Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

防衛のために行なわれた複数の行為の一連一体性と相当性の判断方法

2016-11-29 | 旅行

 事実の概要
 被告人は、某日午後11時頃、友人DがB・Cと喧嘩を始めたのを目撃したので、BまたはCの髪の毛をつかむために、同人らに接近したところ、後から来たB・Cの仲間のAもこの状況を目撃し、被告人に飛び掛かってきた。被告人は、Aに背後から首を絞められ、顔面を拳で複数回殴打されたため、自己の身体を防衛するため、Aの顔面を拳で一回殴打し、さらにその頭部を足で踏み付けて蹴り、よってAに外傷性くも膜下出血等の傷害を負わせ、10日後、入院先の病院において、同傷害によりAを死亡させた。
原審横浜地裁は、被告人がAの顔面殴打行為および頭部踏付け行為によって、Aの死因となった外傷性くも膜下出血を生じさせさたと認定した上で、顔面殴打行為は、Aの暴行に対する反撃行為として相当な範囲内のものであったが、頭部踏み付け行為は、Aが前屈みになって倒れ、もはや被告人攻撃できない状況で行なわれ、被告人もそれを認識していたのであるから、反撃行為として許される相当な範囲を逸脱していたとして、一連の暴行として行なわれた顔面殴打行為と頭部踏み付け行為について、全体として過剰防衛が成立すると判断し、傷害致死罪の成立を認め、懲役2年6月の実刑を言い渡した。これに対して被告人が控訴した。
[東京高判平成27・7・15判時2301号137頁(破棄自判)]

 争点
 防衛のために行なわれた複数の行為の一連一体性と相当性の判断方法。

 裁判所の判断
 裁判所は、原判決の事実誤認を私的して、次のように判決を破棄自判し、被告人を無罪とした。「被害者が倒れたことから、被害者は被告人を攻撃できるような状況ではなく、被告人もそのことを認識した上で被害者の頭部を足で強く踏みつけたとし原判決は、論理則、経験則に反した不合理なものであって、是認することはできない。被告人の踏み付け行為は、被害者の攻撃がさらに予想される状況下で、自己の身体の安全を守るために、被害者が完全に倒れ込む前に顔面殴打行為と断絶することなく一連一体の行為として行われたものであり」、「頸部に過伸展または異常捻転を生ずるほど強度のものであったとは認められないから、それは、防衛の程度を超えないものとして、正当防衛行為に当たるというべきである」。

 解説
 急迫不正の侵害に対し、防衛行為として相当な反撃行為(第1暴行)が行なわれ、その侵害の終了後に、これと時間的・場所的に連続して反撃行為(第2暴行)が継続され、侵害者を死亡させた場合、実務や学説では、第1暴行と第2暴行を全体として一連の暴行として認定し、傷害致死罪の量的過剰防衛が成立すると認定されている。
原判決は、被告人の反撃行為を顔面殴打行為と頭部踏み付け行為の2個の行為が被害者の死因となったくも膜下出血を生じさせる危険な行為であり、それらを「一連の暴行」として認定して、傷害致死罪の過剰防衛の成立を認めた。それは、顔面殴打行為を受けた被害者が攻撃不可能な状態にあり、被告人がそれを認識しながら頭部踏み付け行為を行なったという事後判断に基づいている。従って、原判決の判断によれば、本件は量的過剰防衛であり、かつ過剰性につき被告人に故意があった事案ということになる。
これに対して、本判決は、頭部踏み付け行為は死因を形成する危険な行為ではなく、顔面殴打行為を受けた被害者が、なおも攻撃を継続することが予想される状況下で、被害者が完全に倒れ込む前に顔面殴打行為と断絶することなく行われたとの認定に基づいて、顔面殴打行為と一連一体の関係にあるとして評価し、正当防衛の成立を認めた。これは、行為時における経験則に基づいて、被害者による侵害の継続の可能性があった、頭部踏み付け行為は防衛の意思に基づいて行なわれたという事前判断に基づいている。従って、本判決の判断によれば、頭部踏み付け行為には死因を形成する危険性はなく、またそれは被害者の侵害の継続が予想される状況において、顔面殴打行為と一連一体的に行なわれたので、本件は量的・質的過剰防衛のいずれでもなく、通常の正当防衛の事案ということになる。
防衛行為の相当性について、判例は侵害行為・防衛行為に関わる諸事情を総合的に考慮して、行為の時点に立って事前に判断する。侵害終了の有無についても同様に判断するならば、終了前の複数の防衛行為は一連一体の行為として認定されることになる。本判決が認定したように、頭部踏み付け行為には死因を形成する危険性がなかったので、防衛行為として相当な顔面殴打行為と一体的に扱われる。しかし事後的に見れば、被害者の攻撃の可能性はなかったのであるから、頭部踏み付け行為は量的過剰防衛であり、かつ侵害の誤想に基づいて行なわれた暴行の故意のない行為として扱うこともできる。その場合、量的過剰性につき過失が認められても、頭部踏み付け行為には死亡との因果関係が否定され、過失致傷罪にとどまると思われる。本判決につき、岡本昌子・判例セレクト2015[Ⅰ]26頁参照。