Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(14)問題と解説

2020-08-06 | 日記
 次の問題に答えなさい。
 暴力団員の甲、乙及び丙は、対立する暴力団の組長Xを殺害することを相談した。甲は、「私がXに電話をかけて、私たちの組長が貴方に協議を申し入れたいと言っていると伝え、某日、某場所で待っているので、来て欲しいと連絡をとるので、丙は盗難車を用意し、犯行予定場所に向かい、それにXを乗せて待機してくれ。」と指示し、「乙は高濃度のクロロホルムをあらかじめ準備して、組長を装って車に乗り込み、車内でクロロホルムを浸したハンカチをXの鼻にあてて昏睡させて殺害の準備を整えた後、車内にXだけを残して、乙と丙が車を押して岸壁に転落させてくれ。」と述べて、甲・乙・丙の3人は、Xを海水の吸飲により窒息死させることを計画した。そして、犯行場所はY港、犯行日は○月○日午後○時と決め、それぞれ分担された作業の準備を始めた。甲は犯行場所には行かず、1人で事務所で待機することを乙・丙に了承させた。
 ところが、丙が犯行の当日に乙に電話をかけ、「いくらなんでも、対立する組長の暗殺なんてオレにはできない。オレは止める。待ち合わせの場所には行かない。」と言ったところ、乙は「何を言っているだ。すぐこい。」と命令したが、丙は待ち合わせのY港に現れなかった。乙は、甲に電話をかけて事情を話し、「仕方がない。私1人で実行することにする。」と計画の変更を提案し、甲もそれを了承した。
 甲から電話で連絡を受けたXが、待ち合わせ場所のY港に現れた。乙は、いきなりクロロホルムを浸したハンカチをXの鼻に押し当てた。そのため、Xは瞬時にして昏睡状態に陥った。乙はそのままXを海中に投棄するために港の岸壁からXを突き飛ばして、その場を立ち去った。
 なお、検死の結果から判明したところによれば、乙が用いた高濃度のクロロホルムは、それを直接かがされた場合には昏睡状態に陥るだけでなく、呼吸器不全による窒息死に至る危険のある薬剤であり、乙もそのような危険性を認識していた。さらに、Xの死因は、海中に転落して海水を吸飲したことによる窒息死ではなく、高濃度のクロロホルムの作用による呼吸器不全から生じた窒息死であったことも判明した。
 甲、乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし、特別法違反の点は除く。)。


(1)乙の罪責について
1乙は、Xにクロロホルムをかがせ昏睡させ、その後Xを海中に投棄して海水を吸飲させ窒息死させる意図で行為を行ったが、Xはクロロホルムの影響から生じた呼吸器不全により窒息死した。乙の行為は殺人既遂罪にあたるか。

2殺人罪は人の生命を侵害する行為である。人の生命侵害を惹起しうる危険な行為を行った時点で殺人罪の実行の着手が認められ、生命侵害の結果を発生させた時点で既遂に達する。

3乙は、犯行現場で丙と待ち合わせ、共同してXにクロロホルムをかがせて昏睡させ、海中に車ごと転落させて殺害するつもりであったが、丙が現場に来ない旨告げたため、計画を変更して乙1人で実行することにした。この時点において、甲・乙・丙3人による殺人予備罪の共同正犯が成立する。
 乙は海水の吸飲により息死させるための準備行為としてXにクロロホルムをかがせた後、Xを海中に投棄して窒息死させたつもりであったが、Xはすでにクロロホルムの影響によって死亡していた。つまり、乙の認識によれば、Xをでき死させるための予備行為として、Xにクロロホルムをかがせて昏睡させたつもりであったが、その行為から死亡結果が発生した。準備行為として行われたクロロホルムによって昏睡させる行為は暴行にあたり、そこから死亡結果が発生している。それは殺人予備罪にあたるとともに、傷害致死罪にもあたる。さらに、死んでいる人間を生きていると思って遺棄した行為は、過失による死体遺棄(不可罰)にあたる。それゆえ成立するのは、殺人予備罪と傷害致死罪である。この2罪は1個の行為によって行われた観念的競合であり(刑54①前)、重い方の刑が定められている傷害致死罪(刑204)で処断される。従って、殺人既遂罪は成立しないように思われる。

4確かに、Xの行為を2個に分析して、それぞれにつき法的に評価すれば、傷害致死罪と過失による死体遺棄(不可罰)の成立を認めることもできよう。しかし、Xにクロロホルムをかがせ昏睡させた行為(第1行為)は、人の呼吸器の機能に甚大な障害を与え、窒息死に至らせる危険性の高い行為であった。それはXを海中に投棄して海水の吸飲により窒息死させる行為(第2行為)を確実かつ容易に行うために必要不可欠であった。しかも、甲の犯行計画では、第1行為を行った後、第2行為を行うことが予定されており、第1行為後に第2行為を行う上で特段に障害となる事情は存在しなかった。つまり、第1行為から第2行為へと迅速に移行できる状況にあった。さらに、第2行為が行われたのは第1行為の直後であり、また同じ場所で行われた。このように、第1行為が人の呼吸器の機能に甚大な障害を与え、窒息死に至らせる危険な行為であったこと、第1行為が第2行為を行う上で必要不可欠な行為であったこと、第1行為後に第2行為を行う上で特段に障害となる事情がなかったこと、そして第1行為と第2行為は時間的・場所的に近接した関係において行われたこと、これらの点に照らして考えると、第1行為と第2行為は密接な関係にあり、それらを一連・一体の1個の行為として認定することができる。このように解すると、高濃度のクロロホルムをかがせ呼吸器の機能に甚大な障害を与え、窒息死に至らせる危険な第1行為を行った時点において、殺人罪の実行に着手したことが認められ、それから死亡結果が生じたとして、乙の行為は殺人罪の構成要件に該当することが認められる。
 しかも、乙は、クロロホルムをかがせ昏睡させる行為が人の呼吸器の機能に甚大な影響を与え、窒息死に至らせる危険な行為であることを認識していたのであるから、人の生命侵害の具体的な危険性を認識していたといえる。従って、乙は第1行為を行った時点において、殺人罪の故意があったと認定することができる。

 ただし、乙の犯行計画は、Xにクロロホルムをかがせて昏睡させ、海中に投棄して海水の吸飲により窒息死させるというものであった。それは、クロロホルムの作用による呼吸器不全から窒息死に至ったという実際にたどった因果経過とは異なる。この点に関して因果関係の錯誤があることを理由に、実際にたどった因果経過について故意は成立しないと判断することもできる。しかし、想定していたのとは異なる因果経過をたどって結果へと至ることは稀ではなく、そのような場合に故意が阻却されると考えるのは妥当ではない。甲が認識した因果経過と現実の因果経過が食い違い、錯誤があっても、それらに刑法上の相当因果関係が認められ、その点において符合している限り、故意は阻却されないと解すべきである。乙はXにクロロホルムをかがせて昏睡させ、海中に投棄して海水の吸飲により窒息死させることを計画していたが、クロロホルムをかがせて呼吸器不全により窒息死させせるという因果経過をたどることは、社会生活上の経験から見て通常ありうることであり、従って実際にたどった因果経過に対して、因果関係の詳細な部分について錯誤があっても、強盗殺人罪の故意は阻却されない。

5以上から、乙には甲・丙との間で殺人予備罪の共同正犯が成立する。
 また、乙にはXに対する殺人罪が成立する。後述のように、乙はこの行為を甲と共謀して実行したので、殺人罪の共同正犯(刑60、199)が成立する。
 なお、乙はXがまだ生きていると認識し、海中に投棄する第2行為を行ったが、すでにXは死んでいた。この第2行為は、第1行為と一連一体の関係にある1個の行為の一部であり、甲の一連・一体の行為に殺人罪が成立する以上、死亡直後にXを海中に投棄した行為は、殺人罪として評価し、あらためて問題にする必要はない。

(2)丙の罪責について
1丙は甲・乙とX殺害を共謀し、乙と共同してXを殺害するために、盗難車を手配するなどの準備を始めたが、犯行当日に犯行予定現場のY港には行かず、乙に対して犯行を止めること、現場には行かないことを伝えた。乙は犯行計画を変更して、甲に対して1人で行うことを提案して、その了承を得た。丙に、X殺害の共犯からの離脱を認めることができるか。

2共犯からの離脱とは、2人以上の者が犯罪の実行を共謀し、犯罪の実現に向かう物理的または心理的な因果的作用を形成した後に、共犯から離脱することをいう。
 犯罪の実行に着手する前の時点では、離脱の申し出をして、他の共犯者から了承を得た場合には、共謀により形成された心理的な因果的作用が除去されると解されることから離脱が認められ、離脱者は離脱直前までの行為に責任を負うだけでよい。
 犯罪の実行に着手後に離脱するためには、離脱の申し出をし、他の共犯者から了承を得るだけでなく、共謀により形成された物理的な因果的作用を除去する必要がある。離脱者は他の共犯者の犯行の継続を阻止するなどの行動に出なければ、離脱は認められない。

3丙は、甲・乙とX殺害を共謀し、役割分担として盗難車を用意し、それに乗って犯行予定現場のY港に行き、乙と共同してXを殺害することを計画したが、乙に犯行を止めること、Y港に行かないことを伝えた。これは離脱の意思を表示したものと認定できる。では、乙はそれを了承したか。乙は丙に明示的に了承してはいない。しかし、甲に電話を掛けて、犯行計画を変更して、1人でX殺害を行うことを伝えている。つまり、丙なしでX殺害を実行することを提案している。これは、黙示的に丙の離脱を承認し、それを甲に伝えたものと評価することができるのではないか。そのように評価できるなら、丙はX殺害の共犯から離脱したと認めることができる。従って、その後、乙が行ったX殺害に対して共同正犯の責任を負うことはない。

4丙にはX殺害の共同正犯が成立しないとしても、甲・乙とX殺害を共謀し、盗難車を用意するなどの準備を始めているので、殺人予備罪の成立は免れない。とはいえ、丙は自らの意思で共犯から離脱することを決意し、犯行現場に行かなかったので、これに中止未遂の規定(刑43条但し書き)を適用できるのではないかと思われるが、中止未遂の規定は、犯罪の実行に着手した後の未遂罪の刑について、行為者の任意の意思に基づく中止行為を理由に必要的に減免するものであり、本件のように犯罪の実行の着手前の予備罪に適用できるものではない。ただし、丙が殺人予備罪を行った後、自己の意思により殺人罪の実行に着手することを中止したことを「情状」(刑201条但し書き)として捉え、その刑を任意的に免除することはできるであろう。

5以上から、丙には甲・乙との間で殺人予備罪の共同正犯が成立する(刑60、201)。乙が行った殺人罪の共同正犯は成立しない。

(3)甲の罪責について
1甲は乙・丙とX殺害を共謀し、自分は事務所で待機することを乙・丙に了承させた。ところが、丙が犯行当日にY港に現れなかったので、甲は乙が1人でX殺害を行うという犯行計画の変更を了承した。乙はX殺害を実行した。乙が行ったX殺害に関して、甲は共謀共同正犯が成立するか。

2刑法60条は、2人以上の者が共同して犯罪を実行した場合、実行行為の一部しか分担していなくても、正犯として結果の全部に責任を負うことが定められている。これを実行共同正犯とよぶ。刑法60条の共同正犯は実行共同正犯に限定されていると解すると、犯罪の実行を共謀しただけで、その実行行為を分担しなかった者については、共同正犯が成立しないことになる。また、犯罪の共謀が犯罪の教唆や幇助にも当たらない場合には、処罰されないことになる。

3しかし、2人以上の者が犯罪の実行を共謀し、その1部の者が共謀に係る犯罪を実行した場合には、共謀にしか関与しなかった者についても共同正犯の成立を認める必要があるのではないだろうか。2人以上の者が犯罪の実行を共謀したことによって犯罪の実現に向かう物理的・心理的な因果的作用が形成され、それが実行者を通じて現実化されたといえる場合には、共謀にしか関与しなかった者に対しても、共同正犯の成立を認めることができるように思われる。

4本件では、甲・乙・丙がX殺害を共謀し、乙・丙がその実行行為を分担し、その準備を始めたが、犯行当日になって丙が現場に現れなかったことから、乙が1人でX殺害を実行すると犯罪計画の変更を提案し、甲もまたそれを了承している。これによって丙は甲・乙との殺人罪の共犯から離脱し、解消されたといえる。この時点において甲・乙・丙には殺人予備罪の共同正犯が成立する。
 さらに、甲は、乙1人でXを殺害する犯行計画の変更提案を受けて、それを了承し、乙とあらためてX殺害を共謀した。乙は、この甲と共謀したX殺害を実行したので、甲がその共謀にしか関与していなくても、乙との間でX殺人罪の共同正犯が成立するといえる。

5以上から、甲には乙・丙との間で殺人予備罪の共同正犯が成立し、乙との間で殺人罪の共同正犯が成立する。

(4)結論
1甲と乙には殺人罪の共同正犯が成立する(刑60、199)。
2丙に甲・乙との間で殺人予備罪の共同正犯が成立する(刑60、201)。
3甲・乙の殺人予備罪の共同正犯は、Xを客体とするものであり、それはXを殺害した殺人罪の共同正犯に吸収される。