Shoot Removal Induces Chloroplast Development in Roots via Cytokinin Signaling
Kobayashi et al. Plant Physiology (2017) 173:2340-2355.
doi:10.1104/pp.16.01368
東京大学の小林らは、以前に、シロイヌナズナの根はシュートから輸送されるオーキシンによって葉緑体の分化が抑制されており、シュートを切り取ることで葉緑体を発達させることを見出した。この根での葉緑体の発達にはサイトカイニンが関与しており、根をサイトカイニン処理すると光合成関連遺伝子の発現量が増加する。しかしながら、サイトカイニンによる根の緑化について詳細な分子機構は明らかとなっていない。そこで、シュート除去に応答した根でのサイトカイニンシグナルの活性化について解析を行なった。サイトカイニンシグナル伝達の正の制御因子であるタイプB ARABIDOPSIS RESPONSE REGULATOR(ARR)の機能喪失変異体の解析から、シュート除去後の根でのクロロフィル(Chl)蓄積にタイプB ARRが関与していることが示された。傷害ストレス応答において、タイプB ARRを介したサイトカイニンシグナル伝達は、転写因子WOUND INDUCED DEDIFFERENTIATION1(WIND1)によって活性化されることが知られている。WIND1にSUPERMANのサプレッションドメイン(SRDX)を付加したキメラタンパク質をWIND1 プロモーター制御下で発現させた系統は、シュート除去した根のChl蓄積量が野生型よりも低くなった。よって、WIND1は根の緑化に関与していることが示唆される。シュート除去した根では、光合成関連の核コード遺伝子(LHCA4 、LHCB6 、CHLH 、RBCS )やプラスチドコード遺伝子(psaA 、psbA 、rbcL )の発現量が増加していた。また、葉緑体分化に関与している核コード転写因子のクラスB GATA転写因子(GNC、GNL)、GLK転写因子(GLK1、GLK2)の遺伝子のうち、GNL はシュート除去によって発現量が大きく増加し、GNC は適度に増加したが、GLK1 、GLK2 は有意な増加を示さなかった。プラスチドでの転写に関与しているrpoB やシグマ因子(SIG)遺伝子の発現量もシュート除去によって増加した。光合成組織では葉緑体分化と共にパーオキシゾームやミトコンドリアも機能転換する。シュート除去した根では光呼吸関連遺伝子の発現量が増加し、特にミトコンドリアのグリコール酸オキシダーゼをコードする遺伝子の発現量が大きく増加した。根で特異的に発現する遺伝子は、シュート除去に応答した発現パターンの変化を示さなかった。タイプB ARRのarr1 arr12 二重変異体では、幾つかの光合成関連遺伝子の発現量が増加し、Chl蓄積量も僅かに高くなるが、シュート除去したarr1 arr12 二重変異体での光合成関連遺伝子の発現量は野生型よりも低く、プラスチドでの転写に関与する遺伝子の発現量は増加せず、ミトコンドリアやパーオキシゾームの機能に関与する遺伝子の発現量は変化しなかった。したがって、ARR1とARR12はシュート除去した根で葉緑体分化する際の転写誘導に関与していると考えられる。シュート除去した根の葉緑体では、光化学系の能力を示す各種指標がより葉に近いものへと向上しており、この光合成効率の変化にはARR1とARR12を介したサイトカイニンシグナルが関与していた。無傷のgnc gnl 二重変異体の根のChl含量は野生型と同等だが、シュート除去後のChl増加量が野生型よりも低かった。よって、GNCとGNLはシュート除去に応答した根でのChl蓄積に関与している。glk1 glk2 二重変異体の無傷の根のChl含量は野生型よりも低く、シュートを除去した根のChl含量も野生型よりも低いが、シュート除去によるChl増加の程度は両者で同等であった。よって、GLK転写因子はChl蓄積において無傷の根でもシュート除去した根でも恒常的に機能していることが示唆される。GNC やGNL を過剰発現させた植物の無傷の根はChl蓄積量が大きく増加していた。シュートを切除したgnc gnl 二重変異体の根でも光合成関連遺伝子の発現量は増加したが、野生型と比べると増加量は少なかった。一方、GNL 過剰発現個体では、無傷の根における光合成関連遺伝子の発現量が野生型よりも高くなっていた。根のChl蓄積には光シグナルに関与する転写因子LONG HYPOCOTYL5(HY5)が必須であり、hy5 変異体の根はシュートを切除してもChlを蓄積しなかった。また、hy5 変異体でGNC もしくはGNL を過剰発現させても根のChl含量は増加しなかった。したがって、HY5はクラスB GATA転写因子による根の緑化に必要であることが示唆される。シュート切除したglk1 glk2 二重変異体の根の光化学系Ⅱ実効量子収率(YⅡ)は野生型と同等であることから、GLKは根の光合成系構築には関与していないと考えられる。gnc gnl 二重変異体もシュート切除後にYⅡが増加したが、増加の程度は野生型よりもやや低かった。GNC やGNL を過剰発現させた系統はYⅡが増加したが、GLK1 を過剰発現させた系統ではYⅡに変化は見られなかった。したがって、クラスB GATA転写因子は根の光合成の制御に関与していると考えられる。オーキシンシグナル阻害剤のp-クロロフェノキシイソ酪酸(PCIB)処理は、無傷の根のChl含量を増加させた。この増加は、ahk2 ahk3 二重変異体やarr1 arr12 二重変異体でも見られた。したがって、オーキシンはタイプB ARRを介したサイトカイニンシグナルとは独立して根の緑化を制御している。シュート切除した根へのオーキシン処理は、psbA 、GOX1 の発現を抑制し、LHCB6 、CHLH 、rbcL の発現を減少させた。また、GNL の発現量増加を阻害した。よって、オーキシンはシュート切除した根での遺伝子発現に強く影響していることが示唆される。オーキシンはシュート切除した根の光合成活性に対しても抑制的に作用した。以上の結果から、シュートを切除した根では、傷害シグナルの下流に位置するARR1とARR12を介したサイトカイニンシグナルが機能して葉緑体の発達に関与する遺伝子が活性化され、根の緑化や光合成能力の活性化が誘導されると考えられる。