側根の形成は、特定の内鞘細胞が始原細胞となって分裂を開始して側根原基を形成することで始まる。その際、植物ホルモンのオーキシンが大きく関与している。オーキシンにより内鞘細胞で発現誘導される転写産物をプロファイリングし、幾つかの条件で分類することで、内鞘細胞の非対称な細胞分裂と側根形成の鍵となると思われる候補遺伝子の選抜を行ない、膜局在レセプター様キナーゼARABIDOPSIS CRINKLY4 (ACR4、AT3G59420)が同定された。ACR4 は内鞘細胞の最初の非対称細胞分裂の後の小さいほうの娘細胞で特異的に発現しており、その後、2回目の非対称細胞分裂で生じた小娘細胞へと発現が広がっていく。ACR4 およびその遺伝子ファミリー(CRR1、CRR2、CRR3、CRR4 )を2重、3重に発現抑制した突然変異体では側根原基数の増加が観察され、内鞘細胞が規則性を無視して分裂したりオーキシンに対する応答性の異常が見られた。しかしながら、これらの異常な側根原基の多くは正常な側根とはならず、結果として突然変異体の側根数は野生型よりも少なくなった。以上の結果から、ACR4は内鞘細胞が分裂して側紺形成が誘導される際に周囲の細胞の分裂を抑制して正常な側根原基が形成されるよう制御していると考えられる。ACR4はさらに主根根端のコルメラ幹細胞の分裂の制御も行っており、acr4 変異体では根端コルメラ細胞の配置に異常が見られる。ACR4による根端や側根の細胞分裂の制御は、茎長の細胞分裂を制御しているCLAVATA レセプター様キナーゼとの機能の類似性の観点から比較をすることで新たな知見が得られるものと思われる。
葉の表(向軸側)と裏(背軸側)の決定は幾つかの遺伝子によってなされており、シロイヌナズナでは、向軸側決定因子としてクラスⅢホメオドメインロイシンジッパー(HD-ZIPIII)、ASYMMETRIC LEAVES2(AS2 )、トランス作用siRNA tasiARF が、背軸側決定因子としてKANADI (KAN )、YABBY (YAB )、AUXIN RESPONSE FACTOR (ARF )、LITTLE ZIPPER (ZRP )、およびmiRNA のmiR165/miR166が知られている。幾つかの遺伝学的解析から、これらの因子は対立的に作用することが示されている。本論文では、これらの向軸-背軸側を決定する因子の相互作用について解析を行なっている。EMS処理で誘導したしたシロイヌナズナ突然変異体の中から、葉が平らもしくは上向き側にカールして葉全体が向軸側化した優性突然変異を選抜した。この変異体の表現型はAS2 を異所的に発現させたものに非常によく似ていたので、AS2 遺伝子の周辺領域の塩基配列を調査したところ、AS2 の開始コドンから1,484塩基上流のGがAに置換していた。この突然変異体as2-5D のプロモーター領域にレポーター遺伝子GUS を繋いで発現パターンを見たところ、正常なAS2 プロモーターでは葉原基の向軸側で発現が見られるのに対して、as2-5D プロモーターでは葉原基全体で発現していた。このことはas2-5D のプロモーター領域の塩基置換は、AS2 の背軸側での発現を抑制している転写因子の結合を妨げていることを示唆している。as2-5D 変異体の表現型は、背軸側の決定因子であるKAN1 の機能喪失突然変異体ともよく似ていることから、KAN1 とAS2 プロモーター領域との相互作用について幾つかの実験をしたところ、KAN1 はAS2 プロモーターのas2-5D で塩基置換の入った領域に結合してAS2 の発現を抑制していることが確かめられた。よって、as2-5D 変異体で見られる表現型は、KAN1 の発現している背軸側でAS2 が発現していることによって引き起こされているものであり、AS2 の発現する領域はKAN1 および背軸側で発現している他のKAN 遺伝子の発現によって決定されていると考えられる。KAN1 プロモーターにGUS を繋いで発現パターンを見ると、野生型の葉原基では背軸側が染色されるのに対して、as2 機能喪失変異体では葉原基全体が染色されることから、AS2 もKAN1 遺伝子の発現を何らかのかたちで抑制しているものと思われる。
ホームページ「Laboratory ARA MASA 」の「Wild Flowers 沖縄編」に10月12日に西表島で撮影した「サツマイナモリ」、「イリオモテヒメラン」、「トキワヤブハギ」、「テリハノギク」、「オオバボンテンカ」の花の写真を追加しました。掲載した植物について、少し補足します。
・サツマイナモリ
インターネットで検索したところ、ある文献に「八重山諸島にはサツマイナモリは分布しない」という記述があるということなので、サツマイナモリではなく、「ナガバイナモリ」かもしれません。ナガバイナモリはサツマイナモリの八重山諸島に分布する変種だそうです。両者を区別する点が判らないのですが、写真の植物は「ナガバ」というほど葉は長くないようにも思います。
・トキワヤブハギ
花の写真のみで、葉や小節果がどのような形態なのか判りませんので、「トキワヤブハギ」なのか「リュウキュウヌスビトハギ」なのかはっきりとしませんが、ここではトキワヤブハギとしました。
・オオバボンテンカ
近縁種に「ボンテンカ」がありますが、写真には写っていない葉の形態がボンテンカとは異なっていましたので、オオバボンテンカとしました。
同定の怪しげな植物についてはこれからも観察を続けていきたいと思います。また、もう少し形態がはっきり判る写真を撮りたいですね。
これらの植物について近縁種との区別点をご存知の方がいましたらご教示ください。
オマケ 写真が暗いですが「イシガキゴマフカミキリ」だと思います (2008/10/12 西表島)
Regulation of floral organ abscission in Arabidopsis thaliana
Cho et al. PNAS (2008) 105:15629-15634
植物は、不要になった器官を離層の細胞層で細胞壁修飾酵素や加水分解酵素等を発現させて細胞分離させることで脱離させる。これは遺伝的にプログラムされた機構によりなされるもので、離層形成/脱離のシグナルが発せられることにより引き起こされる。シロイヌナズナの花器官の花弁等の脱離に異常の見られる突然変異体の解析から、分泌型の小タンパク質 Inflorescence Deficient in Abscission (IDA )、レセプター様プロテインキナーゼの HAESA (HAE )および HAESA-like 2 (HSL2 )がこの過程に関与していることが報告されているが、本論文では、これらの遺伝子とMAPキナーゼカスケードとの関係を調査した。MAPキナーゼキナーゼのMKK4 とMKK5 をRNAiで発現抑制した形質転換シロイヌナズナ(MKK4-MKK5RNAi )の中に、花器官が脱離しない表現型のものが得られた。この個体の器官離脱前の離層は野生型と変わりはないが、器官を脱離させるためには力を加える必要があった。野生型において器官脱離を促進する植物ホルモンのエチレンをMKK4-MKK5RNAi 個体に与えたが、脱離欠損の表現型に変化は見られなかった。これらのことは、MKK4 とMKK5(すなわちMAPキナーゼカスケード)は離層形成ではなく、その後の細胞分離による器官脱離の過程に関与していることを示している。MKK4-MKK5RNAi 個体の表現型と、ida、hae hsl2 変異体の離層や細胞分離の状態の類似性から、これらのタンパク質は器官脱離を制御するシグナル伝達経路上で機能していると考えられる。そこで、これらのタンパク質がシグナル伝達経路上での位置づけを、機能喪失変異体で他のタンパクを過剰発現させることでの表現型の変化から推定したところ、IDA → HAE およびHSL2 → MAPキナーゼカスケードという順序になることを示唆する結果が得られた。
(社)日本植物学会主催の平成20年度一般講演会「植物が計る時間 ~時計と暦のお話 ~」(東京大学理学部1号館小柴ホール)を聴きに行きました。時計もカレンダーも持たない植物がどのようにして一日を計るのか、季節を知るのか、さらに年を超えて同調するのかなど、植物の不思議を現在の植物科学がどこまで解明できたのかを、その分野の専門家による以下の3題の講演がありました。
1.「シアノバクテリアの一日:Kai蛋白質が刻む24時間」名古屋大学大学院理学研究科特任講師・寺内一姫
2.「アサガオの正確な花時計」筑波大学大学院生命環境 学研究科准教授・小野道之
3.「年を越えた熱帯林のリズム:一斉開花の不思議」総合地球環境学研究所准教授・酒井章子
寺内先生は名古屋大学理学部近藤研究室の方で、現在唯一確認されている時を刻むタンパク質、シアノバクテリアのKaiがどのようにして時を刻むのかについて話をされました。この生物時計はシアノバクテリアが昼夜を認識するために使われているそうです。
小野先生は近年、花成ホルモン(物質)フロリゲンの候補として注目されているFTについて、アサガオの短日処理による花成誘導を中心に解説されました。
酒井先生は東南アジアの熱帯雨林のフタバガキ科の樹木を中心として見られる一斉開花についての講演でした。この同調開花現象の引き金となっている要因は、これまで低温であるとされていましたが、最近、乾燥であるという仮説が出ているそうです。
植物の成長は温度・光・水の環境要因に支配されています。移動することのできない植物はこの環境要因の変化を認識して自らが根付いた場所で成長し子孫を残しているのですが、その手段として、地球の自転に基づく1日(昼夜)の変化、地球の公転に基づく日長(季節)の変化を利用しています。また、乾燥は植物にとって危機の1つとなりますので、乾燥に強い種子の形で子孫を残そうとしているのかもしれません。植物は勝手に花を咲かせるのではなく、数億年の間に地球(環境)の変化を敏感に感じるメカニズムを獲得し、それに従って花を咲かせているということになるのだろうと思います。
余談ですが、本講演会の開催された「小柴ホール」の「小柴」とは、2002年にノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生のことで、1階エントランスの展示スペースにはカミオカンデや超新星爆発などの解説のほか、ノーベル賞メダル(本物?)も飾られています。
西表島生物観察2日目。昨日は結局、ランの類を見ることが出来ませんでしたので、今日は期待を込めて2つのコースをじっくり見て歩きました。そして、渓流の脇で花が咲き始めたイリオモテヒメランを見ることが出来ました。名前の判った花を下に列挙しましたが、他にも同定が未だ出来ていないものが幾つかあります。現在入手可能な沖縄の植物を扱った図鑑やインターネットで植物検索するのに適したサイトが少ないこと、それと私の同定力不足のためです。それと、西表島の植物は沖縄本島や本州・九州のものと若干形態が異なっている場合があり、同定を難しくしています(自己弁護)。撮影した植物については、写真をよく見て名前がわかり次第報告します。
西表島のような環境は季節の変化にメリハリが少ないために、花を見に行こうとしても時期を外すことはよくあるそうです。事実、図鑑やWebで記載されている花期もバラバラであったりします。
10月に西表島を歩いたのは初めてでしたが、台風に遭遇したりせず2日間とも天候に恵まれた西表島植物観察旅行でした。今回撮影した花の写真は、いずれ私のHPで公開する予定です。
この日見た花
アリモリソウ、イリオモテヒメラン、テリハノギク、コウトウシュウカイドウ、サツマイナモリ、フゾロイバナ など
後ろ向きになっちゃいましたが、サキシマキノボリトカゲ
1泊2日で西表島へ行き、植物や生物の観察をしてきました。第1日目は白浜地区の巡視道を歩きました。もう少しいろいろな植物、特にランの類を見れるかと期待していたのですが、選んだコースが悪かったのか、季節をはずしたのか、思っていたほど見られる植物種は多くありませんでした。この道は島内の巡視道の中でも割と道幅が広めですが、倒木や土砂崩れ箇所が多く、道も草茫々で今では殆んど利用されていない感じでした。しかし、路肩に外来種(?)のアメリカハマグルマの群落を幾つか見かけましたので、かつては往来のあった道であったと思います。巡視道散策後、浦内川観光船に乗ってカンピレーの滝まで行こうと思ったのですが、既に3時近くになっており、軍艦岩での下船は出来ないとのことだったので断念しました。
この日は上原の住吉地区のペンションに宿泊。丁度、住吉入植60周年祝賀会の前夜祭の行なわれる日で、公民館前の広場で地域の方がサックスブルーの揃いのイベントTシャツを着て模擬店を出したり、様々なショーや抽選会を催していました。「観光客の方も参加できます」とのことでしたので、沖縄民謡や島の若者によるバンド演奏や余興を楽しみながら、模擬店の西表牛ビーフカレーやグルクンフリッターに舌鼓を打ちました。前夜祭では入植の歴史等には触れられませんでしたが、後でWebで調べてみると、多くの苦労があったようです。
この日見た花
アメリカハマグルマ、オオバボンテンカ など
巡視道で見かけたタイワンクツワムシ
住吉入植60周年イベントのTシャツを購入 オジィ&オバァが可愛らしい
2008年ノーベル化学賞は「緑色蛍光タンパク質GFP の発見と開発」に対し、下村 脩氏、Martin Chalfie 氏、Roger Tsien 氏に贈られた。日本のマスコミは日本人受賞者である下村氏について多く報道しており、他の2氏についての情報が少ないように思う。下村氏によるオワンクラゲからのGFPタンパク質の単離は、GFPを最初に発見したということで大変素晴らしい業績であることは間違いない。ただ、このタンパク質をタンパク質の発光タグとして利用できること、さらにこのタンパク質を様々な色に発光させて同時に複数のタンパク質の挙動を見ることを可能にしたことが、現在のGFP利用にとって大きな貢献となっており、そのあたりの経緯をもう少し理解しておく必要があると思う。Martin Chalfie 氏、Roger Tsien 氏の業績についてちょっと検索してみたところ、以下のような論文が見られた。ここで示す論文が初出論文であるかはよく調べていないが、参考までに列挙してみる。(これらの論文、検索しただけで読んでません。本当はちゃんと読まなきゃダメ)
Cooperative interactions between the Caenorhabditis elegans homeoproteins UNC-86 and MEC-3
D Xue, Y Tu, and M Chalfie
Science (1993) 261:1324-1328
GFP遺伝子をクローニングして線虫を光らせた最初の論文?
Green fluorescent protein as a marker for gene expression
M Chalfie, Y Tu, G Euskirchen, WW Ward, and DC Prasher
Science (1994) 263:802-805
GFPがマーカーとして有効であることを示した論文
Engineering green fluorescent protein for improved brightness, longer wavelengths and fluorescence resonance energy transfer
Roger Heim and Roger Y. Tsien
Current Biol (1996) 6:178-182
GFPの蛍光をより強くし、さらに色を変えることを行なった論文
ちなみに、GFPの色変わり変異についての論文は別にある。この著者たちは今回のノーベル賞を受賞していない。
Red-Shifted Excitation Mutants of the Green Fluorescent Protein
Simon Delagrave, Rachael E. Hawtin, Christopher M. Silva, Mary M. Yang & Douglas C. Youvan
Bio/Technology (1995) 13:151-154