Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

卒業研究(01)

2020-05-16 | 日記
 第01回
 練習問題
1 会社員・甲(35歳)は、無職の妻・乙(30歳)および長女・丙(3歳)と、郊外の住宅街に建てられた甲所有の木造2階建て家屋(甲宅)で生活していた。
 甲宅の住宅ローンは、甲の給与収入から返済されていた。しかし、甲が勤務先の会社から解雇されたことから、甲一家の収入が途絶え、ローンの返済ができなくなり、住宅ローン会社から、甲宅に設定された抵当権を実行することが通告された。
 甲は就職活動を行ったが、再就職先を見つけることができなかった。このような状況が数ヶ月続き、預貯金も底をついたため、乙は将来を悲観し、甲に対して「生きているのが嫌になった。みんなで一緒に死にましょう。」と繰り返し言うようになった。しかし、甲は一家3人で心中することを決意できず、その都度乙に対して「もう少し頑張ってみよう。」と答えるだけであった。

2 ある日の夜、甲と丙が就寝した後、乙は「丙を道連れにして、先に死のう。」と思い、衣装ダンスの中から甲のネクタイを取り出し、眠っている丙の首に巻き、絞めつけた。乙は、丙が身動きしなくなったことから、丙の首を絞めつけるのを止め、台所に行って果物ナイフを持ち出し、布団の上で自己の腹部にナイフを突き刺し、失血した状態のまま横たわった。
 甲は、乙のうめき声で目を覚まし、丙の首にネクタイが巻き付けられ、乙の腹部に果物ナイフが突き刺さっていることに気付いた。甲が乙に「どうしたんだ。」と声をかけると、乙は甲に対して、「ごめんなさい。私はもうこれ以上頑張ることはできない。早く楽にして。」と言った。甲は「助けを呼べば、乙が丙を殺したことが発覚してしまう。しかし、このままだと乙が苦しむだけだ。」と考え、乙を殺害することを決意し、乙の首を両手で絞め続けた。すると、乙が動かなくなり、うめき声も出さなくなった。甲は、乙が死亡したと思い、両手の力を抜いた。

3その後、甲は、「乙が丙を殺した痕跡や、自分が乙を殺した痕跡を消そう。家を燃やせば、乙と丙の死体も燃えるので、焼死したように装うことができる。」と考え、乙と丙の周囲に灯油をまき、ライターで点火した上、甲宅を離れた。その結果、甲宅は全焼した。焼け跡から、乙と丙の遺体が発見された。

4 乙と丙の遺体を司法解剖した結果、両名の遺体の表皮は、熱による損傷を受けていること、乙の腹部の刺傷は、主要な臓器や大血管を損傷しておらず、致命傷ではなかったこと、乙は甲が乙の頸部を圧迫したことによって窒息死したのではなく、頸部圧迫による意識消失状態で多量の一酸化炭素を吸飲したために一酸化炭素中毒死したこと、丙の死因は乙がその頸部を圧迫したために窒息死したことが判明した。

(4)第01回の課題
 上記の問題は、60分ないし90分で解答することが予定されている。問題文を読んで、論点を抽出して、正確に答えるためには、その前提として、答案の骨子を作成する必要がある。
 今回の課題は、その答案の骨子をレジュメ風に作成することである。


 練習答案の作成
 このような事例問題に対しては、どのように解答すればよいのでしょうか。解答の方法には、手順があります。問題の論点に応じて解答の方法も変わってきますが、問題文をよく読んで、論点をピックアップすることが必要です。今回の問題は、錯誤論などが論点なので、行為者が主観的に実現しようとした犯罪と客観的に実現した犯罪を対比させながら、論点をピックアップしたいと思います。結論を先に示せば、次のようになります。

 第1段落は論点なし。記述の必要なし。

 第2段落では、嘱託殺人未遂罪と過失致死罪の2罪か、それとも嘱託殺人既遂罪の1罪かが問題になります。後者の結論を出す場合、嘱託殺人未遂罪と過失致死罪の2罪が成立する理由を書いて、これらの行為が一連一体の1個の行為として行われたことを主張して、成立するのが嘱託殺人罪1罪であることを結論づける必要があります。さらに、甲が乙の首を絞めて窒息死させようとして、結果的には放火による一酸化炭素中毒死させたことの因果関係の錯誤が嘱託殺人罪の故意の成立を否定しないことも併せて書く必要があります。

 第3段落では、甲が家屋を放火したことによって、丙の死体を損壊し、また乙による丙への殺人罪の証拠を隠滅しています。また、甲が放火した家屋は自己所有の家屋ですが、甲は乙も丙も死んでいると認識していたので、自己所有の非現住建造物という認識しかありませんでした。しかし、この家屋には抵当権が設定され、実行することの通告を受けていたことを甲も認識していたので、甲には他人所有の非現住建造物の認識があったといえます。ただし、乙は放火の時点では生きていたので、その家屋は現住建造物ということになります。この錯誤の問題を正確に処理することが必要です。

 では、詳しく説明します。
 第1段落は、犯罪に至る経過が書かれているだけなので、犯罪の成立に関わる直接的な論点はありません。

 第2段落では、乙が丙に無理心中をはかり、その首をネクタイで絞めて、窒息死させたことにつき、乙の罪責が問題になります。乙は丙を殺害する意思で、その首をネクタイで絞めて窒息死させたので、この行為については錯誤の問題はなく、殺人罪(刑法199条)が成立することに異論はありません。

 問題は甲の行為についてです。甲は、自殺をはかったが死にきれずにうめいている乙から殺害を懇願され、その首を両手で絞めて殺害したと認識しています。乙の懇願は丙と無理心中し、自分は死にきれなかったことからのもので、本意に基づいているといえますが、乙はそれによって死亡してはいません。乙が死亡したのは、家屋の放火によって発生した一酸化炭素中毒が原因です。つまり、甲は主観的には嘱託殺人罪を実現する故意に基づいて、客観的には嘱託殺人未遂罪を実現しています。この部分だけを見ると、嘱託殺人未遂罪が成立するだけです(刑法202条、203条)。また、家屋を放火した時点では、甲は乙がすでに死んでいると認識していたので、死んでいる丙は別としても、乙に対しては死体損壊罪の故意で乙を一酸化炭素中毒死させたので、このような死体損壊罪と殺人罪との抽象的事実の錯誤の場合、過失致死罪しか成立しません(刑法210条)。

 しかし、乙の一酸化炭素中毒死は甲の首を絞めるという行為がなければ発生しなかったので、両者の間には条件関係があるといえますが、甲の首を絞める行為の後で、甲の放火行為が行われているので、その間の因果関係が否定されるのではないかと考えることもできます。しかしながら、家屋の放火による乙の一酸化炭素中毒は、両手で首を絞める行為の直後において、同じ場所で行われているので、絞首と放火の2個の行為を一連一体の1個の行為として捉えるならば、甲による一連一体の1個の行為から、殺害を懇願する乙の死亡が発生したと認定することができます(刑法202条)。

 ただし、甲の行為が客観的に嘱託殺人(既遂)の構成要件に該当するとしても、甲は乙の首を絞めて窒息死させる意思で、客観的に一酸化炭素中毒死させているので、甲が認識していた因果関係と実際にたどった因果関係に食い違いがあります。つまり、因果関係に錯誤があります。因果関係は犯罪の構成要件の要素であり、故意の成立にはその認識が必要なので、その錯誤は故意の成立を否定する場合もありますが、故意の成立には、因果経過の細部に渡って主観的認識と客観的事実が一致していることは必要ではありません。甲が主観的に認識していた乙の死亡の経過と客観的に発生した経過が、殺人罪の構成要件に該当すると判断できる以上、その因果関係に錯誤があっても、殺人罪の故意の成立は否定されるものではありません。
 従って、甲は乙に対して嘱託殺人罪が成立します。

 第3段落には数多くの論点があります。
 第1は、甲が家屋に放火した行為についてです。甲は家屋に放火した時点では乙は死んでいると認識していたので、自己所有の非現住建造物等放火罪の故意で放火したといえます(刑法109条2項)。
 ただし、甲はその家屋に抵当権を設定し、それが実行されることの通告を受けていたので、このような場合、家屋は他人所有の家屋であり(刑法115条)、甲はそれを認識していたので、他人所有の非現住建造物の放火の故意があったといえます(刑法109条1項)。
 しかし、乙は生きていたので、客観的にはその家屋は現住建造物でした。甲は客観的には現住建造物等放火を行っていたことになります(刑法108条)。このような錯誤の場合、重い罪である現住建造物等放火罪の故意を認めて、処罰することはできませんが(刑法38条2項)、2つの犯罪の構成要件が重なり合う範囲において、軽い罪の他人所有の非現住建造物等放火罪の範囲において故意が成立すると判断することができます。というのも、甲が実現しようとした他人所有の非現住建造物等放火と実際に実行した現住建造物等放火は、建造物に火を放って焼損するという行為態様の点において同じであり、それによって不特定または多数の人の生命、身体、財産を危険にさらすという保護法益の点においても同じであるので、現住建造物等の放火に対して故意を認めることはできないとはいえ、少なくとも他人所有の非現住建造物等放火罪を禁止する刑法規範に違反したことは明らかである以上、 他人所有の非現住建造物等放火罪の故意の責任非難は可能であるといえるからです。従って、甲には他人所有の非現住建造物等放火罪が成立します。

 第2は、甲は家屋を放火して、丙の死体を焼損したので、死体損壊罪が成立することは明らかです(刑法190条)。また、甲は家屋を放火して、乙による丙への殺人罪の証拠を隠滅したので、証拠隠滅罪が成立することも明らかです(刑法104条)。なお、甲は乙の配偶者なので、その刑が任意的に免除されます(刑法105条)。

 以上のことから、甲には、嘱託殺人罪(刑法202条)、他人所有の非現住建造物等放火罪(刑法109条1項)、死体損壊罪(刑法190条)、証拠隠滅罪(刑法104条)が成立します。さらに、最後にこれらの犯罪の罪数関係が問題になります。
 本件では、1個の放火行為によって他人所有の非現住建造物等放火罪、死体損壊、証拠隠滅のが行われているので、これら3つの罪は、観念的競合の関係に立ちます(刑法54条前段)。嘱託殺人罪とそれらは、それぞれ独立して行われているので併合罪の関係に立ちます(刑法45条前段)。