刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
第04週 強制わいせつおよび強姦の罪
強制わいせつ罪や強姦罪は、刑法の条文の配列としては、社会的法益(性的風俗)に対する罪として位置づけられていますが、その被害の実態や侵害法益の内容を見れば、個人的法益(性的自己決定権)に対する罪として扱うのが妥当です。
(1)強制わいせつ罪
刑法176条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対して、わいせつな行為をした者も、同様とする。未遂は罰する(179条)。
1行為客体の特徴
強制わいせつ罪の行為客体は、「13歳以上の男女」(176条第1文)と「13歳未満の男女」(同条第2文)です。「13歳以上の男女」の場合、その手段として暴行・脅迫を要しますが、「13歳未満の男女」の場合は不要です。
2行為
「わいせつな行為」とは、個人的法益である「性的自己決定権」を侵害する行為です。人には、性的な事柄ついて決定する自由がある。例えば、「陰部」や「乳房」に触れる行為のほか、「接吻」をすることなども、性的自己決定権を侵害するものである以上、わいせつ行為にあたります(東京高判昭32・1・22高刑集10・1・10)。
3手段としての暴行・脅迫
13歳以上の男女を行為客体とする場合、わいせつ行為の手段として暴行や脅迫が必要です。暴行とは「人の身体に対する不法な有形力の行使」であり、脅迫とは「人に恐怖心を抱かせるような害の告知」です。その程度としては、判例では、暴行・脅迫は被害者の意思に反したものであれば足りるとして、強制わいせつ罪の成立範囲を広く認めています(大判大13・10・22刑集3・749)。これに対して、学説では、被害者の反抗が物理的・心理的に著しく困難になるような程度でなければならないと解しています。簡単に反抗できるような程度の場合には、強要罪が成立します。なお、欺罔によってわいせつな行為を行っても、本罪は成立しません。
4故意と「性的意図」
主観的要件としては、暴行・脅迫を用いて性的自己決定権を侵害する行為を行っている認識、すなわち故意が必要ですが、判例はさらに性的意図(性欲を充足させる意図)を求めています。わいせつ行為であることを決めるのは、客観的に被害者の性的自己決定権を侵害しているだけでなく、主観的にも性的欲求を満足させようという意図が必要だと解されています。例えば、女性を脅迫して裸にして撮影した事案について、行為者には報復、侮辱、虐待の意図しかなかったことを理由に、強制わいせつ罪の成立が否定されています(最判昭45・1・29刑集24・1・1)。ただし、報復意図があったことは、性的意図の存在を否定するものではなく、両意図は併存可能であると解されています(東京地判昭62・9・16判時1294・143)。この意図は、行為者の主観的な内心傾向であり、行為のわいせつ性を根拠づける要素と解されています。従って、それがなければわいせつ行為にあたらないので、構成要件該当性が否定されることになります。
これに対して、学説では、性的自己決定権の侵害の認識に加えて、性的意図まで要求する必要はないと解しています。例えば、医師が説明を十分にせずに女性患者に診察・治療を行い、それによって性的羞恥心を害した事案で、十分な説明を受けていたならば、患者は診察を拒否していたであろうと推定される場合、性的自己決定が侵害されているといえるので、不要説からは(準)わいせつ行為にあたると判断されますが、医師には診察・治療の意図しかないので、わいせつ行為にはなりません。
5錯誤
12歳の相手を13歳だと錯誤して、暴行・脅迫を伴わずにわいせつ行為を行った場合、客観的に強制わいせつの行為が行われていますが、行為者には強制的に行っている認識はないので、故意が否定されます(過失による強制わいせつは不可罰です)。反対に、13歳の相手を12歳だと錯誤して暴行・脅迫を伴わずにわいせつ行為を行った場合、客観的には強制わいせつの行為は行われてはいませんが、強制わいせつ行為の故意は認められます。これを「客体の不能」(行為客体の不存在)の問題として考えるならば、強制わいせつ罪は成立しませんが、行為者の行為時の認識を基準に判断すれば、強制わいせつ罪の「未遂」が成立すると考えることもできます(総論・不能犯論)。
(2)強姦罪
刑法177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。未遂は罰する(179条)。
1主体と客体
強姦罪は、暴行・脅迫を手段とした姦淫です。姦淫とは、男性による女性への性交であり、性交とは、男性の性器が女性の性器に没入させることをいいます。従って、行為主体は男性、行為客体は女性に限定されます。男性であることが強姦罪を構成する身分になるので、女性は単独では強姦罪の行為主体になりえません。ただし、判例では、女性が手段行為である暴行・脅迫を分担し、男性が被害者を姦淫した場合、強姦罪の共同正犯が成立すると判断しています(最決昭40・3・30刑集19・2・125)。さらに、学説では、女性が精神障害の男性を利用したような場合、強姦罪の間接正犯が成立すると解しています。ただし、精神障害者の行為にも強制わいせつ罪の構成要件該当性と違法性が認められるので、制限従属形式からは、背後の女性はその教唆にとどまると解することもできるでしょう(総論・共犯従属性)。
2行為
行為客体が13歳以上の女性の場合、手段行為として暴行・脅迫が要件であり、それは相手の反抗を著しく困難にする程度のものでなければなりません(最判昭24・5・10刑集3・6・711)。姦淫は外形的には男女間の性交であり、それ自体としては違法ではありません。従って、姦淫が強姦罪にあたるか否かはを判断するための基準として、手段としての暴行・脅迫が必要です。それは、意思の自由を侵害し、犯行を著しく抑圧するよう程度であることが必要です。
実行の着手
強姦罪は、暴行・脅迫を用いた姦淫です。姦淫が暴行・脅迫を用いて行われていることが必要なので、暴行・脅迫が姦淫の手段行為としての意味を持ち、その役割を担っていなければなりません。被害者の反抗を著しく困難にする暴行・脅迫が開始され、女性の性的自己決定権が侵害される危険性が発生すれば、強姦罪の実行の着手を認めることができます。判例では、姦淫の目的で女性をダンプカーに引きずり込んで(第1暴行)、それによって負傷させ、そこから約5キロメートル離れた場所まで移動して、そこでダンプカーから引きずり降ろして(第2暴行)、姦淫したという事案について、第1暴行と第2暴行の場所的・時間的な近接性を根拠にして、第1暴行の時点で強姦の実行の着手が認定され、強姦致傷罪の成立が認められています(最決昭45・7・28刑集24・7・585)。しかし、第1暴行は女性をダンプカーに乗せるための手段として行われているので、それは強姦の準備のために行われた監禁罪でしかなく、強姦の実行の着手時期は、ダンプカーから引きずり下ろすために行った第2暴行を開始した時点であると解することもできます。そうすると、傷を負ったのは監禁行為が原因なので、監禁致傷罪と強姦罪が成立すると解することもできます(両罪は牽連犯の関係)。
姦淫――性的自己決定権の侵害
姦淫とは、女性の性的自己決定権を侵害し、その意思に反した性交です。既遂の要件としては、性交の事実で足り、生殖作用(妊娠の可能性)は必要ありません(大判大2・11・19刑録19・1255)。
夫婦間でも強姦罪が成立するかどうかは、ドメスティック・バイオレンスの問題などとの関係で重要な論点です。婚姻関係が実質的に破綻し、夫が妻に無理やり性交した場合に強姦罪の成立を肯定した事例があります(広島高松江支判昭62・6・18高刑集40・1・71)。
(3)準強制わいせつ罪・準強姦罪
刑法178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、176条の例による(1項)。女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて姦淫した者は、前条の例による(2項)。本罪の未遂は罰する(179条)。
1実行行為
本罪の行為は、被害者が心神喪失または抗拒不能の状態に陥っている状態を利用して、またはその状態を作り出して行われるわいせつな行為および姦淫です。心神喪失または抗拒不能により被害者の反抗が著しく困難になっているため、暴行・脅迫は要件としては必要ではありません。
2心神喪失と抗拒不能
「心神喪失」とは、意識喪失や精神障害のために、正常な判断能力が欠如した状態をいいます。それは心理学・生物学の立場から判断されます。重度の知的障害者を姦淫することは、人の心神喪失に乗じて行われた姦淫であると判断されます(東京高判昭51・12・13東高刑集27・12・165)。その心神喪失が、暴行・脅迫によって作り出された場合、通常の強姦罪(177条)が成立します(最判昭24・7・9刑集3・8・1174)。
「抗拒不能」とは、身体の自由を奪われ、または恐怖や錯覚などから抵抗することが著しく困難になった状態をいいます。催眠術によって身動きが取れなくされた状態などがこれにあたります(東京高判昭51・8・16東刑集27・8・108)。医者が13歳以上の女性に対して、治療上必要な措置であると欺いて姦淫した場合、被害者は抗拒不能の状態にあったとして、準強姦罪の成立が認められた事案があります(大判大15・6・25刑集5・285、名古屋地判昭55・7・28刑月12・7・709)。就寝中の女性が、夢うつつの状態で相手の男性を情夫と誤信しているのに乗じて姦淫した場合も準強姦罪が肯定されています(広島高判昭33・12・24高刑集11・10・701)。
(4)親告罪
刑法180条 第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することはできない(1項)。前項の規定は、2人以上の者が現場において共同して犯した第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない(2項)。
強制わいせつ罪(176条)、強姦罪(177条)、準強制わいせつ罪・準強姦罪(178条)、そしてこれらの未遂罪(179条)は、被害者の告訴がなければ、公訴の提起はできません。被害者のプライバシーに対して配慮する必要があるためです。ただし、2人以上の者が、これらの犯罪の犯行現場において共同して行った場合、告訴は不要です。被害者への配慮よりも、重大犯罪の適正な処罰を優先させたものと考えられます。
(5)集団強姦罪・集団準強姦罪
刑法178条の2 2人以上の者が現場において共同して第177条又は前条(178条)2項の罪を犯したときは、4年以上の有期懲役に処する。
2人以上の者が、現場において共同して強姦罪または準強姦罪を行った場合、集団強姦罪罪または集団準強姦罪が成立します。集団強姦の事件が社会的に耳目を集めるなかで、2004年(平成16年)の刑法の一部改正によって、法定刑を加重した新たな規定が設けられました。
強姦罪や準強姦罪を共同して実行した場合、それらの共同正犯が成立し、強姦罪などの法定刑で処断されます。強姦罪の共同正犯と集団強姦罪とはどこが異なるのでしょうか。共同正犯の場合、一部実行の全部責任の原則が適用されるので、実行行為の一部を分担していれば、姦淫を行っていなくても強姦罪の共同正犯になりますが、集団強姦罪の場合には実行行為の全部、すなわち暴行・脅迫だけでなく、姦淫も共同して行っている必要があります。ただし、通説はそれを否定しています。
(6)強制わいせつ等致死傷罪
刑法181条 第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は3年以上の懲役に処する(1項)。
第177条若しくは第178条第2項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は5年以上の懲役に処する(2項)。
第178条の2の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は6年以上の懲役に処する(3項)。
1致死傷につき故意は不要――結果的加重犯としての側面
本罪は、強制わいせつ罪(176条)、準強制わいせつ罪(178条1項)、強姦罪(177条)、準強姦罪(178条2項)、集団強姦罪・集団準強姦罪(178条の2)、そしてこれらの未遂罪を行い、そこから死傷結果が生じた場合に成立します。基本犯である強制わいせつ罪などを故意に行い、そこから加重結果である致死傷が発生し、その間に因果関係があることが必要です。判例は、致死傷について過失を不要としていますが、学説は責任主義を徹底する立場から過失(予見可能性)を要すると解しています。いずれにせよ、本罪は結果的加重犯としての性格を有していることは明らかです。
致死傷との因果関係――基本犯から基本犯に「密接に関連する行為」「付随する行為」への拡大
致死傷と因果関係に立つのは、基本犯を構成する行為、すなわち手段である暴行とわいせつ行為ないし姦淫ですが(最決昭43・9・17刑集22・9・862)、それらに「付随」する行為から生じた場合も本罪が成立すると解されています(大判明44・6・29刑録17・1330、最決昭46・9・22刑集25・6・769、東京高判平12・2・21判時1740・107)。
強制わいせつ終了後に、被害者にシャツをつかまれたため、そこから逃れるために被害者に故意に暴行を加えて傷を負わせた事案で、傷害の原因となった暴行は「強制わいせつに付随する行為」であるとして、強制わいせつ致傷罪の成立を肯定したものがあります(最決平20・1・22刑集62・1・1)。しかし、本罪の致死傷は、基本犯である強制わいせつ罪などに内在する危険性が現実化したものであるので、それを密接関連行為や付随行為にまで拡大させるのは問題があるでしょう。
致死後の姦淫
姦淫する目的で女性に暴行を加え、死亡させた直後に、その場で姦淫した場合、判例は強姦致死罪が成立するとしています(最判昭36・8・17刑集15・7・1244)。これに対して、死体を別の場所に運ぶなどして「姦淫」した場合、暴行と姦淫が時間的・場所的に接着した関係において行われているとはいえないので、強姦未遂致死罪にとどまります。姦淫は死体に対するものなので、「死体損壊罪」のにあたる可能性があります。
2致死傷につき故意がある場合――結果的加重犯の性格の否定
強制わいせつ等致死傷罪を結果的加重犯であると捉えると、致死傷につき故意がある場合、どのように扱うかについて争いがあります。
致死につき故意がある場合
強制わいせつ等致死傷罪を結果的加重犯として捉えると、致死結果について故意がある場合には本罪は成立しません。判例では、強制わいせつ等致死罪と殺人罪の成立を認め、両者は観念的競合の関係に立つと解しています(大判大4・12・11刑録21・2088、最判昭31・10・25刑集10・10・1455)。そのように解した場合の処断刑は、どのようになるかというと、法定刑の上限と下限の重い方を採用して処断刑を割り出すということになります。例えば、強制わいせつ致死罪の法定刑は「無期または3年以上の懲役」であり、殺人罪の法定刑は「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」であるので、処断刑としては殺人罪の法定刑が採用されます。しかし、致死を「強制わいせつ致死」と「殺人」の両方において二重に評価して処罰するのは、憲法39条の二重処罰の禁止に抵触します。このような判例の立場に対しては、同じく結果的加重犯として捉える立場から、強制わいせつ罪等と殺人罪の観念的競合が成立すると主張されていますが、処断刑は判例と同じです。
強制わいせつ致死罪の場合は、処断刑の問題は発生しないですが、例えば集団強姦致死罪の場合(無期または6年以上の懲役)、致死につき故意がある場合は、集団強姦罪(4年以上20年以下の懲役)と殺人罪(死刑または無期もしくは5年以上の懲役)の観念的競合となり、殺人罪の法定刑が処断刑となり、致死につき故意がある場合の刑の下限が1年低くなってしまいます。このような部分について刑の不均衡を是正するためには、結果的加重犯としての性格を修正すべきでしょう。
致傷につき故意がある場合
致傷につき故意がある場合、強制わいせつ等致傷罪(無期または3年以上の懲役)と傷害罪(1月以上15年以下の懲役)の観念的競合とすると、傷害を二重に評価することになり、原則的な問題があります。従って、強制わいせつ罪(6月以上10年以下の懲役)と傷害罪(1月以上15年以下の懲役)の観念的競合とすべきでしょう。しかし、その処断刑は「6月以上15年以下の懲役」となりますが、そうすると致傷につき故意のない強制わいせつ等致傷罪(無期または3年以上の懲役)よりも、致傷につき故意のある場合の方が刑の下限が低くなってしまいます。このような刑の不均衡を回避するためには、本罪は致傷につき故意のある場合も含むと解さざるをえないでしょう。
刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
第04週 住居を侵す罪
住居を侵す罪とは、生活の場所についての自由・権利、私生活・プライバシーを侵害する罪です。現行刑法は、この罪を社会的法益に対する罪として位置付けているが、個人の自由・権利に対する罪として位置付けるべきでしょう。学説は基本的に住居侵入罪を個人的法益に対する罪として捉えています。
(1)住居を犯す罪
住居を犯す罪の保護法益の理解をめぐっては、歴史的な変遷があります。戦前の判例は「旧住居権説」の立場から、本罪の保護法益を「家長の住居権」と捉えていましたが(大判大7・12・6刑録24・1506、大判昭14・12・22刑集18・565)、戦後は「平穏侵害説」の立場から、「事実上の住居の平穏」や「建物利用の平穏」と捉える立場に変化し(尼崎簡判昭43・2・29下刑集10・2・211、福岡地小倉支判昭37・7・4下刑集4・7=8・665、最決昭49・5・31裁判集刑192・571〔米軍野戦病院事件〕、最判昭51・3・4刑集30・2・79〔東大地震研事件〕)、現在は「新住居権説=意思侵害説」の立場から、「居住者・建物管理者の自己決定権」、つまり誰を住居に入れるかについて決定する自由と捉える見解が採用されています(最判昭58・4・8刑集37・3・215〔大槌郵便局事件〕)。
「家制度」を否定した現行憲法の下では、住居権を「家長」の専権として観念することはできないので、旧住居権説を採用する余地はないでしょう。これに対して、平穏侵害説は、居住者の同意があっても、事実上の住居の平穏が害されている場合には住居侵入罪の成立を認めるため、個人的法益に対する罪の性格が相対的に低まるという問題があります。また、公共の建物の場合、建物に立ち入って平穏を害し、そこでの業務の遂行を妨害した場合、建造物侵入罪が成立するのか、それとも威力業務妨害罪が成立するのか、その相違が不明瞭になるという問題もあります。その限りにおいて、本罪の法益を住居や建物への立ち入りを許諾する個人の自由として捉える新住居権説=意思侵害説の立場が妥当であると思いますが。ただし、平穏な立ち入りであっても、住居権者がそれを頑強に拒否している以上には住居侵入罪が成立することになり、集合住宅の玄関や集合ポストの設置場所への立ち入りをめぐって争いも生じています。そこは居住者や管理者によって包括的な立ち入りが許可されていると考えると、居住者の拒否の意思に合理的な理由がない限り、本罪の成立を否定すべきでしょう。
(2)住居侵入罪
刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入した者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する(1項前段)。
本罪の未遂は 罰する(132条)。
1行為客体
本罪の行為客体は、「人の住居」のほかに、「邸宅」、「建造物」、「艦船」であり、後者の三つについては「人の看守する」ものに限られます。
住居・邸宅・建造物・艦船
「住居」とは、起臥寝食(きがしんしょく)(起き、横になり、眠り、食べる)のために日常的に使用される場所です。ホテルや旅館の一室であっても、ある程度の期間にわたって継続的に使用されている場合は住居にあたります。集合住宅の場合、各戸の部屋、共同階段、廊下、通路、屋上(さらには屋根の上)まで含まれると解する裁判例がありますが(広島高判昭51・4・1高刑集29・3・240、東京高判昭54・5・21判時943・121、名古屋高判平8・3・5判時1575・148)、後で説明する「邸宅」として理解すればよいでしょう。住居は「人の住居」、つまり他人の住居です。家出した息子が強盗目的で他の者と共同して実父宅に立ち入った事案では、家出した息子は実父の住居を起臥寝食(きがしんしょく)のために日常的に使用していなかったので、自分の住居ではなく、「人の住居」にあたると判断されています(最判昭23・11・25刑集2・12・1649)。夫が別居中の妻の不貞行為を現認するために、妻が住む夫所有の家屋へ入った事例についても、別居中であったことを理由に「人の住居」にあたると判断されています(東京高判昭58・1・20判時1088・147)。
「邸宅」とは、住居用の建物のうち「住居」(起臥寝食の場所)として使用されていない場所をいいます。空き家、閉鎖中の別荘、建築中の建物などがこれにあたります。アパートの二階の外側共用通路部分は「住居」に付属する場所であり、主として居住者の利用に供される場所であることを理由に「邸宅」にあたるとした裁判例があります(大判大7・4・21刑集11・407、広島高判昭63・12・15判タ709・269)。人が看守していなければ、行為客体から除外されます。
「建造物」とは、住居・邸宅以外の建物であり、官公署、学校、事務所などがそれにあたります。広島の「原爆ドーム」の建造物性は否定されていますが(広島地判昭51・12・1判時846・125)、大阪万博の太陽の塔(大阪高判昭49・9・10刑月6・9・945)、駅構内(最判昭59・12・18刑集38・12・3026)、雑居ビルの駐車場(東京地判平7・10・12判時1547・144)、国体会場スタンドにあるスコアボード(福岡高那覇支判平7・10・26判時1555・140)の建造物性は認められています。
中庭のような建造物に付属する場所(囲繞地・いにょうち)は、建造物に含まれます(最大判昭25・9・27刑集4・9・1783)。例えば、地域住民に開放されている小学校の校庭は、建造物(校舎)ではありませんが、それに含まれると解されています(東京高判平5・7・7判時1484・140)。ただし、建造物に隣接して、その周辺に存在し、かつ管理者が門扉などの囲いを設置して、建物の付属地として利用される場所でなければなりません(最判昭51・3・4刑集30・2・79)。
「艦船」とは、船舶のことです。
人の看守
「人の看守する」とは、邸宅、建造物、艦船への立ち入りを許諾する看守人を置いたり、また人を配置しなくても、施錠するなどの立ち入りを拒むための措置をいいます。立入禁止の札を立てたり、張り紙をしているだけでは足りません。そのような場所への立ち入りは、軽犯罪法の立ち入り禁止場所への立ち入りの罪(1条32項)にあたります。
2侵入
「侵入」とは、人の住居や人が看守する建造物などへ立ち入り、その保護法益(許諾の自由)を侵害する行為です。住居内に身体の一部が入った時点で実行の着手が認められ、その全部が入った時点で既遂に達します。「正当な理由」があって立ち入る場合、例えば捜索令状に基づく立ち入りは、犯罪捜査の必要上、「正当な理由」にあたるので、住居侵入罪の構成要件該当性が否定されるか、刑法35条により違法性が阻却されます。外から住居の内部をカメラで撮影したり、のぞいたりしても、侵入にはあたりませんが、軽犯罪法の「のぞきみ」の罪(1条23号)に該当します。
3同意と錯誤
住居の居住者や建造物の管理者が、立ち入りに同意している場合、住居侵入罪等の構成要件該当性ないし違法性が阻却されます。強盗殺人目的を秘して客を装って店舗に立ち入った事案に関して、居住者ないし建物の管理者は立ち入りに同意していますが、それは錯誤に基づいているので、無効であり、違法性は阻却されません(最判昭23・5・20刑集2・5・489、最判昭24・7・22刑集3・8・1363)。ただし、「法益関係的錯誤説」からは、店舗内への立ち入りへの同意は有効であるので、違法性が阻却されます。
(3)不退去罪
刑法130条 要求を受けたにもかかわらず、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船から退去しなかった者も、同様とする(1項後段)。本罪の未遂は、処罰する(132条)。
不退去罪とは、正当な理由に基づいて他人の住居などに立ち入った者または過失によって住居などに侵入した者が、居住者などから退去するよう要求されたにもかかわらず、そこから退去しないことです。行為主体は、適法に立ち入った者なので、本罪は構成的身分犯です。その「退去しない」という不作為が本罪の行為であることが明記されているので、本罪は真正不作為犯です。
住居侵入罪との関係
正当な理由がなく建造物に侵入し、管理者から退去を求められたが、退去しなかった場合、建造物侵入罪はすでに成立しているので、その後の不退去罪はそれに吸収されます(最決昭31・8・22刑集10・8・1237)。
既遂時期
退去の要求があり、それに応じず、退去しなかった場合、不退去罪が成立します。居住者の意思に反して退去していない以上、不退去罪が成立すると考えざるをえません。しかし、退去しないことに合理的な理由や利益があったり、退去するまで一定の時間を要する場合にまで、不退去罪の実行の着手を認めるべきではないでしょう。従って、不退去罪については、未遂の成立する余地はないというのが有力な見解です。
第04週 強制わいせつおよび強姦の罪
強制わいせつ罪や強姦罪は、刑法の条文の配列としては、社会的法益(性的風俗)に対する罪として位置づけられていますが、その被害の実態や侵害法益の内容を見れば、個人的法益(性的自己決定権)に対する罪として扱うのが妥当です。
(1)強制わいせつ罪
刑法176条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対して、わいせつな行為をした者も、同様とする。未遂は罰する(179条)。
1行為客体の特徴
強制わいせつ罪の行為客体は、「13歳以上の男女」(176条第1文)と「13歳未満の男女」(同条第2文)です。「13歳以上の男女」の場合、その手段として暴行・脅迫を要しますが、「13歳未満の男女」の場合は不要です。
2行為
「わいせつな行為」とは、個人的法益である「性的自己決定権」を侵害する行為です。人には、性的な事柄ついて決定する自由がある。例えば、「陰部」や「乳房」に触れる行為のほか、「接吻」をすることなども、性的自己決定権を侵害するものである以上、わいせつ行為にあたります(東京高判昭32・1・22高刑集10・1・10)。
3手段としての暴行・脅迫
13歳以上の男女を行為客体とする場合、わいせつ行為の手段として暴行や脅迫が必要です。暴行とは「人の身体に対する不法な有形力の行使」であり、脅迫とは「人に恐怖心を抱かせるような害の告知」です。その程度としては、判例では、暴行・脅迫は被害者の意思に反したものであれば足りるとして、強制わいせつ罪の成立範囲を広く認めています(大判大13・10・22刑集3・749)。これに対して、学説では、被害者の反抗が物理的・心理的に著しく困難になるような程度でなければならないと解しています。簡単に反抗できるような程度の場合には、強要罪が成立します。なお、欺罔によってわいせつな行為を行っても、本罪は成立しません。
4故意と「性的意図」
主観的要件としては、暴行・脅迫を用いて性的自己決定権を侵害する行為を行っている認識、すなわち故意が必要ですが、判例はさらに性的意図(性欲を充足させる意図)を求めています。わいせつ行為であることを決めるのは、客観的に被害者の性的自己決定権を侵害しているだけでなく、主観的にも性的欲求を満足させようという意図が必要だと解されています。例えば、女性を脅迫して裸にして撮影した事案について、行為者には報復、侮辱、虐待の意図しかなかったことを理由に、強制わいせつ罪の成立が否定されています(最判昭45・1・29刑集24・1・1)。ただし、報復意図があったことは、性的意図の存在を否定するものではなく、両意図は併存可能であると解されています(東京地判昭62・9・16判時1294・143)。この意図は、行為者の主観的な内心傾向であり、行為のわいせつ性を根拠づける要素と解されています。従って、それがなければわいせつ行為にあたらないので、構成要件該当性が否定されることになります。
これに対して、学説では、性的自己決定権の侵害の認識に加えて、性的意図まで要求する必要はないと解しています。例えば、医師が説明を十分にせずに女性患者に診察・治療を行い、それによって性的羞恥心を害した事案で、十分な説明を受けていたならば、患者は診察を拒否していたであろうと推定される場合、性的自己決定が侵害されているといえるので、不要説からは(準)わいせつ行為にあたると判断されますが、医師には診察・治療の意図しかないので、わいせつ行為にはなりません。
5錯誤
12歳の相手を13歳だと錯誤して、暴行・脅迫を伴わずにわいせつ行為を行った場合、客観的に強制わいせつの行為が行われていますが、行為者には強制的に行っている認識はないので、故意が否定されます(過失による強制わいせつは不可罰です)。反対に、13歳の相手を12歳だと錯誤して暴行・脅迫を伴わずにわいせつ行為を行った場合、客観的には強制わいせつの行為は行われてはいませんが、強制わいせつ行為の故意は認められます。これを「客体の不能」(行為客体の不存在)の問題として考えるならば、強制わいせつ罪は成立しませんが、行為者の行為時の認識を基準に判断すれば、強制わいせつ罪の「未遂」が成立すると考えることもできます(総論・不能犯論)。
(2)強姦罪
刑法177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。未遂は罰する(179条)。
1主体と客体
強姦罪は、暴行・脅迫を手段とした姦淫です。姦淫とは、男性による女性への性交であり、性交とは、男性の性器が女性の性器に没入させることをいいます。従って、行為主体は男性、行為客体は女性に限定されます。男性であることが強姦罪を構成する身分になるので、女性は単独では強姦罪の行為主体になりえません。ただし、判例では、女性が手段行為である暴行・脅迫を分担し、男性が被害者を姦淫した場合、強姦罪の共同正犯が成立すると判断しています(最決昭40・3・30刑集19・2・125)。さらに、学説では、女性が精神障害の男性を利用したような場合、強姦罪の間接正犯が成立すると解しています。ただし、精神障害者の行為にも強制わいせつ罪の構成要件該当性と違法性が認められるので、制限従属形式からは、背後の女性はその教唆にとどまると解することもできるでしょう(総論・共犯従属性)。
2行為
行為客体が13歳以上の女性の場合、手段行為として暴行・脅迫が要件であり、それは相手の反抗を著しく困難にする程度のものでなければなりません(最判昭24・5・10刑集3・6・711)。姦淫は外形的には男女間の性交であり、それ自体としては違法ではありません。従って、姦淫が強姦罪にあたるか否かはを判断するための基準として、手段としての暴行・脅迫が必要です。それは、意思の自由を侵害し、犯行を著しく抑圧するよう程度であることが必要です。
実行の着手
強姦罪は、暴行・脅迫を用いた姦淫です。姦淫が暴行・脅迫を用いて行われていることが必要なので、暴行・脅迫が姦淫の手段行為としての意味を持ち、その役割を担っていなければなりません。被害者の反抗を著しく困難にする暴行・脅迫が開始され、女性の性的自己決定権が侵害される危険性が発生すれば、強姦罪の実行の着手を認めることができます。判例では、姦淫の目的で女性をダンプカーに引きずり込んで(第1暴行)、それによって負傷させ、そこから約5キロメートル離れた場所まで移動して、そこでダンプカーから引きずり降ろして(第2暴行)、姦淫したという事案について、第1暴行と第2暴行の場所的・時間的な近接性を根拠にして、第1暴行の時点で強姦の実行の着手が認定され、強姦致傷罪の成立が認められています(最決昭45・7・28刑集24・7・585)。しかし、第1暴行は女性をダンプカーに乗せるための手段として行われているので、それは強姦の準備のために行われた監禁罪でしかなく、強姦の実行の着手時期は、ダンプカーから引きずり下ろすために行った第2暴行を開始した時点であると解することもできます。そうすると、傷を負ったのは監禁行為が原因なので、監禁致傷罪と強姦罪が成立すると解することもできます(両罪は牽連犯の関係)。
姦淫――性的自己決定権の侵害
姦淫とは、女性の性的自己決定権を侵害し、その意思に反した性交です。既遂の要件としては、性交の事実で足り、生殖作用(妊娠の可能性)は必要ありません(大判大2・11・19刑録19・1255)。
夫婦間でも強姦罪が成立するかどうかは、ドメスティック・バイオレンスの問題などとの関係で重要な論点です。婚姻関係が実質的に破綻し、夫が妻に無理やり性交した場合に強姦罪の成立を肯定した事例があります(広島高松江支判昭62・6・18高刑集40・1・71)。
(3)準強制わいせつ罪・準強姦罪
刑法178条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、176条の例による(1項)。女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて姦淫した者は、前条の例による(2項)。本罪の未遂は罰する(179条)。
1実行行為
本罪の行為は、被害者が心神喪失または抗拒不能の状態に陥っている状態を利用して、またはその状態を作り出して行われるわいせつな行為および姦淫です。心神喪失または抗拒不能により被害者の反抗が著しく困難になっているため、暴行・脅迫は要件としては必要ではありません。
2心神喪失と抗拒不能
「心神喪失」とは、意識喪失や精神障害のために、正常な判断能力が欠如した状態をいいます。それは心理学・生物学の立場から判断されます。重度の知的障害者を姦淫することは、人の心神喪失に乗じて行われた姦淫であると判断されます(東京高判昭51・12・13東高刑集27・12・165)。その心神喪失が、暴行・脅迫によって作り出された場合、通常の強姦罪(177条)が成立します(最判昭24・7・9刑集3・8・1174)。
「抗拒不能」とは、身体の自由を奪われ、または恐怖や錯覚などから抵抗することが著しく困難になった状態をいいます。催眠術によって身動きが取れなくされた状態などがこれにあたります(東京高判昭51・8・16東刑集27・8・108)。医者が13歳以上の女性に対して、治療上必要な措置であると欺いて姦淫した場合、被害者は抗拒不能の状態にあったとして、準強姦罪の成立が認められた事案があります(大判大15・6・25刑集5・285、名古屋地判昭55・7・28刑月12・7・709)。就寝中の女性が、夢うつつの状態で相手の男性を情夫と誤信しているのに乗じて姦淫した場合も準強姦罪が肯定されています(広島高判昭33・12・24高刑集11・10・701)。
(4)親告罪
刑法180条 第176条から第178条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することはできない(1項)。前項の規定は、2人以上の者が現場において共同して犯した第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない(2項)。
強制わいせつ罪(176条)、強姦罪(177条)、準強制わいせつ罪・準強姦罪(178条)、そしてこれらの未遂罪(179条)は、被害者の告訴がなければ、公訴の提起はできません。被害者のプライバシーに対して配慮する必要があるためです。ただし、2人以上の者が、これらの犯罪の犯行現場において共同して行った場合、告訴は不要です。被害者への配慮よりも、重大犯罪の適正な処罰を優先させたものと考えられます。
(5)集団強姦罪・集団準強姦罪
刑法178条の2 2人以上の者が現場において共同して第177条又は前条(178条)2項の罪を犯したときは、4年以上の有期懲役に処する。
2人以上の者が、現場において共同して強姦罪または準強姦罪を行った場合、集団強姦罪罪または集団準強姦罪が成立します。集団強姦の事件が社会的に耳目を集めるなかで、2004年(平成16年)の刑法の一部改正によって、法定刑を加重した新たな規定が設けられました。
強姦罪や準強姦罪を共同して実行した場合、それらの共同正犯が成立し、強姦罪などの法定刑で処断されます。強姦罪の共同正犯と集団強姦罪とはどこが異なるのでしょうか。共同正犯の場合、一部実行の全部責任の原則が適用されるので、実行行為の一部を分担していれば、姦淫を行っていなくても強姦罪の共同正犯になりますが、集団強姦罪の場合には実行行為の全部、すなわち暴行・脅迫だけでなく、姦淫も共同して行っている必要があります。ただし、通説はそれを否定しています。
(6)強制わいせつ等致死傷罪
刑法181条 第176条若しくは第178条第1項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は3年以上の懲役に処する(1項)。
第177条若しくは第178条第2項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は5年以上の懲役に処する(2項)。
第178条の2の罪又はその未遂罪を犯し、よって女子を死傷させた者は、無期又は6年以上の懲役に処する(3項)。
1致死傷につき故意は不要――結果的加重犯としての側面
本罪は、強制わいせつ罪(176条)、準強制わいせつ罪(178条1項)、強姦罪(177条)、準強姦罪(178条2項)、集団強姦罪・集団準強姦罪(178条の2)、そしてこれらの未遂罪を行い、そこから死傷結果が生じた場合に成立します。基本犯である強制わいせつ罪などを故意に行い、そこから加重結果である致死傷が発生し、その間に因果関係があることが必要です。判例は、致死傷について過失を不要としていますが、学説は責任主義を徹底する立場から過失(予見可能性)を要すると解しています。いずれにせよ、本罪は結果的加重犯としての性格を有していることは明らかです。
致死傷との因果関係――基本犯から基本犯に「密接に関連する行為」「付随する行為」への拡大
致死傷と因果関係に立つのは、基本犯を構成する行為、すなわち手段である暴行とわいせつ行為ないし姦淫ですが(最決昭43・9・17刑集22・9・862)、それらに「付随」する行為から生じた場合も本罪が成立すると解されています(大判明44・6・29刑録17・1330、最決昭46・9・22刑集25・6・769、東京高判平12・2・21判時1740・107)。
強制わいせつ終了後に、被害者にシャツをつかまれたため、そこから逃れるために被害者に故意に暴行を加えて傷を負わせた事案で、傷害の原因となった暴行は「強制わいせつに付随する行為」であるとして、強制わいせつ致傷罪の成立を肯定したものがあります(最決平20・1・22刑集62・1・1)。しかし、本罪の致死傷は、基本犯である強制わいせつ罪などに内在する危険性が現実化したものであるので、それを密接関連行為や付随行為にまで拡大させるのは問題があるでしょう。
致死後の姦淫
姦淫する目的で女性に暴行を加え、死亡させた直後に、その場で姦淫した場合、判例は強姦致死罪が成立するとしています(最判昭36・8・17刑集15・7・1244)。これに対して、死体を別の場所に運ぶなどして「姦淫」した場合、暴行と姦淫が時間的・場所的に接着した関係において行われているとはいえないので、強姦未遂致死罪にとどまります。姦淫は死体に対するものなので、「死体損壊罪」のにあたる可能性があります。
2致死傷につき故意がある場合――結果的加重犯の性格の否定
強制わいせつ等致死傷罪を結果的加重犯であると捉えると、致死傷につき故意がある場合、どのように扱うかについて争いがあります。
致死につき故意がある場合
強制わいせつ等致死傷罪を結果的加重犯として捉えると、致死結果について故意がある場合には本罪は成立しません。判例では、強制わいせつ等致死罪と殺人罪の成立を認め、両者は観念的競合の関係に立つと解しています(大判大4・12・11刑録21・2088、最判昭31・10・25刑集10・10・1455)。そのように解した場合の処断刑は、どのようになるかというと、法定刑の上限と下限の重い方を採用して処断刑を割り出すということになります。例えば、強制わいせつ致死罪の法定刑は「無期または3年以上の懲役」であり、殺人罪の法定刑は「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」であるので、処断刑としては殺人罪の法定刑が採用されます。しかし、致死を「強制わいせつ致死」と「殺人」の両方において二重に評価して処罰するのは、憲法39条の二重処罰の禁止に抵触します。このような判例の立場に対しては、同じく結果的加重犯として捉える立場から、強制わいせつ罪等と殺人罪の観念的競合が成立すると主張されていますが、処断刑は判例と同じです。
強制わいせつ致死罪の場合は、処断刑の問題は発生しないですが、例えば集団強姦致死罪の場合(無期または6年以上の懲役)、致死につき故意がある場合は、集団強姦罪(4年以上20年以下の懲役)と殺人罪(死刑または無期もしくは5年以上の懲役)の観念的競合となり、殺人罪の法定刑が処断刑となり、致死につき故意がある場合の刑の下限が1年低くなってしまいます。このような部分について刑の不均衡を是正するためには、結果的加重犯としての性格を修正すべきでしょう。
致傷につき故意がある場合
致傷につき故意がある場合、強制わいせつ等致傷罪(無期または3年以上の懲役)と傷害罪(1月以上15年以下の懲役)の観念的競合とすると、傷害を二重に評価することになり、原則的な問題があります。従って、強制わいせつ罪(6月以上10年以下の懲役)と傷害罪(1月以上15年以下の懲役)の観念的競合とすべきでしょう。しかし、その処断刑は「6月以上15年以下の懲役」となりますが、そうすると致傷につき故意のない強制わいせつ等致傷罪(無期または3年以上の懲役)よりも、致傷につき故意のある場合の方が刑の下限が低くなってしまいます。このような刑の不均衡を回避するためには、本罪は致傷につき故意のある場合も含むと解さざるをえないでしょう。
刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――自由に対する罪
第04週 住居を侵す罪
住居を侵す罪とは、生活の場所についての自由・権利、私生活・プライバシーを侵害する罪です。現行刑法は、この罪を社会的法益に対する罪として位置付けているが、個人の自由・権利に対する罪として位置付けるべきでしょう。学説は基本的に住居侵入罪を個人的法益に対する罪として捉えています。
(1)住居を犯す罪
住居を犯す罪の保護法益の理解をめぐっては、歴史的な変遷があります。戦前の判例は「旧住居権説」の立場から、本罪の保護法益を「家長の住居権」と捉えていましたが(大判大7・12・6刑録24・1506、大判昭14・12・22刑集18・565)、戦後は「平穏侵害説」の立場から、「事実上の住居の平穏」や「建物利用の平穏」と捉える立場に変化し(尼崎簡判昭43・2・29下刑集10・2・211、福岡地小倉支判昭37・7・4下刑集4・7=8・665、最決昭49・5・31裁判集刑192・571〔米軍野戦病院事件〕、最判昭51・3・4刑集30・2・79〔東大地震研事件〕)、現在は「新住居権説=意思侵害説」の立場から、「居住者・建物管理者の自己決定権」、つまり誰を住居に入れるかについて決定する自由と捉える見解が採用されています(最判昭58・4・8刑集37・3・215〔大槌郵便局事件〕)。
「家制度」を否定した現行憲法の下では、住居権を「家長」の専権として観念することはできないので、旧住居権説を採用する余地はないでしょう。これに対して、平穏侵害説は、居住者の同意があっても、事実上の住居の平穏が害されている場合には住居侵入罪の成立を認めるため、個人的法益に対する罪の性格が相対的に低まるという問題があります。また、公共の建物の場合、建物に立ち入って平穏を害し、そこでの業務の遂行を妨害した場合、建造物侵入罪が成立するのか、それとも威力業務妨害罪が成立するのか、その相違が不明瞭になるという問題もあります。その限りにおいて、本罪の法益を住居や建物への立ち入りを許諾する個人の自由として捉える新住居権説=意思侵害説の立場が妥当であると思いますが。ただし、平穏な立ち入りであっても、住居権者がそれを頑強に拒否している以上には住居侵入罪が成立することになり、集合住宅の玄関や集合ポストの設置場所への立ち入りをめぐって争いも生じています。そこは居住者や管理者によって包括的な立ち入りが許可されていると考えると、居住者の拒否の意思に合理的な理由がない限り、本罪の成立を否定すべきでしょう。
(2)住居侵入罪
刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入した者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する(1項前段)。
本罪の未遂は 罰する(132条)。
1行為客体
本罪の行為客体は、「人の住居」のほかに、「邸宅」、「建造物」、「艦船」であり、後者の三つについては「人の看守する」ものに限られます。
住居・邸宅・建造物・艦船
「住居」とは、起臥寝食(きがしんしょく)(起き、横になり、眠り、食べる)のために日常的に使用される場所です。ホテルや旅館の一室であっても、ある程度の期間にわたって継続的に使用されている場合は住居にあたります。集合住宅の場合、各戸の部屋、共同階段、廊下、通路、屋上(さらには屋根の上)まで含まれると解する裁判例がありますが(広島高判昭51・4・1高刑集29・3・240、東京高判昭54・5・21判時943・121、名古屋高判平8・3・5判時1575・148)、後で説明する「邸宅」として理解すればよいでしょう。住居は「人の住居」、つまり他人の住居です。家出した息子が強盗目的で他の者と共同して実父宅に立ち入った事案では、家出した息子は実父の住居を起臥寝食(きがしんしょく)のために日常的に使用していなかったので、自分の住居ではなく、「人の住居」にあたると判断されています(最判昭23・11・25刑集2・12・1649)。夫が別居中の妻の不貞行為を現認するために、妻が住む夫所有の家屋へ入った事例についても、別居中であったことを理由に「人の住居」にあたると判断されています(東京高判昭58・1・20判時1088・147)。
「邸宅」とは、住居用の建物のうち「住居」(起臥寝食の場所)として使用されていない場所をいいます。空き家、閉鎖中の別荘、建築中の建物などがこれにあたります。アパートの二階の外側共用通路部分は「住居」に付属する場所であり、主として居住者の利用に供される場所であることを理由に「邸宅」にあたるとした裁判例があります(大判大7・4・21刑集11・407、広島高判昭63・12・15判タ709・269)。人が看守していなければ、行為客体から除外されます。
「建造物」とは、住居・邸宅以外の建物であり、官公署、学校、事務所などがそれにあたります。広島の「原爆ドーム」の建造物性は否定されていますが(広島地判昭51・12・1判時846・125)、大阪万博の太陽の塔(大阪高判昭49・9・10刑月6・9・945)、駅構内(最判昭59・12・18刑集38・12・3026)、雑居ビルの駐車場(東京地判平7・10・12判時1547・144)、国体会場スタンドにあるスコアボード(福岡高那覇支判平7・10・26判時1555・140)の建造物性は認められています。
中庭のような建造物に付属する場所(囲繞地・いにょうち)は、建造物に含まれます(最大判昭25・9・27刑集4・9・1783)。例えば、地域住民に開放されている小学校の校庭は、建造物(校舎)ではありませんが、それに含まれると解されています(東京高判平5・7・7判時1484・140)。ただし、建造物に隣接して、その周辺に存在し、かつ管理者が門扉などの囲いを設置して、建物の付属地として利用される場所でなければなりません(最判昭51・3・4刑集30・2・79)。
「艦船」とは、船舶のことです。
人の看守
「人の看守する」とは、邸宅、建造物、艦船への立ち入りを許諾する看守人を置いたり、また人を配置しなくても、施錠するなどの立ち入りを拒むための措置をいいます。立入禁止の札を立てたり、張り紙をしているだけでは足りません。そのような場所への立ち入りは、軽犯罪法の立ち入り禁止場所への立ち入りの罪(1条32項)にあたります。
2侵入
「侵入」とは、人の住居や人が看守する建造物などへ立ち入り、その保護法益(許諾の自由)を侵害する行為です。住居内に身体の一部が入った時点で実行の着手が認められ、その全部が入った時点で既遂に達します。「正当な理由」があって立ち入る場合、例えば捜索令状に基づく立ち入りは、犯罪捜査の必要上、「正当な理由」にあたるので、住居侵入罪の構成要件該当性が否定されるか、刑法35条により違法性が阻却されます。外から住居の内部をカメラで撮影したり、のぞいたりしても、侵入にはあたりませんが、軽犯罪法の「のぞきみ」の罪(1条23号)に該当します。
3同意と錯誤
住居の居住者や建造物の管理者が、立ち入りに同意している場合、住居侵入罪等の構成要件該当性ないし違法性が阻却されます。強盗殺人目的を秘して客を装って店舗に立ち入った事案に関して、居住者ないし建物の管理者は立ち入りに同意していますが、それは錯誤に基づいているので、無効であり、違法性は阻却されません(最判昭23・5・20刑集2・5・489、最判昭24・7・22刑集3・8・1363)。ただし、「法益関係的錯誤説」からは、店舗内への立ち入りへの同意は有効であるので、違法性が阻却されます。
(3)不退去罪
刑法130条 要求を受けたにもかかわらず、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船から退去しなかった者も、同様とする(1項後段)。本罪の未遂は、処罰する(132条)。
不退去罪とは、正当な理由に基づいて他人の住居などに立ち入った者または過失によって住居などに侵入した者が、居住者などから退去するよう要求されたにもかかわらず、そこから退去しないことです。行為主体は、適法に立ち入った者なので、本罪は構成的身分犯です。その「退去しない」という不作為が本罪の行為であることが明記されているので、本罪は真正不作為犯です。
住居侵入罪との関係
正当な理由がなく建造物に侵入し、管理者から退去を求められたが、退去しなかった場合、建造物侵入罪はすでに成立しているので、その後の不退去罪はそれに吸収されます(最決昭31・8・22刑集10・8・1237)。
既遂時期
退去の要求があり、それに応じず、退去しなかった場合、不退去罪が成立します。居住者の意思に反して退去していない以上、不退去罪が成立すると考えざるをえません。しかし、退去しないことに合理的な理由や利益があったり、退去するまで一定の時間を要する場合にまで、不退去罪の実行の着手を認めるべきではないでしょう。従って、不退去罪については、未遂の成立する余地はないというのが有力な見解です。