Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(02)応用編(練習問題第1問・第2問)

2020-05-14 | 日記
 第01問A 不真正不作為犯①
 甲は、深夜、自動車の運転を誤って歩行者Aをはね、重傷を負わせた。甲はいったん自動車から降りてAの様子を見たが、死ぬことはないだろうと思い、その場にAを放置してそのまま自動車で逃走した。その後、たまたま現場を自動車で通りかかった乙は、人が道路上に倒れているのに気づき、その人を病院へ運ぶために自動車に乗せ、発進させた。しかし、途中で顔をよく見たところ、乙が以前からうらみに思っていたAであることに気づいたので、こんな奴は死ねばいいと思いなおし、Aを車から降ろして、暗く交通量の少ない道路上に放置して走り去った。そのため、数時間後にAは死亡した。なお、Aは病院へ運ばれれば救命可能であったものとする。甲および乙の罪責を論ぜよ。

 論点
 1因果関係(行為後に第三者の行為の介在がある場合)
 2ひき逃げ=道路交通法の救護義務違反の罪と刑法の保護責任者遺棄罪の違い
 3不真正不作為犯の実行行為性=不作為が作為形式の犯罪の構成要件に該当すること

 答案作成の一般的順序
1事実関係と問題の所在 問題文から事実関係を抽出し、「〇〇罪にあたるか」と問題を設定する。
2犯罪成立の前提要件  〇〇罪にあたるためには、〇、△、□の要件が必要である。
3要件のあてはめ    要件が満たされているので、〇〇罪が成立するように思われる。
4論点・争点の解説   しかし、〇ないし△の要件が満たされているといえるか、と問題を提起。
5結論         成立する罪名(条文番号)を書いて、結論を示す。

(1)甲の罪責
1 甲は自動車を運転し、歩行者Aに重傷を負わせた行為が過失運転致傷罪にあたるか。また、その場にAを放置して逃走した行為が保護責任者遺棄罪にあたるか。さらに、最終的にAは死亡した。この結果は過失運転に起因し、過失運転致死罪が成立するか。それとも遺棄に起因し、保護責任者遺棄致死罪が成立するか。
2 過失運転致傷罪・致死罪とは、自動車の不注意な運転から歩行者などの交通関与者を死傷させる行為である。保護責任者遺棄罪・遺棄致死罪とは、保護責任者が要扶助者を遺棄し、よって死傷させる行為である。
1 甲は自動車の運転を誤ってAをはね、重傷を負わせたので、過失運転致傷罪が成立することは明らかである。最終的にAは死亡したが、それは甲がAに重傷を負わせたからか。それとも、Aをその場に置去りにしたからか。甲がAの保護責任者であり、かつ置去りと死亡との間に因果関係があれば、甲には保護責任者遺棄致死罪が成立する。また、甲がAの保護責任者でなければ、死亡は過失運転に起因し、過失運転致死罪が成立することになる(ひき逃げした点は道路交通法上の救護義務違反の罪にあたる)。
4 甲はAに重傷を負わせ、いったん自動車から降りてAの様子を見た。この時点において甲はAの保護責任者であるといえるか。そのように言えるには、甲がAの生命を排他的に支配できる状況になければならない。例えば、甲がAを自車の乗せて、もはや第三者が関与しえないような状況がなければならない。そのような状況であれば、甲はAの保護責任者であるといえる。しかし、甲は事故後Aの様子を見ただけで、それ以上のことを行っていない。従って、この時点において甲がAの保護責任者であるとはいえない。従って、保護責任者でない甲がAを放置しても、保護責任者による遺棄には当たらない。従って、保護責任者遺棄罪は成立しない(ただし、道路交通法の救護義務違反の罪は成立する)。
 では、A死亡の結果は過失運転行為に起因したいえ、過失運転致死罪が成立するか。甲がAを放置して逃走した後、乙がAを自車に乗せ、その後、暗く交通量の少ない道路に置去りにした。つまり、甲の事故後に第三者・乙の行為が介在した。甲の事故後に、乙のような第三者が来て、このような行為をすることは、一般人にも、また甲にも予見できることではないが、甲による自動車運転によってAに与えた重傷の危険性が数時間後に死亡へといたることは経験的に通常ありうることである。そのように解すると、Aの死亡は甲の自動車運転と因果関係が認められる。(→異なる論証も可能→事故後に第三者がこのような行為をすることは、一般人にも、また甲にも予見できない。そうすると、甲の自動車運転からA死亡の結果が発生することが経験的に通常ありうるものであっても、(2)で述べるように、乙がAを自車に乗せ、その生命を排他的に支配している以上、Aの死亡は乙の置去りによるものといえる。従って、甲の自動車運転とAの死亡の間に因果関係があるとはいえない。せいぜい甲には過失運転致傷罪が成立するにとどまる。)
5従って、甲には過失運転致死罪が成立する(因果関係がなければ、過失運転致傷罪が成立するだけ)。

(2)乙の罪責
1乙は負傷したAを死亡させる意図から暗い交通量の少ない道路に放置し、死亡させた。この行為は殺人罪にあたるか。
2殺人罪は他人の生命を侵害しうる危険な行為を行い、それによって被害者を死亡させる罪である。それは通常は作為によるが、不作為によっても被害者の生命を侵害することは可能である。
3不作為による殺人罪が成立するには、被害者の生命に対する危険を除去または生命を救命するための作為を行うべき地位にある者が、その作為が可能であり、かつ容易であるにもかかわらず、その作為義務を故意に怠り、その結果、被害者の生命侵害を阻止しなかった場合に成立する。
4乙は、負傷者Aを病院に運ぶために、自車に乗せて発進させたが、これによりAの生命を排他的に支配し、それを救命すべき地位にあったといえる。また、自動車でAを病院に運ぶことは容易であり、深夜であったも可能であり、かつ容易であったといえる。それにもかかわらず、「死ねばいい」と思いつつ、Aを暗い交通量の少ない道路に置去りにした。この時点において病院に運べば救命可能であったので、Aの生命を排他的に支配しうる地位にあった乙がAを病院に運ばずに、置去りにし、そのため数時間後にAを死亡させたのは、殺人罪にあたるといえる。
5従って、乙には殺人罪が成立する。

(3)結論 甲には過失運転致死罪(または過失運転致傷罪)が、乙には殺人罪(刑199)が成立する。



 第02問A 不真正不作為犯②
 XとAは、共同して過失による交通事故を装って保険金を詐取することを企てた。深夜、XとAは、バイクに乗って人のほとんど通らない山奥へ行き、そこで、XはAにわざとバイクで衝突した。しかし、坂道であったためスピードがですぎてしまい、XはAに強く衝突し、Aに重傷を負わせた。Xは急いでAをB病院へ運び、医師Yに診療を求めたが、たまたまB病院には同時に軽傷者の町長Cが急患として運ばれていた。深夜であったためB病院には医師は医師Yしかいなかったので、AC2人の患者を同時に診療を申し込まれたYは、Aは死んでもやむを得ないと思い、Aを放置し、軽傷者である町長Cを診療した。その結果、診療中に重傷者Aは失血多量により死亡してしまった。
 XおよびYの罪責を論ぜよ。
 (参考条文)
 医師法第19条第1項 診療に従事する医師は、診療治療の求があった場合には、……これを拒んではならない。

 論点 1被害者の承諾  2不真正不作為犯の実行行為性  3義務の衝突

 答案構成
(1)Xの罪責
1 Xは保険金詐取のためにAと共謀して、交通事故を装い、Aに想定していた以上の重傷を負わせた。Aは失血多量により死亡した。この行為は傷害致死罪にあたるか。

2 傷害致死罪とは、人を負傷させ、それにより死亡させた場合に成立する。Xは自動車運転からAを死亡させているので、過失運転致死罪が成立するようにも見えるが、Xは事故を偽装したので、Aを負傷させる認識はあったので、過失運転致死罪は成立しえない。

3 Xは事故を偽装し、Aに重傷を負わせた後、Aを病院に運び、医師Yに治療を求めたが、YはAを治療せずに、放置した。Xの行為はAの重傷のみならず、その死亡とも因果関係があるか。XがAに重傷を負わせなければ、死亡することはなかったといえるので、Xの行為とA死亡との間には条件関係があるといえるが、事故後、医師Yの治療義務違反が介在している。このような行為後に第三者・医師Yの態度が介在することは、Xにも、また一般人にも予見することができるものとはいえない。このような事情を踏まえると、Xによる偽装事故とAの死亡との間に因果関係があると認めることはできない。そうすると、Xには傷害罪が成立するといえる。ただし、Aは負傷することに同意していた。この被害者Aが同意していたことを理由に、傷害罪の違法性が阻却されるならば、Xは無罪になる。
2 構成要件に該当する行為の違法性が被害者の同意によって阻却されるのは、個人法益に対する犯罪の場合だけである。ただし、同意があるという事実だけで違法性の阻却を認めることはできない。それに加えて、被害者が同意するに至った動機、それにより実現される目的の正当性、被害者に行った行為の態様・方法の相当性、さらに傷害罪の場合、身体の損傷の部位、損傷の程度などの諸般の事情を踏まえて、社会通念に照らして、違法性を阻却されるべきか否かを総合的に判断する必要がある。保険金詐取という動機・目的は社会通念から見て正当とはいえず、バイクによる衝突という方法・態様もまた相当とはいいがたい。従って、Aの同意はあっても、傷害罪の違法性を阻却することはできない。
5 従って、甲には傷害罪が成立する。

(2)Yの罪責
1 医師Yは、重傷を負ったAを「死んでも止むを得ない」と思いつつ治療せず放置した。Aはその後、死亡した。この治療しなかった不作為は殺人罪にあたるか。

2 殺人罪とは、他人の生命を侵害しうる危険な行為を行い、それによって死亡させる罪である。それは通常は作為によって行われることが多いが、不作為によっても被害者の生命侵害を惹起することは可能である。

3 不作為による殺人罪が成立するには、被害者の生命に対する危険を除去する作為、または生命を救命するための作為を行うべき排他的な地位にある者が、その作為が可能で、かつ容易であったにもかかわらず、その作為義務を故意に怠り、その結果、被害者の生命侵害を回避しなかった場合に成立する。
 YはXからAを治療するよう求められた。医師法では診療治療の求めがあった場合には、医師はこれを拒んではならない。深夜であっても、診療・治療を行っている場合で、治療ことことが可能であったならば、それに応じなければならない。治療義務を果たしていたならば、Aは死ぬことはなかったであろうと認めれるので、YがAの治療をせず、死亡させた不作為は、殺人罪の構成要件に該当する。

4 ただし、Yは同時に町長Cの診療治療を行っていた。Yは医師としてCをも治療すべき義務を負っていた。このように一方の義務を履行するならば、他方の義務を履行しえないような二つの義務が衝突するような場合がある。このように、一方の義務を履行した結果、他方の義務を履行しなかったために、そこから死亡結果が発生した場合、どのように解すべきか。治療義務の不履行が、殺人罪などの構成要件に該当することもあるが、それによって殺人罪の成立が認められるのか。このような場合、その義務を履行しなかったことが、社会的に見て相当といえる場合、たとえ殺人罪の構成要件に該当しても、その違法性を阻却することが認められてる。本件の場合、YにはCを治療すべき義務とAを治療すべき義務が同時に課されていたが、Cの治療を優先することは認められそうである。しかし、Cは軽傷であり、Aは重傷であった。この事情を踏まえるならば、Aの治療が優先されるべきである。YがCの治療を優先したため、Aを治療せず、それによって死亡させたことは、社会的に相当とはいえず、殺人罪の違法性が阻却されるとはいえない。
5 従って、Yには殺人罪が成立する。
(3)結論 以上から、Xには傷害罪(刑204)が、Yには殺人罪(刑199)が成立する。