炎が接して着火し、火炎が発生する危険があった。この危険の発生は、十分に予見可能であった。

○その結果の回避のために行なうべき共同の義務
作業で使用した計2個のトーチランプが消えていることを指を差して、確認するなどして、確実に消火したことを互いに確認し合い、共同して火災の発生を防止すべき義務があった。

○その結果回避のための共同義務の違反
トーチランプの炎が確実に消火しているか否かについて、お互いに確認せずに、トーチランプを防護シートの近接位置に置いたまま、被告人両名共に同所を立ち去った共同の義務違反によって、トーチランプから炎を防護シートに着火させ、火災を発生させ、それをもって公共の危険を生じさせた。

 裁判例は、過失犯の共同正犯を肯定している。共同正犯には、故意犯の共同正犯だけでなく、過失はんの共同正犯もまた含まれる。共同正犯は、犯罪の共同実行の事実とその共同実行の意思から成り立つが、犯罪の共同実行の意思のなかに、故意だけでなく、過失も入るというのが裁判例の携行である。つまり、法益侵害の発生に関して共通の認識(故意)がなくても、保守・点検作業のような事実的行為について共通の認識があれば足りるのである。

 過失犯の共同正犯には、共同実行の意思として、保守・点検作業のような事実的行為について共通の認識があれば足りるが、そこから一定の法益侵害が発生することが予見可能で、かつ回避可能でなければならない。このような場合に共同の結果予見義務と結果回避義務が課され、この義務に共同して違反した場合に過失犯の共同正犯になるのである。かりに作業関係者の1人が、他の関係者に対して、共同義務を履行するよう強く進言したが、「その必要はない。安全性確認は十分に尽くされた」などと述べて、結果回避義務を尽くさなかったために、結果が発生した場合、共同義務の履行を求めた関係者は、その義務の履行の努力を尽くしたので、他の関係者と同じ様に義務違反があると認めることはできない。進言義務を尽くした者については、過失の成立を否定すべきである。




【88】共犯と過剰防衛(共同正犯と違法性阻却)(最二決平成4・6・5刑集46巻4号245頁)
【事案の内容】
 Xは、飲食店に勤務する友人と電話で話をしていたところ、店長Aから長電話はだめだと言われ、一方的に切られた。それに立腹し、再度電話したところ、友人への取次を拒否された。これに憤慨し、Yとタクシーに乗って、Yに包丁を持たせて、一緒にAの店に向かった。
 Xは、タクシー内で、「おれは顔が知られているから、お前が先に行ってくれ。けんかになったらお前をほうってはおかない」と言い、XはAを殺害することもやむを得ないとの意思の下に、「やられたらナイフを使え」とYに指示して、説得した。到着後、XはYを店の出入口付近に行かせ、離れたところで待機していた。
 Yは、Aとは面識がないから、いきなり暴力を振るわれることもないだろうと考え、Xの指示を待っていたところ、店から出てきたAにXと間違えられ、いきなり首をつかまれ、引きずりまわされたので、殴り返すなどしたが、頼みとするXの加勢も得られないまま、路上に倒された。Yは、自己の生命・身体を防衛する意思で、とっさに包丁を取り出して、Aを殺害してもやむを得ないと決意し、Aの左腹部を数回刺し、死亡させた。

 第1審(東京地判平成元・7・13)は、次のように判断した。XとYは、Aの店に向かうタクシー内で未必の故意による殺人罪を共謀し、Aを殺害した。この行為は、殺人罪の構成要件に該当する。X・Yは、Aに対して積極的加害意思をもって現場に臨んだので、AによるYへの暴行には急迫性はなく、YによるAへの反撃は防衛行為にはあたらない。それゆえ、X・Yには過剰防衛は成立しない。従って、X・Yには、殺人罪の共同正犯が成立する。

 これに対して、控訴審は次のように判断した。Xは、タクシー内において、Aが侵害を加えてくることを予期し、Aを殺害する意思があった。従って、Yに対するAの侵害は、Xから見れば、積極的加害意思があるがゆえに、急迫性が否定される。これに対して、YがAを殺害する意思を生じたのは、Aから突然暴行を受け、それに反撃することを決意した時点であり、Aの暴行はYにとっては急迫不正の侵害にあたる。YがAを殺害する意思が生じた時点で、Xとの間にA殺害の共謀が成立したといいうことができる。ただし、Yの反撃は防衛の程度を超えた過剰なものであった。以上から、X・Yの行為は殺人罪の構成要件に該当し、YはAの急迫不正の侵害に対して防衛の程度を越えた行為を行なったので、過剰防衛(刑36②)である。Xは、Aの侵害を予期し、積極的加害意思もあったので、そもそも侵害の急迫性はないので、過剰防衛は成立しない。

【争点】
 殺人の共謀の成立時期。共同正犯者間における違法性阻却の効果。

【裁判所の判断】
 共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の1人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。
 Xは、Aの攻撃を予期し、その機会を利用してYをして包丁でAに反撃を加えさせようとしていたものであるから、積極的な加害の意思で侵害に臨んだものであるから、AのYに対する暴行は、積極的な加害の意思がなかったYにとって急迫不正の侵害であるとしても、Xにとっては急迫性を欠くものであって、Yについて過剰防衛の成立を認め、Xについてこれを認めなかった原判断は、正当として是認することができる。

【解説】
 急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、犯罪の構成要件に該当しても、その違法性が阻却され、処罰されない。ただし、防衛の程度を超えた場合は過剰防衛として、その刑を減軽または免除することができる。判例は、侵害が予期されていても、そのことをもって急迫性が否定されるわけではないが、それを機械に積極的に害を加える意思があった場合には、急迫性が否定されると解している。

 X・Yの共同正犯者のうち、Xに積極的加害意思があり、Yにはなかった場合、不正の侵害の急迫性はYとの関係において否定されるのか。つまり、急迫性は客観的に判断されるのではなく、積極的加害意思の有無との相対的な関係において決まるのか。本判例では、Xはタクシー内でAを殺害する意思があったが、YはAから暴行を受けた時に殺害することを決意したので、XとYのA殺害の共謀はYがAを殺害する意思を生じたときであり、Xには積極的加害意思があったので、Aの侵害は急迫でなかったが、Yには急迫なものであったと認定した。

 XとYは、殺人罪の構成要件に該当する(殺人罪の共同正犯)。
 Yには刑法36②の過剰防衛の規定が適用されるた、Xには適用されない。
 共同正犯は、構成要件該当性のレベルの議論であり、違法性阻却は個別的に判断される。

 以上の判断は、共同正犯の間だけでなく、正犯と共犯の間においても妥当する。XがYにAのところに行かせたが、AがYに突然襲い掛かってきたため、Yは自己の身を守るために、やむを得ずAを殺害した場合、Aの侵害はYにとっては急迫であったため、Yには殺人罪の過剰防衛が成立するが、XはAがYに襲いかかってくることを事前に知り、Yが防衛のための行為を行ない、それによってAが害を受けることを期待していた場合、Xには積極的加害意思があることになるので、Xとの関係においてはAの侵害には急迫性はないので、殺人罪の教唆に対して過剰防衛の規定は適用されない。




【89】共犯と錯誤(1)(最三判昭和25・7・11刑集4巻7号1261頁)
【事実の概要】 Xは、Yに対して、Aが金銭を持っていることなどを話した。それを聞いたYは、Aに対して強盗を行うことを決意し、Zら3人と共に、日本刀やバールなどを携えてA宅に侵入したが、母屋に入ることができず、いったん断念した。しかし、「更に同人等は犯意を継続し」、Aの隣家であるB電気商会に押し入ることを謀議し、決行することとした。Yは、B宅付近で見張りをし、Zら3人は、それに侵入し、就寝中のCを脅迫して金銭を強取した。
 原審広島高岡山支部は、YとZら3人に、A宅への住居侵入罪とは別に、B宅への住居侵入罪と強盗罪の共同正犯の成立を認めた。Xには、住居侵入罪の教唆と窃盗罪の教唆の成立を認め、両罪は刑法54条後段の牽連犯の関係に立つものとした(広島高岡山支部昭和24・10・27)。
 これに対して、Xとその弁護人は、XがYに教唆したのは、「A宅への侵入とそこでの窃盗」であるから、YらのA宅への侵入について教唆は成立するが、母屋での窃盗は行なわれていないので、窃盗罪の教唆は成立しないし、またB宅への侵入と窃盗を教唆していないので、B宅への住居侵入と窃盗の教唆は成立しないと主張し、窃盗罪の教唆の成立を認めた原審には擬律錯誤の違法があるとした。
【裁判所の判断】 犯罪の故意あると認定するには、犯人が認識した事実と、現に発生した事実とが、具体的に一致(符合)することを必ずしも要するものではなく、右両者が、犯罪の類型(定型)として規定している範囲(構成要件の犯意)において一致(符合)することで足りつと解すべきであるから、Yら4人に成立すると判断された住居侵入罪と強盗罪の共同正犯が、被告人Xの教唆に基づいてなされたものと認められる限り、被告人Xは住居侵入罪と窃盗罪の教唆犯としての責任を負うべきことは当然である。
 被告人Xの本件教唆に基づいて、Yらの犯行が行なわれたと言い得るか否か、換言すればXの教唆とYらの犯行との間に因果関係が認められるか否かという点について検討すると、原判決中に「更に同人等は犯意を継続し」とあることからすれば、原判決は、被告人Xの教唆とYらの行為との間に因果関係ある旨を判示する趣旨と解すべきように思われるが、……Yの供述記録によれば、……諦めて帰りかけたが、右3人は、吾々はゴットン師であるから、ただでは帰れないと言い出し、隣のラヂオ屋に入って行ったので自分は外で待っていた旨の記載があり、これによればYがB方において犯行を行なったことは、被告人Xの教唆に基づいたものというよりは、むしろYは一旦右教唆に基づく犯意は障碍(A宅の母屋に入れなかった)のために放棄し、その後、たまたま共犯者3名が強硬に判示B電気商会に押入ろうと主張したことに動かされて決意を新たにして遂に敢行したものであるという事実が窺われないでもないない。これらを綜合すると、原判決の趣旨が、被告人Xの教唆とYらの犯行との間に因果関係があるものと認定したものであると明確に言いうるか否かは疑問であると言わなければならない。そうすると、原判決は結局、罪となるべき事実を確定せずに、法令を適用し、被告人Xの罪責を認めたといえるので、理由不備の違法あることに帰し、論旨には理由がある(破棄差戻し)。
【解説】 この事案には、2つの論点がある。1つは、共犯における錯誤の問題である。もう1つは、共犯と正犯の因果関係の問題である。まず、共犯における錯誤の問題について。錯誤には2つの類型がある。1つは事実の錯誤、もう1つは違法性の錯誤である。事実の錯誤は、具体的事実の錯誤(錯誤が同一の構成要件の範囲内で生じている場合)と抽象的事実の錯誤(錯誤が異なる構成要件にまたがる場合)の2つの場合に分けられる。このような錯誤は、生じた結果に対して故意を阻却するか。通説・判例は、事実の錯誤のいずれの場合においても、行為者が認識した事実と現に発生した事実との間に構成要件の重なり合いがある場合、その部分について故意の成立を認める(法定的符合説・構成要件的符合説)。つまり、行為者が認識した犯罪が該当する構成要件と現に発生した犯罪が該当する構成要件とが重なり、包摂される場合、その重なっている部分の犯罪について故意の成立を認める。
 この法定的符合説は、正犯・共犯における事実の錯誤にも適用される。例えば、XがYに窃盗を教唆したところ、Yが強盗を行なった場合、窃盗罪の教唆と強盗罪の教唆とでは、「窃盗罪の教唆」の範囲内で構成要件(または教唆類型)の重なり合いが認められるので、Xには窃盗罪の教唆が成立する。
 もっとも、この結論は、Xの教唆とYの犯行との間に因果関係があることを前提としている。つまり、XがYに窃盗を教唆したから、Yが「強盗」を実行することを決意し、それを敢行したことを前提としている。本件の事案では、XがYに「A宅の住居侵入と窃盗」を教唆したところ、Yがそれを受けて、Zら3人と「A宅の住居侵入と強盗」を行なうことを共謀し、A宅の屋内に侵入したが、母屋への侵入を「いったん断念し」た。この時点で、YらにはAへの住居侵入罪が成立する。窃盗については、実行の着手が認められないので、その点は不可罰である。Xにはその住居侵入罪の教唆が成立するだけである。その後、Yらは、「更に(同人等は)犯意を継続し、Aの隣家であるB電気商会に押入ることを謀議し、決行することとした」。Yは同家付近で見張りをし、Zら3人は屋内に侵入して、就寝中のCを脅迫して、金品を強取した。つまり、Xが行なったYへのA宅の住居侵入・窃盗の教唆とY・Zらが行なったA宅への侵入だけでなく、B宅への侵入と強盗との間に因果関係がある。XはA宅侵入・窃盗を教唆し、YらはB宅侵入・強盗を実行しているので、Xから見れば「方法の錯誤」があるが、Xによって形成されたYらの犯意は継続しているので、Xの教唆とYらの犯行には因果関係がある。Yらの犯意が継続していることが、両者の間の因果関係の存在を根拠づけている。
 Xは、YにA宅侵入・窃盗を教唆したところ、YらはA宅侵入・強盗を決意し、その実行をZら3人と共謀し、A宅侵入にとどまった。その後、B宅侵入・強盗を行なっている。このB宅侵入・強盗は、Xの教唆によるというよりは、YらがA宅母屋侵入を断念した後、Zらが強硬に犯行を主張したために、「決意を新たにして遂に敢行したものである」。「決意を新たにする」とは、Xの教唆によって形成された犯意とは別の犯意を形成したと理解することもできる。もしそうであるならば、Xの教唆とYらの犯行の因果関係を否定することもでききる。錯誤論の問題を検討するまでもなく、YらはXの教唆とは無関係にB宅侵入・強盗を行なったということである。
 しかし、Xの教唆→Yの犯行の意思→Zらとの共謀→Y・Zらとの犯行の意思連絡→Yの犯行の意思の放棄。但し、Zらの犯行の意思の継続→ZらによるYへの強硬な説得という因果経過を見ると、Yの新たな決意とは、Zらよって形成された犯行の意思、つまりXの教唆によって形成された当初の犯行の意思であるといえる。従って、Xの教唆とYらの犯行の因果関係は否定されない。



【90】共犯と錯誤(2)(最一決昭和54・4・13刑集33巻3号179頁)
【事実の概要】
 X、Yら7名は、経営する店に巡査Aが強硬に立ち入り検査したことに憤慨し、Aに暴行、傷害を加える旨順次共謀した。X、Yらは、派出所前において罵声・怒号を浴びせたところ、Aがそれに応答したのに対して、Yが激昂し、携帯していた小刀で未必の殺意をもってAを刺し、出血死させた。

 第1審神戸地裁は、7名の行為は、「殺人罪の共同正犯に該当する」が、Yを除く6名は、殺意はなく、暴行ないし傷害の意思で共謀したものであるから、38条2項により、「傷害致死罪の共同正犯の刑で処断する」と判示した。原審大阪高裁も、この判断を維持した。

 Xらは、殺人の故意のない6名に「殺人罪の共同正犯が成立する」のは疑問であり、暴行罪または傷害罪が成立するにとどまると主張して上告した。

【裁判所の判断】
 殺人罪と傷害致死罪は、殺意の有無という主観的な面に差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから、暴行・傷害を共謀した被告人Xら7名のうちYだけが、Aに対して未必の殺意をもって殺人罪を犯した本件において、殺意のなかった被告人Xら6名については、(客観的に行なわれた)殺人罪の共同正犯と(主観的に行なおうとした)傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである。……もし犯罪としては重い殺人罪の共同正犯が成立し、刑のみを暴行罪ないし傷害罪の結果的加重犯である傷害致死罪の共同正犯の刑で処断するにとどめるならば、それは誤りといわなければならない。

【解説】
 共同正犯者間において、殺人(重い罪)の故意があった者と暴行・傷害(軽い罪)の故意しかなかった者がおり、被害者Aが死亡した場合、暴行・傷害の故意しかない者は、どのように処理されるのかが争点であった。過去の判例は、軽い罪の限度で故意が認められれきた。その場合、重い罪の共同正犯の成立が認められた上で、科刑については、軽い罪の故意を認め、軽い罪の共同正犯の刑が科されるのか、それとも最初から軽い罪の共同正犯の成立が認められるのかかは、不明であった。原審は、この問題に関して、Xら6名に対しては、殺人罪の共同正犯が成立するが、科刑のみ傷害致死罪の刑で処断するという判断を示したが、本決定は、傷害致死罪の共同正犯が成立すると判断した。暴行・傷害の故意が認められ、基本犯としては傷害罪が成立し、そこから加重結果である致死が生じているので、傷害致死罪の共同正犯が成立するということである。

 Xら6人は、主観的には暴行・傷害を実行する意思で、客観的に死亡結果を発生させているが、刑法38条2項によれば、軽い罪の暴行・傷害の故意しかなかった者を重い致死結果につき責任を認めることはできない。従って、殺人罪の共同正犯の成立を認めることhできない。ただし、傷害罪と殺人罪の2つの構成要件のうち、傷害罪の犯意で構成要件の重なりを認め、傷害罪の成立を認め、そこから致死結果が発生したとと認定し、傷害致死罪の共同正犯の成立を認めることができる(法定的符合説・構成要件的符合説)。

 この判断は、軽い罪の故意しかなかった者の処断については問題ないが、重い罪の故意があった者についての判断方法については、いまだ明らかではない。つまり、本件では、殺人の故意のあったYの処断方法については明らかにはされていない。

 共同正犯は、故意犯の共同正犯に限ると解するならば(犯罪共同説)、Yの殺人既遂罪とXらの傷害致死罪の共同正犯を認めることはありえなが(これを完全犯罪強度失説という)、YはXらと傷害致死罪の共同正犯が成立し、それに加えて殺意がったので殺人既遂罪の「単独正犯」が成立し、傷害致死罪の共同正犯と殺人既遂罪の単独正犯は観念的競合の関係に立ち(刑54)、重い刑を定めた殺人罪で処断されると解することもできる(これを部分的犯罪共同説という)。

 これに対して、共同正犯は故意犯の共同正犯に限られず、過失犯の共同正犯、結果的加重犯の共同正犯もありうると解するならば(行為共同説)、故意犯と過失犯の共同正犯、故意犯と結果的加重犯の共同正犯もありうるので、端的にYの殺人既遂罪とXらの傷害致死罪の共同正犯の成立が認められる。

 本件では、殺意のあったYは上告していないので、明らかではないが、傷害致死罪の共同正犯と殺人既遂罪の単独正犯の観念的競合が認められるのか、それとも端的に殺人既遂罪の共同正犯が認められるのかは明らかではない。この問題について判例は、後のシャクティ事件で、部分的犯罪共同説に立つことが示された。

判例番号6シャクティ事件(最二決平成17・7・4刑集59巻6号403頁)
 X・YはAの保護責任者であるが、Xは殺人の故意で、Yは遺棄の故意で、Aを放置して死亡させた。

 Xに不作為による殺人罪(の単独正犯)が成立し、殺意のないYらとの間では(不作為による)保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯が成立する(部分的犯罪共同説を採用したと一般的に解されている)。




【77】共同正犯と幇助犯(1)(最一昭和567・7・16刑集36巻6号695頁)
【事案の概要】
 被告人Wは、かつて共にタイから大麻を持ち帰ったことのあるXから、再び大麻輸入の計画を持ちかけられ、その欲求にかられたため、自らは執行猶予中の身であることを理由に、これを断ったが、代わりの人物を紹介することを約束し、知人のYに事情を明かして協力を求めた。Yはこれに応えたので、WはYをXに引き合わせた。さらに、WはXに資金を提供し、大麻を入手したときは、それに見合う大麻をもらい受けることを約束した。Xは、さらに知人Zを誘った。Y・Zはタイに渡航し、そこで購入した大麻を日本国内に持ち込んだところ、税関係員に発見され、逮捕された。
 Wは、X・Y・Zの大麻輸入罪および関税法違反の罪のの共同正犯として起訴された。

 第1審と原審は、被告人Wに対して、大麻輸入罪と関税法違反の罪の共同正犯の成立を認めた。

 弁護人は、大麻輸入罪の実行行為を行なったのはX・Y・Z3名であり、被告人Wは3名に資金を提供するという有形的・物質的な方法によって、その実現を幇助しただけであり、それは大麻輸入罪の実行行為にはあたらないと主張した。従って、Wは麻薬輸入罪および関税法違反の罪の幇助犯として扱われるべきであると主張して上告した。

【裁判所の判断】
 被告人Wは、タイ国から大麻を輸入することを計画したXから、その実行担当者になって欲しい旨頼まれるや、大麻を入手したい欲求にかられ、執行猶予中の身であることを理由にこれを断ったものの、知人のYに対して事情を明かして協力を求め、同人を自己の身代わりとしてXに引き合わせるとともに、密輸入した大麻の一部をもらい受ける約束のもとに、その資金の一部をXに提供したというのであるから、これらの行為を通じて被告人がX・Yらと本件大麻輸入罪の謀議を遂げたと認めた原判断は、正当である。

【解説】
 事実関係は、以下の通りである。
1Xは、大麻輸入罪の意思があった。
2Xは、それを実行するために、被告人Wに実行担当者になってほしいと依頼した。
3Wは、これを断ったが、代わりにYを紹介した。
4Wは、さらにXに資金を提供し、大麻輸入後、それに見合う大麻をもらい受けることを約束させた。
5Xは、Zを誘った。そして、Y・Zをタイに行かせ、そこで大麻を入手させて、日本に輸入させた。

 裁判所は、以上の事実関係を踏まえて、被告人Wは、自ら大麻輸入罪の実行行為を行なっていないが、その共同正犯が成立すると判断した。この共同正犯は、大麻輸入罪の共謀共同正犯であると思われるが、大麻輸入の共謀は、どのようにして認定されたのか。それは、4の行為が行なわれたことを理由に認定されたと思われる。

 かりに、1・2・3の行為の後、5の行為が行なわれていたならば、Wは、Xの大麻輸入罪の幇助にとどまったのかもしれない。また、4の行為がたんなる資金の提供または貸与であったならば、幇助として認定されるにとどまったかもしれない。しかし、Wが行なった4の行為には、資金提供だけでなく、それに見合う大麻のもらい受けの約束なども含まれていた。それは、Xに対する有形的・物質的な援助にとどまらず、自ら大麻を(輸入し)獲得するために行なった行為行為である。4の行為は、こそのように認定できるので、WはXの大麻輸入を幇助したというよりは、むしろ大麻輸入の計画を資金面から積極的に提案したと認定できる。

 このようにWは、Yを紹介するという行為までは、幇助的な行為にとどまっていたといえても、その後は資金の提供をして、大麻輸入の共謀を行なっているので、共謀共同正犯を認める判例・学説の立場からは、被告人が共謀した大麻輸入につき、Wがの実行行為を行なっていなくても、Y・Zが行なっているので、共同正犯の成立を認めることができる。

 このように、一見すると「幇助」に見える行為であっても、その態様、その意図、その見返りとして予定されている行為などを総合的に勘案すると、「共謀」として認定される場合がある。大麻輸入罪の構成要件的行為は「輸入およびそれに近接した行為」であるが、共謀共同正犯を認める通説・判例の立場からは、さらに「その共謀」も含まれ、それは本来的には「幇助」でしかない行為をも包摂するまでに拡散している。




【78】共同正犯と幇助犯(2)(福岡地判昭和59・8・30判時1152号182頁)
【事案の概要】
 A、B、CおよびDは、Eを殺害して、その覚せい剤を強取することを計画をした。しかし、その後、計画を変更して、DはEに覚せい剤の取引のあっせんの話を持ちかけて、Eをホテルの一室に呼び出した。そして、覚せい剤の購入を希望している者が別室で待機しているように装い、Eに売買の話をまとめるには、現物を見せる必要があると述べ、Eから覚せい剤を受け取って、部屋を出た。その直後、Cが同室に入って、Eを拳銃で狙撃した。Eは、防弾チョッキを着用していたため、死亡しなかった。
 被告人は、Dの指示・命令に従って、ホテルの客室2部屋を手配した。そして、犯行の当日、覚せい剤の買い手と売り手Eの取り次ぎ役を装い、部屋を出てきたDから覚せい剤を受け取り、搬出・運搬するなどした。

 本件は、D・Cと被告人は、分離して審判された。まず、実行犯D・Cは、(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯で起訴されたが、DがEから「覚せい剤を受け取って、部屋を出た」行為は、窃盗罪(Eの意思に反する財物の占有の侵害)または詐欺罪(Eの錯誤に基づく財物の交付による受領)のいずれかにあたり、CがEを狙撃した行為は、Eへの財物の返還義務を免れ(それにより、不当な利益を得)た(利益)強盗殺人未遂にあたり、両罪は包括一罪の関係にあると認定された。

 ついで、被告人は、C・Dと共同して、(財物)強盗殺人未遂罪の実行共同正犯で起訴されたが、Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚せい剤の欠買手と売手Eの取次を装い、覚せい剤の運搬・搬入するなどした行為は、その幇助にとどまると判断された。

【裁判所の判断】
 被告人は、実行行為の一部を分担した事実があるにもかかわらず、Dら他の共犯者と共同して本件強盗殺人を遂行しようとするような正犯意思、すなわち共同実行の意思があった認めることはできないので、(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯ではなく、その幇助犯が成立するだけである。

【解説】
 この事案の判決は興味深く、共同正犯と教唆犯の区別基準を理解するうえで、非常に有益であると思われる。判決は、おおよそ次のようなことを述べている。

 被告人は、「Dの指示・命令により、ホテルの部屋を2室予約するなどし、覚せい剤の欠買手と売手Eの取次を装い、覚せい剤の運搬・搬入するなどし」、それが(財物)強盗殺人未遂罪の共同正犯であるとして起訴されたが、幇助にあたると評価された。

 正犯であるD・Cは、分離審判され、窃盗罪ないし詐欺罪と(利益)強盗殺人未遂罪の併合罪とされたが、被告人は、その幇助犯であると認定されたが、罪名は(財物)強盗殺人未遂罪の幇助であった。少し複雑な事案であるので、若干の説明が必要である。

1まず、DとCが行なった行為である。DとCは、Eから覚せい剤を窃取したのか、それともEを欺いて交付させたのか。前者であれば窃盗罪、後者であれば(財物)詐欺罪が成立する。

2Eは、窃盗罪または詐欺罪の被害者である。財産犯の被害者は、奪われた物を取り返す権利がある。財物の返還請求権といい、民法で保護された権利である。ただし、どのような物であっても返還請求できるわけではない。Eが盗まれたのは、所持することが法的に禁止されている覚せい剤である。Eに覚せい剤を取り戻す権利があるのか(不法原因給付物と財産犯の問題である)。

3ここでは、Eに覚せい剤を取り戻す権利があるとの前提に立つと、それは「財産上の利益」として刑法で保護される法益であると解される。その権利を「殺人未遂」という方法で侵害した場合には、(利益)強盗殺人未遂罪が成立することになる。

4被告人(アルファベット記号なし)は、D・Cとは別の裁判にかけられている。D・Cは、覚せい剤を奪うためにEを殺そうとした(財物)強盗殺人未遂罪で起訴されたので、被告人はその共同正犯として起訴されたのであるが、その幇助にあたると認定された。

5被告人の行為態様は、それ自体として見れば、(財物)強盗殺人未遂の共同正犯にあたるように見えるが、被告人がその行為に及んだ事情、犯罪全体における被告人の位置づけなどを考慮すると、あくまでも補助的な役割を担ったに過ぎないと認定することもできる。

6被告人の裁判では、正犯であるのか、それとも幇助犯であるのかが争点であったため、検察官はC・Dの行為が財物強盗殺人未遂なのか、利益強盗殺人未遂なのかを争わなかったと考えられる。

 したがって、重要なポイントは「5」における幇助の認定方法である。犯罪の全体の計画や実行過程(全体)のなかに、被告人の行為(個)を位置づけて観察すると、正犯のように見えるだけで、実は幇助犯でしかないことが明らかになる。




【84】間接幇助(最一決昭和44・7・17刑集23巻8号1061頁)
【事案の概要】
 わいせつフィルムを所有するXは、Aに対して、顧客へサービスするのであれば、フィルムをいつでも貸すと述べた。Aは、顧客の名前を明らかにせずに、Xからフィルムを借りた。AはこれをBに渡し、Bは某所においてCらに閲覧させた。Xは、わいせつ図画公然陳列罪の幇助にあたるとして起訴された。

 B・Cらは、フィルムを閲覧した。この行為は、わいせつ図画公然陳列罪(の正犯)にあたる。Aは、そのフィルムをBに貸した。それはその幇助にあたる。Xは、幇助犯Aを幇助した。Xに幇助犯の規定を適用できるか。

 刑法61条2項は、教唆者を教唆した間接教唆(Xが犯罪を実行するようYを教唆し、Yはその犯罪を自分では実行せずに、Zを教唆して実行させた)を処罰する規定を設けているが、刑法62条には幇助犯に対する幇助(間接幇助)を処罰する規定はない。そうすると、幇助犯Aを幇助したXには、わいせつ図画公然陳列罪の幇助にはあたるとはいえない。この点について、彦根簡裁は、XがBの名前を知らなくても、Aからフィルムを受け取った人物が、わいせつ図画を公然と閲覧するなどして陳列することを知りながら、その実行を容易にしたといえるので、Xにはわいせつ図画公然陳列罪の直接幇助が成立すると判断した。控訴審・大阪高裁は、本件は間接幇助の事案であるので、第1審判決が「直接幇助」の表現を用いたのは妥当ではないが、この程度の誤認は判決に影響を及ぼすものではないと述べて、Xの控訴を棄却した。

【裁判所の判断】
 Xが、Aまたはその得意先の者において、不特定の多数人が、本件フィルムを閲覧するであろことえを知りながら、それをAに貸与し、そのフィルムがAからBに貸与されて、BにおいてCらに閲覧させたのであるから、Xは正犯Bの犯行を間接に幇助したものとして、幇助犯の成立を認めた原判決の判断は相当である。

【解説】
 正犯が犯罪を実行するにあたり、それに物理的または心理的に役に立つ行為を行なった者は、幇助として処罰される。正犯が実行に至るまでに、様々な関与が考えられる。幇助を、正犯の実行を直接的に物理的・心理的に援助するのを「直接幇助」、幇助犯に対して物理的・心理的に援助するのが「間接幇助」である。

 刑法62条は、幇助を「正犯を幇助した者」と規定している。これは、「直接幇助」の規定であって、「間接幇助」のような形態の行為を処罰する規定ではない。従って、間接幇助を処罰することはできないはずである。しかし、そのように理解すると不都合な問題が出てくる。

 例えば、拳銃を用いたXによるA殺人、Xによる麻薬のAへの有償譲渡などの場合、Xが殺人や有償譲渡を行なうにあたって、YがXに拳銃を調達したり、麻薬を保管した場合、(直接)幇助として処罰されることは言うまでもない。では、さらに遡って、拳銃の調達や麻薬の保管をするYのために、Zが場所を提供した場合、Zにはどのような罪が成立するのだろうか。

 Zは、Yを介して、正犯Xを「間接的」に幇助している。それが刑法62条の幇助にあたるといえるならば、殺人罪の幇助、麻薬有償譲渡の幇助として処罰することができる。この場合、正犯Xは、Yによって幇助されている認識(意思連絡)はあるが、Zによって幇助されている認識はない。判例は、正犯と幇助の間には意思連絡は必ずしも必要ではないという立場に立っており(片面的幇助もありうる)、刑法62条の規定も、正犯を直接的にだけでなく、間接的に幇助すれば幇助犯が成立すると解釈できるので、幇助犯の成立の実質的必要性だけでなく、規定の形式からも、間接的な幇助に刑法62条を適用することができると解すべきである。

 なお、(直接)幇助犯も一種の犯罪であるので、(直接)幇助犯もまた「正犯」なので、(直接)幇助に対する(間接)幇助は、正犯に対する幇助なので、その幇助には刑法62条をストレートに適用することが認められる。

 しかし、幇助が犯罪であり、幇助の共同実行が犯罪の共同正犯であることを理由に、「幇助の正犯性」を肯定して、幇助犯という正犯に対する(間接)幇助もまた幇助だと論ずるのは、やや違和感がある。というのも、「正犯とは犯罪構成要件該当行為を行なった者である」という限縮的正犯概念とは異なる立場からの主張であるため、構成要件論を基礎に据えた犯罪体系論からは認めがたい。