Abscisic acid promotes proteasome-mediated degradation of the transcription coactivator NPR1 in Arabidopsis thaliana
Ding et al. The Plant Journal (2016) 86:20-34.
DOI: 10.1111/tpj.13141
転写コアクティベーターのNPR1(non-expressor of pathogenesis-related genes 1)は、局所的獲得抵抗性(LAR)と全身獲得抵抗性(SAR)の主要な調節因子であり、サリチル酸(SA)依存性遺伝子の多くを制御している。米国 フロリダ大学のMou らは、以前にシロイヌナズナnpr1 変異体を変異原処理した集団からPseudomonas syringae pv. maculicola (Psm ) ES4326に感染した際にSAをnpr1 変異体よりも高蓄積する変異体isn2 (increased SA accumulation in npr1 )を単離した。マップベースクローニングの結果、isn2 変異はアブシジン酸(ABA)の生合成に関与する酵素をコードするABA3 遺伝子内の一塩基置換であることが判った。そのことからisn2 をaba3-21 と改名した。過去知見において、ABA欠損変異体ではSAシグナル経路のマーカー遺伝子であるPR1 が恒常的に発現していることが報告されている。aba3-21 変異体においてもPR1 遺伝子の発現上昇が観察され、aba3-21 npr1 二重変異体ではこの上昇は打ち消された。よって、ABA欠損変異体ではNPR1に依存してPR 遺伝子が発現上昇すると考えられる。aba3-21 を含めてABA欠損変異体はPsm ES4326に対する抵抗性が高く、この抵抗性強化はnpr1 変異が加わることで部分的に抑制された。したがって、ABA欠損変異は、Psm ES4326に対してNPR1に依存した抵抗性と依存しない抵抗性の両者を活性化させていると考えられる。aba3-21 変異とSA生合成変異のsid2-2 の二重変異体は野生型よりもPsm ES4326に感染しやすいが、sid2-2 単独変異体よりは感染しにくかった。このことからも、aba3-21 変異はSAに依存した抵抗性と依存しない抵抗性の両方を引き起こしていると考えられる。公的なマイクロアレイデータベースを見ると、NPR1 mRNA量はABA処理では変化していない。そこで、NPR1タンパク質量の変化を見たところ、ABA処理はNPR1タンパク質量を減少させることが判った。恒常的にABA含量が野生型よりも高いcds2-1D 変異体は、NPR1タンパク質量が野生型よりも少なくなっていた。また、aba3-21 等のABA欠損変異体ではNPR1タンパク質量が野生型よりも多くなっていた。これらの結果から、ABAはNPR1タンパク質の蓄積を負に制御していると考えられる。Myc-NPR1やNPR1-GFPといった融合タンパク質を発現させた植物体をABA処理すると、これらのNPR1タンパク質は減少するが、ABAと同時に26Sプロテアソーム阻害剤のMG115を処理するとNPR1タンパク質の減少が抑制された。この時のGFP蛍光から、NPR1-GFPタンパク質は核に局在することが確認された。したがって、ABAによって促進されるNPR1タンパク質の分解は26Sプロテアソーム経路を介してなされているものと思われる。NPR1タンパク質の核局在シグナル(NLS)を変異させたnpr1-nls-GFP融合タンパク質はNPR1-GFPタンパク質よりもABA処理による分解を受けにくくなっていた。また恒常的に核に局在するように変異したnpr1C156A-GFPタンパク質はNPR1-GFPタンパク質よりもABA処理による分解を受けやすくなった。これらの結果から、ABA処理によるNPR1タンパク質の分解は核において起こっていることが示唆される。ABA処理によるNPR1タンパク質の分解はcul3a cul3b 二重変異体では非常に低下しており、分解過程にはCUL3 E3 リガーゼが関与していることが示唆される。SA受容体のNPR3とNPR4はCUL3 E3 リガーゼのアダプターであり、NPR1とCUL3との相互作用に関与している。npr3 npr4 二重変異体ではABA処理によるNPR1タンパク質の減少が見られなかった。これらの結果から、ABAが誘導するNPR1タンパク質の分解はCUL3NPR3/NPR4 複合体が関与していると考えられる。植物体にABA処理をした後にSA処理をするとSAによるNPR1タンパク質の蓄積やPR1 遺伝子の発現誘導は阻害されたが、ABAとSAの同時処理もしくはSA処理後のABA処理ではABAによる阻害が見られなかった。同時添加するSAとABAの比率を変えると、それに応じてNPR1タンパク質の蓄積量とPR1 遺伝子の発現量が変化した。したがって、与えるSAシグナルとABAシグナルの順序と強度がNPR1タンパク質の蓄積とPR1 遺伝子の発現の制御にとって需要であると考えられる。NPR1タンパク質のSer11とSer15はSA処理によってリン酸化される。このSer残基をアスパラギン酸に置換して擬似リン酸化状態にしたnpr1S11/15D変異タンパク質は、無細胞系分解アッセイにおいてNPR1-GFPタンパク質よりも分解されやすいが、生体内でのABA処理後の分解ではNPR1-GFPタンパク質よりも安定していた。ABA処理によるPsm ES4326に対する罹病性の増加は、NPR1-GFPを恒常的に発現させた場合よりもnpr1S11/15D-GFPを発現させた場合の方が低かった。したがって、ABAは少なくとも一部は細胞内NPR1タンパク質の排除を介してPR 遺伝子の発現とPsm ES4326に対する抵抗性を抑制していることが示唆される。Psm ES4326を感染させると内生SA量は一過的に増加し、遊離SA量は感染12時間後、全SA量は24時間後に最大となった。ABA量は指数的に増加した。NPR1タンパク質量は感染後から徐々に増加し、24時間後に最大となり、36時間後には基底量に戻った。しかしこの時、SA量は最大量の55%程度はあることから、SAはPsm ES4326が感染した際の細胞内NPR1を決定する唯一の因子ではないと思われる。葉の半分にPsm ES4326を感染させ、感染させていない隣接組織でのSA、ABAの変化を見たところ、感染組織と類似した変化を示したが、遊離SAは感染24時間後、全SAは感染36時間後に最大となってその後減少し、ABAは感染48時間後から徐々に減少していった。NPR1タンパク質も類似した変化を示したが、感染組織よりも変化が遅く、感染36時間後に最大となり、その後ゆっくりと減少していった。aba3 変異体でのPsm ES4326感染後のSA量の変化は、感染組織、隣接組織ともに野生型よりも低くなっており、感染によるSA量の適切な増加には基底量のABAが必要であることが示唆される。Psm ES4326感染後のNPR1タンパク質量の変化は、aba3 変異体では感染組織、隣接組織とも野生型のような変化は見られなかった。このことから、NPR1タンパク質量の変化にはABAの蓄積が関与していることが示唆される。事実、感染後期のSA量はaba3 変異体と野生型でほぼ同程度だが、NPR1タンパク質量はaba3 変異体よりも野生型でより大きく減少していた。したがって、病原菌の誘導するABAの蓄積はSA濃度が低下した時のNPR1の除去に関与していると思われる。PR1 遺伝子の発現量変化を見ると、野生型の感染組織では感染12時間後、24時間後のNPR1タンパク質の蓄積に伴って発現量が増加していった。しかし、その後NPR1タンパク質が基底量にまで減少してもPR1 遺伝子の発現量の増加は継続した。これはおそらくNPR1とは独立したPR1 遺伝子の発現誘導によるものと思われる。一方、隣接組織でのPR1 遺伝子の発現はNPR1タンパク質量の変化と一致していた。aba3 変異体の感染組織でのPR1 遺伝子の発現は、NPR1タンパク質量の変化と対応していた。しかし、感染24時間後のNPR1タンパク質量は野生型と同等であるのに、PR1 遺伝子の発現量は野生型の57%であった。aba3 変異体の隣接組織は感染24時間後のSA量が野生型の63%はあるが、PR1 遺伝子の発現は強く阻害されていた。aba3 変異体ではPsm ES4326感染後のNPR1タンパク質量の大きな変化は見られないことも考慮すると、NPR1タンパク質量の変化がPR 遺伝子の発現量を制御しているものと思われる。Psm ES4326を感染させた際に隣接組織をABAで処理すると、NPR1タンパク質の蓄積とPR1 遺伝子の発現が阻害された。感染24時間後に隣接組織をSA処理するとNPR1タンパク質の減少が妨げられ、PR1 遺伝子の発現も高い状態が維持された。野生型植物やaba3 変異体をSA処理をし、その後にABA処理をしてNPR1タンパク質量やPR1 遺伝子の発現量の変化を見た結果から、ABAはSA量が低下した際にNPR1タンパク質の代謝回転を促進し、PR1 遺伝子の発現を抑制すると考えられる。aba3 変異体の隣接組織でPR 遺伝子の発現誘導が低下していることから、ABAシグナルはNPR1を介した転写に対して促進的に作用することが推測される。そこで、Psm ES4326感染もしくはSA処理後のNPR1ターゲット遺伝子(PR1 、WRKY18 、WRKY38 、WRKY62 )の発現を見たところ、これらの処理によるターゲット遺伝子の発現誘導はaba3 変異体やPYR/PYL ABA受容体の六重変異体112458では減少していることがわかった。また、aba3 変異体を低濃度のABAで処理すると、Psm ES4326感染後のNPR1ターゲット遺伝子の発現が促進された。したがって、ABAシグナルはNPR1ターゲット遺伝子の発現を完全に誘導するために必要であることが示唆される。以上の結果から、サリチル酸とアブシジン酸は細胞内NPR1タンパク質量の制御において拮抗的作用しており、病原菌の感染によって活性化した連続的なSAとABAのシグナルはNPR1タンパク質蓄積量とPR 遺伝子の発現の変化と密接に関連していると考えられる。