Laboratory ARA MASA のLab Note

植物観察、読んだ論文に関しての備忘録
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論文)若い葉ほど「鼻」が利く

2023-10-26 11:20:04 | 読んだ論文備忘録

Immature leaves are the dominant volatile-sensing organs of maize
Wang et al.  Current Biology (2023) 33:3679-3689.

doi:10.1016/j.cub.2023.07.045

緑葉揮発性物質(GLV)は、炭素数6のアルデヒド、アルコール、またはエステルである。これらの膜脂質由来の揮発性物質は、機械的な傷害や昆虫の食害によって葉が損傷を受けると急速に生成・放出され、植物の防御応答を誘導する。トウモロコシのGLVとしては、(Z)-3-ヘキセニルアセテート(HAC)、(Z)-3-ヘキセナール、(Z)-3-ヘキセン-1-オールが知られており、HACに暴露されると、インドール、モノテルペン、セスキテルペン、ホモテルペンといった揮発性物質の放出、ジャスモン酸(JA)生合成、ベンゾキサジノイド化合物の生産が誘導される。スイス ベルン大学Erbらは、トウモロコシV4ステージの芽生え[第6(L6)葉が出現する段階]をHAC暴露し、放出される揮発性物質を陽子移動反応質量分析法(PTR-MS)で解析した。その結果、芽生えはHAC暴露の1時間後に、インドール、モノテルペン、セスキテルペン、ホモテルペンであるDMNTとTMTTを大量に放出し始めることが判った。誘導放出は夜間に移行すると減少したが、翌朝になると、より低いレベルではあるがすぐに放出を再開した。HAC応答性が単葉においても見られるかを調査するために、成熟過程にあるL4葉の切り葉をHAC暴露したところ、驚くべきことに、テルペンの誘導は見られず、インドールの誘導はわずかであった。そこで、トウモロコシのJA防御シグナル伝達と揮発性物質の放出を誘導することで知られている非揮発性のペプチドZmPep3で葉を処理したところ、測定された全ての揮発性物質の強力かつ持続的な放出が誘導された。これらの結果から、成熟したL4葉は防御シグナル伝達経路と揮発性物質生合成経路の反応性は非常に高いが、HACにほとんど反応しないことが示唆される。そこで、V4芽生えのL4、L5、L6の切り葉をHAC暴露もしくはZmPep3処理したところ、L4葉は高いZmPep3応答性を示し、L6葉は高いHAC応答性を示す顕著な移行が観察され、L5葉は両方の物質に等しく反応することが判った。次に、成長段階の異なる芽生えのL4葉を用いて実験を行なったところ、展開中のL4葉(L4-V3)はHAC曝露に強く応答し、新しく成熟したL4葉(L4-V4)と成熟したL4葉(L4-V5)はHAC応答性を失ったが、ZmPep3に対する応答性は増強されていることが判った。このことから、トウモロコシのHAC応答性は若い葉に限定され、葉が成熟するにつれて反応しなくなると考えられる。植物は通常、複雑な植食者誘導性植物揮発性物質(HIPV)の混合物に曝露される。HACに対する揮発性応答性が揮発性混合物全体に対する応答性にも反映されるかどうかを調べるため、V4芽生えのL4葉とL6葉をシロイチモジヨトウ(Spodoptera exigua)幼虫の食害を受けたトウモロコシの揮発性物質に曝露した。その結果、L6葉では食害を受けた植物の揮発性物質曝露によってインドール、モノテルペン、セスキテルペン、TMTTの放出が促進されたが、L4葉では揮発性物質の放出に有意な変化は見られなかった。したがって、HIPV混合物に対する反応性についても若い葉に限定されている。トウモロコシの葉の成熟過程における大きな変化の一つは、ワックスの種類と鎖長の変化である。クチクラの組成は揮発性物質の取り込みと放出を変化させるため、葉の成熟過程での揮発性物質応答性の変化を引き起こす可能性がある。そこで、表皮ワックスが減少しているトウモロコシglossy6 変異体を用いて実験を行なったが、HACとZmPep3に対する応答性は野生型植物と同等であった。このことから、葉のクチクラワックス組成、そして葉のクチクラの発達は、葉の発生段階にわたってHAC応答性を変化させる要因ではないことが示唆される。外環境と葉のアポプラストの間での揮発性物質の主な交換場所として気孔が考えられるが、若い葉よりも成熟した葉のほうが気孔コンダクタンスが高い。よって、気孔を介したガス交換は、トウモロコシ未熟葉のHACに対する反応性を説明する主要因とはなっていない。HAC暴露したL4、L5、L6葉のトランスクリプトーム解析を行なったところ、葉の齢が若いほど発現量が変化する遺伝子数が増加することが判った。これとは対照的に、ZmPep3処理で発現量変化する遺伝子数は全ての葉で類似していた。よって、HAC応答性と葉の齢の間には強い相関がある。また、トランスクリプトームデータをJAの生合成やシグナル伝達に関与する遺伝子、揮発性物質やベンゾキサジノイドの生合成遺伝子といった防御応答関連遺伝子に限定して着目してみると、HACに対する応答性の差は、直接的な防御代謝経路の転写発現の変化にもつながっていることが判った。トウモロコシの揮発性/非揮発性二次代謝産物の生合成はJAによって制御されているので、L4、L5、L6葉のJA、JA-Ile含量を見たところ、ZmPep3処理では全ての葉でJA、JA-Ile含量を増加させたが、HAC暴露では若い葉のほうがJA、JA-Ile誘導量が高く、誘導も持続することが判った。以上の結果から、トウモロコシの未成熟葉はストレス時の揮発性物質の感知器官として重要であると考えられる。

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論文)葉の老化を抑制するロイシンリッチリピート受容体様キナーゼ

2023-10-21 09:39:49 | 読んだ論文備忘録

Senescence-related receptor kinase 1 functions downstream of WRKY53 in regulating leaf senescence in Arabidopsis
Wang et al.  Journal of Experimental Botany (2023) 74:5140–5152.

doi:10.1093/jxb/erad240

受容体様キナーゼ(RLK)は、細胞表面の受容体の中で最も重要なクラスであり、植物の発生やストレス応答において重要な役割を果たしている。中国農業科学院煙草研究所のGuoらは、シロイヌナズナロイシンリッチリピート受容体様キナーゼ(LRR-RLK)グループⅢ遺伝子のAt1G25320 が、葉の齢が進んで老化するにつれて発現量が減少していくのを見出し、本遺伝子をSENESCENCE-RELATED RECEPTOR KINASE1SENRK1)と命名して解析を行なった。葉の老化は先端部から進むので、葉を先端部、中央部、基部に分けてSENRK1 発現量を見たところ、黄化した先端部で発現量が低く、老化症状がまだ見られない緑色部分で高発現していた。SENRK1タンパク質には、シグナルペプチド(aa 1-22)、4つのLRRモチーフ(aa 90-236)、膜貫通ドメイン(aa 316-338)、細胞質Ser/Thrキナーゼドメイン(aa 407-696)があり、ベンサミアナタバコを用いたGFP融合タンパク質の解析から、SENRK1が細胞膜に局在することが確認された。葉の老化におけるSENRK1 の役割を解析するために、T-DNA挿入senrk1 変異体の表現型を解析した。その結果、野生型植物と比較してsenrk1 変異体のロゼット葉は、黄化が早い、PSIIの光化学効率(Fv/Fm)値やクロロフィル含量が低い、イオン漏出量が多い、老化マーカー遺伝子SAG12 の発現量が高くRubisco小サブユニット遺伝子RBCS の発現量が低いといった早期老化の表現型を示した。また、SENRK1 を過剰発現させた形質転換体は、葉の老化が遅延した。これらの結果から、SENRK1はシロイヌナズナの葉の老化を負に制御していることが示唆される。葉の老化の正の制御因子として、タイプⅢ WRKY転写因子のWRKY53が知られている。SENRK1 遺伝子のプロモーター領域にはWRKY結合部位(W-box:TTGACC)があり、酵母one-hybridアッセイの結果、SENRK1 遺伝子のプロモーター領域のW-boxにWRKY53が結合することが確認された。また、ベンサミアナタバコを用いた一過的発現解析から、WRKY53はSENRK1 遺伝子プロモーターの発現活性を抑制することが判った。さらに、葉の老化過程でのWRKY53 の発現を見ると、SENRK1 の発現パターンとは逆に、老化が進むにつれて発現量が増加していくことが判った。これらの結果から、WRKY53はSENRK1 発現の抑制因子として作用していることが示唆される。WRKY53とSENRK1の関係をさらに解析するために、wrky53 senrk1 二重変異体の表現型を観察した。wrky53 変異体は葉の老化が遅延するが、wrky53 senrk1 二重変異体は、senrk1 変異体と同じように、葉の老化が促進されることが判った。したがって、WRKY53はSENRK1 の発現を抑制することで葉の老化を促進していることが示唆される。以上の結果から、LRR-RLKのSENRK1は、葉の老化の抑制因子として機能しており、WRKY転写因子のWRKY53がSENRK1 の発現を抑制することで齢に依存した葉の老化を調節していると考えられる。

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論文)ETHYLENE INSENSITIVE 2によるアブシジン酸応答の抑制

2023-10-18 13:17:31 | 読んだ論文備忘録

Arabidopsis EIN2 represses ABA responses during germination and early seedling growth by inactivating HLS1 protein independently of the canonical ethylene pathway
Guo et al.  Plant Journal (2023) 115:1514–1527.

doi: 10.1111/tpj.16335

エチレンは、シロイヌナズナの種子発芽と芽生え初期成長におけるアブシジン酸(ABA)応答性に対して負に作用することが示されている。しかしながら、この負の制御がエチレンシグナル伝達経路全体に依存しているのかは不明である。そこで、中国 南方科技大学Guoらは、エチレンを介したABAシグナル伝達の拮抗作用を包括的に解明するため、いくつかのエチレン非感受性変異体(etr1ein2ein3 eil1)のABA応答性を試験した。解析の結果、etr1 変異体とein2 変異体では、ABA処理による種子発芽抑制、胚軸および幼根の成長抑制、子葉の緑化抑制が野生型植物よりも強くなり、ein3 eil1 二重変異体の表現型は野生型植物と同等であることが判った。これらの結果から、ABA応答におけるEIN3/EIL1の役割はETR1やEIN2とは異なることが示唆される。次に、各変異体をエチレンとABAで処理をして応答性を見た。その結果、ein3 eil1 二重変異体ではエチレン処理によってABAによる発芽・成長抑制が打ち消されたが、etr1 変異体とein2 変異体ではそのような効果は見られないことが判った。また、etr1 変異体、ein2 変異体の芽生えではABA処理によるABA応答遺伝子(ABI3ABI5RAB18)の発現量が野生型植物やein3 eil1 二重変異体よりも高く、エチレンを追加処理すると野生型植物、ein2 変異体、ein3 eil1 二重変異体では発現量が低下したが、etr1 変異体ではABA単独処理と同程度の発現量を示した。これらの結果から、エチレンは、エチレン受容体ETR1およびエチレンシグナル伝達因子であるEIN2に大きく依存してABA応答に拮抗していると考えられる。そして、転写因子のEIN3とEIL1は、典型的なエチレンシグナル伝達において重要な役割を担っているにもかかわらず、種子発芽や芽生え初期生長におけるエチレンを介したABA応答の制御には関与していないと考えられる。EIN3/EIL1は、E3リガーゼのEBF1/2を介して分解され、EIN2はEBF1/2によるEIN3/EIL1の分解を抑制することでエチレンシグナル伝達を活性化している。そこで、EIL1を高蓄積して恒常的にエチレン応答を示すein3 ebf1 ebf2 三重変異体のABA応答性を調査したが、野生型植物と同等であった。また、三重変異体にein2 変異を導入するとABA感受性が高くなった。これらの結果から、EBF1/2-EIN3/EIL1はエチレンによるABAシグナルの制御に関与していないと考えられる。EIN2はエチレン存在下で切断され、C-末端領域(CEND、アミノ酸 459-1294)が核に移行してシグナル伝達を行なう。ein2 変異体でCEND を過剰発現させたところ、ABAに対する過剰応答性が解消され、etr1 変異体でCEND を過剰発現させることによってもABAによる成長抑制が部分的に緩和された。これらの結果から、CENDは種子や芽生え初期成長時のABA応答を負に制御しているとことが示唆される。EIN2による制御の詳細な機構を解明するために、BiFCアッセイによってCENDと相互作用をするタンパク質の探索を行なった。その結果、ABA応答や暗所でのフック形成の制御に関与するヒストンアセチルトランスフェラーゼと考えられているHOOKLESS 1(HLS1)が候補として見出された。そしてその後の解析から、CENDとHLS1が核において相互作用をすることが確認された。hls1 変異体は、種子発芽や芽生え初期成長においてABA非感受性の表現型を示し、hls1 ein2 二重変異体もhls1 変異体と同等の表現型を示した。また、ein2 変異体にhls1 E346K点変異を導入することでABA高感受性表現型が抑制され、hls1 ein2 二重変異体でHLS1 を過剰発現させることでABA高感受性となった。hls1 変異体やhls1 ein2 二重変異体でのABI5タンパク質量やABAによって発現誘導されるマーカー遺伝子転写産物量は、野生型植物やein2 変異体よりも少なくなっていた。これらの結果から、ABAシグナル伝達経路においてEIN2はHLS1に上流で機能していることが示唆される。HLS1は、ABAに応答したABI5 クロマチンのヒストンH3アセチル化に関与してABI5 の転写を促進すると考えられおり、クロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイから、hls1 変異体ではABI5 クロマチンやABI3 クロマチンのヒストンH3アセチル化の量が減少していることが確認された。そして、これらの遺伝子のヒストンH3アセチル化量は、ein2 変異体で増加し、hls1 ein2 二重変異体で減少していた。さらに、プルダウンアッセイから、CENDはHLS1とヒストンH3の物理的相互作用を阻害することが判った。これらの結果から、EIN2は、HLS1とヒストンの相互作用を阻害することによって、HLS1によるABI3 およびABI5 クロマチンのヒストンH3のアセチル化を抑制していると考えられる。以上の結果から、EIN2は、典型的なエチレンシグナル伝達経路とは別に、HLS1の機能を抑制することでABA応答遺伝子の発現を抑制していることが判った。このことから、EIN2-HLS1モジュールはエチレンとABAのシグナルを転写レベルで統合する接点として機能していると考えられる。

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論文)ユビキチンによるアブシジン酸シグナル伝達の制御

2023-10-13 09:25:05 | 読んだ論文備忘録

Ubiquitin negatively regulates ABA responses by inhibiting SnRK2.2 and SnRK2.3 kinase activity in Arabidopsis
Shao et al.  Journal of Experimental Botany (2023) 74:5394–5404.

doi:10.1093/jxb/erad229

SNF1-related protein kinases 2(SnRK2)は、アブシジン酸(ABA)シグナル伝達の重要な制御因子として機能しており、下流に位置する転写因子をリン酸化することでABA応答遺伝子の発現を促進している。過去に行なわれた免疫沈降-質量分析(IP-MS)において、SnRK2.3がユビキチン(モノユビキチン)およびそのホモログタンパク質と物理的相互作用をすることが報告されている。中国農業大学のYangらは、ユビキチンはSnRK2の機能やABAシグナル伝達を調節しているのではないかと考え、解析を行なった。IP-MSの結果を検証するために、SnRK2 を過剰発現させたシロイヌナズナを用いた免疫沈降アッセイ、タグを付けたSnRK2とユビキチンを発現させた大腸菌を用いたin vitro プルダウンアッセイ、ベンサミアナタバコの葉を用いたスプリット‐Lucアッセイを行ない、ユビキチンとSnRK2.2、SnRK2.3が生体内で結合することを確認した。SnRK2.2、SnRK2.3は、N末端側のATP結合ドメイン、中央の活性化ループドメイン、C末端側のABA-boxドメインで構成されている。各ドメインを分割してスプリット‐Lucアッセイや共免疫沈降(Co-IP)アッセイを行なったところ、ユビキチンはSnRK2の活性ループドメインを含む断片と結合することが判った。また、シロイヌナズナプロトプラストを用いた解析から、ABAはユビキチンとSnRK2.2、SnRK2.3との結合を阻害することが判った。ユビキチンが結合するSnRK2の活性化ループドメインは、キナーゼ活性において重要な部位であり、解析の結果、ユビキチンはSnRK2のキナーゼ活性を阻害することが判った。薬剤誘導プロモーター制御下でユビキチンを過剰発現させたシロイヌナズナを用いた解析から、ユビキチンの過剰発現はSnRK2.3タンパク質の蓄積には影響をおよぼさないが、キナーゼ活性を阻害することが確認された。これらの結果から、ユビキチンはABA刺激を受けたシロイヌナズナのSnRK2.2、SnRK2.3のキナーゼ活性を直接阻害していることが示唆される。そこで、ユビキチンがシロイヌナズナのABA応答性に影響しているかを調査した。その結果、ユビキチン過剰発現系統は、野生型植物と比較して、ABAによる芽生えの根の伸長阻害、種子発芽阻害、子葉の緑化阻害に対して感受性が低下していることが判った。そして、ユビキチン過剰発現系統でのABA感受性の低下は、snrk2.2 snrk2.3 二重変異体では見られないことが確認された。したがって、ユビキチンによるABAシグナル伝達の制御は、SnRK2.2、SnRK2.3に依存していることが示唆される。以上の結果から、ユビキチンは、SnRN2.2、SnRK2.3のキナーゼ活性を阻害することでABAシグナル伝達を負に制御していることが示唆される。ABAシグナル伝達経路において、SnRK2キナーゼ活性はtype 2C protein phosphatase(PP2C)による脱リン酸化によって抑制されており、ユビキチンによるSnRK2キナーゼ活性阻害はPP2Cによる制御に比べると弱い。したがって、ユビキチンは、植物が様々な環境に晒された時のSnRK2キナーゼ活性の微調整を行なっていると考えられる。

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論文)ジャガイモ品種によるカルスからのシュート再生効率の違い

2023-10-10 11:10:04 | 読んだ論文備忘録

WUSCHEL controls genotype-dependent shoot regeneration capacity in potato
Park et al.  Plant Physiology (2023) 193:661-676.

doi:10.1093/plphys/kiad345

植物組織切片をオーキシン/サイトカイニン比の高いカルス誘導培地(CIM)で培養すると細胞が脱分化し、カルスと呼ばれる多能性細胞塊を形成する。その後、この組織片をサイトカイニン/オーキシン比の高いシュート誘導培地(SIM)に移植すると、カルスからシュートが形成され、植物体を再生する。しかし、再生能力は、植物の遺伝子型によって大きく異なっている。これまでの研究で、サイトカイニン受容体の活性やサイトカイニンによって発現誘導されるWUSCHELWUS)が再生にとって重要であることが示されているが、再生効率と遺伝子型との関係については不明な点が残されている。韓国生命工学研究院Leeらは、シュート再生時の分子的差異を系統的に解析するために、12種類のジャガイモ品種を用いて再生効率を調査した。その結果、カルス形成はSIM培養1週間後にすべての品種で観察されたが、シュート再生は3週間後から品種間で差が出始め、3週から8週にかけて品種によって著しく多様なシュート再生効率を示すことが判った。ジャガイモ品種による再生効率のばらつきは、細胞運命制御に関与する遺伝子の発現が遺伝子型によって異なることが原因ではないかと考え、シロイヌナズナにおいて植物再生を制御している遺伝子のジャガイモホモログの発現を解析した。シュート再生効率が高いジャガイモ品種「Desiree」では、StWOX11StWOX5StLBD16StLBD18StAIL6StAIL7 の発現がCIMでの培養中に著しく増加した。一方、StSTMStNAM の発現は、CIM培養中に減少したが、SIMに移植すると徐々に増加し、移植5週間後でピークに達した。StNACStNAM14StNAM18 は、CIMおよびSIM培養の両方で発現が上昇した。注目すべきことに、StWUS の発現がSIMへの移行後に急速に増加し、培養中も高い発現量を維持した。次に、シュート再生効率の低い「Phureja」、「Russet Burbank」と、再生効率の高い「Superior」、「Bintje」の4品種と「Desiree」との間で遺伝子発現を比較した。StLBD16StWOX11 は、すべての品種において同様の発現パターンを示し、CIM培養中に発現が高く、SIM移植後は急速に基底レベルまで低下した。StAIL7 の発現は、「Desiree」と「Bintje」ではCIM培養中に急速に有意に上昇し、SIM培養中に徐々に減少したが、「Phureja」、「Superior」、「Russet Burbank」ではCIM培養中は変化しなかったが、SIM培養中に上昇した。SIM誘導性遺伝子のStSTMStNACStNAM14 は、再生過程において同様の発現パターンを示したが、「Russet Burbank」ではSIM培養中にStNACStNAM14 の発現レベルが上昇した。StNAM は、解析したすべての遺伝子型において同様の発現パターンを示した。したがって、StSTMStNACStNAM14StNAM の発現パターンからは遺伝子型による再生効率の違いを説明することはできない。しかし、StWUS の発現量は、SIM移植1週間後に急速に増加し、「Desiree」では高発現レベルを維持したが、「Phureja」では移植4週間後まで変化しなかった。同様に、低効率品種である「Russet Burbank」でのStWUS の発現は低いままであり、SIM培養中に有意な差は見られなかった。対照的に、高効率品種の「Superior」と「Bintje」では、SIM培養1週間後からStWUS の発現が有意に増加した。これらの結果から、StWUS がジャガイモの遺伝子型依存的な再生効率を制御する有力な候補遺伝子であることが示唆される。RNAiによってStWUS を発現抑制した「Desiree」の解析から、StWUS の高発現がジャガイモのシュート再生効率によって重要であることが判った。シロイヌナズナでは、WUS はサイトカイニン応答遺伝子として知られており、サイトカイニンによって活性化されるタイプB RR転写因子によって発現が上昇する。一方、ジャガイモでは、カルスからのシュート再生効率はサイトカイニンの種類に密接に依存していることが知られている。そこで、SIMに添加するサイトカイニンの種類を変えて「Phureja」でのStWUS 発現、シュート再生効率を見たところ、StWUS の発現は、6-ベンジルアミノプリン(BA)およびカイネチンを含むSIMでは、ゼアチンを含むSIMよりも有意に低いこと、チジアズロン(TDZ)はゼアチンと比較してStWUS の発現を3倍以上増加させることが判った。また、TDZの添加は再生効率を大幅に改善し、すべての組織片がシュートを再生したが、カイネチン含有SIMではシュート再生は観察されなかった。これらの結果から、ジャガイモではサイトカイニンを介したStWUS の発現がサイトカイニンの種類に大きく依存し、この違いが再生効率に影響を与えることが示される。サイトカイニンの種類によってStWUS 発現量が異なるのは、サイトカイニンとサイトカイニン受容体との間の相互作用の違いに起因するのではないかと考え、ジャガイモサイトカイニン受容体のセンサードメイン内のアミノ酸配列を用いて計算学的モデリングを行ない、サイトカイニンと受容体との相互作用エネルギーを計算した。その結果、TDZとサイトカイニン受容体との相互作用エネルギーはトランスゼアチンよりも高いことが判明した。TDZはトランスゼアチンよりもシュート再生を促進するという観察結果と合わせて考えると、TDZの高い相互作用エネルギーと安定的な結合は、StWUS の発現上昇を含むサイトカイニン応答を促進する可能性が示唆される。次に、シュート再生効率の異なる6品種の全ゲノムシークエンス(WGS)に基づくSNP解析を実施し、サイトカイニン誘導性のStWUS 発現とシュート再生能力における遺伝子型依存的な差異に影響を与える塩基配列変異の有無を探索した。その結果、StWUS 遺伝子プロモーター領域の塩基配列変異によって6品種は2つのグループに分かれ、このグループ分けは再生能力と一致しており、「Phureja」、「Russet Burbank」、「Dark Red Norland」を含むグループ1(G1)は再生効率が低く、「Superior」、「Desiree」、「Bintje」を含むグループ2(G2)は再生効率が高いことが判った。G1遺伝子型はZINC FINGER HOMEODOMAIN 1(ZHD1)/ARABIDOPSIS THALIANA HOMEOBOX PROTEINs(ATHBs)結合モチーフにAからGへの置換を有し、G2遺伝子型はNTM1-LIKE 8(NTL8)結合モチーフにTからAへの置換を有していた。これらの結果から、StWUS プロモーター領域におけるこれらの配列変異が、サイトカイニン誘導性StWUS 発現に影響を与えている可能性が示唆される。以上の結果から、StWUS の発現がジャガイモのカルスからのシュート再生効率を決定しており、低効率遺伝子型と高効率遺伝子型を区別する重要な塩基置換がStWUS 遺伝子プロモーター領域に存在し、シュート再生におけるサイトカイニン誘導StWUS 発現の制御に極めて重要な役割を果たしている可能性が示唆される。また、計算モデリングにより、サイトカイニンと受容体の相互作用様式がトランスゼアチンとTDZで異なることが示され、TDZがシュート再生時のStWUS 発現誘導に有効であった理由であると考えられる。

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