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論文)天然オーキシンとオーキシン極性輸送阻害剤を用いた植物体再生効率の向上

2024-06-15 10:43:55 | 読んだ論文備忘録

Transient efflux inhibition improves plant regeneration by natural auxins
Karami et al.  The Plant Journal (2024) 118:295–303.

doi: 10.1111/tpj.16682

植物組織培養において、組織をオーキシンで処理することで不定胚形成(somatic embryogenesis)が誘導されるが、多くの場合、効率的な再生のためには合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)を用いており、内生のインドール-3-酢酸(IAA)や他の合成オーキシンは再生効率が低いとされている。2,4-Dは、分子レベルではIAAの活性を模倣しているが、細胞安定性の点で異なっており、オーキシン排出の基質としては効率が低いため、IAAに比べて植物細胞内に顕著に蓄積する。オランダ ライデン大学Offringaらは、2,4-Dが植物細胞内で高蓄積することが再生特性と関連しているのではないかと考え、解析を行なった。シロイヌナズナ未熟胚(immature zygotic embryo)からの不定胚形成実験系において、5 µM IAA処理では形成される不定胚数は非常に少ないが、同時にオーキシン極性輸送阻害剤のナフチルフタラミン酸(NPA)を10 µM添加すると、5 µM 2,4-D単独で処理した場合と同程度の不定胚が誘導された。10 µM NPAと5 µM 2,4-Dを同時に処理すると不定胚形成効率は低下したが、2,4-D濃度を1 µMまで下げるとNPA添加による不定胚形成効率の上昇が見られた。これらの結果から、2,4-Dだけでなく、天然オーキシンであるIAAもオーキシンの細胞内蓄積が最適レベルに達していれば不定胚を効率的に誘導することができ、IAAの場合は最適レベルに達するためにはオーキシンの排出を阻害する必要があると考えられる。2,4-Dの場合は、オーキシンの排出を阻害するとオーキシンレベルが高くなりすぎて不定胚形成効率が低下するため、最適な細胞内蓄積レベルを得るためにホルモン量を下げる必要があると思われる。他の天然オーキシン(4-クロロインドール-3-酢酸 [4-Cl-IAA]、インドール-3-酪酸 [IBA]、フェニル酢酸 [PAA])や合成オーキシン(ピクロラム、ジカンバ)についても、10 µM NPAの有無で不定胚形成を試験したところ、5 µMのIBA、PAA、ピクロラム、ジカンバは、単独では不定胚を誘導しなかったが、NPAの存在下では不定胚を誘導した。興味深いことに、5 µMの4-Cl-IAAはIAAよりも不定胚形成効率が高く、4-Cl-IAAはNPA存在下でもIAAよりも有意に不定胚形成効率が高かった。オーキシンレポーターpDR5:GUS を用いた試験から、NPAの添加は、IAA、ピクロラムまたはジカンバで培養した未熟胚のGUS 発現を、2,4-Dで観察されたのと同様のレベルまで有意に増加させたることが確認された。したがって、2,4-Dの有効性は、その比較的乏しい排出に依存しており、他のオーキシンでは、排出機構が効率的すぎるため、不定胚誘導に最適な細胞内オーキシン濃度に達するにはNPAによる阻害が必要であると考えられる。天然オーキシンの排出阻害が他の再生系においても有効であるかを検証するために、ニンジン胚軸由来の液体培養細胞を用いて試験を行なったところ、IAA + NPA処理は、2,4-Dと同程度の不定胚形成が誘導された。これらの結果から、オーキシンに依存した不定胚形成実験系では、植物細胞内にオーキシンを十分に蓄積させることが共通の条件であることが示唆される。シロイヌナズナ未熟胚ではオーキシン排出キャリアのPIN2 が発現していたが、pin2 変異体由来未熟胚の不定胚形成効率に野生型植物との差異は認められなかった。一方で、ATP-binding cassette-B(ABCB)トランスポーターのabcb1 abcb19二重変異体の未熟胚は、野生型植物や単独変異体の未熟胚と比較して、特にIAA単独添加培地で有意に多くの不定胚を形成した。このことから、ABCBトランスポーターが、不定胚形成過程の未熟胚におけるIAA蓄積抑制に重要な役割を担っていることが示唆される。2,4-D添加培地でシロイヌナズナ未熟胚から不定胚を誘導した際には、不定胚を正常な植物体に生長させるために、ホルモン無添加培地に植継ぐ必要がある。2,4-Dで誘導した不定胚の植物体への転換率は50〜60 %であったのに対し、天然オーキシン+NPAで誘導した不定胚はほぼ100 %植物体に生長した。さらに、天然オーキシン+NPAで誘導した不定胚由来の芽生えは、均質なシュートを発生させ、植物体は30〜40日で抽苔した。一方、2,4-Dで誘導した不定胚由来の芽生えは、シュートの発達が遅れ、ばらつきが見られた。これらの結果から、天然オーキシンとオーキシン輸送阻害剤で未熟胚を処理することは、不定胚形成による植物増殖法を大幅に改善する可能性があり、2,4-D処理に代わる手法として有望であると考えられる。一般に、シュート再生法は2つのステップで進められ、オーキシンを含むカルス誘導培地(CIM)で組織片からカルスを誘導し、次にサイトカイニンを含むシュート誘導培地(SIM)を用いてカルスからシュートを再生させる。そこで、2,4-D、2,4-D + NPA、4-Cl-IAA、4-Cl-IAA + NPA によってアブラナの胚軸と子葉から誘導したカルスのシュート再生能について検討した。その結果、CIMにおいて2,4-DにNPAを添加することで、胚軸から誘導したカルスではシュート再性能が低下し、子葉から誘導したカルスでシュート再生能が高くなった。CIMに2,4-Dの代わりに4-Cl-IAAを用いても、シュート再生効率は同じであったが、4-Cl-IAAを含むCIMにNPAを加えると、シュート再生効率が胚軸由来カルスも子葉由来カルスも2~3倍増加した。また、4-Cl-IAA+NPAで誘導されたカルスからのシュート再生は、2,4-Dよりも早く、シュートのばらつきが減少した。以上の結果から、不定胚形成とカルスからのシュート再生は、天然オーキシンの流出を抑えることで、標準的な2,4-Dを用いた手法よりも改善できると考えられる。

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